第375話「蟹たちの受難」

 銀の弾丸が暗闇を裂く。

 透き通った爆発音と共に、それは立ちはだかるヨロイガニの僅かな甲殻の隙間を穿った。


「さぁ、レッジに追いつくよ!」


 一瞬で敵の懐に潜り込んだルナは、至近距離から立て続けに弾丸を放つ。

 いかに堅固な甲殻を持とうとも絶え間ない銃撃に晒されればひとたまりも無い。

 更に彼女は銃撃の合間にその拳と脚からも強烈な打撃を放っているのだ。


銃格闘家ガンファイターの瞬間火力、ナメんなよっ!」


 ヨロイガニの防御力を力尽くで突破したルナは鮮やかな金髪を振り払い、銀の双銃を腰のホルスターに収める。

 そのまま背中に手を伸ばし、大筒のロケットランチャーを構える。


「吶喊ッ!」


 白煙を上げ、弾頭が飛翔する。

 一直線に弧を描き、みっちりと火薬の詰まった爆弾が蟹の群れの中へと飛び込んだ。


「走れぇ!」


 爆発。

 オレンジの閃光が洞窟を走る。

 強い爆風に逆らって、ルナが駆け出す。


「わたしたちも行きますよっ」


 溌剌な声と共にルナを無数の短剣が追い越していく。

 青く輝く刃を振り、それらは意志を持った肉食獣の群れのように蟹の群れを翻弄していく。


「タルトも随分沢山操れるようになったね」

「ウチのパーティは殲滅力に欠けますから。少しでも手数は増やさないと」


 爆裂弾を撃ち込みながらルナが感嘆の声を上げる。

 タルトは両手に一本ずつ短剣を持ち、周囲に八本の浮遊短剣を従えている。

 合計十本の刃と〈防御アーツ〉〈攻性アーツ〉を織り交ぜて戦う彼女もまた、戦闘中複雑な思考を必要とする超人的な戦闘スタイルを確立させていた。


「『延焼するスプレッド・業火の刃フレイムエッジ』ッ! 『真空斬』『輪転裂破』ッ!」


 タルトの持つ短剣が深紅に燃え盛り、それに斬られた蟹は火だるまとなる。

 彼女は軽い跳躍でそれを飛び越え手当たり次第に群れを斬り進んでいく。


「一応、メインアタッカーはあたし――なんだよっ!」


 突如、モノミガニが崩れ落ちる。

 その背中を蹴り悠々と着地を決めたのは二本の忍刀を携えた忍装束の如月である。

 服装こそ現代風にアレンジされたコスプレ感の強い忍者服だが、その実力は確かで一撃必殺のクリティカルアタッカースタイルだ。


「如月っ、あんまり先に行っちゃうとデバフが追いつかないわよ」

「姉ちゃんが遅いんだよ。もたもたしてるとレッジが作ってくれた道が消えちゃうよ?」


 彼女を追って走るのは姉の睦月。

 デバッファーとして味方の支援では無く敵の弱体化に偏重した〈支援アーツ〉を操り、有利な戦場を形成する影の実力者である。

 睦月が敵の動きを阻害し、防御力を下げ、弱点を晒したところに、如月が機敏な動きで潜り込み、的確な一撃を刺す。

 姉妹故に息の合った高度な連携で、二人は次々と蟹を打ち倒していった。


「――ですが、やはり燃費の悪さは考え物ですね」


 タルト、睦月、如月の三人は比較的LP消費の多いビルドだった。

 十の刃と二種の機術を複雑に組み合わせながら行使するタルトは当然のこと、睦月の使うデバフ系のアーツは敵それぞれに付与する必要があるため通常のバフ系アーツと比べても消耗が激しい。

