第374話「舞う鎚と腕」

 レッジとトーカが先陣を切り巨蟹蠢く暗闇の洞窟を進み始めた頃、その後方ではレティたちも奮戦していた。


「うりゃりゃぁぁああっ!」

「よくハンマーであの甲殻ぶち抜けるよね……。『凍結領域コールドフィールド』」


 鉄鎖で繋がれた星球が勢いよく蟹の群れを削ぐ。

 固い外殻により高い物理防御力を持つヨロイガザミでさえも、彼女の巨鎚が蹂躙していく。

 その隣ではラクトが極寒の領域を周囲に押し広げ、蟹たちの動きを大きく鈍らせた。


「『破衝拳』ッ! ――案外、関節とか狙えばいけるもんよ」


 身体の表面を凍らせ動きを止めた巨蟹を、鋼鉄の巨拳が突き穿つ。

 さらりと長髪を風に流しながらエイミーは蟹を粉々に砕いた。


あんな武器モーニングスターで的確に狙いを定めるのも難しいと思うけどね」


 レティの新たな武器は星球鎚の形態では精密に操作することが難しい。

 多節構造によって先端の星球は自由自在に動き回り、それがハンマーの弱点であった広範囲攻撃を行う利点でもあるのだが、しっかりとした柄をもつ通常のハンマーと比べて遙かに扱いは難しくなる。


