第387話「管理者のお仕事」
〈アマツマラ地下坑道〉第44層の階層主、“纏繞のクアルプァ”の巣を突破した俺たちは、ついに新たなフィールドへと辿り着いた。
その名も〈アマツマラ深層洞窟・上層〉と言う巨大洞窟は、それまでの人工的に掘削し延伸されてきた坑道とは一変して、ゴツゴツとした岩肌と垂れ下がる滑らかな鍾乳洞の天然洞窟だった。
それまでの、未舗装とはいえ平坦だった足下は凹凸の激しいものになっており、小さくぼんやりと照らしていた照明の類も無くなっている。
その代わりなのか、青や緑に発光するコケ類がそこかしこの岩肌に張り付いていた。
「これはまた、一気に変わりましたね」
「ヒカリゴケって実際はこんなに光らないんじゃなかったっけ」
周囲を見渡し、レティたちは率直な感想を漏らす。
さいわい、フィールドの境界付近であるためか原生生物の気配は感じない。
遠くの方で蝙蝠の鳴き声が聞こえるくらいだ。
「ひとまず、これで地下坑道から砂浜に通じていることは証明できましたかね。まさか、上層から最下層に繋がっていない訳もないでしょうし」
ここまで決死の行軍を敢行したのは、〈アマツマラ地下坑道〉から〈アマツマラ深層洞窟〉、ひいては〈鋼蟹の砂浜〉へと繋がっているか確認するためだ。
可能性が高かったのと、確定したのでは話がまるで違ってくる。
トーカは無事に結果を得られたからか、ほっと胸を撫で下ろす。
「それで、どうする? 先に進むか?」
全員の顔を見回しながら、話を切り出す。
走り南京に積み込んだ荷物は、ここまでの道中でかなり消費してきた。
ラクトとエイミーが使うナノマシンパウダーは特に少なく、これが枯渇すれば貴重な機術戦力を失ってしまう。
アンプルや包帯、応急修理用マルチマテリアル、弁当、そして種瓶。
他のさまざまな物資も、未知のフィールドを探索するとなると少し心許ない。
「物資がないことには、あまり進めませんよね。帰るにしても、戦闘を避けるようにしても多少は負傷を覚悟しなくちゃいけませんし」
そう、無事に家に帰るまでが遠足なのだ。
地下坑道を第44層まで下ってきたと言うことは、また44層ぶんの道のりを登らなければならない。
当然そこでも戦うことになるため、ある程度のリソースは残しておかねばならない。
死に戻りしてしまえば、解体して得た階層主の素材や撮り溜めた写真も全て失ってしまう。
「深層洞窟の攻略は、坑道以上に大変ね。原生生物の強さ的な意味でも、物資的な意味でも」
エイミーがここまでの苦労を思い返し、ここからの艱難辛苦を思って、表情を曇らせる。
坑道の先にある洞窟の原生生物が、それまでのものより弱いということもなかろうし、確かに洞窟攻略は厳しそうだ。
少数での強行突破でここまで来た俺たちでさえ、すでにギリギリなのだ。
「せめてこの辺に補給ポイントでもあればいいんだがなぁ」
手つかずの天然洞窟を見晴らして、思わず叶わぬ願望を零す。
アマツマラで受注できる【地下坑道整備計画】の進捗を進めればクアルプァの巣までトロッコが開通するのかも知れないが、それだって何年かかるか分からない。
『レッジ』
どんよりとした気分に沈んでいた時、不意に袖を引っ張られる。
視線を下ろせば、スサノオの瞳が覗き込んできた。
「どうした?」
お腹でも空いたのだろうかと思って尋ねる。
彼女は言葉を選びながら、ゆっくりと言った。
『あのね。領域拡張プロトコル』
「領域拡張プロトコル?」
惑星イザナミの開拓を進めるための、根幹を支えるロードマップだ。
俺たち調査開拓員だけでなく、スサノオたち管理者もまた、その計画に則って種々の意志決定を行っている。
『領域拡張プロトコルで、ここに地下資源採集拠点シード02-アマツマラを置くことになってる』
「なんだって!?」
スサノオの言葉に、俺たちは揃って驚く。
前々から計画されていたことなのか、俺たちがこの洞窟を発見したことで立案されたのかは分からない。
しかし、彼女の言葉通りアマツマラが置かれることになれば、強力な補給地点になることだろう。
「でも、ここは地下ですよ? アマテラスからシードは落とせないのでは?」
天井を見上げてレティが言う。
アマツマラにしろ、スサノオにしろ、ワダツミにしろ、都市を建造するためには“シード”と呼ばれる種が必要となる。
それは遙か空の向こうに停泊している開拓司令船アマテラスから投下されるものだ。
ちょっとした隕石みたいなもので、迎撃すればそれなりの覚悟を必要とするが、流石に地下44層分の地面を貫通するほどの威力はないだろう。
『うん。だから、運搬計画が出てる』
当然、そのことはスサノオも知っている。
彼女はすんなりと頷き、その解決策があることを明らかにした。
「運搬計画?」
『うん。調査開拓員で協力して、シードを運ぶ。ポイント・コアがどこかにあるから、そこに置く。そしたら、アマツマラ、できる』
段階ごとに指を立て、スサノオが言う。
簡単でしょう? と言いたげだが、俺たちは困惑の表情を浮かべた。
