第368話「無限毒濃縮」

 別荘の土地が広がり、実験栽培が本格的に開始された。

 カブの品質向上栽培と主要商品作物の量産も続けながら、大きな鉢植えではいくつもの毒草が沢山の光と水を浴びてぐんぐんと葉を伸ばしている。


「うわぁ、随分もっさりしましたね」


 毒草の世話をしていると、暇になったらしいレティがぶらりとやってきた。


『毒草、つよい。いっぱい、育つ』

「なるほど。流石の生命力って感じですね」


 彼女の前へ駆け寄ったのは、麦わら帽子を頭に乗せて厚手の作業着を着たスサノオである。

 俺が畑に居る時は彼女もこうして手伝ってくれていた。

 小さな鉢植えも毒草エリアの片隅に置かれ、愛情を存分に受けて育っている。

 しかしスサノオがNPCだからなのか、〈栽培〉スキルを持っていないからなのか、その成長は驚くほど遅く、まだ小さな芽が土の隙間から顔を覗かせたくらいでしかない。


「普通の土はもちろん、ミサイルシャーク肥料の毒草も問題なく育ってるな。むしろ毒性に関して言えば市販の肥料を使った物よりも高いくらいだ」

「やっぱり効果は出てるんですねぇ」

「根から鮫の毒を吸い上げて濃縮してるんだろうな。問題なく育って効果も確認できたから、今後はどれだけ毒を濃縮できるかって方向で実験していく感じだ」

「やってることがマッドサイエンティストでは?」

「開拓をより推進するための必要な実験さ」


 胡乱な目を向けるレティから顔を背け、鉢植えにもさもさと繁茂する毒草へと向き直る。

 スキルを整理し〈栽培〉へ回す余裕ができ、今ではレベル34まで成長した。

 その過程で〈鑑定〉と〈栽培〉スキルが条件の『植物鑑定』、〈収獲〉と〈栽培〉が条件の『作物収獲』、〈栽培〉スキルレベル30の『植物交配』など幾つか有用なテクニックを習得したり覚醒したりした。


「――で、レッジさん。そこの鉢に植わってるのはなんですか?」


 スサノオを撫でひとしきり可愛がったあとで、レティがちらりと鉢植えの一つを見て言う。

 そこに置いてあるのはゆらゆらと動くウツボカズラのような植物。

 葉先から伸びた蔓にぶら下がるように、円筒状の袋が一つ付いている。


「何って、ただの食虫植物だが?」

「ただの食虫植物がなんで口からだらだら猛毒吐き出して低い声で呻いてるんですか!」


 びしりと指さすレティ。

 ウツボカズラは彼女の言った通り、揺れ動きながら低い男の声を響かせ、袋からボコボコと泡を上げる濃い紫色の毒液を垂れ流していた。


「いやぁ、『植物交配』ってテクニックが存外面白くてな。〈猛獣の森〉に生えてたピッチャープラントを採ってきて色々試してたんだ」

「なんかもう色々可哀想ですが、これ大丈夫なんですか?」


 絶えず毒液を吐き出し続けるピッチャープラント改。

 彼は毒液生成能力と自己再生能力を付与し、生命力をできるかぎり高めている。

 自分で生成し袋から溢れ出た毒液が足下の土に染みこみ、それを根から吸収し、その過程で少し毒液が濃くなる。

 肥料として飛翔鮫粕などを配合しているため、栄養を与え続ける限り高速で毒を濃縮していくのだ。


「そ、尊厳がない……」


 俺が鼻を高くしてピッチャープラント改について説明すると、レティが二三歩後ろへ下がる。

 これは他の実験植物と比べても地中の養分を消費する速度がかなり早いが、俺が出掛けている間にもカミルが追肥してくれているので、今の段階でも随分と濃厚な毒に仕上がっているはずだ。


