第9章【深淵の営巣】
第382話「坑道へ行こう」
アストラたちと共に〈鋼蟹の砂浜〉の地下洞窟を進み、“白盾のコシュア=イハルパルタシア”を討伐し、更には〈アマツマラ深層洞窟・最下層〉という新たなフィールドを発見してから、数日が過ぎた。
ブログのPVもかなりの数を記録し、ありがたいことにコメントも返信が追いつかないほどに送られてきた。
いちプレイヤーの雑な日記帳でしかないブログがここまで注目されたのも、誘ってくれたアストラと騎士団の知名度があってのことだろう。
ともかく、騎士団の報告書と共にブログ記事を公開した直後から、〈鋼蟹の砂浜〉には多くのプレイヤーが大挙して押し寄せてきたらしい。
それはミサイルシャークの襲撃もプレイヤーの数の差で圧倒するほどで、ワダツミの市場には蟹と鮫の素材が山のように流通し、随分と価格も下落したようだ。
同時に上の方――〈アマツマラ地下坑道〉の側からも〈アマツマラ深層洞窟〉への到達を目指して、我こそはという猛者たちが果敢に挑んでいた。
しかし、砂浜側から入ったプレイヤーたちによるイハルパルタシア討伐の報告はちょこちょこと挙がっているものの、いまだ上からは〈アマツマラ深層洞窟〉の上層も到達報告がなされていない。
地下坑道深部の原生生物がかなり手強いこと、地形的に自由に立ち回ることができず視界も確保しづらいこと、そしてなにより長大な洞窟では物資が枯渇してしまいそれ以降の探索が難しいことが理由に挙げられていた。
特に物資の問題はかなり重くのし掛かっているようで、機械牛の隊列を組めばそれを守る人員が必要となり、重量もギリギリであるためせっかく倒した原生生物の素材も持ち帰ることができず収入も少ない、とのことだ。
目下の所の解決策としては、アマツマラで受注できる地下坑道整備任務を地道にこなし、補給線を少しでも前へ少しでも太く伸ばしていくことが一番、と言うのが地下坑道攻略界隈の結論だった。
「というわけで、レッジさん。〈白鹿庵〉でちゃちゃっと坑道攻略しちゃいましょう」
「どういうわけだよ……」
いつものようにワダツミの別荘で、割烹着とエプロンを着けてカミルと共にハタキを振るっていると、ドアを開けて入ってきたレティが開口一番そんなことを言った。
驚き呆れる俺を見て、彼女は上のような説明を施した。
「レッジさんのテントがあれば道中の休憩も取りやすいですし、しもふりがいれば物資の運搬も余裕があります。何より、〈白鹿庵〉は全部で6人と少数精鋭! これはもう、レティたちが坑道攻略しなければ誰がすると言うんでしょうか」
「そりゃ、頭のネジが何本か取れてるような攻略組だろ」
「頭のネジ欠損代表者のレッジさんが何言ってんですか」
物凄く失礼な事を言って、レティが深いため息をつく。
俺はいたって正常な一般ゆるふわエンジョイ勢おじさんなんだぞ。
「いいんじゃないの、地下坑道。レッジも最近は農場で怪しい実験してるか家でメイドさんごっこしてるだけだし」
部屋のテーブルに両腕を乗せて、だらりと半分溶けたような姿勢で掲示板を読んでいたラクトが、振り返りながら言う。
「メイドじゃなくて、せめて執事くらいにして欲しいんだが……」
『〈執事〉を名乗りたいなら〈家事〉スキルレベル60くらいにはなりなさいよ。今だとせいぜい〈家事手伝い〉がいいところよ』
思わず零した文句に、隣のカミルが耳聡く反応する。
ちなみに〈家事手伝い〉は〈家事〉スキルレベル30のロールで、レベル60からは男性が〈執事〉、女性が〈メイド〉となる。
そのあたりをさらっと教えてくれるカミルは、立場的にはメイド長だろう。
閑話休題。
「〈剣魚の碧海〉のボス探しも行き詰まってるしなぁ……。たまには外に出るのもいいか」
もともと〈鋼蟹の砂浜〉を見付けるに至ったのは、近海のボスを探そうと思い立ったところに因る。
その結果思いも寄らぬ展開を見せたわけだが、肝心の近海のボスはいまだ誰にも発見されていない。
今ではボス未実装説までまことしやかに噂されている始末だ。
正直、俺も最近は別荘に入り浸りで出掛けてもワダツミの露店とネヴァの工房へ商品補充、といった具合だったのでそろそろ新しいことをしてみたいとも思っていた。
「とはいえ、坑道は結構混んでるんじゃないの? ただでさえあそこは狭いのに、人が多いと戦うのは大変じゃない?」
雑誌を読んでいたエイミーも会話の輪に参加する。
彼女のもっともらしい意見に対し、レティはやれやれとでも言いたげに頭を振り、得意げな笑みを浮かべた。
「たしかに序盤は攻略しようとやってきたライバルも多くて大変でしょう。しかしそこはお互い様、互いに力を合わせて突破すれば消耗は少ないでしょう。