「えっと、いろいろ言いたいことはあるんだが。まず、その情報は俺たちに話しても良かったのか?」
まずはそこだ。
スサノオは管理者という高位の権限を持ったNPCだから、運搬計画やシード02-アマツマラについて知っていても不思議ではない。
しかし、彼女がここにいるのは恐らくイレギュラーなことで、俺たちにその情報を伝えるのは権限を越えた行為なのではないかと危惧していた。
そんな俺の不安を余所に、スサノオはすんなりと頷く。
『大丈夫。もうすぐ、アマツマラが公表するはず』
「そうなのか?」
『うん。新しいフィールドが見つかって、そこが周囲の拠点から離れてると、自動的にシード投下計画の立案が要求されるの。これが領域拡張プロトコルに書いてあるの』
つまり、新たなフィールドが見つかったら必然的にシードの投下が検討される。
今回の洞窟発見は、シード投下の条件に合致したようだ。
そこまでは領域拡張プロトコルで設定されており、管理者ならばすぐに分かるらしい。
「それで、シード投下計画っていうのは……」
レティの問い掛けに、スサノオは頷く。
『いま、アマツマラが頑張って書いてると思うよ』
黒髪を揺らし、眼を細める。
幼い姿についつい忘れてしまうが、その言葉からは彼女が管理者たちの長女であることが窺えた。
「スサノオも計画を書いてたのか?」
『うん。えと、ウェイドと、サカオと、キヨウと、アマツマラの投下計画はスゥが書いたよ』
「そうだったのか……」
それは、確かにそうだろう。
四つの都市はすべてスサノオから繋がっている。
俺たちがフィールドを掻き分けて進むたび、彼女もまた中央制御塔の中で頑張って計画を作成していたらしい。
「つまり、レッジさんはスサノオちゃんが頑張って書いたウェイドの投下計画を滅茶苦茶にした訳ですね」
「うっ」
レティがじとっとした目をこちらに向けてくる。
たしかに、スサノオがウェイドの投下計画を立てたのならば、俺はそれに真っ向から刃向かったことになる。
いや、しかし、あれは白月が大切にしていた白樹を守るためであって……。
『あぅ。大丈夫。計画は完璧じゃない。スゥも初めてだったから、びっくりしたけど』
俺を慰めるように、ぐっと背伸びして手を突き出すスサノオ。
彼女は俺の頬を撫でてはにかんだ。
「ですが、今はアマツマラさんが計画を考えているところですよね。まだ運搬すると決まったわけではないのでは?」
てしてし、と叩くように俺の頬を撫でるスサノオに向かって、トーカが言う。
確かに、まだ計画が確定したわけではない。
『スゥも、アマツマラも、同じ〈クサナギ〉だから。ほとんど、同じ結論が出るとおもうよ』
「なるほど。そういうことでしたか」
その言葉にトーカはぽんと拳を打つ。
スサノオたち管理者は〈クサナギ〉という中枢演算装置が本体だ。
本体の論理プロトコルが同じなら、経験により算出する速度は違えど同じような結論を弾き出す。
『だから、もうすぐ』
そう言って、スサノオが上を見上げる。
つられるように俺たちも暗い洞窟の天井へ目を向けた時、アナウンスが響き渡った。
『新たな開拓領域〈アマツマラ深層洞窟・上層〉が発見されました』
『領域拡張プロトコルにより、地下資源採集拠点シード02-アマツマラの投下が要請されました』
『地下資源採集拠点シード-01アマツマラによる検討の結果、シードの直接投下は困難であると判断されました』
『同じく、シード01-アマツマラにより〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉が告知されました』
次々と流れるアナウンス。
その音声を聞いて、俺はふと気がついた。
「あれ、この声って……」
「アマツマラさん、ですよね」
今までのアナウンスは、無機質な女性っぽい機械音声だった。
しかし今回の声は――いつもと違って真面目で硬い口調だが――アマツマラのそれである。
『こっちの方が、いいかなって。みんなで、決めたの』
嬉しそうに頬を緩め、スサノオが言う。
どうやら管理者と調査開拓員の親交を深めるため、こういった所も変えていっているらしい。
「では、レティたちも一度戻りましょうか。特殊開拓指令ということは、大規模なイベントになるみたいですし」
レティの提案に頷く。
アマツマラが頭を捻って作り上げた〈特殊開拓指令;深淵の営巣〉の詳細は、恐らくアマツマラで確認できるだろう。
俺たちは踵を返し、薄暗い坑道を引き返した。
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Tips
◇
特殊な遺伝子改良を施した植物。非常に強靱な根を広範囲にわたって急速に張り巡らせ、周囲の水分を猛烈な勢いで吸い上げる。
ハート型の葉を茂らせ、独特の匂いを発する。
水分量が多く、泥濘んだ土地に種を撒けば、一時的に足下をしっかりと固く安定したものへ変えることができる。
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