「〈調剤〉スキルで毒の濃度を高めようと思ったら全部手動でする必要があって面倒らしいが、これなら24時間ぶっ通しで毒を濃縮し続けられる。

 惜しむらくはピッチャープラントの元々持ってた毒耐性は一瞬で越えちまったから、生命力と再生力を上げてギリギリ生き長らえさせてることかな」

「新手の拷問ですか?」


 ピッチャープラントの原種も弱い毒を持っているため、毒耐性も付いていた。

 しかし高速毒濃縮によってその限度を瞬く間に飛び越え、今は身を毒に犯されつつ再生しつつのチキンレースを行っている。


「毒濃縮の速度と自己再生能力の釣り合いが取れてないとすぐ駄目になるからな。そこのバランスを探るのは大変だったよ」


 今の実験個体No.362は随分と長期間の濃縮に耐えている。

 非常にシビアな数値で調整を続けた甲斐があったというものだ。


「うへぇ……。それでこの毒、どうするんです?」

「ちょっと採取した奴を霧森の双頭熊に使ってみた。劇毒ってデバフが付いてゴリゴリHPが減ってったぞ」

「劇毒て」


 レティが疲れた顔になる。

 状態異常“劇毒”は毒系統の中で“毒”“猛毒”と続く三段階目だ。

 効果量も相応で、更に毒の付着した箇所が腐り落ちたりする部位欠損効果も付属する。


「〈支援アーツ〉のデバフ系上位術式級じゃないですか。最低でもレベル75くらいと20秒以上の詠唱が必要な激ヤバアーツですよ」

「そんなに強かったのか。どおりで双頭熊がもだえ苦しんでたはずだ」


 〈支援アーツ〉はレベル44くらいでつい最近切ってしまったため知らなかった。

 むしろアーツ系を一切取っていないにもかかわらずそこまで把握しているレティが凄いという話だが。


「ただまあ毒殺した熊の肉は毒肉になっちまったから食べられないんだよな」

「まあ、そんなのレティも食べたくないですし」


 毒殺した熊の肉は毒肉となる。

 毒抜きをすれば食べられないこともないが、品質はかなり落ちてしまう上に余計な手間が掛かるため、商品としても売れにくい。


「そういうわけで熊の毒肉も肥料にして混ぜ込んである」

「なんかもうレッジさんが怖いですよ」


 毒が強すぎるというのも考え物で、今のところこのウツボカズラから得られる毒の使い道が分かっていない。

 だからとりあえずどこまで濃縮できるかという方向で頑張っているというわけだ。


「スサノオちゃん、このへん危ないですから近寄らない方がいいと思いますよ?」


 ウツボカズラの他にもいくつか平行して毒植物栽培実験を行っている。

 レティはスサノオの細い肩を掴み、実験区画から遠のかせた。


『スゥ、大丈夫だよ? レティよりも強いもん』

「そういう問題じゃないです」


 ウェイドたちもそうだが、管理者というものはとても強い。

 攻撃能力が一切無い代わりにとにかく頑丈で各種耐性が滅茶苦茶に高いのだ。

 以前、俺が防護服無しで毒に触れた際に腕が消し飛んだのだが、スサノオは素手でジャブジャブと作業できていた。

 まあ、見た目が悪いので二人揃ってネヴァ特製の作業着を着ているが。


「そういえばトーカたちは何してるんだ? 最近あんまり姿を見てないが」


 実験の差し止めを喰らわないうちに話題を変える。

 俺はここのところ専ら農業と成果物の実験に明け暮れているわけだが、他のメンバーが何をしているのかあんまり把握していなかった。

 ウェイドとワダツミは【天岩戸】の一環という名目で別荘に入り浸り、カミルを萎縮させ続けているようだが。


「レッジさんが装備を変えたのに触発されたようで、ネヴァさんと相談しながら色々検討してるみたいですよ。トーカさんはムラサメさんも交えて刀の製法段階から試行錯誤しているとか」

「へぇ、ムラサメも巻き込んでるのか」


 アストラの大剣を打ったことでも有名な、頑固で凝り性な刀鍛冶だ。

 シード02迎撃作戦や土蜘蛛降下作戦の際には俺も世話になった。

 トーカと同じく刀剣――中でもカタナを深く愛する青年で、だからこそ親身になってくれていることだろう。

 ネヴァとムラサメとトーカ、三人がどのようなカタナを作るのか、俺も少し楽しみだ。


「レティも装備更新するのか?」

「ぶっちゃけあんまり困ってないんですよね。ただ、武器の方はちょっと考えてたりします」


 どうやら温めている案があるようで、彼女は楽しげに笑う。

 どうせハンマーなのだろうが、機械鎚のようなトリッキーな物はもう出してしまったしどうする気なのだろうか。


「トーカさんのカタナができた後にでもネヴァさんに相談する予定ですよ」

「なるほど。ネヴァには随分世話になるなぁ」


 もう完全に〈白鹿庵〉の御用鍛冶師である。

 特に俺なんかはもう彼女無しでは罠もテントも槍も防具もアクセサリーも用意できない。


「今度、毒のアンプル持ってってやろうかな」

「最悪の差し入れですね……」


 ふと言葉を零すとレティが心底嫌そうな顔で言う。

 かの生産者ならば、何かしらの利用法を見出してくれるはずだと俺は思っているのだが。


『あぅ、レッジ』


 レティと立ち話に花を咲かせていたら、作業着の裾をくいくいと引っ張られる。

 視線を下げると麦わら帽子の下からスサノオが目を輝かせていた。


「どうした」

『ピッチャープラント、やばそう』


 彼女は小さな指で指し示す。

 その先では毒液を吐き出すウツボカズラが息も絶え絶えになっていた。


「おっとっと、ありがとな」

『あぅ。へへへ』


 スサノオの頭をぽんぽんと撫で、俺は鉢へと向かう。

 毒液の濃度が高まるとウツボカズラの再生能力が負けて弱ってくる。

 俺は肥料に少量の解毒アンプルを加え、ウツボカズラの再生能力を補強した。


「さて、まだまだ育ってくれよ」

「何かしらの条約に引っかかりそうですねぇ」


 愛情を込めて――分厚い手袋越しに――ウツボカズラの比較的毒素の薄い葉の表面を撫でる。

 そんな俺を見てレティが仕方なさそうに肩を竦めた。


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Tips

◇ピッチャープラント

 深い森に生息する食虫植物。葉の先から蔓を伸ばし、壺型の捕虫器を下げている。捕虫器の内部には僅かに毒性を持つ消化液が溜まっており、それによって捕らえた小型の昆虫を消化する。

 〈収獲〉スキルによって入手できるほか、〈栽培〉スキルによって種を取り育てることも可能。


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