第393話「技術提供と帽子」

 カフェ〈ブルーポット〉に立ち寄った俺たちは、結果として十分な休息を取ることを余儀なくされた。

 理由は単純明快で、ねこみみカフェラテの効果時間が終わるまで、エイミーが頑として席から立とうとしなかったからだ。


「うぅ……。絶対に外には出ないからね」


 いつもの凜とした様子も無くなって、しんなりとした姿でエイミーが言う。

 彼女の頭頂から生えた耳もへんにょりと力をなくしている。


「ねこみみ、似合ってるし、そう思い詰めなくてもいいと思うぞ」

「レッジさん、それ多分慰めになってませんよ」


 精一杯の優しさを込めた言葉は憮然とした顔のレティに一蹴される。

 しかし、実際エイミーの頭頂部から生えたネコ耳はライカンスロープのそれのように感情豊かで可愛らしい。

 これはこれで、需要はあるのではなかろうか。


「レティ、まだネコ耳ついてる?」

「ええ、ばっちりと。ていうかバフ欄見たら分かるでしょう?」


 珍しく気弱なエイミーを、レティはぽんぽんと肩を叩いて慰める。

 ネコ耳の効果時間は1時間と、微妙に長い。

 それもまた彼女の心を蝕んでいるようだ。

 ちなみに、レティとラクトとスサノオのドリンク効果はすでに消え去っている。


「他にも、イヌ耳とかウサ耳もあるね。タヌキ、クマ、フェネックとかは逆に気になるなぁ」


 喉を潤し、涼しい場所で体力を回復させたラクトは、元気を取り戻したようで、メニューを眺めて言う。

 どうやらエイミーが飲んでしまったカフェラテは、妙に幅広いバリエーションがあるようだ。


「ライカンスロープが他のカフェラテ飲んだらどうなるんですかね?」


 トーカも、滅茶苦茶に酸っぱいだけと言えばそれだけのレモンスカッシュだったためか、この店に対してさほど忌避感を持たずに済んだらしい。

 ラクトと同じようにメニュー表を眺めながら言う。


「レティ、試してみるか?」

「ええ……」


 俺が言ってみると、レティはげんなりとした顔で耳を畳んだ。

 その時、隣に座っていたスサノオが唐突に虚空を見つめる。

 奇妙な動きをする彼女を、首を傾げて見ていると、直後にアマツマラの声でアナウンスが発せられた。


『今後発令される〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉に関連して、新たな情報が追加されました』

『地下資源採集拠点シード01-アマツマラの意見箱に寄せられた調査開拓員からの要請を鑑み、特殊大型機械装備“カグツチ”の導入を決定しました』

『詳細は、現時刻より公開される文書を確認してください』


 流れるアナウンスに、他の席に座っていた人々が怪訝な顔をする。

 俺たちもまた顔を見合わせ、弾かれたようにウィンドウを開いた。


「公式サイトに情報上がってますね」

「掲示板にもスレが立ったよ」


 手慣れた様子で素早く情報収集を始めるレティたちに舌を巻きつつ、俺も公式サイトのニュースページにアクセスする。


「へぇ。プレイヤーメイドの生産装備を、アマツマラ側が取り入れたのか」

「第三回イベントで、レッジさんがウェイドさんに鉄蜘蛛売り込んだのと同じ流れですかね」


 記事によると、今回の特殊大型機械装備“カグツチ”は、生産系バンド〈ダマスカス組合〉と〈鉄神兵団〉が共同で開発した全身機装鎧を発展させたものらしい。

 生産系最大手である〈ダマスカス組合〉はともかく、〈鉄神兵団〉というバンドネームもどこか聞き覚えがあり、首を傾げる。


「なんだっけ、このバンド」

「機装分野で有名なバンドですね。ほら、レティがアマツマラの公式トーナメントで戦った……」

「ああ! ルナティック☆ミポニテJK!」


 トーカの言葉で思い出す。

 以前、レティが対峙した筋骨隆々のゴーレム男性。

 大きな人型ロボットのような全身機装を展開させて戦った、名前はともかく実力は高いプレイヤーだ。


「〈鉄神兵団〉は初回トーナメント以降もずっと参加を続けてますね。そのたびに全身機装鎧の改良版を出してきて、その情熱と技術力は〈ビキニアーマー愛好会〉にも匹敵すると言われています」


