第390話「緑の地獄」
アマツマラから第四回イベント〈深淵の営巣〉を告知してから数日。
殆どのプレイヤーに情報が浸透したことにより、アマツマラ地下坑道はいっそう活気を増していた。
よく整理された情報がwikiに公開されたためか、奥へ進めるプレイヤーが増え、彼らによって更に情報が補完され、攻略法が確立されていく。
俺たちが坑道を攻略した翌日には、騎士団も銀翼の団を中心に少数精鋭で構成した攻略隊で深層洞窟入り口にまで到達し、それに続くように〈
〈
最上位のトッププレイヤーたちが進んで奥へ向かう姿が呼び水となり、中堅層や駆け出しのプレイヤーも坑道へもぐり、己のスキルと技術を磨いていく。
その過程で【地下坑道整備計画】は丁度良い小遣い稼ぎ任務として愛され、彼らのおかげで坑道の環境も勢いよく整っていった。
そうしてアマツマラだけでなくオノコロ高地、そしてワダツミにいたる世界全体でイベント参加の機運が高まる中、俺は――
「次は歩き茸とか作ってみるかねぇ。蔦とかがないから、どうやって足を作るかが問題だが……。胞子をうまく成形できないかね」
『あぅ。難しそう……』
スサノオと共にワダツミの別荘横にある農園に引きこもり、日夜実験と試行錯誤を繰り返していた。
「いや、何やってんですか。イベントに向けた準備したほうが絶対いいですよ」
別荘と農地を隔てる強化ガラス障壁の向こう側から、レティが呆れた目を向けてくる。
ちなみに、以前までは簡単に木の柵で土地をしきっていたのだが、有毒の気体を発生させる植物やら、弾丸のように種を飛ばす植物やらが増えて危険になったため、現在の農園はドーム状に頑丈な隔壁で囲まれ、完全気密状態が保たれている。
別に長時間いなければバッドステータスを喰らうこともないのだが、建物自体はそうもいかず、泣く泣く〈鎹組〉に頼んで増築してもらった。
「ふぅ。これだってイベントに向けた準備だよ」
二重エアロックを抜け、化学防護服を脱ぎ、レティの元へ歩み寄る。
後ろをついてきたスサノオは、いつものデニムの作業着に大きな麦わら帽子という姿だが、俺が彼女と同じような格好で農園に入ると、10分程度で猛毒を受けて死ぬ。
「ほんと地獄みたいな環境ですね……。それより、歩き茸の開発とイベントの準備がどう関わるんです?」
防護服を脱いで身軽になった俺を見て、レティが疑念の目を向けてくる。
俺は彼女に向かって胸を張り、用意していた答えを出した。
「第四回イベントは兎にも角にも移動が重要だ。ミニシードを探すために〈雪熊の霊峰〉を東奔西走し、深層洞窟に届けるため坑道を猪突猛進する。ならば茸だって歩けないと駄目だろう」
「前半はともかく、後半が論理の飛躍すぎますよ。なにが歩けないと駄目だろう、ですか」
しかし俺の完璧な返答を聞いたレティは、それをすげなく一蹴した。
愕然としてスサノオに救援要請の視線を送ると、曖昧で可愛らしい笑みで躱されてしまった。
「ちなみにミカゲは三術連合の皆さんと攻略してくるって言って、坑道に出掛けてます」
「まじか」
「〈白鹿庵〉でも斥候として重要な役回りですし、地形と原生生物の出現位置を頭に叩き込んでるそうですよ」
「勤勉だなぁ」
ミカゲは直接的な戦闘力こそ姉やレティに敵わないが、彼がいなければ戦闘員の彼女たちも十全に力を発揮できない。
隠密性を活かして単身先行し、原生生物の種類や数を報告したり、糸を駆使した拘束や、各種デバフで敵を弱体化したりなど、戦闘を裏から支えてくれる縁の下の力持ちだ。
ちなみに彼は典型的な忍者ビルドなので、瞬間的な火力でいえばむしろ強い部類にある。
「そういえば〈呪術〉スキルも結構研究すすんでるのか?」
「みたいですね。今回の三術連合での攻略は、三術系スキルの攻略への適用試験も兼ねているみたいで」
「なるほど。占術――というかアリエスの占星術はともかく、他は昼でも暗い坑道なら効果底上げされるし、結構強力な武器になりそうだな」
まあ、星が見えないことで弱体化した占星術を使って、アリエス自身は単独攻略の偉業を成したのだが。
ともかく、坑道内部は薄暗く、三術系スキルにとっては環境的にも好相性だ。
「実際、レティたちの攻略の時も、ミカゲの呪術は強力でしたからね」
「そうだな。特にデバフが強烈だから、人数が少なくても戦えたところがある」
レティの言葉に実感を持って深く頷く。
〈呪術〉スキルは直接ダメージを与えることもできるが、その本質は相手を“呪う”こと。
