第389話「編集者たち」
ブログに掲載した坑道のボスや新種の原生生物についての情報は、公開から三十分と経たずに公式wikiへと記載された。
wikiはwiki編集者がいるくらいには専門性が高く、記法ひとつ取っても少々難解なところがあるため、あまり自分から追記しに行こうとは思えない。
そのため、わざわざ許諾を取りに来てから俺の代わりに情報を纏めてくれるwiki編集者は、実は結構ありがたい存在だった。
「しっかし、まさか騎士団でもBBCでもなく、レッジが一番乗りだったとはなぁ」
俺に代わって情報をwikiに上げてくれた張本人であるレングスと、情報を整理するのを手伝ってくれたひまわりが、テーブルを挟んでまじまじとこちらを見る。
「俺だって、二人が探しにくるとは思わなかったさ」
レティが買ってきた〈黒い稲妻〉の新商品、ブラックエレキコーラコーヒーホイップフロートを飲みつつ言い返す。
レングスとひまわり、wiki編集者として活躍している二人がアマツマラまでやってきたのはまだ分かる。
二人はいわゆる情報屋と呼ばれるようなプレイをしているのだから、新情報のあるここまでやってくるのは何らおかしくはない。
しかし、まさか坑道を攻略したのが俺たちだと、ブログ記事を投稿する前に嗅ぎつけられるとは思わなかった。
……なんだこの飲み物は、妙に喉がヒリヒリするぞ。
「いつまで経っても主要な攻略組が声を上げなかったからな。そうこうしてるうちに偽物まで出てきてた」
大ぶりな体を真っ白なスーツに包み、丸いサングラスを掛けたレングスが肩を竦める。
偽物についても気になるが、どこぞの組長みたいな格好もかなり集中力を削がれるな。
「偽物、ですか?」
俺の代わりに、レティが尋ねてくれる。
こちらはいつものゴスロリドレス姿のひまわりが、こくりと頷いた。
「我こそが坑道攻略者なり、と声高に宣言する者がずいぶんと居たのですよ。真偽を確かめようと話しかけると、貴重な情報だから金を出せと」
「ええ……。なんですかそれ」
あんまりな話にレティだけでなくトーカやラクトまで唇を突き出す。
自分たちが苦労して掴んだ成果を横取りしようとする者が現れたのだ、あまり嬉しい話ではないだろう。
「ま、ほとんど相手にされてなかったけどな」
「そうなのか」
「当然だろ。坑道攻略できるような奴なら、多少なりとも有名人だ。ぽっと出の新人やダークホースがすんなり攻略できるほど易しいもんじゃねぇってことくらい、誰でも知ってるさ」
レングスの言葉はすとんと納得できるものだった。
坑道の過酷さは、まさに攻略最前線をひた走っている騎士団でも苦労していることからもよく分かる。
今回、俺たちがなんとか攻略して帰還できたのも、そもそもの人数が少なく、物資が比較的少量で済む構成で、なおかつ走り南京に大量の物資を積み込んだ上でそれなりの速さで移動できたのが勝因だろう。
そこまで考えて、はたと気がつく。
「俺たち、結構強くなってるんだなぁ」
思わず零れた言葉に、周囲が押し黙る。
レングスとひまわりがドン引きしたような目をこちらに向けてきた。
「なんだよ、その顔は」
「今更何言ってやがるんだって顔だ」
バケツポテトをむんずと掴み、大きな口の中へ放り込みながらレングスが言う。
「あんまり言い過ぎると、要らぬ反感を買いますよ」
眉を顰めたひまわりに、俺は半笑いで謝る。
「俺は今回、ほとんど戦ってなかったからな。いつもはレティたちに戦闘を任せきりだし、あんまり強くなった自覚がなかったんだ。
でも、今回の坑道攻略で〈白鹿庵〉としての強さを認識できたような気がする」
自分で言うのもなんだが、〈白鹿庵〉は結構バランスの取れたパーティだ。
多少、攻撃力、破壊力に傾いているきらいもあるが、エイミーのおかげで守りも堅牢で、俺もサポートでは一役買えているはずだ。
少数ながらも安定感がある良いパーティなのだろう。
「実際、良いパーティだと思いますよ。皆さん仲良しですし」
ひまわりのその言葉に異論はない。
俺も含めて、〈白鹿庵〉のメンバーが何か喧嘩しているようなところは見たことがなかった。
「ともあれ、レッジたちのおかげで坑道攻略も一気に加速するだろ。情報が上がれば、対策が立てられる。対策が立てば、辿り着ける」
「イベントもありますし、しばらくは盛り上がるでしょうね。同時に整備計画も進捗が進んで、より攻略難度は下がっていくはずなのですよ」
今回のイベントは、坑道を抜けて深層洞窟まで辿り着けることが要件になってくる。
