第370話「集う四人と四頭」

 翌日、俺がログインすると別荘には既にレティたちが勢揃いしていた。

 彼女たちは武装も整えいつでも出発できるようになっている。


「すまん、遅くなった」

「いえ。レティたちが早かっただけですよ」


 不安になって時計を確認するが、まだ予定の時間には余裕がある。

 レティの言うように彼女たちの方が早かったらしい。

 ほっと一息ついたところで、俺はあることに気がつく。


「トーカ……なんか刀多くなってないか?」


 レティたちに紛れ、後ろの方に立つトーカ。

 彼女はいつもの着物に袴姿こそ変わらないものの、腰に差した刀がいつもの花刀・桃源郷ではなくなっている。

 大振りの刀が左右に一振りずつ、更に背中に一回り大きな太刀が一振り、計三本もの刀を彼女は携えていた。


「三本刀・雪月花。三本で一組の特殊な刀です」


 むん、と胸の前で腕を組み、トーカは自慢げに言う。

 どうやらネヴァとムラサメを巻き込み開発を進めていた新たな装備とはこのことだったらしい。


「三本刀は運用が特殊なので今まではミカゲと一緒に慣らし練習してたんですが、なんとか間に合って良かったです」


 俺が別荘で毒の濃縮に精を出している間、彼女はミカゲを引き連れてそんなことをしていたのか。

 どおりでなかなか姿を見なかったわけだとここでようやく納得がいく。


「ちなみにミカゲとレティも武器を新調したのよ」


 黒鉄の鎧に身を包んだエイミーが、ぽんとレティの肩に手を置きながら言う。

 レティは恥ずかしそうに頬を掻き頷いた。


「ネヴァさんに相談したらすぐに作って貰えました。形状が特殊で携帯に向かないので、お披露目は実戦の時にしますね」

「……僕は、ホタルに作って貰った」


 俺の装備更新に触発されて、というわけでもないのだろうがメンバーが続々と装備を新たにしている。

 単純に新しい武器防具を見られるのは楽しいのだが、それ以上に彼女たちがより強くなることが嬉しい。


「ラクトとエイミーは装備更新してないのか?」

「細かいアクセとかはちょっと変えたけど、大きい変更はないかなぁ」

「その代わり、アーツは幾つか新しいのを仕入れてるわよ」


 ここ最近、二人は一緒にチップパーツ集めに奔走していたらしい。

 〈攻性アーツ〉と〈防御アーツ〉と別の分野ではあるものの、二人が一緒になればそれだけで攻守共に抜群の安定性を誇る。


「じゃあそれもこの後見られるのか」

「機会があればね」


 期待に胸を膨らませて言うとラクトは口を弧にして言う。

 口を濁してはいるものの、彼女もまた早く使って見せたいと思っているようだ。


「そうと決まれば、早速行くか。アストラたちとの待ち合わせは〈鋼蟹の砂浜〉のテント村だ」

「あそこ、まだあるんですね」

「ボス攻略までは置いとくつもりだろうねぇ」


 アイテムを戦闘用に入れ替え、寝ている白月を起こす。

 カミルに別荘のことを頼み、そこで忘れていたことに気がついた。


「スサノオ」

『あわっ!?』


 陽光が差し込みぽかぽかと暖かいテラスで微睡んでいたスサノオを呼ぶ。

 彼女は目をぱしぱしと瞬かせて長椅子から飛び下りた。


『ね、寝てないよ……?』

「いや寝てても良かったんだが……。今から〈鋼蟹の砂浜〉に行くから、一緒に行かないか」


 何故か唇を尖らせ誤魔化そうとするスサノオに呆れつつ、今から始まる調査攻略に誘う。

 戦闘と調査は俺たちの生活の一部だし、それを実際に見ることは彼女にとっても良い経験になるだろう。


『あぅ、行きたい!』


 ぱっと手を挙げてスサノオは即答する。

 彼女は早速いつもの麦わら帽子を被り、準備を整えた。


「スサノオちゃんも連れていくんですか?」

「何事も経験だってことだ。まあ、管理者は戦闘にこそ参加しないが、ダメージも受けないだろう?」


 スサノオたち管理者の機体とワンピースは特別製で、あらゆる攻撃を通さない。

 俺たちもその耐久力が欲しいところだが、ひとまずそれのおかげで安全は確保されている。


「じゃ、行ってくる」

『はいはい。お土産は別にいらないからね』


 ぱたぱたと手を振るカミルに見送られ、俺たちは別荘を出発する。

 フィールドに出てすぐに“鉄車”を展開してしもふりに引いて貰い、一路〈鋼蟹の砂浜〉を目指した。





「レッジさん、白鹿庵の皆さん、今日はよろしくお願いします」


 テント村に辿り着くと、早速待ち構えていたらしいアストラに出迎えられる。

 周囲にはアイや銀翼の団の面々、そして騎士団の精鋭たちも揃っており、共に準備は万端の様子だった。


「こっちこそ誘ってくれて嬉しいよ。攻略の最前線はなかなか経験できないからな」

「ははは、レッジさんが言うとあんまり説得力がないですね」


 何故か俺の言葉は一笑に付され、アストラは話題を変える。


「タルトさんとルナさんももうすぐ来るはずです。作戦の説明は全員が揃ったところでしますので――」


 その言葉の途中、騎士団のテント村を囲う光学迷彩のフィールドが揺らぐ。