「そんなことよりも! なんでレッジさんとトーカが二人で前に出てるんですか!」


 轟音と共に岩盤を砕きながらレティが吠える。

 彼女たちが蟹の群れに相対している間に、レッジとトーカが行方を眩ませた。

 その直後、前方の群れが割られ、それがトーカの抜刀だと気がついた。


「そりゃあの二人が機動力で言えば一番だからじゃない?」

「ミカゲの方が動きは速いでしょ」

「……流石に、あの群れを割って道を作りながらは無理」


 蟹を殴り飛ばしながら言うエイミーに、ミカゲはふるふると首を横に振る。

 機動性だけで言うならミカゲは白鹿庵で頭一つ抜けている。

 とはいえそれは全ての原生生物を避けて前へ進むことを考えた場合であり、今のレッジとトーカがやっているように後ろに道を残しながら強引に進むのは彼の専門外だった。


「でもでも、レッジさんはそこまでの戦闘力無いはずですよね――」


 不満な顔を隠すことも無く言うレティ。

 彼女の言葉に被せるように、前方から瓦礫の崩れる音が響く。

 反射的に彼女たちが視線を向けると、そこでは巨大な蔦がのたうち回りながら蟹を巻き込み粉砕しているところだった。


「うわぁ、なんですかあの植物! どなたかのアーツですか?」


 短剣の群れを繰り、〈神凪〉の面々と連携した戦いを展開していたタルトが驚いて顔を向ける。


「いやぁ、あんなアーツ聞いたことないよ。強いて言うなら地属性だろうけど……」


 彼女の言葉にラクトが首を振る。

 アーツというものはナノマシンによって水分や土といった物質を操作し、一見すれば超常的とも見える現象を引き起こす物だ。

 あのように巨大な植物を展開する魔法のようなアーツは、少なくとも彼女は知らなかった。


「あれ、蔦の上を走ってるのってレッジとトーカじゃないの?」


 景気よく引き金を引いていたルナが指さす。

 巨大な蔦の葉に隠れて見えにくいが、確かにそこには二つの人影がある。


「も、もしかしてアレ……レッジさんの仕業ですか……」

「あっはっはっはっ! 流石はレッジさんですね! 俺も見たことのないことをしでかしてくれる!」


 愕然とするレティ。

 少し離れたところで蟹の群れを薙ぎ倒しながらアストラが盛大に笑声を上げる。


「うわわっ、なんか浮き上がってるよ」

「爆発しそうねぇ」


 後方の面々が驚いている間にもレッジは新たな植物を生み出す。

 一瞬で大きな花を咲かせすぐにオレンジ色の袋を膨らませた鬼灯を、レッジが槍で切り離す。

 ふわりと浮かんだ鬼灯を掴んで空を飛ぶ彼らを、レティは目を点にして見上げていた。

 エイミーの予想通り鬼灯は爆発し、レッジたちは落下する。

 着地の寸前、巨大なキノコが立ち上がり胞子を吹き上げながら彼らを包み込む。


「うわわっ!?」

「凄い爆発ね……。アンタたちのリーダーは何やってるのよ」


 爆炎立ち上がり洞窟が揺れる。

 巨大キノコの胞子が一息に爆発し、業火が蟹の群れを焼き払う。

 その凶悪な光景を見てニルマが驚き、フィーネが呆れる。


「レティたちも分かんないですよ。いつの間にあんなのを……」


 しかし事情を聞かれても側に居たレティでさえあの巨大植物の正体を知らないのだ。

 何だかんだと言いつつも〈白鹿庵〉で最も活動内容が謎めいているのはレッジなのだと、彼女たちは改めて思い知る。


「ともかく前に進みましょう。レッジさんが開いた道が消えないうちに」


 アストラの声でレティたちも当初の目的を思い出す。

 レッジの引き起こした大爆発で、群れの真ん中に大きな穴が開いている。

 しかしそれももたもたしているとすぐにでも新たな蟹で埋まってしまうだろう。

 レティは黒兎の機械脚を装着し、トップスピードで駆けていく。


「爆発に耐えた個体を殲滅します! エイミーとラクトとミカゲは〈神凪〉の皆さんの補助を」

「了解。気をつけてね」


 レティは星球鎚の柄を握り込み、鉄鎖を収縮させる。

 金属の擦れる音と共に巨大なハンマーの形態へと変化したそれを、大きく振り上げる。


「――ラァァアアアッ! 『打鐘乱響』ッッ!」


 表面を黒く炭化させながらも未だしぶとく立ち上がるアシナガヤグラガニ。

 彼女はその高い頭の前にまで飛び上がり、極大の一撃を振り落とす。

 鳴り響く打音と共に衝撃は蟹の甲殻の内側を反響し、残っていた生命力の全てが灰燼と化す。


「次ッ!」


 アシナガヤグラガニが崩れ落ちるのを確認することも無く、彼女はその背を蹴って前へと進む。


「砕けろっ!」


 刀を掲げたグレンキョウトウショウグンガザミを、その刀ごと砕き潰す。

 勢いを殺すこと無く前転し、再び跳び上がる。


「次ィ!」


 最寄りの敵を探し視線を巡らせるレティ。

 真っ先に視界に入った一体に向けて、モーニングスターを解き放つ。

 外殻が砕けたことを音で判断し、すぐさま転身。

 背中スレスレをモノミガニの大きな足が踏み抜いた。


「当たりませんよっ。『爆砕打』ッ!」