 闘技場に入り浸っているトーカはそのあたりの事情も詳しいようで、すらすらと流れるように解説してくれる。

 しかし〈ビキニアーマー愛好会〉と同等の情熱と技術力とは、ずいぶんと認められているようだ。


「それで、機装分野で鎬を削ってる〈ダマスカス組合〉と〈鉄神兵団〉が手を組んで、新型の全身機装鎧を開発して、アマツマラの所に殴り込んだって訳か」

「いや、平和的にアマツマラの意見箱を通じて提案したようですね」


 なるほど、ウェイドが講じた直接襲撃への対応策はきちんと機能しているらしい。


「全身機装鎧の性能を見せつけるついでに直談判できて効率的だと思ったけどなぁ」

「なんでレッジさんそんな戦闘狂みたいな思考してるんです? そもそも、“カグツチ”は戦闘用機装ではないみたいですよ」


 冗談だよ、と答えながら、レティが指し示した記事の一文に目を落とす。

 特殊大型機械装備“カグツチ”は、機械人形の能力を越えた力を発揮するため、そして外部からの強い衝撃を耐えるために開発された、作業用外骨格らしい。


「つまり?」

「現状、地下坑道の44層突破率が低いからでしょうね。これによって実力の伴わないプレイヤーでも深層洞窟まで到達できるようにするってことでしょう」

「ええ……。そういうのアリなのか」


 レティの分析はもっともらしい。

 しかし苦労して第44層を突破した身としては少々複雑なものもある。


「自力での坑道突破と、“カグツチ”を使っての突破は別の話ですよ。

 イベントの第二フェーズである、ミニシードを深層洞窟のポイントまで運ぶ作業で“カグツチ”が投入されるみたいですが、その仕事は特殊大型稼働保管庫の牽引らしいですし」

「特殊大型稼働保管庫?」


 新たに飛び出した聞き慣れぬ言葉に首を傾げる。


「ミニシードを運ぶための運搬機材みたいね。ミニシードって言ってもプレイヤー一人で運べる重量じゃないみたいだし、その保管庫に載せて、“カグツチ”で引っ張るってことらしいわ」