 一撃に重きを置く如月も、短期決戦を主旨としているため幾重にも攻撃力を補強する自己バフを掛けるためLP消費は多かった。

 そんなパーティメンバーの不足しがちなLP回復を一手に担うのが、若く可憐な豪傑たちのリーダー、カグラだった。


「『傷塞ぎ厄撥ねる贄の形代』」


 彼女は柄の長い幣を振り払う。

 光が広がり、小さな人型の形代が前へ進み出る。

 それは烈火の如く戦うタルトたちの側につき、彼女たちのLPを徐々に回復させていった。

 同時に形代は蟹からの攻撃を引き受け、タルトらの被弾の何割かを軽減する。


「『緑栄え撓わ実る豊穣の言祝ぎ』」


 カグラの吐息が淡い緑の風となって広がる。

 それもまたルナを加えた四人の身体を包み込み、LPの回復速度を促進させる。

 カグラの得意とするのは〈支援アーツ〉と〈防御アーツ〉を複合させた支援障壁機術と継続的治癒機術と呼ばれる分野だった。

 支援障壁機術は〈防御アーツ〉の障壁を他者に付与することでダメージそのものを負わせないというもの。

 継続的治癒機術はいわゆる再生系リジェネレイションとも呼ばれ、瞬間的な回復力ではなく総合的な回復量を重視したものだ。

 この二つを巧みに複合することにより、カグラは一人で自分を含めた〈神凪〉全体のLP管理を行っていた。


「カグラちゃん、あたしも入ってて大丈夫なの?」


 機関銃のような大きな銃器で弾丸をばら撒きながらルナが叫ぶ。

 それに対しカグラは余裕を湛えた笑みで頷いた。


「銀翼の団のリザさんは複数のフルパーティもお一人で維持されていますから」

「あの人は結構な規格外だと思うけど……。まあいいや、助かるのは事実だしね」


 呆れつつもルナはカグラに感謝する。

 〈格闘〉も〈銃術〉も比較的コストの低いテクニックを主軸とするスキルだが、二つを同時に扱う彼女はその手数の多さからLP消費はタルト同様かなり重い。

 そこを補ってくれるのならば、出し惜しみする必要はなくなる。


「よーし、景気よく行っちゃうよっ!」


 弾の切れた機関銃を下ろし、ルナは再び双銃へと手を伸ばす。


「『爆裂弾装填』『鷹の目ホークアイ』『梟の目オウルアイ』『修羅の構え』『猛攻の姿勢』『飢乏の刃』――」


 弾薬を装填し、拳を握る。

 彼女のオレンジ色をした瞳が輝き、二つの銃口が真っ直ぐに向けられる。

 引き金が引かれ、マズルフラッシュと共に弾丸が放たれた。





「後ろの方が騒がしいなぁ」

「レティたちも頑張って着いてきてくれているみたいですね」


 トーカと二人、蟹を薙ぎ倒しつつ洞窟を奥へと進む。

 いったいどれほどの年月を費やして形作られたのか、〈鋼蟹の砂浜〉の地下に広がる洞窟は随分と大きい。

 以前は波でも流れ込んでいたのか壁面は滑らかに削られており、高さも相まって天井まで登るのは容易ではないだろう。


「これ、ゴールまでどのくらいなんだ?」

「もうすぐだとは思いますが……」


 八咫鏡に地図を表示し、トーカが眉を寄せる。

 アストラたちの調査によって大まかな地図はできているのだが、如何せん暗くて先が見通せない。

 現在地は地図上に表示されているのだが、洞窟が大きすぎて実感が湧かないのだ。


「けど、レッジさんが明かりを持っててくれて良かったです。とりあえず近距離の視界は確保できているので」

「俺も早速役に立てて嬉しいよ」


 ここは太陽の見えない地下洞窟。

 種瓶の植物たちが一瞬で萎れていったのはその影響もあるのだろうが、俺たちにしても闇を見通せるほどの視力はない。

 そこで役に立つのがネヴァに作って貰った拡張モジュールのヘッドライトである。

 額に取り付けられたライトがそれなりに強い光を出してくれているおかげで、何とか蟹の群れの中を進むことができているのだ。


「レティたちの方も明かりは問題ないでしょうか」

「カグラが照明のアーツを使ってるだろうし、ニルマが明かり用の機獣を飛ばしてるはずだ。あと、アストラが光り輝いてるから大丈夫だろ」


 聖儀流の強力なバフを重ね掛けしているアストラは、ただ立っているだけで眩しいくらいに発光している。

 色々視界を確保する手段はあるが、あれほど便利な者もそういないだろう。

 まさしく人間ランタンである。


「さて、また前の方が詰まってるな」


 トーカと話がてら蟹を片付け前に進んでいると、ぐっと密度の高い場所に突き当たる。

