第364話「鋼の山の天辺で」

 地上前衛拠点シード01-スサノオ、イザナミ計画の先駆けとしてこの惑星イザナミへと降り立った最初の種。

 それを管理する中枢演算装置〈クサナギ〉から直接的な招集命令が下った。

 色々な言葉が胸の内を駆け巡り喉を突き破ろうと上がってきたが、結局飛び出したのは情けない声だった。


「もしかして俺、目立ってたのか」

「今それ言います?」


 レティが呆れた声でいう。

 心なしかテーブルを挟むワダツミの目も冷たくなっている。


『オフコース。あらゆるイベントの中心に居て、注目されない訳がないでしょう。そもそも特殊任務【天岩戸】はそれを目的としています』


 ワダツミやウェイドだち管理者の連名で発令された特殊任務【天岩戸】は、シード01-スサノオのクサナギや開拓司令船アマテラスのタカマガハラとの交流を目的としている。

 ならば遅かれ早かれこうなっていたとしても仕方の無いことだった。


「その、スサノオと会うのは今すぐなのか?」

『フム? 早ければ早い方がいいですが、気持ちの整理が付かないと言うのならば待つことも可能です。その場合は準備ができ次第ワタクシに話しかけて頂ければ――』

「いや、先に【地下トンネル美化計画】片付けて土地権利書で別荘広げたいなって」

「今することじゃないでしょう!? 優先順位考えて下さいよ!」


 俺の言葉に被せるようにレティが叫ぶ。

 今居る場所はワダツミの街中だし、こっちから片付ける方が賢いと思ったのだが……。


「それくらいレティがちゃちゃっとやっておきますよ!」

「でも毒団子は〈罠〉スキルが無いと」

「罠なくてもハンマーでプチプチ潰します! ていうか昔の人は皆こうしてたんですからね!」

「お、おう……」


 何故か猛々しく髪を揺らすレティに思わず圧倒される。


「ともかく、ここはレティに任せてレッジさんはそちらへ行って下さい。特殊任務の方が重要度は高いんですから」

「そうか? まあ、レティが言うなら……」


 重く長いため息をつくレティに背中を押され、素直に土地権利書の獲得を彼女に託すことにする。

 そのやり取りを横で見ていたワダツミは、恐る恐る手を挙げた。


『アー、もう大丈夫ですか?』

「問題ない。すぐに行けることになった」

『オーケー。では、早速参りましょうか』


 俺が頷くと彼女はすっと立ち上がる。

 店を出たところで、レティは町の方へ、俺とワダツミは飛行場の方へと分かれる。


「じゃ、頑張って下さい。くれぐれも失礼の無いように。相手は言わば上司なんですからね」

「分かってるって。大丈夫大丈夫」


 母親のように何度も念を押してくるレティに苦笑しつつ、歩き出す。

 彼女の方も地下トンネルの鼠駆除を頑張ってくれることを期待しつつ、俺は来たばかりのワダツミを発った。


「帰ってきたばっかりでまた引き返すのは、不思議な感覚だな」

『ソーリー。やはりTELで連絡した方が良かったでしょうか』

「それでもいいし、メッセージでも多分気付いたと思うぞ。戦闘中って訳でもなかったしな」

『オーケー。では今後なにか連絡事項があった場合はそうします』


 飛行機で高地を登り、ヤタガラスに乗り換える。

 小刻みに揺れる車内で今から会うことになるスサノオについて考える。


「なあワダツミ、スサノオはえっと……姿とか人格は持ってるのか?」


 特殊任務【天岩戸】の最終目標はスサノオとアマテラスの中枢演算装置に、ワダツミたちと同じ姿と人格を与えることだったはずだ。

 もしスサノオがすでにそれらを得ているのなら、目的は半分達成していることになる。

 しかし俺の期待を込めた問いに対し、ワダツミは首を振った。


『ノー。地上前衛拠点シード01-スサノオの中枢演算装置〈クサナギ〉はまだ仮想人格と容姿の獲得には至っていません』

「なるほど……つまり一番最初に会った時のウェイドみたいな感じになるんだな」


 俺が初めて管理者と呼ばれる存在と邂逅を果たしたのは、ウェイドの中央制御塔に座していたウェイドの本体の元へ訪れた時のことだ。

 あれは三つの質問権を使うため、トーカとミカゲを連れて行ったのだったか。


『――あの時は平穏無事に進行して良かったです。まさか次の来訪でめちゃくちゃにされるとは予想できていませんでした』

