第371話「地の底の煌星」

 アストラの呼びかけに応じて集まった俺たちは、神子と共に砂浜の真ん中に開いた大穴の奥を目指すことになる。

 巨大な洞窟の中には無数の蟹が蠢いているため、それを退けながら進む。

 そしてゴールとして設定されているのが、洞窟の最奥に立ちはだかっている白い石造の巨大な門だ。


「しかし、白月や他の神子が門の前に辿り着いたから扉が開くという確証はないんですよね?」


 アストラの語る作戦に耳を傾けていたレティが疑問を挙げる。

 それはアストラ自身も分かっているようで、素直に頷いた。


「はい。ですが、今のところ一番可能性がありそうな手が四頭の神子を集結させることなんです。どうにも物理的な手段では開くことができなさそうですから」


 専用の破城鎚を持ち込んで突撃させたり、攻性機術師の総攻撃を仕掛けてみたり、騎士団の方で採れる手段は全て試した後なのだ。

 まさに万策尽きたといったところで、彼は俺たちを呼び寄せた。


「俺も一回、現地に行って本物の扉を見てみたいからな。洞窟の中は蟹パラダイスなんだろう? 白鹿庵だけじゃ難しそうだし、丁度良い」

「あたしもこういうトレージャーハンター的なの好きよ。必殺の弾丸で風穴開けてあげるわ」


 ルナが得意げに腰のホルスターから短銃を抜き、ふっと銃口を吹く。

 以前に見た“銀月の短銃シルバームーン”とさほど大きさは変わっていないが、装飾が豪華になっている。

 彼女も武器や防具を強化しているようだ。


「では、おおよその流れはこのようなところです。あまり緻密に作戦を立てても動きにくいでしょうから、あとは臨機応変に、ということで」

「要するに行き当たりばったりってことだね」


 普段から多人数戦闘に慣れている騎士団とは違い、俺たちはそういった高レベルの連携が取れる素地がない。

 そのため酷い乱戦が予想される洞窟内ではそれぞれが自由に動くという話で纏まった。


「それじゃあ大蓋の方へ向かいましょうか」


 アストラの言葉で騎士団がテント村を出発する。

 俺たちもそれを追い、背の低い草の生い茂る丘を歩き出した。

 ラピスラズリの“禁忌領域”によって開かれ俺のテントで一時的に閉じられていた大穴は、その後アストラたち騎士団の管理下に置かれた。

 彼は大規模フィールド建築に長けるプロメテウス工業に声を掛け、頑丈な大蓋によって穴を閉じた。


「これがその大蓋か。随分でかいな」


 丘の真ん中に突然現れる鋼の建造物。

 上から見れば大きな八角形をした分厚い蓋は、頑丈な拘束機構によって一分の隙間無く閉じられている。


「誰かさんのテントを参考にした特殊多層装甲じゃ。エネルギーを供給する限り、向こうから破られることは無かろうて」


 自然の中で異質な大蓋をまじまじと見つめる俺たちの背後から、老爺の声がかかる。

 振り返ると、そこには鍛冶専門の大手生産バンドプロメテウス工業の長、タンガン=スキーが立っていた。


「“鱗雲”を? そうだったのか」

「ありゃあコストを微塵も考えておらん馬鹿の作った代物じゃが、それだけ能力も確かじゃからな。個人で使えるほど普及させるのは金銭的に不可能じゃが、こういう一点物ならうってつけじゃ」


 俺とネヴァが試行錯誤の末に完成させた特殊多層装甲を業界最大手が採用しているという事実に思わず嬉しくなる。

 隣でタンガンの話を聞いていたレティがじろりとこちらを睨んでくるが、あまり気にならない。


「タンガン、今からこのメンバーで突入します」

「うむ、聞いておるよ。もう開けて良いのかの?」


 大蓋は地底からの侵攻を阻む壁だが、同時にこちらから侵攻を仕掛ける際の扉でもある。

 アストラが頷くと、タンガンが蓋の周囲に待機していたプロメテウス工業のメンバーに合図を送った。

 太いレバーが動かされ、機構が目を覚ます。


「開いた瞬間に飛び込みます。下に落ちた瞬間にリザが安全圏を展開するので、落下死はありません。ただ、そのあとしばらくはリザが行動不能になるので、臨機応変にお願いします」