そして、彼らが全員撤退してしまうほど奥、未探査領域まで入ってしまえば十分なスペースも取れるはずです!」
「うーん、脳筋だなぁ」
朗々と言い切るレティに、ラクトが率直な感想を返す。
彼女の意見は単純明快で分かりやすいが、同時にそれができてれば苦労はしない、と坑道攻略中のプレイヤーたちに怒鳴られそうなものでもある。
「しかし、補給の問題は大きいぞ。今も攻略中のプレイヤーだって考えなしに突っ込んでるわけじゃなかろうし、しもふりサイズの大型運搬用機獣も投入されてるはずだろ」
「うーん……。じゃあ“鉄車”を展開して進むのはどうです?」
反論を受けて、レティは更に解決策を提示する。
しかし、それに対しても俺は難しい表情を和らげることはできなかった。
「地下坑道で“鉄車”はちょっと難しくないか? 人が少ない時ならともかく、混雑してる場所では迷惑すぎる」
大型機獣であるしもふりでさえ、若干ぎりぎりである感じが否めないのだ。
そこへコンテナを乗せた車まで牽引して乗り込めば、流石に周囲から反感を買うことは避けられない。
そう考えて口にすると、レティはぷっくりと頬を膨らませてしまった。
「むぅ。じゃあやっぱり攻略は無理なんですか?」
無理ではないが、難しい。
俺だってレティをいじめたくて言っているわけではないのだが、やはり坑道の場所柄として様々な問題が立ちはだかっており、それを避けて通るのが至難の業なのだ。
「ねえ、レッジ。荷物の運搬に関してはこういうサービスもあるみたいだよ」
行き詰まった空気を裂くように、ラクトが掲示板のページを広げて言った。
そこに書かれているのはとあるバンドの広告のようだ。
スレッドの話題が坑道のことになるたびに画像を貼っているようで、ポップ体で大きな文字が並んでいる。
「荷物運搬、歩荷専門バンド〈笛と蹄鉄〉……?」
「その名の通り荷物運び専門のバンドみたいだね。〈行商人〉とか〈運び屋〉みたいな運搬系ロールのプレイヤーの集まりで、目的地までの荷物運びを手伝ってくれるみたい」
「物好きなバンドがあるんだなぁ」
ゲームの中でも荷物運びとは、奇妙なところに面白さを見出している一団もいるものだ。
ともかく、この〈笛と蹄鉄〉というバンドは物資が肝となる坑道攻略に商機を見出し、戦闘には参加しないが荷物運び特化ビルドを活かして売り込んでいるらしい。
「そうです! この人たちを雇えば物資運搬の問題も解決ですよね!」
地の利を得たりと途端に勢いを取り戻すレティ。
契約料金はそれなりにするようだが、まあ最近は商売の方も順調で財布もあたたかい。
とはいえ、どうだろうか。
「この人たちは戦闘に参加しないんだろう? 今度は未探査領域に入ったら護衛の負担が増えないか?」
レティが最初に坑道攻略を提案してきた時の理由に挙げていたのが〈白鹿庵〉の少数精鋭という特徴だ。
少人数ならば消費する物資もさほど多くならないし、俺以外の人員はみんな戦闘力が高いので護衛しながらの戦闘ということもあまりない。
しかし、荷物運びのためにこの歩荷隊を雇えば護衛の手間が増え、本末転倒になってしまう。
「うぐぐ……。あっちを立てればこっちが立たず。世の中難しいですね」
レティはしんなりと耳を曲げて項垂れる。
彼女は感情が分かりやすいぶん、俺も見ていて可哀想になってしまった。
なんとか障害を取り除く方法がないかと無い頭を捻るが、妙案というものはなかなか思いつかない。
「いっそ、荷馬車でも召喚できればいいのにね。そしたら人が少なくなってきたところで歩荷隊に帰って貰えばいいし」
何気なくラクトが言葉を漏らす。
ハタキを振りながら悩んでいた俺の耳にもそれは飛び込んできて、俺はぴくりと眉を動かした。
「なるほど」
「……何がなるほどなの?」
思わず呟くと、ラクトが眉を寄せてこちらを見る。
いや、彼女はとても良いアイディアを出してくれた。
「すまん、カミル。残りの掃除は任せた」
『はいはい。むしろなんで手伝ってたのよ。アンタ、仮にも家主でしょ』
ハタキをしまい、割烹着のまま別荘を飛び出す。
背後で驚いたレティたちの声が聞こえるが、構う暇はない。
俺は深い思考の海に飛び込みながら、深い緑の農園へと飛び込んだ。
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Tips
◇〈家事手伝い〉
〈家事〉スキル1次ロール。基本的な家事を習得することができた者の証。
家政とは家をおさめること。家の隅々までを掌握し、そこへ帰る人のため、安全と清潔を守ること。
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