つまり、〈支援アーツ〉のデバフのように、しかしそれよりも強力な弱体化を敵に付与することができる。
俺たちが六人で坑道攻略できたのは、彼のデバフによって敵が軒並み数段弱化していたのも要因の一つだろう。
「ちなみにトーカは何してるんだ?」
「エイミーとラクトと一緒に、町へ買い出しに出掛けてます。先日使い切った物資の補充が、なかなか進まなくて」
眉を下げるレティ。
坑道攻略の際に消費した物資の中には、高レアリティで市場在庫が少ないアイテムも多い。
そうでなくとも今はイベント直前、どこのバンドも物資の確保に奔走しているのだろう。
そこまで考えて、ふと首を傾げる。
「レティはついていかないのか? しもふりも連れて行けるし、女子会的に楽しめるんじゃ」
そう言うと、彼女ははっと思い出して目を開く。
「そうだ! レッジさんも一緒にどうですかって誘いに来たんでした」
「ええ……。目的を忘れてたのか」
「レッジさんが地獄みたいなところで妙ちきりんなもの作ろうとしてたからですよ」
呆れて言うと、彼女は唇を尖らせる。
俺が悪いのだろうか。
「ともかく、こんな所にずっといても息が詰まるでしょうし、気分転換も兼ねて出掛けませんか? レッジさんの〈取引〉スキルがあればNPCから値切れるんですよ」
「絶対後ろが本音だろ」
笑って誤魔化すレティに眉を寄せつつ、まあ良いかと装備を変える。
町歩きに適したラフな洋服になり、スサノオの方を向く。
「スサノオも行くか」
『あぅ。行く!』
彼女も頷き、麦わら帽の下で破顔する。
では決まりですね、とレティが手を叩き、別荘の玄関前で座っていたしもふりを呼ぶ。
「ワダツミまではしもふりに乗っていきましょうか。レティとレッジさんとスサノオちゃんくらいなら、三人でも大丈夫だと思います」
「そうか、助かる」
主人に首元を撫でられ、しもふりが嬉しそうに身を捩る。
彼が低く伏せてくれたところで、スサノオを持ち上げて乗せる。
「っと、白月もついてくるか」
そうしているうちに別荘から白月が飛び出してくる。
キッチンの日陰で寝ていただろうに、こういう時だけ野生の素早さを見せる。
「あ、そうだ」
出発直前の段階になって、はたと気がつく。
「ちょっと水の元の確認してくる」
化学防護服に着替えながら言うと、レティが怪訝な顔をして首を傾げた。
「火の元はともかく、水の元とは?」
「農園の散水装置だよ。すぐ側にいる時はともかく、無人の状態だと危険でな」
「危険って……どんな農園ですか……」
「成長しすぎたら爆発したり、単純に肥大化しまくったり。最悪、このガラス障壁がぶっこわれる」
「ほんとに何作ってるんですか!?」
耳をぴんと張って声を上げるレティに、俺はくるりと反転してエアロックに飛び込む。
散水装置を停止して、元栓を閉じ、いちおうカミルに注意するよう言っておく。
「カミルも大変ですねぇ……」
「おまたせ。どうかしたか?」
戻ってくると、レティがカミルを哀れみの色を浮かべた目で見ていた。
『別に良いわ。コレもメイドのたしなみよ』
管理者ほどの防御力のないカミルは、俺と同じモデルの化学防護服を着込みながら言う。
「どう考えてもメイドさんの格好じゃないです」
『別に良いから。さっさと行きなさいよ』
しっしっ、と動物を追い払うように手を動かすカミル。
後のことは彼女に任せ、町に出ることにしよう。
「では、行ってきます」
「よろしく頼んだ」
『はいはい』
化学防護服でころんとしたシルエットになったカミルに見送られ、しもふりが軽快に走り出す。
その隣を白月が併走する。
レティが前に座り、俺が後ろ、スサノオはその間に挟まって、揺れるしもふりの背で楽しげに笑った。
「とりあえず、ワダツミの市場に行きましょう。三人もそこにいるはずですので」
レティはそう言うと、しもふりに指示を出す。
陽光にキラキラと輝く海面を真横に、俺たちは他のバンドの別荘が立ち並ぶ中を颯爽と駆け抜けた。
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Tips
◇化学防護服
危険な薬品を扱う上級調剤師などが愛用する防護服。危険な液体や気体から身を守り、安全な作業を行うためには必須の装備。
簡単な気密性を確保したものから、耐爆、耐電磁性能を備えた上位モデルまで、いくつかの種類が展開されている。
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