第373話「仕掛け種」

 トーカが切り裂いた群れは再び隙間を埋めようと蠢き始める。

 俺は“荒波の三叉矛”を差し向け、腰のベルトに手をやった。

 ツールベルトのホルダーに収まっている小さなガラス瓶を一つ摘まみ出し、足下の地面へ落とす。


「『強制萌芽』」


 ガラスが砕け、封入されていた栄養液と種が飛び出す。

 地面に染みが広がり、小さな楕円形の種が裂ける。

 にゅるりと現れた白い芽は緑を増しながら急速に成長する。


「締め付けろ、蛇頭葛」


 蔓が洞窟に広がる。

 太く強靱な緑の首は分岐を繰り返しながら広がっていく。

 それは蛇のように尖った頭を巨蟹にぶつけ、それを瞬く間に巻き込み、締め付け、押し退けていく。

 黒い洞窟の中に現れた緑の大蛇に、トーカが思わず声を上げた。


「れ、レッジさん、これは……」

「〈栽培〉スキルと〈罠〉スキルの複合テクニックだ。『植物交配』で成長力やらサイズやらを弄った特殊な種を栄養液と一緒に封入したこの瓶が、罠のタネってわけだな」


 無差別に蟹を喰らう蛇の群れに唖然として、トーカは俺の方へと近付いてくる。

 白月に跨がったスサノオも、植物が活発に動き回る不可思議な光景に口を半開きにしていた。


「さあ、走るぞ」

「えっ」


 呆然としているトーカに声を掛け、蛇頭葛の上に登る。


「無理な交配のせいで、この蛇頭葛は不完全だ。ある程度広がったら栄養が尽きて自分を維持できなくなって萎れちまうぞ」

「なるほど、持続性は無いんですね」


 自然界ではあり得ないものを、人の手によって無理矢理作った種だ。

 見た目は派手だが限界もすぐ迎えてしまう。

 俺とトーカは蛇頭葛の太い蔓の上を駆け、洞窟の奥を目指す。


「わわっ」

「気をつけろ。そろそろ蛇頭葛が持たない」


 蔦に皺が浮かび、張りがなくなってくる。

 不安定になっていく足場にバランスを崩し駆けたトーカの手を引き寄せ、駆け抜ける。


「こんなトンデモ植物を作ってたなんて、全然知りませんでした……」

「まさに隠し種ってやつだな! はっはっは」

「……」


 数秒、無言のまま走る。

 その間にも栄養の尽きた蛇頭葛は萎れ続け、蔓の先の方は褐色に染まり始めた。


「よし、クールタイム終わったな。トーカ、今から跳び上がるぞ」

「はい? わ、分かりました」


 テクニックが再使用可能になったのを確認し、俺は新たな種瓶をベルトから抜き取る。

 トーカは驚きながらも頷き、次の行動に備える。


「『強制萌芽』ッ!」


 前方に投げた瓶が蛇頭葛の蔓の上で砕ける。

 栄養液が広がり、それを吸って黒い種が膨らみ裂ける。


「風船鬼灯。実ができると内部を軽量のガスで満たして浮き上がる」


 種は瞬く間に成長し、黄色い大輪の花を咲かせてすぐにしぼむ。

 まるで加速する観察映像のように花はオレンジ色の実へと変わり、袋の内部にガスを含んでパンパンに膨らんだ。


「『旋回槍』ッ! トーカ、浮かんでるのを掴め」

「は、はいっ」


 大きく膨らんだオレンジ色の袋を、多少の茎を残して切り離す。

 縛めを解かれた鬼灯はふわりと浮き上がり、トーカがその茎を掴んでぶら下がる。

 俺も一緒に切り離したもう一つの鬼灯に掴まり、白月は軽やかに跳躍してその上に飛び乗った。


「れ、レッジさんこれはどこまで昇るんでしょうか!」


 ぎゅっと茎を抱きしめながらトーカが言う。

 彼女はプルプルと震えながら、必死に下を見ないようにしていた。


「もうすぐ降りられる。着地の用意だけしててくれよ」


 そう言った瞬間、鬼灯が破裂する。

 空気を入れすぎた風船のように、大きな袋は内部の種を全方位に拡散させながら弾けた。


「ひ、ひやぁぁあああっ!?」

「大丈夫だ! ――『強制萌芽』ッ」


 悲鳴を上げるトーカに声を掛け、再びテクニックを発動させる。

 上空を移動し、今は無数の蟹が待ち構える群れのど真ん中。

 そこに向けて投下した瓶が蟹の背で割れる。


「さあ、思いっきり踏みつけるぞ!」


 丸く肉厚な傘を大きく広げるオレンジ色のキノコ。

 植物かどうかと言われると困ってしまうが、栽培できるので〈栽培〉スキルの範疇である。

 ぶるん、と震えて屹立するキノコの傘に向けて、俺とトーカと白月とスサノオが一斉に飛び込んだ。


「うわわっ!?」

『あぅっ!?』


 柔らかな傘がクッションとなり俺たち全員を優しく包み込む。

 それと同時にキノコは全身から細かな胞子を周囲へと振りまいた。


「衝撃来るぞ!」

「はえっ!?」


 スサノオと白月を抱き寄せ身を屈める。

 少し遅れて降り注いだ風船鬼灯の硬い種が蟹の甲殻に激突し、僅かな火花を散らす。

