第383話「南瓜の馬車」

 坑道攻略に行こうとレティが言い出してから数日。

 俺は彼女たちに怪訝な目を向けられながらも、スサノオをアシスタントに農園で作業を続けていた。


「レッジさーん、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」

「とりあえず、わたしたちの準備は終わっちゃったよ」


 農園の入り口からレティたちの声がする。

 随分と緑が陰鬱と茂るようになった農園の実験区画は、完全に外界と遮断されてしまっていた。

 大きな鉢植えに背の高い植物が植えられているので、ごちゃごちゃとしていてまるで迷路のようになっている。

 色々とデバフを受ける可能性もあるため、現在、農園は全面的に俺とスサノオ以外の立ち入りが禁止されていた。


「こっちも今終わったところだ。すぐに行くから待っててくれ」


 生け垣の向こう側へ声を張り上げ、手元のウィンドウを操作する。

 あとはこの種を濃縮栄養液と共に瓶に詰めて、種瓶化すれば……。


「よし、完成だ」

『おぉ? レッジ、できたの?』


 強酸で溶けた植木鉢の瓦礫を片付けていたスサノオが顔をあげる。

 俺は頷き、完成した種瓶を彼女に見せた。


「理論上は完璧だ。コスト的に1つしか作れなかったから、芽吹かせるのは本番だけどな」


 別に落としても割れやしないが、今までの苦労が滲み出て、そっとインベントリに収める。

 そうして、スサノオを連れて意気揚々と農園を出ると、入り口には既に準備万端なレティたちが待っていた。


「お待たせ」

「ほんとですよ。結局、なにを作ってるのかも教えてくれなかったですし」


 レティがぷっくりと頬を膨らませて言う。

 後ろではエイミーが苦笑していた。


「それで、なにを作ったんです?」

「まあまあ。とりあえず坑道に行こうじゃないか」

「まだはぐらかすんですか!?」


 ここまで来たらいっそのこと直前まで隠したい。

 俺がそう言うと、彼女は耳を直立させて険しい顔になった。



「ほんとにここまででいいんスか?」

「ああ。ここから先は自分たちで運べるからな。助かったよ」

「了解っス。じゃ、お気を付けてっス」


 堅い岩の側に物資の詰まった携行型簡易保管庫を降ろし、空の背負子を背負った〈笛と蹄鉄〉の皆さんが来た道を戻っていく。

 その姿が見えなくなるまで見送って、俺たちは改めて顔を見合わせた。


「さて、無事に〈アマツマラ地下坑道〉の未探索領域手前までやってきた訳だが」

「ここまでもまあまあ大変でしたねぇ」


 頬を土で汚したレティがくったりとした表情で言う。

 新兵器を準備した俺たちは、さっそく〈アマツマラ地下坑道〉の攻略に乗り出した。

 序盤の浅い階層には他のプレイヤーも多く、しもふりはともかく“鉄車”まで持ち出すと邪魔になってしかたがない。

 そんなわけでひとけが無くなる此処までは、ラクトが見付けてきた荷運び専門バンドである〈笛と蹄鉄〉に依頼して、物資を持ってきてもらった。

 いくら人が多いとはいえ、俺たちだけ戦いを避けて進むことはできず、戦闘能力のない〈笛と蹄鉄〉の6人を守りつつここまでやってくるのはなかなかに骨が折れた。


「けどここからは護衛も必要なくなるし、多少は戦いやすくなるんだよね」

「そのぶん原生生物も強くなってますけどね」

「それに、まだレッジの新アイテムを見ないことには、なんとも言えないわよ」


 エイミーが岩の側に並べられた鉄製の箱を見下ろす。

 歩荷隊の6人が手分けして運んできてくれた、俺たちの生命線だ。

 回復アンプルや応急修理用マルチマテリアルはもちろん、弁当となる料理や飲み物、包帯、触媒用ナノマシンパウダーなど、一通り戦闘に必要なものを詰めているため、6人分でも随分な分量になった。

