第363話「名を呼ぶ少女」

 装いを新たにしてワダツミの別荘へと戻る。

 そのヤタガラスの車内で、俺はスキルウィンドウを開いていた。


「なあレティ、今気がついたんだが」

「なんです?」

「〈取引〉スキルって〈旅人ウォーカー〉の条件なんだよなぁ」

「ええ……」


 ネヴァに頼んで商品を置くスペースを確保したものの、そもそも〈取引〉スキルはロールの関係で外せない。

 そんな初歩的な事に今更気がついて、俺はがっくりと肩を落とした。


「他に削減できるスキルは何なんですか?」

「〈料理〉スキルがレベル20だろ、〈登攀〉スキルがレベル25、〈武装〉スキルがレベル10減らせるし、〈支援アーツ〉も全部削って良いなら44空く」

「合計99レベルですか。それだけ空けば十分じゃないですか」

「それもそうか」


 100近くも余裕ができれば新しいスキルを一つ入れることもできるほどだ。

 実際には〈栽培〉や〈家事〉など他のスキルに回すことになるだろうが。


「しかし、ネヴァになんていうかなぁ」

「普通にネヴァさんの工房にも商品並べたら良いじゃないですか。売り場が多くて困ることはないのでは?」

「そしたら今度は供給が追いつかない気がするんだよな。もうちょい広い栽培場所が欲しい……」


 新たな毒草の栽培研究をするスペースも広く取りたいし、今まで通りワダツミの市場に露店を出しつつネヴァの工房にも商品を卸すなら、今の裏庭農園では少し足りない。


「それなら隣の区画も買えばいいじゃないですか。空いてますし」

「い、いいのか?」


 すんなりとそんなことを言うレティに、俺は驚く。

 区画を買うということは、つまりお金を使うということだ。

 普段財布の紐をしっかりと結んでいる彼女にしては随分と羽振りが良い。


「なに考えてるのか敢えて詮索しませんが、これは散財じゃなくて投資ですよ。広げた土地で作物育てて売れば収入になって、そのうち元が取れるでしょう?