そのためにはプレイヤー自身の腕を磨いて戦力を増強を図るのも重要だが、ひまわりの言ったように【地下坑道整備計画】を進めて、坑道自体を整えていくことも大事だ。
道を均し、壁を広げるだけでも戦いやすくなるし、もっと言えばトロッコを延伸すれば、それだけで戦闘をスキップして時間の短縮もできる。
「騎士団とレッジが深層洞窟の最下層を見つけた時から、整備計画の進捗はずいぶん加速してるからな。案外、すぐに坑道全部開通しちまうかもな」
レングスが大きく口を開けて笑う。
あながち冗談とも言えない予測に、俺は期待を込めて頷いた。
「それで、レングスたちはこの後どうするんだ? 原生生物とかボスの抜けてる情報を集めに行くとか?」
俺がレングスたちに提供した情報は、外見や行動パターンなど簡単なものばかりだ。
当然、wikiの該当ページはまだまだ空白が多く、到底完全とは言えない。
それらを埋めるため、彼らは地下坑道に潜るのかと思って尋ねてみると、二人はぎょっとして首を振った。
「おいおい、俺たちをお前らみたいな戦闘民族と一緒にしないでくれ。こちとら戦力を持たない平和主義だぞ」
勘弁してくれ、と笑うレングスに、レティがむっとする。
しかし彼女は紛う事なき戦闘民族である。
平和主義者というのは俺のような人間のことを言うのだ。
「いや、それは違うと思うよ」
「な、なんだよ」
不意にラクトがこちらへ振り向いて言う。
なぜ思考は読まれてしまうのか。
「原生生物の情報は、それを専門にしてる編集者が集めて追記するはずだ。中には自分で戦って情報を集める奴もいるが、大抵は戦闘職に引っ付いてるな」
「なるほど。従軍記者的な」
「まあ……ニュアンスはそんな感じかね」
俺が言うと、レングスは唸りながらも頷いた。
wiki編集者と一口に言っても、その種類は多岐に渡る。
戦闘職の中に近接物理職、遠距離機術職があり、更に鎚使い、カタナ使い、氷属性攻性アーツ使いと細分化されるようなものだ。
レングスとひまわりは、基本的には町専門のwiki編集者で、都市の詳細な地図を作成したり、様々なユニークショップの情報を纏めたりしている。
彼らとは違い、原生生物の情報を専門に集める者や、魚の情報、植物の情報、地形の情報、鉱石の情報、それぞれの分野に特化したwiki編集者がいるようだ。
「なにせどの分野もボリュームがデカすぎるからな。一人や二人じゃ到底カバーできねぇ」
「スサノオですら、まだ完全には纏めきれていないのですよ」
少しぐったりとした様子でため息をつくひまわり。
突然自分が話題に上がったことに気がついて、俺の隣でジュースを飲んでいたスサノオがぴくりと反応した。
それを見て、レングスが凶悪な笑みを浮かべ、スサノオは怯えた様子で俺の腕にしがみついた。
「あんまり怖がらせるなよ」
「優しく微笑みかけただけだろうが」
割合ショックが大きい様子でレングスが項垂れる。
その風貌で笑いかけると、普通に俺でも怖いからもう少し考えて欲しい。
「そういえば、管理者についてもほとんど情報が集まっていないのですよ」
スサノオに関連して、ひまわりが言う。
『スゥの、こと?』
きょとんと首を傾げる少女に、ひまわりがいつもの硬い表情をいくらか和らげて頷いた。
「はい。まあ、これもレッジ案件になるのですが――」
「なんだよレッジ案件って」
聞き捨てならない単語が聞こえ、思わず問いを投げるが、無情にも無視される。
「管理者と呼ばれるNPCの存在は、まだ新しいこともありあまり情報がありません。定期的に開催されるミニイベントくらいでしか、その姿が見られないというのも理由の一つですが」
『あぅ。もっと、知りたいの?』
自分の顔ほどもある大きな紙カップを抱え、スサノオが言う。
ひまわりは身を乗り出して大きく頷いた。
「それはもう! wiki編集者の中には、NPCについて専門的に扱っている方もいらっしゃるくらいですから」
『ひゃうっ!?』
突然間近まで迫った顔に驚き、スサノオはまたも俺の腕に鼻を埋める。
すぐに正気に戻ったひまわりは、気まずそうに一つ咳払いして話を戻す。
「ともかく、管理者はNPCの中でも特に興味深い存在です。あなた方の事をもっと知りたい、むしろ我々の事をもっと知ってもらいたい、なんて思う人は沢山いると思うのですよ」
『あぅ……。そっか』
そう締めくくったひまわりの言葉に、スサノオは真剣な眼差しで耳を傾けていた。
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