第369話「招集とメイド」
ピッチャープラント改による無限毒濃縮も順調に進んでいたある日、いつものように割烹着とエプロンを装備してカミルと共に別荘の掃除をしていると突然アストラから着信があった。
「アストラから連絡が来るなんて珍しいな」
『すみません、突然に。今、少しお時間ありますが?』
俺は近くにあった椅子を引っ張り、そこに腰を下ろす。
離れたところでハタキを振っていたカミルがちらりとこちらに目を向けるが、すぐに作業に戻る。
「大丈夫だ」
『ありがとうございます。えっと、単刀直入に言いますね』
挨拶もそこそこに彼は早速本題を切り出す。
『〈鋼蟹の砂浜〉攻略をレッジさんたちにも手伝って欲しいんです』
「砂浜? となると、あの洞窟の奥か」
少し前に訪れた〈鋼蟹の砂浜〉で地面に開いた大穴。
そこから続く大洞窟の中には無数の蟹が眠っており、再び穴を閉じるだけでも精一杯だった。
今はプロメテウス工業が専用に設計した大蓋によってしっかりと閉じられて、騎士団や他の攻略組が何度もアタックを繰り返しているはずだ。
「進捗が芳しくないのか」
『そうですね。正直に言って、ぜんぜん奥へ行けません』
アストラはすっぱりと言い切る。
彼がそこまで言うのだから、洞窟は随分と困難な場所になっているらしい。
俺はあの後スサノオの事などもあって行けていないが彼は毎日のように詰めているはずだ。
単純に敵が強いだけならアストラも俺に話を持ってくることはないと思い、詳しい話を聞く。
「どのあたりまでは行けたんだ?」
『洞窟の最奥ですね』
「……?」
それは、俺が呼ばれる理由が早速無くなってしまったのではないだろうか。
そんな疑念を感じ取ったのかアストラはすぐさま続きの言葉を付け加える。
『洞窟の最奥に、是非レッジさんに見てもらいたいものがあるんです。その写真も送りますね』
間を置かずアストラから画像データが添付されたメッセージが届く。
“洞窟最奥謎の扉”と題された写真は光の乏しい暗闇で撮影されたようで、全体にざらつきが目立つ。
「これは……」
そこに写されたものを見て思わず呻く。
『恐らくは白神獣、引いては未詳文明に関わるものでしょう。〈鋼蟹の砂浜〉を閉ざしていたものと同じ扉が、ここにもあったんです』
それは白い石材で造られた巨大な扉だった。
足下に立つ騎士団らしいプレイヤーの姿と対比して考えると、優に20メートルは越えている。
砂浜の地下にこれほどの巨大空間が広がっていたことも俄には信じられないが、そこに鎮座ましましている荘厳な白扉は、およそ現実離れした奇妙な神々しさを放っていた。
「サイズは全然違うな」
確かにこれと同じ物は霧森から砂浜へと向かう時にも見た。
白神獣、“双盾のコシュア=パルタシア”が守っている地中の扉だ。
しかしあれは俺たちが違和感を覚えない程度には普通の大きさだった。
今回の、ともすればビルほどもある巨大な扉との共通点はその材質と表面に彫られた精緻なレリーフ群だけである。
「それで、これを開けたいと?」
『はい。扉があるということは奥へ続いていると言うこと。更に言えば俺たちはまだ〈鋼蟹の砂浜〉のボスエネミーを発見できていません』
「この扉の奥に鋼蟹が居るってことか」
『恐らく、ですが可能性は高いと思っています』
改めて写真を確認する。
いくつもの光で照らし上げられた真っ白な扉は固く閉ざされ、取っ手のようなものもない。
強引に押したり壊したりといった力に訴える手段は、すでに騎士団が総力を挙げて試していることだろう。
『騎士団――というよりは俺個人の意見ですが』
アストラはそう前置きして言った。
『この扉は白神獣案件、つまり翼の同盟の出番かと』
「つまりタルトやルナにも?」
『はい。声を掛けるつもりです』
不意に背中を突かれる。
驚いて振り向くと、いつの間にか起き出していた白月が鼻先を腰に擦り付けていた。
「はぁ。……こっちはやる気みたいだ。参加者は〈白鹿庵〉のメンバーと、あともう一人増えるがいいか?」
『洞窟の中は危険です。最悪死に戻りしますが、それを承知して頂けるのなら大丈夫ですよ』
「その点は安心してくれ。多分絶対死なないから」
アストラと予定を詰め、決行の日時を決める。
同時にバンド掲示板も使ってレティたちとの調整も図る。
アストラはすぐにタルトとルナの二人にも声を掛け、無事に四人が揃う算段がついた。
「久しぶりだな、四人が揃うのは」
『ヴァーリテイン戦ぶりですからね。そのあとも別々に顔を合わせたりはしてましたが』
大体の話がまとまり、俺はアストラと少し雑談に興じる。
その片手間に彼から送られてきた画像をぼんやりと見直していると、少しの違和感を覚えた。
「アストラ」
『なんですか?』
「この画像って、もっと鮮明なのは無いのか?」
『すみません。それが一番マシな出来なんです。洞窟の中は無限に蟹が出てくるせいで大型の機材で落ち着いて撮影することもできず……』