 それに建物を置くわけじゃないですから、そこまでお金も掛かりませんよ」

「うぅ、レティが優しい……」

「いつも優しくないみたいに言わないで下さいよ!」


 感激に目頭が熱くなる。

 結局の所、彼女は無駄遣いが嫌いなだけで無駄ではないと判断できるなら良いのだ。

 だから例えばこの前サカオのスクラップショップで買った使途不明の機械筐体は、バレると色々と拙い。


「レッジさん?」

「はいっ!」

「なんか凄い元気よく返事しますね……。どうかしたんですか?」

「いや、なんでもない。毒草の栽培方法について考えてただけだ」


 絶対に俺のストレージを見られてはいけないと、改めて危機感を持つ。

 あそこにはまだ彼女たちに見せられないものが眠っているのだ。


「レッジさん、着きましたよ」


 そうこうしているうちにヤタガラスが動きを止める。

 ドアが開き、俺たちは高地の上下を繋ぐ飛行場へと降り立った。


「ヤタガラスがウェイドから延長されて、ここまで繋がったのは便利だな」

「今まではウェイドで降りた後少し歩く必要がありましたからね」


 ダマスカス組合によって建設、開発された飛行場と航空機は少し前にウェイドの直轄となった。

 現実的なことを言うとプレイヤーの手を離れてゲーム側の管理下に移ったわけだが、そのおかげもあってヤタガラスで直接飛行場に乗り込むことができるようになったのだ。

 乗り換えや待ち時間など多少の手間が残っているのは事実だが、それでも当初と比べればかなり行き来しやすくなったと言えるだろう。


「ワダツミに着いたらとりあえず【地下トンネル美化計画】を受けて権利書を手に入れるか」

「結構手間な任務だったはずなんですけどねぇ」


 毒団子の開発によって、別荘地の土地権利書を得るための任務は随分と簡単になった。

 とはいえ、入手が安易になったことで権利書の価格は落ち着いたもののまだ露店に並ぶほどではない。

 そこまで手間ではないのなら自分で取りに行った方が早いし確実だし安上がりだ。


「最近は新しい罠の開発も進んでるみたいだな」

「罠師が活躍できる数少ない場面というだけあって、一度にどれだけ鼠を獲れるか競ってるみたいですね」


 飛行機に乗り込み、ワダツミ近くの空港へと降りる。

 その足で中央制御区域へと乗り込み、任務【地下トンネル美化計画】を受注すべく端末へ並ぼうとしたその時だった。


『ハロー。こんにちは、レッジさん』


 背後から不意に声を掛けられる。

 振り返るとそこにはぶかぶかのフードを目深に被った少女が、柔らかな前髪の隙間から深い蒼の瞳で見上げていた。


「ワダツミ! 久しぶりじゃないか」


 中央制御塔の人混みに紛れるような服装で、彼女はすっと人差し指を口元に立てる。


『ノー。目立ってしまうのでお静かに。今、お時間いただけますか?』


 彼女は周囲に目を配り、声を抑えて言う。

 ワダツミもキヨウ祭のモチマキなどですでにその姿を知られている。

 こうして衆人環視の中に出てくれば、すぐさま取り囲まれてしまうはずだった。


「レティ」

「別に良いですよ。時間はあります」


 察しの良い彼女はすんなりと頷き、ワダツミを隠すようにその隣に立つ。


「では、ひとけの少ない所に行きましょうか」

『ソーリー。ありがとうございます』


 レティの声で俺たちはその場から動き出す。

 怪しげな風貌のワダツミを連れてやってきたのは、町の片隅に立つ〈葦舟〉だった。


「ここならいいだろ」


 落ち着いた店内、高い仕切りによって周囲からの視線も遮断され、ワダツミもようやくフード付きの上着を脱ぎ捨てた。


『わふ。暑かったです』

「だろうな。もうワダツミのことを知ってるプレイヤーが殆どだろうし」

「別な外見の機体に乗り換えたりはできないんですか?」


 レティの率直な疑問に、暑さのせいか頬を赤くしたワダツミは首を振る。


『ノー。レッジさんたちに気付かれないことを危惧しました』

「普通に話しかけられれば気付く気もするが……」


 管理者の話し方は独特だし、雰囲気で分かる自信がある。

 そう思って言うとワダツミは少し口元を緩めた。


「そもそも管理者ならレッジさんなりレティなりにTELを送ってくることもできたのでは?」

『ムゥ。突然ワタクシから通信が入ると、驚かれるでしょう』

「その言葉、姉にも聞かせてやってくれ」


 突然管理者を名乗るNPCから連絡を受けたネヴァは随分と驚いたらしいからな。

 ともかく、ワダツミがこうして変装までしてやってきたということは何かしら伝えたい事があるということだろう。

 俺は居住まいを正し、改めて本題に入る。


「それで、何があったんだ?」

『フム。――【天岩戸アマノイワト】についてです』


 真剣な表情に変わったワダツミが言う。

 それは俺が彼女たち管理者から直々に請け負った特殊任務のコードだった。


『レッジさんたちの助力により、アマツマラの闘技トーナメント、サカオのBBB、キヨウの祭りのどれもが活況を見せています。それにより危惧されていた開拓活動の鈍化も見られず、むしろ先日は新たなフィールドが発見されましたね』


 ワダツミは指を折りつつ、最近のイベントについて言及する。

 闘技場は公式トーナメントが開催されていない時でも専用のビルドを組んだ闘士たちが戦っているし、BBBも1秒以下を削るため個々が技術を磨いている。

 中でもキヨウ祭は機械獣や市街地戦闘に関連する技術が深く研究されているらしい。


『この結果は当初我々が予測していたよりも遙かに、イザナミ計画全体へポジティブな影響を及ぼしています。

 そこでウェイドはこれらの結果を纏めた上で、地上前衛拠点シード01-スサノオへと報告書を提出しました』


 姉も一応働いているんですよ、とワダツミが言う。

 ウェイドは管理者の中で唯一そのようなイベントを開催していなかったが、その分姉妹たちの催しの補助をしていたようだ。


「スサノオの〈クサナギ〉も情報はリンクされているんですよね? 報告しなくても分かっていることでは?」

『イエス。その上で無視されないようにウェイドが念を押した形になります。正式な報告書の形式で提出された場合、スサノオといえどノーリアクションは許されません』

「なるほどなぁ」


 これだけの良い結果が出てるんだから何か言えと迫っているわけだ。

 流石ウェイドである。

 しかし分からないのは、そこから俺たちにどう繋がるのかというところだが。


「それでスサノオからは何か反応はあったのか?」


 俺の問いにワダツミは頷く。


『イエス。――一連のイベントに深く関わっている重要人物として、レッジさんへ意見聴取のため招集命令が下りました』


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Tips

◇ブラストフィンシリーズ

 〈剣魚の碧海〉に生息する飛翔鮫とその群れの長の素材を用いた防具一式。耐水性に優れ、動きやすい。

 全部位をブラストフィンシリーズで揃えた場合、シリーズバフ“荒波を裂く者”が付与される。

 海洋を縦横無尽に泳ぎ、空さえ翔る鮫の力を宿した装備。海の猛者として、群れの長として、気高き誇りをその身に纏う。


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