「うおわっ!?」


 突然耳元で話しかけられ跳び上がる。

 慌てて振り向けば、後ろの席から顔を覗かせたウェイドが得意げな笑みを浮かべていた。


「ウェイド!? い、いつの間に……」

『この列車がシード02-スサノオに停車した時です。貴方は愚妹との会話で気付かなかったようですが』


 ウェイドはすっと目を細めてワダツミの方を見る。


『ムゥ。必要な情報を通達していただけです』


 ワダツミは唇を尖らせ、俺の方へ身体を寄せる。

 それを見たウェイドは軽く鼻を鳴らし、ボックスシートの対面に腰を下ろした。


『ワイ。そもそも何故ウェイドがここにいるのです。スサノオへの案内役はワタクシ単独でも十分に遂行可能でしょう』

『ワダツミはまだこの男の恐ろしさを理解できていないようです。我々が十分に情報を集め入念に検討した上で算出した完璧な想定を無残に破壊する危険な存在ですよ』

『それは単にウェイドの能力が不足していただけでしょう。もう少しリソースを割いたらよいのでは? あ、前世代のシードを最新モデルのワタクシ基準で考えてはいけませんでしたか』

『製造年月日は一年も離れていないでしょう。カタログスペックは同等です。単純に私の方が管理する情報群の規模が大きいだけです』


 何故か突然始まる姉妹喧嘩に、俺はどう口を挟んだ物かと悩んでおろおろとする。

 これが人間同士ならまだやりようもあるのだろうが、AIの喧嘩など仲裁したことあるわけがない。


「あー、えっと、そのお二人さんとりあえず落ち着こう。ウェイドが来たって事はアマツマラとかキヨウとサカオとかも同行してくれるのか?」


 どうにか話題を逸らそうと話しかけると、素早い動きでウェイドが振り返る。

 銀の髪を揺らし、その下にある青い瞳がじっとこちらを見た。


「えっ――」

『そんなわけがないでしょう。管理者というものは日々業務に忙殺されています。特にあの三人は今、新たなイベントの調整を行っているでしょうから』

『ハン。つまりウェイドはなにもしていないから暇だったと言うわけですね』

『不測の事態に備えてバックアップとして待機していただけです』


 なんでこの姉妹は仲が悪いんだ……。


「ともかくウェイドも来てくれるのは心強い。なんかあったらよろしく頼む」

『なにも無いことを期待しているのですがね』


 俺の言葉にウェイドは肩を竦め、それでもしっかりと頷いた。

 何だかんだと言って一番付き合いの長い管理者は彼女だし、信頼できる。

 管理者が二人も付いてきてくれるのなら、案外すぐに用事は片付くのかも知れない。

 ――と、この時の俺は暢気に考えていた。





『これより先に進む権限を持つのはレッジさんのみ。私たちはここで待っていますので』

「えあっ?」


 遙々列車に揺られやって来た地上前衛拠点シード01-スサノオ、中央制御区域制御塔。

 その七階にある中枢演算装置〈クサナギ〉を守る最後の防御扉の前で、ウェイドは突然言い放った。

 言葉の意味は理解しがたく、俺は間抜けな声を出す。


『ソーリー。ワタクシたちに与えられた役目はあくまで案内人、重要人物として指定されたレッジさんを確実にここまで送り届けることしか許可されていません』

『〈クサナギ〉との会話は貴方だけ。私はその扉の先へ進む権限を持っていません』

「そんなことってあるのか……」


 見た目は殆ど俺たちと変わらず、流暢な言葉で会話もできるため忘れかけていることもあるが、彼女たちはあくまでシステム側の存在なのだ。

 つまりシステムから許可された範囲でしか行動はできず、許可されていない領域には一歩も踏み入ることはできない。

 この自由な世界で厳格な権限によって行動を制限されている存在なのだ。


「……レティも連れてくれば良かったな」

『また強行突破しようと考えているのですか』


 ぼそりと呟いた言葉をウェイドは耳聡く拾う。

 レティが居ればこの分厚い扉を強引に突き破って、ウェイドたちと一緒に謁見することもできるかと、まあ、少しだけ思っただけだ。


『ノー。無理ですね。レッジさんがウェイドの中枢演算装置を強襲した件を踏まえて警備体制は更に厳重かつ強力になっています。それに、そこまでして侵入したところで、ワタクシやウェイドは自己崩壊プログラムによって消えるでしょう』