 地図をちらりと確認してみれば、ゴールはこの向こう側にありそうだった。


「トーカ、俺がこじ開ける」

「分かりました。残党は任せて下さい」


 トーカの前に出て、足下にやってきた白月に指示を出す。


「白月、『幻惑の霧』」


 白い牡鹿が霧となる。

 側に居たスサノオが驚き、二三歩下がった。

 俺は実体のある霧となった白月を足がかりに高く跳躍する。


「ふっ」


 巨大な蟹どもと視線を合わせる。

 湿度の高い風が頬を撫でる。

 身を捩り、三叉矛を引く。


「風牙流、二の技、『山荒』」


 前方の壁を突き崩す突風。

 空中でそれを放った俺は、そのまま風に乗って群れの中へと突っ込んだ。


「風牙流、五の技、『飆』」


 周囲全てが敵となる状況で、三叉矛を地面に突き刺しそれを軸に身削ぎのナイフを外側に向けて駆ける。

 風が全方位に広がり蟹の脚をボキボキと折る。


「『旋回槍』」


 その流れに乗ったまま、更に回転を重ねる。

 脚を崩され、重力のままに落ちてきた蟹の頭を穂先で殴る。


「白月ッ」


 声に呼応し霧が現れる。

 俺はそれを蹴って高く跳躍する。

 直後、アシナガヤグラガニの太い脚が岩盤を打ち砕く。

 あらゆる方向から鋭利な爪が飛び出し、顔すれすれでガチンと火花を起こす。


「『強制萌芽』」


 腰のベルトからガラス瓶を落とす。

 それは地面で割れ、すぐさま柔らかな芽を伸ばす。

 再び姿を現した蛇頭葛が蟹の群れを蹂躙する。

 締め付け、壊し、薙ぎ払う。

 本能のまま蠢き俺の方向へとやってきた蔦の先端を槍で突き、棒高跳びの要領で跳び上がる。


「トーカッ!」

「はいっ!」


 養分を使い切り、蛇頭葛は急速に萎れていく。

 そこに現れるのは一瞬の空白地帯。

 トーカは自慢の脚力でそこを駆け抜ける。


「大きいのは任せて下さいっ」


 群れの最後に立ちはだかるのはグレンキョウトウショウグンガザミ。

 しかしその大きさは通常種の倍はあり、刀の数は四本に増えている。


「花刀・彩――」


 彼女は背負っていた大振りな太刀に手を伸ばす。

 長く、肉厚で、絶句するほど巨大な刀。

 その刃渡りは優に彼女の背丈を越えている。

 鮮やかな花弁を描く鞘を下げ、彼女は抜刀の姿勢を取る。


「『爆裂抜刀』」


 鞘に内蔵された機構が動き出す。

 はらりと黒い前髪が垂れ、その奥から鋭い瞳が巨蟹を見定める。


「彩花流、神髄」


 異形のショウグンガザミが四本の腕を広げる。

 それだけではない。

 左右からも無数の蟹が爪を鳴らして迫り来る。

 そんな状況に置いても彼女は冷静に薄く目を閉じ、言葉を紡ぐ



「――捌之型、三式抜刀ノ型」


 鞘の内部で爆発が起こる。

 行き場のない衝撃が鞘を鳴らし、刃の推進力となって弾ける。

 機械人形の出力を越えた速度で大太刀が射出される。


「『百合籠』」


 万色に輝く刃が一巡する。

 勢いは衰えず、二巡、三巡と回転する。

 その軌跡は籠の目のようで、双腕を上げる蟹を纏めて切り刻む。

 ショウグンガザミの四つの腕はそれぞれ四分割され、十六の部位となって地に落ちた。


「つっよ……」


 まさに一網打尽。

 一瞬にして総崩れとなった蟹の群れを見て、思わず声を漏らす。

 戦渦の中心ではトーカがすっきりとした顔で額の汗を拭っていた。


「さあレッジさん、辿り着きましたよ」


 彼女の言葉に洞窟の奥へ目を向ける。

 ヘッドライトの光に照らされて、それは白くぼんやりと浮かび上がる。

 高い洞窟の天井に迫るほど巨大な扉。

 それは静かに、そこに佇んでいた。


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Tips

◇『百合籠』

 彩花流捌之型三式抜刀ノ型、その神髄。

 極限まで研ぎ澄まされた刃を神速で解き放ち、周囲一帯を撫で斬る。高さを変え幾重にも放たれる斬撃は、籠の編み目に似た傷を残す。

 抜刀速度が速いほど威力と攻撃回数が増加する。自分中心の円形範囲技。

 柔らかな籠の中で揺られるように、それは安らかな眠りの中に深く沈んでいく。


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