「なるほど? キヨウ祭の山車歩きみたいなもんか」


 特殊大型稼働保管庫という山車を、“カグツチ”という機獣で牽引し、深層洞窟というチェックポイントへ向かうようなものだ。

 “カグツチ”自身は怪力だが直接的な戦闘能力は搭載されていないため、それと保管庫を護衛するためプレイヤーが随伴する必要があるらしい。


「第一フェーズがミニシードを集めるための宝探し、第二フェーズがミニシードを届けるための護送任務、ってところか」

「そういうことですね。第二フェーズの前に“カグツチ”と特殊大型稼働保管庫を製造するための、生産者向けのフェーズがあるみたいです」


 どうやら〈ダマスカス組合〉と〈鉄神兵団〉が提供したのは“カグツチ”の基本設計のみらしい。

 それをアマツマラが特殊開拓指令用に改良し、生産計画を立てている。

 イベントの第二フェーズが始まるまでに、各種生産職プレイヤーは“カグツチ”やストレージの製造任務をこなす必要があるようだ。


「しかし全身機装鎧か。実物を見てみたいな」


 俺が見たことのある全身機装鎧は、ルナティック☆ミポニテJKが着用していた、おそらくずいぶん前の世代のモデルだ。

 あれからどれほど進化しているのか少し気になる。


「それはイベントが始まるまでお預けみたいだね」


 しかし“カグツチ”はまだ設計図の上でしか存在していないらしく、今後の生産職の皆様の働きを願うことしかできない。

 一応、俺だって男児の端くれなのだ。

 大型人型ロボットというものに興味がないわけでもない。

 むしろ乗って操縦してみたい。


「“カグツチ”の操縦には〈機械操作〉スキルが必要みたいですけど、レッジさんはもう持ってますよね。しばらく待ってれば、そのうち乗れますよ」

「レティも〈機械操作〉は持ってるだろ? 乗りたくないのか」


 どこか投げやりなレティに首を傾げると、彼女はあまり興味の無さそうな顔で頷いた。


「だって、“カグツチ”は戦闘用ではないんでしょう? レティ、ハンマー振り回してる方が多分楽しいので」

「なるほどなぁ」


 さっき俺のことを戦闘狂と言ったばかりの口から飛び出す言葉に呆れつつ、それもそうかと納得もする。

 レティが大きな箱を引きずるだけのロボットに興味を示すかと問われれば、俺も首を横に振るだろう。


「なんにせよ、早めに残りの物資も買いそろえておいた方が良いね」


 立ち上がりながらラクトが言う。

 なぜ、と言う俺の気持ちを察したようで、彼女は肩を竦める。


「生産職の皆が“カグツチ”製造任務の方に集中したら、余計に他の生産物の供給が減るでしょ。今以上の争奪戦になるよ」

「なるほど、それは急いだ方が良さそうだ」


 彼女の言葉に納得し、立ち上がる。

 そんな俺の手を、エイミーがテーブルの向こう側から引っ張った。


「ちょ、ちょっと待って! まだあと30分も効果時間が残ってるんだけど!」


 彼女の頭頂から生えるネコ耳がプルプルと震える。


「ええ……。じゃあラクトたちだけ先に出るか? 俺はエイミーの効果時間が切れるまで待っても良いし」

「だ、駄目ですよ。二人きりなんてうらや――じゃなくて、この後も沢山荷物を背負う必要があるんですから。エイミーがいてくれないと困ります」


 俺の提案はレティにばっさりと切られる。

 しかし急いで買いに回らないといけないのも事実である。


「うーん……。どうしたもんか。あ、ちょっと待っててくれ」


 しばらく悩んだ末、はたと思いつく。

 俺はエイミーたちを〈ブルーポット〉に残し、店を飛び出した。

 そして露店を巡り、目当てのものを見つけてまた戻る。


「エイミー、これでどうだ?」


 そう言って差し出したのは、つばの広い白色の帽子だ。

 これならエイミーの耳も隠れるし、ついでに強い日差しも遮ることができて、屋外でも歩きやすくなるだろう。


「あ、ありがとう。いいの、これ?」

「そんなに高いもんでもないしな。日頃からお世話になっているエイミーへのプレゼントってことで」

「ふ、ふーん。そっか。まあ、そういうことならありがたく受け取るわ」


 驚きつつも彼女は帽子を受け取る。

 普段の鎧姿ならともかく、町歩きようのカジュアルな服装の今ならきっと似合うことだろう。


「エイミー、耳が揺れてますよ」

「はーん。分っかりやすいねぇ、このネコ耳」

「き、気のせいよ!」


 レティたちに何か言われて、エイミーは素早い動きで目深に帽子をかぶる。

 ぎゅっとつばを握る彼女の口元は少し緩んでいた。


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Tips

◇ねこみみカフェラテ

 カフェ〈ブルーポット〉のオリジナルドリンク。

 可愛らしい子猫のラテアートが浮かぶ、見た目にも楽しいカフェラテ。

 低ランクのナノマシンパウダーが若干量配合されており、頭部保護繊維の形状を変化させることで、一定時間、感情ステータスに連動して稼働するネコ耳が生える。


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