 振り向きながら鎚を振るう。

 蟹の関節を逆方向にたたき折り、再起不能に陥らせる。

 とどめは後方の仲間が刺してくれるだろうと判断して彼女は更に前へと進む。


「しかし数が多いですね。どれが生きているかもわかりにくい」


 少しでも動いた蟹を叩き壊しながら彼女は長い赤髪をたなびかせて疾駆する。

 周囲の地面は黒焦げの蟹で覆われ、そのうちのどれほどが生きているのかも分からない。

 まるで地雷原のような広い洞窟を駆けていく。


「『フルスイング』ッ――『岩砕』ッ!」」


 少し離れたところで立ち上がるモノミガニ。

 彼女は手近なところに転がっていたイワガザミの骸をハンマーで打ち上げ、モノミガニの足を崩す。

 ゆっくりと倒れる巨蟹に向かって跳び上がり、すれ違いざまに頭を砕く。


「よぅし、次――」


 軽やかに着地し、にこりと笑みを浮かべるレティ。

 しかしその死角から鋭利な刀が飛来する。


「かはっ!?」


 同胞の遺骸に隠れていたグレンキョウトウショウグンガザミ。

 怨念の籠もった一太刀が、レティの左肩を断ち切る。


「レティッ!」


 宙を舞う腕。

 ラクトが目を開いて名前を呼ぶ。


「だい、じょう、ぶっ!」


 しかしレティは耳をピンと張り、右腕だけで星球鎚を振り落とす。

 兜にも似た蟹の頭を砕き、僅かだった命を削りきる。


「まだまだァッ!」


 彼女は転がる左腕を拾うことも無く、星球鎚を引きずりながら前へと進む。


「咬砕流ゥ――」


 レッジが切り開いた空間に勇猛な蟹たちがなだれ込む。

 それを見たレティは両足をしっかりと地面に付けて屹立する。


「五の技――」


 土煙に汚れた前髪の向こうから、レティの瞳がギラギラと光る。


「――『呑ミ混ム鰐口』ッ」


 高く突き上げられた星球鎚が勢いよく振り落とされる。

 鉄塊が地面と激突し、岩盤が波打つ。

 鋭牙のような石柱が無数に突き上がりながら扇状に広がっていく。

 亀裂が走り、衝撃が後を追う。

 洞窟の底に巨大な口が開く。

 勢いを付けて進んでいた巨蟹の群れは止まることもできず、次々と大地の隙間の中へと落ちていった。


「うわぁ……なにあのエグい技」

「レティも大概土壇場でよく分かんないことするよねぇ」


 仲間たちが背後でひそひそと声を上げている中、レティは両肩を大きく上下に揺らし荒い呼吸を落ち着かせる。

 その間にアストラたち銀翼の団が前へ進み、閉じていく亀裂を飛び越えて更に道を進めた。


「レティ! LPは大丈夫なの」


 エイミーたちが駆け寄り、アンプルを渡す。

 レティはそれを受け取ると左肩の傷口で砕き割った。


「うぅぅ。染みますね……」

「無茶するからよ。ちゃんと包帯も巻いときなさいよ」

「はいぃ」


 ぴくぴくと耳を動かすレティに向かって、エイミーが肩を下げる。


「はい、左腕。部位損傷なんて久しぶりじゃない?」


 左腕を拾ってきたラクトが持ち主に渡す。

 レティは傷口同士を合わせると、包帯でしっかりと固定した。


「おかげで咬砕流の五の技を習得できました。頑張ってみるものですね」


 腕が取れたというのにレティは暢気に笑う。

 そんな彼女を見て、仲間たちは困った顔で互いに見合わせた。


「レティさん、大丈夫ですか?」

「腕がすっごい飛んでったよ!?」


 三人の元へタルトたち〈神凪〉の面々とルナも合流する。

 彼女たちもあそこまで派手に部位損傷する光景は初めて見たのか、驚きと恐怖の混ざった声でレティの様子を伺う。


「大丈夫です。しばらく待ってればまたくっつきますよ」

「一応高性能なアンドロイドだからね、わたしたち」


 以前までは、身体の一部が損傷すれば町のアップデートセンターで修繕するしか復帰方法は無かった。

 しかし最近のアップデートで追加された包帯によって、戦地でも時間を掛ければ復帰することが可能になったのだ。


「とはいえ前には出られないでしょ。しっかり繋がるまでは大人しくしてたほうがいいよ」

「じゃああたしたちが前に出るよ。タルトたちも大丈夫でしょ?」


 ラクトの言葉を受けてルナが申し出る。

 彼女は隣に立つ〈神凪〉にも挑戦的な視線を向けた。


「もちろんです! わたしたちも強くなったと言う所を見て頂きましょう」


 受けて立つと言わんばかりに深く頷くタルト。

 彼女の背後ではカグラたちもそれぞれの得物を握りしめていた。


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Tips

◇『呑ミ混ム鰐口』

 咬砕流、五の技。力強い鎚の衝撃で大地を割り、敵を飲み込む。

 LPが40%以下の時にのみ発動可能。残存LPが少ないほど亀裂が巨大化し、ダメージ倍率が高くなる。

 全てを咬み砕く咬砕流が真髄の一技。大地の怒りを体現する衝撃は万難を飲み込み咀嚼する。


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