 ゆっくりと八角形の蓋が八つの三角形へと分割される。

 滑るように開く扉を見ながら、俺たちは突入に備えて身構える。


「うぅ、緊張してきました……」

「いつも通り暴れればいいんでしょ? 任せてよ」


 タルトが短剣を構え、唇を固く結ぶ。

 その隣では如月がぴょんぴょんと軽く飛び跳ねながら不敵な笑みを浮かべていた。


「――それでは、地底で会いましょう」


 大蓋が開ききる。

 暗い穴の奥から爪を打ち鳴らす無数の打音が響く。

 アストラは銀翼の団を引き連れて、軽やかな足取りで飛び下りていった。


「ではレティたちも参りましょう。行きますよ、しもふり!」

「ふふっ、我が雪月花が唸りますよ!」


 彼らに続き、レティ、トーカも飛び込んでゆく。

 俺も遅れまいと走り出す。


「スサノオッ!」

『あ、あぅ……』


 知らない顔が多かったからか、ずっと静かにしていたスサノオに手を伸ばす。

 反射的にそれを掴んだ彼女の身体を引き寄せ、抱え上げる。

 お姫様抱っこの要領で、彼女と共に穴へと飛び込む。


「ああっ! ずるい!」

「レッジさん!?」

「管理者は頑丈って言ってたのにっ!」


 ラクトたちがわいわいと叫ぶが、構う余裕はない。

 暗い洞窟の中を覗き込むと先行したアストラたちが照明弾を周囲に投げており、僅かだが視界も確保できている。


「ひゃっほーう!」

「あわわっ、とりゃっ!」


 ルナや〈神凪〉の面々も一息に飛び込み、その直後に穴が閉じる。

 山のように積み重なり地上を目指していた蟹たちが怒りを込めて大爪を掲げていた。


「『裂旋脚』ッ!」


 暗闇の中、鋭い声が響き渡る。

 その瞬間、密集していた蟹たちが全方位へと弾き飛ばされる。

 巨大な渦の中心にいるのはすらりと長い脚を一直線に伸ばした格闘家のフィーネだ。


「流石の〈崩拳〉さんね」

「あれ、キックじゃないの?」


 飛び下りながらエイミーが感心の声を漏らす。

 銀翼の団としてアストラと共に騎士団設立にも関わった彼女は、格闘家として名高いトッププレイヤーの一人だ。

 本来の〈格闘〉スキルは一対一の戦闘に特化したスタイルを得意としているが、彼女は洞窟の底に積もっていた巨蟹を文字通り一蹴し、一掃した。


「――『聖域』」


 フィーネが作り上げた空間に、光のサークルが広がる。

 その中心に立つのは白いドレスを纏い、長い錫杖を持つリザだ。

 光の帯が蟹を押し退け、着地ポイントを作る。

 穴から随分な高さを落下したというのに、瞬間的にLPが回復するおかげで一切のダメージを受けなかった。


「あんなアーツ聞いたことないねぇ」

「〈支援アーツ〉か? 随分詠唱が短いが……」


 リザの作り出した聖域の中に無事着地した俺たちはすぐさま準備を始める。

 これほど強力なアーツがデメリット無しで使用できるはずもないだろう。


「では、後はよろしくお願いします」


 最後尾のカグラが着地した瞬間、リザがふらりと倒れる。

 聖域が消滅し、蟹を阻むものは無くなった。


「リザの回復まで10分。その間は個々で耐えろよ」


 頭から倒れるリザを抱えながら、アッシュが言う。

 彼はリザをボロボロのコートで包むと溶けるようにして消えていった。


「アッシュはリザの護衛に専念します。俺たちは全力で洞窟の奥を目指しましょう」


 シャラリとアストラが大剣を引き抜く。


「ガウ君、バウ君、出番だよ」


 ニルマがトランクを二つ地面に置く。

 ぱかりと開いたそれらは瞬く間に変形し、二体の勇猛な戦闘用機械猟犬バトルハウンドへと変わる。


「敵もやる気みたいだな」

「バイキングに来たみたいですねぇ。テンション上がっちゃいます」


 三叉矛を構え、スサノオを守るように前に立つ。

 その隣でレティがガサゴソと準備を始めた。


「では、レティの新装備を見せる時ですね――」


 ジャラリ、と鎖が擦れ音を響かせる。

 彼女が持つ天叢雲剣がその姿を大きく変化させていた。

 それを見て俺たちは思わず目を見張る。


「レティ、それは……」


 巨大な黒の鉄球には、星のような太い角が生えている。

 鎖で繋がれ分割された棒が連なるそれは、いわゆるモーニングスターのような形をしていた。


「“正式採用版大型多連節星球爆裂鎚・改・Mk.3・Ver4.5”――対多数戦闘の運用も想定したレティの新たな相棒です」


 彼女が金属製の柄を握る。

 そこから繋がる鎖が収縮し、繋がっていた節が一直線に固定された。

 柄の形状を分割された多節状にするか、一本の棒状にするかで運用方法の変わる随分特殊な形状のハンマーらしい。


「とりあえず、そのふざけた修正版ファイルみたいなネーミング止めようよ」

「うぐ、だって改良部分が違うんですもんっ」


 ラクトからの冷静な突っ込み。

 それを受けたレティは逃げるように戦闘を始める。

 彼女の乱暴な一撃は蟹の群れをなぎ倒し、それが開戦の鏑矢となるのだった。


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Tips

戦闘用機械猟犬バトルハウンド

 スキル〈機械操作〉によって運用可能な、大型犬を模した姿の機械。機動力と戦闘能力に優れ、複数での連携能力も高い。スキルが習熟すると複数体を同時に運用することも可能で、使いこなせれば優秀な護衛となってくれるだろう。


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