第367話「農地開墾」

 紆余曲折あったものの、レティたちはスサノオら管理者を快く受け入れてくれた。

 俺はひとまずその場を彼女たちに任せ、別荘を飛び出して隣に広がった新しい土地を確認する。


「広いな。これなら畑にもできそうだ」


 今、別荘が建っているのは七級の土地だ。

 それが六級に拡張され、その分がまるまる農地として使えるようになったわけだが、今までの裏庭農園とは比べものにならないほどに広い。


『あぅ。なに、してるの?』

「スサノオか。ここを耕そうと思ってな」


 声に振り返るとスサノオが建物の影からこちらを覗いている。

 ウェイドたちはレティたちと部屋の中で話しているらしく、彼女はその隙に抜け出してきたようだった。


『お腹、空いてるの?』

「野菜も植えるが、メインになるのは研究用だな」

『研究?』

「毒草の交配実験とかな。野生のものより強力なものが作れたら色々使い道もあるだろう?」


 毒草というものはあれで色々と使い道がある。

 特に俺のような罠師ならば、なおさらだ。

 そんな俺の説明を聞いて、スサノオは白い顔をさっと青ざめさせた。


『あぅぅ、毒、危ないよ』

「そうだな。まあ、多分機械人形に効く毒と原生生物に効く毒っていうのも違うんだろうが」


 俺たちは機械であって、生命体ではない。

 そのため一言に“毒”と言っても厳密には毒ではないのだろう。

 身体を構成する金属を腐食させたり、ブルーブラッドの働きを阻害したり、機械特有の機能障害を引き起こす効果があるものが、俺たちにとっての“毒”だ。

 しかし俺が今回研究しようと思っているのはあくまで原生生物に対して効果的な毒物である。

 彼らにとって有毒だからといって、俺たちに対しても有毒ということはそうそう無いという思いもあった。


「とりあえず耕すか。ちょっと待っててくれな」


 俺はスサノオに注意するように言って、インベントリからクワを取り出す。

 〈栽培〉スキルか〈収獲〉スキルで使用する、地面を掘ってほぐすための道具だ。


「『開墾』」


 テクニックを発動すると視界が切り替わる。

 グリッドが地面に敷かれ、耕せる場所が視覚的に把握できるようになった。

 俺はそれを頼りにクワを振り下ろし、地面を畑に変えていく。


「おお、経験値が美味い」


 今の〈栽培〉スキルはレベル17、『開墾』に必要なスキルレベルは20。

 失敗率がかなり高い状況で一発成功できたのは運が良い。

 クワを一振りするたびにLPがゴリゴリと削れていくが、その分経験値もジャカジャカと入ってくる。

 低レベル帯ということもあって、農地を広げていくだけでレベルがぽんぽんと上がっていくのも気持ちいい。


『お、お疲れさま』

「ありがとう。こう、ちょっと動くだけでスキルレベルが上がっていくのは爽快だな」


 死なない程度に休憩を挟みつつ、拡張された区画のほぼ全てを耕し終えた。

 あとは体裁を整えるため土地を囲むように柵なんか建てたりもしたいが、まあ後日でいいだろう。

 スサノオは作業が終わったところでやってきて、耕したばかりの土に恐る恐る手を伸ばした。


『やわらかい』

「だろう? 〈栽培〉スキルレベルが上がって、『開墾』の習熟度が伸びればもっと良い土になるはずだ」


 ぽふぽふと土を叩くスサノオに思わず笑みが浮かぶ。

 こうして土に触れるのも彼女にとっては初めてのことだったりするのだろうか。


『〈始まりの草原〉に落ちてきた時は、もっと地面も堅かったよ』

「お、おう……そうか」


 大気圏外から突入して大地に激突したのと比べられるとは思っていなかった。

 というより、その時の感触のようなものもあるのか。


『この後は、どうするの?』

「実験区画には植木鉢を置く。土にも色々混ぜ込む予定だから、流石に地面に直接植えるのは怖いからな」


 地面を耕して作った畑では野菜や薬草類などの、外へ向けて販売するものを栽培する。

 こっちは面積が必要だからこちらの方が効率が良い。

 しかし毒草となると話は別だ。

 飛翔鮫の肉を肥料として混ぜ込んでみたり、他にも有害そうなものを栄養として吸収させてみたり、少々危険なことを考えているので完全に区別ができる植木鉢での栽培が妥当だろうという考えだ。