 それは瞬く間に胞子に火を付け風を孕んで広がっていく。

 爆炎が至るところで立ち上がる。


「なんですかこの爆発!?」


 蟹の群れを包み込む業火に、トーカが悲鳴を上げる。

 巨大キノコの周囲一帯が焦土と化し、全身に火傷を負った蟹の殆どが動きを止める。


「焔茸。ほんの少しの衝撃だけで爆発する胞子をばら撒いて、周辺一帯の植物を焼き払う。物理的にライバルを消して繁栄しようっていう生存戦略だな」

「戦略が力業過ぎませんか!?」

「もともとはもっと小さいキノコだからそこまでインパクトは無いんだがな。色々改造してたらこんなんになったんだよ」


 鬼灯の実が広範囲に撒かれ、それによって一斉に爆発を起こせたのも大きい。

 同時多発的な爆発の相乗効果で効果範囲が広がり、随分な面積を焼き払うことに成功した。


「ちょっとした上位アーツ並の威力ですね……」

「種の準備に結構手間が掛かるし、相応だと思うぞ」


 焦げ付いた地面を踏みながらトーカは呆れたような声をあげる。

 急速に萎む焔茸から滑り降り、俺たちはまた洞窟を駆けていく。


「しかしぶっつけ本番にしては上手くいったなぁ」

「行き当たりばったりだったんですか!?」


 走りながら言葉を漏らすと、驚いた顔でトーカがこちらを見る。


「種の準備に手間が掛かるって言っただろ。時間的なコストもそうだし、肥料代も馬鹿にならんし。そもそも完成したのもつい最近なんだ」

「よくそんなのをここで使おうと思えましたね……」

「無理なら三叉矛で突撃してたさ」


 蛇頭葛が思ったより大きくて制圧力が高かった。

 それを見ていけるんじゃ無いかと思って実行してみたのだが、我ながら随分ととんでもない物を生み出してしまったようだ。

 とはいえ生産に手間が掛かるのも事実で、既に手元には殆ど残っていない。

 ここから先はトーカと協力して直接戦いながら進む必要があるだろう。


「そういえば、毒草の品種改良もしていたのでは?」

「レティから聞いたのか。……うーん、あれはなぁ」


 冷刀・雪と夜刀・月を巧みに使い分けながら蟹を倒し、トーカが疑問を投げてくる。

 俺の言い淀む様子にかえって好奇心を刺激されたようで、彼女は興味津々の顔をこちらに向けてきた。


「単純に毒を強くし過ぎたせいで種瓶にするための要求スキルがレベル85以上になっちゃったんだよな」


 強力な植物であればあるほど、当然それを種瓶に加工する時に要求されるスキルレベルも高くなる。

 蛇頭葛や風船鬼灯、焔茸がつい最近まで完成できなかったのも俺の〈栽培〉スキルレベルがなかなか上がらなかったからだ。


「なんだか思ったより平凡な理由でしたね」

「どんな理由なら良かったんだ……」


 拍子抜けした様子のトーカ。

 俺としては十分切実な問題なのだが、彼女にはあまり響かなかったらしい。


「毒が強すぎてもう触ると腕が溶けるとか」

「ああ、それは普通にあるぞ」

「ええ……」


 自分で言ったくせに俺が頷くとなぜか引かれる。


「ちゃんと保護グローブ着けてれば大丈夫だけどな」

「本当ですかねぇ……。というより白鹿庵の農園はどれだけ危険になっているんですか」


 トーカは胡乱な目を向けてくる。


『あぅ。農園、楽しいよ? いろんなお花が咲いてるし、良い匂い』

「ほらほら。スサノオも毎日手伝ってくれて凄く助かってるんだ」

「レッジさん、児童労働的な何かに抵触してませんか?」

「スサノオは一応権限的には俺たちよりも上位なんだぞ……」


 スサノオやカミルだってグローブ着けて時々作業を手伝ってくれているのだから、例え毒があろうと爆発しようと扱いさえ気をつけていれば安全なのだ。

 そんな俺の訴えもトーカはあまり納得できないようで、眉をさげる。


「あんまり不用意に立ち入らない方が良さそうですね」

「ちゃんと防護服着てれば安全だって」

「どうしてウチの隣の農園が防護服必須の危険区域になっているのでしょうか……」


 どこか疲れたような顔になりながらトーカは刀を鞘に収める。

 そうして再び抜刀技を繰り出し、洞窟のさらに奥へと道を切り開いていった。


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Tips

◇蛇頭葛

 人為的な交配を繰り返し、特殊な能力を伸ばした蔓性植物。原種よりも遙かに巨大かつ肉太に成長し、その過程で巻き込んだものを強烈な力で締め付け壊す。蔓の先端は蛇の頭のような三角形になっており、非常に硬質なため固い地面であろうと砕き力尽くで突き進む。


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