「ええ……」

『もちろん本体は消えないです。とりあえず無駄な抵抗は止めてさっさと入って下さい』


 ウェイドに背中を突かれ、俺は扉の前に出る。

 重く分厚い装甲扉が両側に開き、道を示す。

 ちらりと後方を振り返り、ウェイドとワダツミが僅かに頷くのに見送られながら俺は足を一歩踏み出した。

 扉が閉まる間際、ワダツミの声が少し聞こえた。


「……暗いなぁ」


 扉の向こうは僅かに青いライトが点灯しているだけで殆どが闇の中だ。

 そもそも俺のような機械人形が立ち入ることを想定していないのだから仕方ないが。

 俺は装備したばかりのヘッドライトを点灯し、前方を照らす。

 そこにあったのは太いケーブルと機械筐体が散乱する広い空間。


「……」


 ジリジリと焦げるような緊張感は、常に照準を固定している警備ドローンたちのものだろう。

 ここは都市の中枢、最重要管理区域の中でも突出して重要度の高い場所だ。

 この重苦しい空間にあるのはただ一つの機械。


「中枢演算装置〈クサナギ〉」


 暗闇の中央に鎮座する球形の物体。

 表面にいくつもの光が複雑に並び、絶えず動き続けている。


「さて、どうしたもんか」


 中枢の中枢に入ったはいいものの、向こうからなんらアクションがない。

 ぽつんと一人立ち尽くし、考えあぐねる。


「写真撮ってもいいかな」


 おもむろにカメラを取り出し構える。

 正直撮影禁止区域である可能性が高いと思うが、まあその時はデータが勝手に削除されていることだろう。

 もし残っていたらブログ記事の良い種になる。

 というより、もし拙かったら今頃警備ドローンに蜂の巣にされているだろう。


「しかし暗いなぁ」


 パシャパシャと写真を撮りつつ機械の山を登っていく。

 俺以外に言葉を発するものがいないと少し寂しい。

 一応、呼ばれてきたはずなんだが……。


「レッジだ。ここの人、人でいいのか? えっと〈クサナギ〉に呼ばれて来たんだが、何かしら反応貰えると嬉しい」


 シャッターを切りつつ、感じない気配を探して声を出す。

 まさかここに閉じ込める為だったりするのだろうか、などと突飛な考えが浮かんでは消える。

 そうしているうちに山を登り切り、球体の側に辿り着く。


「……うん?」


 ファインダー越しに見る銀色の筐体の後ろから小さな白い手が覗いていた。

 俺はカメラを構えたまま、ゆっくりと身体を横にずらす。


「えっと……」

『あぅ……』


 そこに居たのは黒髪をばらばらと散らした小さな少女だった。

 黒い瞳をうるうると濡らし、全身を小刻みに震わせながらこちらを見上げている。

 服装は見覚えのあるデザインの黒いワンピースだが、明らかに体格に合っておらず、肩紐がくったりと折れている。


『ら、乱暴しないで……』

「いやしないけども」


 チワワのような瞳で完全に怯えきっている。

 俺がいったい何をしたというのだ。

 というより、そもそも彼女は――


「もしかして、スサノオか?」


 疑い半分、確信半分の問い掛け。

 それを受けた小さな少女はこくりと頷いた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇瞬間衝撃分散強靱シルクワンピース

 あらゆるコストを度外視し、ただ着用者の安全だけを追求したワンピース。

 一見するとただの肌触りの良い薄いワンピースだが特殊な微細強靱繊維を用いており、強い衝撃を受けた際に着用者へ伝わるよりも早く周囲へ分散することで保護する。

 そのほか、耐刃耐裂耐爆耐水耐火耐圧耐電磁性能は全てランクⅩであり、あらゆる障害に耐える強靱性を有している。

 反面、機能維持の為に莫大なエネルギーを常時消費するためおよそ全ての戦闘的行動が制限される。

 カラーバリエーションは豊富だが、設計上の問題によってサイズは単一。

 かかくはたかい。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る