 誰かが入ってきたことを知らせるそれに全員の顔が揺らぎの元へと向かった。


「あ、えと……。こ、こんにちは」


 おどおどとしながら入ってきたのは、軽鎧に身を包み短剣を何本も腰のベルトに吊った少女。

 彼女の肩には真っ白なフクロウのしょこらがとまっている。


「タルト! 久しぶりだな」

「レッジさん。お久しぶりです」

「レッジさん!! こんにちはっ!」


 ぺこりとお辞儀するタルトを跳び箱の要領で乗り越えて、新たな少女が姿を現す。

 綺麗な三回転着地を決めて赤髪を揺らすのはカジュアルに寄せた忍者装束に身を包む少女、如月だ。

 彼女に続き姉の睦月、そして彼女たちパーティ〈神凪〉のリーダーを務めるカグラも姿を現した。


「き、如月! 落ち着きなさいっ」

「お久しぶりですレッジさん。アストラさん、今回はタルトだけではなく私たちも誘って頂きありがとうございます」


 睦月が如月を抑え、カグラはアストラへ挨拶を済ませる。

 四人という少数構成のパーティながら彼女たち〈神凪〉は新進気鋭と評されていたのも久しく、今や他の攻略系バンドにも引けを取らない実力派だ。

 今回の作戦にタルトだけでなく他の三人もやってきたということは、アストラもそれを認めているということなのだろう。


「〈神凪〉の皆さんも今日はよろしくお願いします。なかなか大変な戦いになるとは思いますが……」

「私たちもそれなりに強くなったと思っています。つい最近は四人でヴァーリテインも倒せましたので」


 淑やかな雰囲気を崩すことなく、しかし若干は年相応に可愛らしくカグヤが言う。

 その言葉に騎士団の面々とレティたちが声を漏らした。

 四人でヴァーリテインを討伐するというのは間違いなく上級者向けの高難易度コンテンツだ。

 複数パーティの連合でもなかなか討伐できないでいるところがある中でその結果は、確かに彼女たちの高い実力を示している。

 そういえば、まずここに来ていると言うことは門番である“双盾のコシュア=パルタシア”を倒しているということなので実力はやはり問題ないのだろう。


「やっぱり若いと飲み込みが早いのかねぇ」

「レッジ、おっさんみたいな事言うわね」


 キラキラと輝く〈神凪〉の面々を見てどんよりとしていると、エイミーに突っ込まれる。

 俺もまだまだ負けていないと思ってはいるが、やはり反応速度や記憶力に年齢が出てしまうものなのだ。


「あとはルナさんだけですね」

「ルナさんとはここの入り口で会いましたよ」


 レティの言葉にタルトが返す。


「まだフィールド入場権を持っていないので、白神獣と戦っているはずです」

「ええっ。もしかしてソロで戦ってるんですか?」


 信じられないとレティが目を見開く。

 “双盾のコシュア=パルタシア”は、猛者揃いの霧森でも突出した強者だ。

 初見とはいえ俺たちは〈白鹿庵〉と三術連合の連携でようやく倒した存在だ。


「わたしたちも手伝おうかと申し出たのですが……」

「一人でやるって断られたんだよねー」


 睦月、如月か互いに顔を見合わせる。

 彼女たちと共に五人で挑めば楽に勝てるだろうが、やはり一人は無謀ではないか。

 心配に思って視線を外に向けたその時、再び光学迷彩が揺らぐ。


「おっまたせー! ごめんね、ちょっと手間取っちゃった!」

「ルナ、無事だったか!」


 現れたのはテンガロンハットを被った金髪の少女。

 腰に二丁の拳銃を吊り、更に追加でライフル銃とロケットランチャーらしきものも背負っている。

 弾帯を襷のようにして、随分な重装備だ。

 トーカたちや〈神凪〉の面々もそうだが、しばらく会っていなかったこともあり装備を更新している人が多い。


「あの黒蟹? いや、白蟹? どっちでもいいや。とにかくあたしとマフの連携の前では雑魚だったよ!」


 さっき手間取ったとか言っていたものの、彼女はカラカラと笑い飛ばす。

 その足下には白いもふもふこと白虎のマフが凜々しく立っている。


「ルナさん、本当に一人で倒したんですね……」

「正確にはマフと一緒にね。まあ、あたしは〈銃士ガンナー〉だし、当たらなければ案外いけるもんだよ」


 安心した様子でタルトが駆け寄ると、ルナは彼女の亜麻色の髪を撫でて笑う。


「では、無事に全員揃いましたね」


 ぱん、と手を打ってアストラが口を開く。

 彼の腕に素早く飛来してきたアーサーがとまる。

 白月が立ち上がり、しょこらとマフも顔をあげた。

 久々に神子の四頭全てが一堂に会し、彼らも少し感慨深そうだった。


「――では、今から洞窟最奥調査作戦について説明します」


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Tips

◇麦わら帽子

 ツバ広の麦わら帽子。直射日光を遮り、視界も広く、屋外での活動にぴったり。ひまわり畑でワンピースを着た少女が被っていた気がする。


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