第372話「雪と月の刀」
轟音が洞窟中に反響し暗闇から這い出る巨蟹の甲殻が砕ける。
太い角をいくつも付けた鉄球が踊り、群れを蹂躙していく。
「あはははっ! 我がモーニングスターの破壊力とくとご覧あれ! ですっ!」
ジャリジャリと鉄鎖を擦らせ星球を振るうのは、乗りに乗っているレティである。
彼女の新たな武器、多連節星球爆裂鎚以下略の威力は凄まじく、また彼女の欠点でもあった対多数戦闘において驚くほどの躍進を遂げていた。
レティは自身を楔のように固定し、鉄鎖と多節で繋がれた星球鎚を振り回す。
その重量と速度から発する遠心力は凶悪な破壊力となって無慈悲に蟹の甲殻を砕く。
絶え間ない暴力の中心で、レティは大きく口を開いて高く笑い声を上げていた。
「あはははっ! むぅ?」
そんな彼女の前に巨影が立ちはだかる。
分厚い鈍色の甲殻を持ち、他の蟹よりも一際頑丈なオオイワガザミである。
しかしそれを前にしてもレティの余裕の笑みは崩れない。
「ちょっと硬い相手には――」
レティが星球鎚の柄を握りしめる。
ジャリジャリと金属の擦れる音と共に多節を繋ぐ鎖が収縮し、1.5メートルほどの真っ直ぐな棒へと切り替わった。
「咬砕流! 三の技ァ! ――『轢キ裂ク腕』ァァアアッ!」
真っ直ぐに固定された柄は彼女の腕から放たれる衝撃をそのまま星球へと送る。
間合いは狭くなり、複数の敵を巻き込むことはできなくなるが、その破壊力は絶大だ。
ハンマーヘッドがオオイワガザミの堅牢な甲殻を易々と砕き壊す。
レティは新たな武器を広範囲の殲滅に特化した長大なモーニングスターの形態と単発の威力と機動性に特化したハンマーの形態で巧みに使い分けていた。
「あーはっはっは! 楽しいですねぇ愉快ですねぇ!」
バコンボコンと星球を振り回し、周囲にクレーターを穿っていくレティ。
やっていることは破壊神そのものだが、本人が楽しいようなら何よりである。
「おお、凄いなあのハンマー」
「また随分と白鹿庵らしい武器ですね」
更に言えばレティによる獅子奮迅の活躍により、洞窟の奥へと進む活路が開いた。
背中を追っていた他の面々も触発されそれぞれに武器を引き抜く。
「では、行きましょう。アーサー、『乱れ刺す光』」
アストラの指示で、白い大鷲が翼を広げる。
暗闇の中で銀色に輝き、極光が群れへと降り注ぐ。
「聖儀流、三の剣『神覚』。重ね、四の剣『神啓』。重ね、五の剣『神崩』。――結び、二の剣――『神罰』」
暗闇の中、眩い光が蟹の視界を麻痺させる。
そこへアストラの幾重にも強化が施された必殺の抜刀が放たれた。
軽い所作の一振りは、前方の広い扇状範囲へと拡大する。
もろに斬撃を受けた最前列の蟹は当然のこと、その後方に続いていた者までもが一息に壊滅した。
「さっすが騎士団長。人間戦略兵器だねぇ」
「それは褒めてるのか?」
アストラに続き、銀翼の団のフィーネやニルマも攻勢に出る。
その様子を見ていたラクトが軽い調子で声を上げ、彼女もアーツの準備を始めた。
「できるだけ奥まで喰らい付くよ。――『
彼女が前に突き出した小さな手のひらから極太の氷柱が現れる。
それは表面から無数の小さな針を伸ばしながら、一直線に蟹の群れを割り進む。
「蟹のおかわりはすぐ来るよ! 早く進んじゃって!」
ラクトの言葉通り、氷柱は群れを強引に押し退けるがその奥から既に新たな蟹が現れている。
それは仲間の骸を乗り越え、巨大な爪を振りかざして俺たちの方へと向かってきていた。
洞窟の内部は際限なく蟹が湧き出す。
なるほどこれは騎士団も苦戦するわけだと納得した。
「レッジさん、ここは速度に秀でる我々が道を開きましょう」
「分かった。任せろ!」
トーカが袴を揺らして駆け寄ってくる。
彼女は高レベルの〈歩行〉スキルを、俺は極振りの脚部BBパラメータを持っている。
俺たちが先行して進路を示すのは合理的な判断だった。
「白月、行くぞ。スサノオもついてこれるか?」
『あぅ。がんばるっ』
白月が蹄で地面を擦り、やる気を見せる。
その隣では麦わら帽子を被ったスサノオがぎゅっと拳を握りしめた。
「では、行きますよ」
トーカが刀の鍔に手を掛ける。
腰に吊った通常サイズの刀の一本、鍔の形が雪の結晶のようになっているものだ。
「三振り一刀の雪月花が一本、“冷刀・雪”。その力をご覧に入れましょう」
氷のような青い鞘に収まった細い刀だ。
その鞘口からは、白い冷気が漏れ出している。
「付いてきて下さいね。――『迅雷切破』」
鞘の中で刃の擦れる音がする。
力強く堅岩の地面を蹴り砕き、トーカは足を踏み出す。
稲妻の如き速度で黒く立ち上がった群れの中へと突き進みながら、彼女は“冷刀・雪”をシャラリと抜き放つ。
超速の運動エネルギーを乗せた抜刀技。