 流石にこれだけの分量を、すでに色々と積み込んでいるしもふりのコンテナに入れるのは非現実的だ。


「で、どんな秘策を持ってきたんです?」


 ほれほれ出しなさいよ、とレティが借金の取り立て屋のように絡んでくる。

 どうやらここまでずっと秘密にしていたのを随分根に持っているようだ。


「まあまあ、今から出すから見とけ。――『強制萌芽』」


 種瓶を人の居ない場所へ投げつける。

 ガラスが割れ、中の濃縮栄養液と種が地面に落ちた。

 酸素と僅かな光を供給され、種は一気に膨らみ、弾けるように芽を出した。

 それは長く太い蔓となって幾重にも分岐し、何本かが絡まり合って太い腕を形作る。


「うわっ。なにこれ……」

「四本足の怪獣みたいになってますよ!?」


 引き気味に驚くラクトと、目を開くレティ。

 彼女たちの眼前で、それは更に成長していく。


「『栄養液注入』っと」


 種瓶に封入されている濃縮栄養液だけでは、この植物が成長しきる前に枯れてしまう。

 俺は時折、栄養液を追加しながら、ぐんぐんと大きくなるそれを見守った。

 分厚い葉を深く茂らせ、黄色い花をいくつも咲かせる。

 その中でも一際大きな花が、4つの足の中央に花弁を広げ、そこに実をつけた。


「この花……もしかして……」


 エイミーはその花を見て察したようだ。

 実はぐんぐんと大きくなり、やがて内部に俺たちが3人くらい入っても悠々と過ごせるほどの大きさになる。

 鮮やかなオレンジ色の皮は分厚く頑丈で、ちょっとした装甲のようだ。

 その内部は空洞になっていて、乗り込むことができる。


「自律移動型カボチャ、走り南京だ!」


 四本の太い蔦の脚を蠢かせ、走り南京が身を揺らす。

 それを見たレティたちは唖然とする。


「要は童話に出てくるカボチャの馬車だよ。自分で動くのと、車輪じゃなくて四本脚なのがちょっと違うが」

「そこ違ったら別物でしょう! ファンタジーってより、クリーチャーですよこれ! エイリアンとかそんなのですよ!」


 俺の説明に、はっと正気に戻ったレティが怒濤の勢いで反論する。


「でもなあ、車輪を再現するのは植物だと難しいし、しもふりに牽引してもらうのも、しもふりも重要な戦力だから避けた方がいいだろ?」

「普通にテントじゃ駄目だったんですか?」

「ちゃんと乗り込む場所はテントを設置できるようにしてるぞ!」


 “鱗雲”を傘のように展開し、カボチャの上に乗せるのだ。

 そうすれば移動式のテントとしても扱える。


「でもこれ種瓶なんでしょ? すぐに枯れるんじゃないの?」

「うむ、良い指摘だな」


 ラクトの言葉に頷く。

 種瓶は――ここが光に乏しい地下空間であることも一因だが――いろいろと無理をさせているため成長は早いが枯死するのも早い。

 蛇頭葛なども強力だが、その影響は30秒も持続しない。


「だからカボチャを選んだ。カボチャは夏に収獲しても冬まで持つくらいタフだし、実が大きいから栄養を沢山貯蓄できる。

 あとは定期的に栄養液を注入してやれば、それをガソリンにして走り続けてくれるのさ」

「その辺は植物的にしぶといんですね」


 トーカがわさわさと茂った走り南京の葉を撫でて言う。


「ともあれ、これに荷物を乗せれば運搬できるはずだ。設計上はエイミーが30人くらい乗ったって――」

「レッジ?」

「……屈強なタイプ-ゴーレムの男が30人くらい乗っても平気だからな」


 貫く刃のような鋭い視線を察知し、慌てて言い直す。

 パーティの守りの要を失えば、俺など一瞬でモグラの餌になってしまうからな。

 ブルブルと震えながら、俺はレティたちにも手伝って貰って、走り南京の中へ保管庫を積み込んでいく。


「スサノオさんはほんとに力持ちですねぇ」


 保管庫を三段重ねたものを運びながら、レティが感心したように言う。

 彼女の隣では同じものを五段重ねたスサノオが小走りで南京へと向かっていた。


『あぅ。スゥはこれくらいしか、手伝えないから。がんばる』

「ふふ。ありがとうございます」


 まるで妹を見るような優しい目つきでレティが言う。

 スサノオもくすぐったそうに目を細め、張り切った顔で次の荷物を運び入れた。


「くぅ、おっも……。よくコレ運べるな……」


 そんな微笑ましい光景を横目に、俺は携行型簡易保管庫の1つも持ち上げられずに四苦八苦していた。

 携行型とは名ばかりに、まるで地面に根っこでも伸ばしているのではないかと邪推するほど頑として動かない。

 〈行商人〉だったころなら、ロール能力で最低一つは運べたと思うのだが、悲しいかな、今の俺はしがない〈旅人〉でしかない。


「レッジは腕力ないんだから仕方ないでしょ。それよりカボチャの様子を見てたほうがいいんじゃないかしら?」


 横からやって来たエイミーが、保管庫を片手で軽々と持ち上げる。

 こんなところで腕力の差が出てしまうのは悔しいが、こればっかりはステ振りに依るものだから仕方がない。

 ラクトなどは自分には無理だと早々に判断し、積み込まれた荷物のチェックに回っていた。


「すぐに取り出す必要の無いものを下にして、包帯とかアンプルの入った箱を上にね。重量のバランスも考えた方がいいのかな?」

「できるだけ重心を低くして、一方に傾かないようにしてくれ。まあ適当でも大丈夫だと思うが」


 荷下ろしオペレーターと化したラクトに頼みつつ、俺は走り南京のステータスを確認する。

 植物にあるまじき“耐荷重”のパラメータはまだまだ余裕がある。

 残存栄養量のほうも、実としてのストックが十分にあるし、俺のインベントリにも栄養液がいくつも忍ばせてあるから大丈夫だろう。


「レッジ、積み込み終わったよ」

「よし、じゃあ出発するか」


 最後に南京の上に“鱗雲”を傘型に広げる。

 これでこのカボチャの馬車はリジェネ能力も持つ移動型拠点として完成した。


「では、ミカゲが先行。レティ、トーカ、エイミーが前衛。レッジさんとラクトが後衛でいいですかね」

「いつもの配置だね。わたしとレッジはカボチャに乗り込めばいいのかな」

「そうですね。しもふりは大事な戦力なので、騎乗せず戦って貰いましょう」


 諸々の配置も決まり、出発の準備が整う。

 武器を取り出し、誰からともなく暗い坑道の奥を見る。

 カボチャの中に乗り込んだ俺の足下には白月も潜り込み、スサノオもやってきた。


「では、出発!」


 ミカゲが走り出す。

 闇に溶けるその背中を追って、レティたちも足を踏み出す。


「いけっ、走り南京!」


 俺の声に反応し、走り南京が四本の蔓足を動かす。

 前人未踏の闇へと向かい、7人と2頭と1株が進み出した。


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Tips

◇走り南京

 特殊な品種改良を施した植物。無数の蔓が絡まり合った四本の足を持ち、背中に巨大な実をつける。

 実は空洞で、左右に開いた穴から出入りが可能。

 狂気的な遺伝子改良によって生まれた異形の南瓜。実に大量の栄養を貯蓄し、長時間の激しい運動が可能になった。外皮は固く、多少の攻撃なら難なく弾く。

 栄養液を注入することで活動時間を延長させることができる。


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