「なるほど、これ以上詳しいことは直接現地に行かないとだめってことか」
少々残念に思って言葉を零すと、アストラが尋ねてくる。
『何か変なところでもありましたか?』
「ちょっとな。ただまあ言葉にするのが難しいのと、この画像じゃ確証が持てない。明日、現地に行った時に自分で確認する」
『そうですか。レッジさんの直感は神懸かってますからね、期待しておきます』
どこまでも真面目な声でアストラが言う。
そんなに大きな期待を寄せられても、困ってしまうのだが……。
『そういえばレッジさん』
「うん? なんだ?」
『風の噂で聞いたんですが、今までアクセサリーらしいアクセサリーを着けていなかったとか』
「えっ」
『キヨウ祭の戦いの時もアクセ縛りしてたって事ですよね? それであれだけの戦いが出来たというのはとても凄いことだと思います』
「あの、アストラ?」
なんだろう、声色が変わらないのに恐ろしい。
先ほど彼に褒められたばかりの直感が今すぐ通話を切れと盛んに警鐘を鳴らしている。
『更に強くなったレッジさんと再戦できる日を楽しみにしていますよ』
「あの、アストラさん? 俺、戦うつもりは――」
通話が切れる。
なんとも恐ろしい置き土産だ。
「しかし、俺の装備事情なんてどこから漏れてるんだ?」
不意に不安がよぎり部屋を見渡す。
『……何やってるのよ』
「いや、どっかにカメラでもあったりしないかと」
『あるとしたらアンタのストレージくらいよ』
パタパタとハタキを振るカミルと目が合う。
彼女は埃を落としながら素っ気ない言葉を返してきた。
『アタシが毎日掃除してあげてるのに、隠しカメラなんて置けるわけ無いでしょ。あったとして誰がおっさんを隠し撮りするのよ』
「それもそうだよなぁ」
彼女の言葉は圧倒的ド正論で、下腹にグサリと深く突き刺さる説得力がある。
需要がないのである。
「さて、俺も手伝うよ。床をモップがけすればいいか?」
『その前に箒でゴミを取るのよ。そのあとモップがけね』
「はいはい」
割烹着にエプロン装備もようやく慣れてきた。
〈家事〉スキルのテクニックにも若干の補正が掛かると言うことでカミルと一緒に掃除やら何やらをする時も着けているのだが、これが案外動きやすい。
流石はこういった作業を想定して作られているだけあると感心してしまう。
『……アンタ、なんでアタシが居るのに家事なんかしてるわけ?』
「単純にこういう作業が好きってのもあるな。あとはカミルがこっちやってくれてる分、ウェイドの本拠地の掃除もしたいし」
箒とちり取りを持ったカミルの問いに悩みながら答える。
目に見えて綺麗になっていくのはやはり楽しいし、やり甲斐がある。
それに唯一のメイドロイドであるカミルが専らこの別荘に居る都合上、本拠地であるウェイドの白鹿庵の掃除と修理は俺ができた方がいい。
『普通はシード02-スサノオの方にも追加のメイドロイドを置くんじゃないの?』
「金が掛かるじゃないか」
『普通は手間が掛からないようにするものだと思うのだけどね』
ほんと変わり者ね、とカミルはため息をつく。
ちなみに、彼女には言っていないもう一つの理由として〈家事〉スキルが比較的マイナーな生活系スキルであるという点も挙げられる。
ゲーム開始当初こそマイナーマイナーと揶揄されていた〈野営〉スキルはいつの間にか随分と見直されてオーソドックスなものになってしまい、不人気な物を好きになりやすい俺の厄介な性格が満たされなくなってしまった。
その代わりとして習得手段がメイドロイドからの教授、と一手間かかる〈家事〉スキルは適格だった。
当然、俺以外にも〈家事〉スキルを伸ばしている人はいるし、中にはレベル80まで既に挙げきってしまったプロメイドもいる。
しかしそんな彼ら彼女らがwikiのスキル概評で“スキルレベル80割くよりメイドロイドにビットを払って任せた方が良い”と書いた故に新規参入もあまりないのであった。
「まあ、バンド組んでガレージなり別荘なり入手してないと使い所以前にレベル上げができないスキルだしなぁ」
俺はそんなことをぼやきつつ、せっかく使い所があるのだからと箒をせっせと振り回すのだった。
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Tips
◇掃除セット
ハタキ、箒、ちり取り、モップ、バケツ、ブラシ、雑巾がセットになったお掃除七つ道具。できるメイドさんの必需品。
〈家事〉スキル清掃系統テクニックの発動に使う。
お掃除のコツは上から下へ。僅かなゴミも埃も塵も逃さず、常に清潔快適なお部屋を維持するのはメイドさんの使命。こまめなお手入れが家の寿命を延ばすのだ。
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