強く踏み込むことで一瞬にして長大な距離を詰め、敵の懐へと深く潜り込む。
鍔が鳴る。
雷が轟く。
「行くぞ白月っ!」
彼女の後を追い走り出す。
白月も軽快に蹄を鳴らして付いてくる。
その背にはスサノオが跨がっていた。
「これは――」
「凄いでしょう、我が愛刀の力は」
トーカの一刀が群れを割り開く。
そこを駆け抜けながら絶句する。
巨大な鉈で断ち切られたかのように分断された左右の巨蟹が、軒並み冷たく凍り付いていた。
「ラクトの氷属性アーツの残滓があるうちに雪を振るうと、大気中に残留したナノマシンが再び活性化するのです」
「そんなコンボがあったのか」
「偶然なんですけどね。“冷刀・雪”のもともとの能力は、刀身を極限まで冷やすことで凍傷の状態異常を傷と共に付与することです」
それにしても奇怪な光景だった。
瞬間凍結された巨蟹たちは、今この瞬間にも猛烈な勢いでHPを失っていながらまるで時が止まったように沈黙している。
生々しい彫像が並ぶ森のようだ。
「おっと、もう増援ですか」
トーカと共に氷の道を駆け抜ける。
しかしすぐさま奥から新たな蟹たちがやってくる。
しかも今度は双刀を携えた重装の巨蟹、グレンキョウトウショウグンガザミだ。
「あれは少し分が悪そうですね」
「俺がやろうか」
「いえ。こういう時はこちらの出番です」
トーカは首を振り、“冷刀・雪”を鞘に収める。
続いて手を伸ばしたのは、右の腰に吊っていたもう一本の刀だった。
「“夜刀・月”。こちらの特徴は――」
三日月型の鍔を付けた、黒鞘の刀。
“冷刀・雪”と比べると鞘も太く、反りが大きい。
彼女は走りながら身体を深く前へ傾けて抜刀の姿勢を取る。
「彩花流、神髄。肆之型、一式抜刀ノ型――」
たんっ、とトーカが高く跳び上がる。
彼女は空中で身を翻し、着物の袖を風に靡かせた。
「――『紅椿鬼』」
滑らかで溶けるような斬撃。
月光のように穏やかで、それでいて容赦の無い。
一瞬の煌めきが洞窟の暗闇を走る。
「このように、鋭さに特化した極限の切れ味です」
軽い足取りでトーカが着地する。
その背後で、大爪を掲げたままのグレンキョウトウショウグンガザミがぼとりと首を落とした。
「すごいな……。グレンキョウトウショウグンガザミを一撃で」
「かふっ」
「トーカ!?」
目覚ましい成果に唖然としていると、目の前でトーカが吐血する。
ぐらりとよろめく彼女を慌てて抱えて再び前へと走り出す。
「すみません、やはり神髄技は負担が大きいですね」
「俺はもう〈支援アーツ〉使えないんだから、ちゃんと考えてくれ……」
「大丈夫です。気絶しない程度には装備で調整していますので」
彼女は口元の血――厳密に言えばブルーブラッド――を拭い、懐から取り出したアンプルの薬液を飲み込む。
随分高級なアンプルを使っているようで、ぐんぐんとLPが回復していった。
「よっと。すみません、助かりました」
「レティたちも後方なんだから、もう少し用心してくれよ」
「ふふ。少し格好いいところ見せたかったんですよ」
どっと疲労感が押し寄せる。
小言を言うと、トーカは悪びれた様子も無くくすりと笑みを漏らした。
「さあ、レッジさんお説教の暇はありませんよ」
彼女が前方を指さす。
新たな蟹がもぞもぞと現れる様子には、終わらない残業をこなす夜のような絶望感があった。
「トーカはLP回復に回ってくれ。多少枝を払ってくれるとありがたいが、正面は俺が行こう」
「それは助かりますが、いいんですか?」
俺の言葉にトーカは戸惑いの表情を浮かべる。
しかし、今の彼女はLPに余裕が無く、逆に俺はほぼ無傷と言って良い。
ここで動かなければ、いつ動くと言うのだろう。
「まあ、見ててくれ。こっちも多少は準備してきたんだ」
そう言って俺は三叉矛を構え、腰のベルトに吊った小さなガラス瓶を一つ手に取った。
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Tips
◇“冷刀・雪”
三振り一刀の特殊な刀、雪月花を構成する一本。
鍔の飾りは雪の結晶を模し、細長く真っ直ぐな刀身は氷のように青白く美しい。薄く鋭利な刃から放たれる斬撃は滑らかで、傷は瞬間的に凍り付く。斬られた者は、深い夜の雪のような静寂のなかで事切れる。
“瞬間凍結刃”
柄に内蔵された機構により刀身を冷却し、与えた傷を瞬時に凍らせる。攻撃対象に“凍傷”の状態異常を付与。装備中、LPを継続的に消費する。
“水属性機術増幅”
刀身に浸透している青結晶粉塵回路によって、周辺に散布された水属性機術回路のナノマシンパウダーが再励起され、威力を増幅する。
装備条件:〈刀剣〉Lv80,ロール〈サムライ〉
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