「面積的には八割が商品用、残りの二割が実験用ってところだな」


 俺は別荘へと戻り、ストレージから大型の鉢を運び出す。

 重量制限がきついから、一つずつしか持てないのが大変だ。


『スゥも手伝う』

「いいのか? 正直助かるが、結構重いぞ?」


 直径が1メートルほどもある陶器の鉢は随分な重量だ。

 スサノオはそれを三つ重ねたまま軽々と持ち上げて俺の後についてきた。


『大丈夫。軽い、よ?』

「そうなのか……。管理者の機体っていうのは随分高性能なんだなぁ」


 BBが俺たちのものとは違うのか、小柄だが驚くほどの力持ちだ。

 俺が鉢ひとつでよたよたしているのに、俺よりはるかに小さなスサノオが平気な顔をしているのは端から見てもシュールだろう。


「助かるよ」

『あぅ。レッジ、うれしい?』

「そうだな。俺一人だとずいぶん時間が掛かったはずだし」


 強力な助っ人が入ってくれたおかげで鉢の設置もすぐに終わる。

 感謝を伝えるとスサノオは嬉しそうに目を細めた。

 頭頂から飛び出す毛が左右に揺れている。


「スサノオも何か育ててみるか?」


 足下に並ぶ大きな鉢を誇らしげに眺めていたスサノオに、ふと思いついて提案する。

 彼女は驚いた顔でこちらを振り向いた。


『あぅ、いいの?』

「土地はいっぱいあるしな。ちょっと待ってろ」


 俺は再び別荘へと戻り、ストレージの隅にあったものを持ってくる。


「これくらいなら使いやすいんじゃないか」


 スサノオの両手で抱えられるほどの、小さな植木鉢。

 これで育てられる程度のものならば彼女でもできるのではないだろうか。


「何か育てたいものはあるか?」


 そう尋ねてみると、彼女は空の植木鉢を抱えたまま首を左右にふる。

 まあ、突然そんなことを聞かれても困るだろう。


「じゃあこの種を預けよう。しっかり世話してくれ」


 インベントリから一粒の種を取り出し、スサノオの小さな手のひらに落とす。


『これは、何の種?』


 手のひらに転がる小さな粒を見てスサノオは首を傾げる。


「育ててみてのお楽しみだ。そっちの方が育て甲斐があるだろう?」

『……うん。スゥ、がんばる!』


 ぎゅっと種を握りしめ、スサノオは頷く。

 その可愛らしい表情を見て、俺は新しいジョウロとスコップを買った方がいいだろうかと考えていた。


「さて、じゃあこっちはこっちで始めるかね」


 植木鉢と種をスサノオに託した俺は、自分の作業へと戻る。

 並べた大きな植木鉢に、まずはごく普通の土を入れる。


「まずは鮫肉で作った肥料だな」


 以前、カミルにガミガミと言われながら作った肥料だ。

 これを土の中へと混ぜ込む。

 パラメータを確認してみると、毒性が一気に高くなる。


「別にミサイルシャーク自体は毒を使ったりしてこないんだがなぁ。機械には効かない毒ってことなのかね」


 続けて、他の鉢にはワダツミの市場で買いそろえたポイズンアンプルの薬液を混ぜ込んでみる。

 これらは原生生物に効くことが確認されている毒薬で、それを土に混ぜ込んだ場合どうなるのかの実験だ。

「あとは、植える作物だが……」


 毒を仕込んだ土になにを植えるのかも問題だ。

 俺はひとまず、野菜代表のカブ、薬草、毒草を一株ずつ鉢に植えていく。


「毒のカブとかできたら面白いんだけどな」


 毒野菜が作れるのならば、上手くいけば毒料理に加工できるだろう。

 そうすればより効率よく原生生物を誘える毒餌も作れることになる。


「頑張って育ってくれよ……ふふふ……」


 種を蒔き、優しく土を被せる。

 ジョウロで水を撒きながら、彼らが強く成長してくれることを願う。


『あぅぅ、レッジ……悪い顔してる……』


 それを見てスサノオが怯えていることにも気付かないまま、俺は残りの畑にも野菜などを仕込み続けるのだった。


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Tips

◇飛翔鮫粕

 飛翔鮫を煮込み、油分と水分を絞ったもの。肥料として土に混ぜ込むことができるが、強い毒性があるため肥料には適さない。

 どうしてこんなものを肥料にしようと思ったのか、そこに正常な判断力はないだろう。


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