第362話「荒波を裂く」

 ネヴァと新しい装備について意見を摺り合わせた後、手持ちの素材の中からツァフカの皮などを預けた。

 そのあとは商談室でレティと他愛もない話に花を咲かせながら床に転がって溶けている白月にちょっかいを掛けていると、さほど待つこともなくほくほくとした表情のネヴァが戻ってくる。


「お待たせ、防具一式とアクセサリー一揃い完成したわよ」

「いつもながら仕事が早いな」


 彼女も腕利きの生産者として注文は来ているだろうに、こうして時間を融通してくれるのは本当にありがたい。

 両手を合わせて拝んでいると、ネヴァは完成品をトレードウィンドウに載せてきた。


「防具はツァフカの皮と骨をメインにして黒鉄鋼で補強した“ブラストフィン”シリーズよ」


 ネヴァの解説を聞きながら、早速“深森の隠者”シリーズから着替えてみる。

 ブラストフィンシリーズはその名に冠するとおり両腕から伸びる鋭角の硬い鰭が特徴的なシルエットを作っていた。

 頭部は鮫の大きな顎骨に包まれ、腰からは尻尾を模した飾りもついている。

 全体は暗く青みがかった銀と落ち着いた黒で構成されており、すっきりとしていて動きやすい。


「“深森の隠者”よりも必要〈武装〉スキル値を抑えてるから、見た目ほど防御力は無いわよ」


 以前“深森の隠者”の製作を依頼した時は防御力の補強を目的にしていた。

 しかし今回はできるだけ攻撃に当たらないことを前提にして必要な〈武装〉スキルの値を下げ、その代わりに装備による能力補正値に重きを置いた注文を出していた。


「LP最大量、移動速度、水属性耐性、風属性攻撃力の上昇と、一応水泳速度も上がるようになってるわ」

「なるほど。鮫らしい能力値だな」


 防御力だけを見れば弱くなっているが、総合的に見れば一回り強くなっている。

 更に俺は“ブラストフィン”装備を全て着用すると付与されるバフに気がついた。


「この“荒波を裂く者”ってのは?」

「シリーズバフね。水辺にいるだけで各種能力値が補強されて、水棲原生生物に対する威圧効果が発揮されるみたい」

「ほんとに鮫みたいですねぇ」


 説明を一緒に聞いていたレティが、俺の姿をまじまじと見つめながら言う。

 防御力を捨てた代わりとはいえ、随分と厳めしいバフがついたものだ。

 改めてネヴァの手腕に感心していると、彼女がはっと思い出したように声を上げた。


「忘れてた。こっちも副産物で作ってたんだった」

「副産物?」

「機械槍も性能的にはちょっと不足してきたところでしょ。ツァフカの素材で作ったわ」


 そう言って彼女が取り出したのは三叉矛だった。

 鮮やかな青色の金属製で、切っ先は滑らかに研がれた鮫の牙らしい。


「“荒波の三叉矛”って言って、“ブラストフィン”シリーズとの相性も良いわよ」


 満足げな顔で手渡されたそれをまじまじと見る。

 三つ叉の根元に何か宝石が埋め込まれていると思ったら、ツァフカのダークブルーの瞳だった。

 ネヴァは目玉が好きだったりするのだろうか……。


「“荒波を裂く者”のバフで攻撃力が上がるし、持ってるだけで〈水泳〉スキルがプラス10される優れものよ」

「凄いですね……。戦闘用の装備でスキル値がプラスされるようなものはなかなか珍しいですよ」


 説明を聞き、いまいち理解できていない俺の代わりにレティが驚く。

 スキル値を合計レベル制限を無視して引き上げるものといえば買ったばかりの“料理人のエプロン”などもそうだが、あれは戦闘には影響しないしかなりのデメリットもつく。

 そう考えると“荒波の三叉矛”の異質具合が分かる気がする。


「とりあえず、これで武器防具は一揃いね」

「改めてみると海底人みたいですね」

「それは褒められてるのか?」


 レティの評価に首を傾げる。

 確かに鮫皮は身体にぴっちりと密着したウェットスーツみたいで、両腕の鰭や腰の尻尾はまんま鮫だが。

 トライデントというのも海の神を彷彿とさせるし、事実そういうモチーフなのだろう。


「ちなみにその装備、〈風牙流〉とも相性いいと思うわよ」

「そうなのか?」


 ネヴァの言葉に少し驚く。

 装備の要望を出した時点では〈風牙流〉との噛み合いなどは微塵も考えていなかった。


「私も意識してなかったし偶然だけどね。〈風牙流〉の攻撃って基本風属性でしょう?」

「そうなのか?」

「いや、レティに聞かれても」


 普段全くもって意識していなかったことを聞かれ困り果てる。

 確かになんか風っぽいエフェクトは出ているし、技名は完全に風とかそういうのだし、そもそも流派の名前に風が入っているが。


「そうなのよ。で、ブラストフィンもその流れを微妙に汲んでるってことね」

「なるほど。まあ強くなるんならありがたいよ」


 本当に分かってるのかとネヴァが懐疑的な目を向けてくる。


「つまり風と風でダブってしまった結果強くなったということだろ」

「……」


 こほん、とネヴァが咳払いをひとつ。


「それで、次が本題ね」


 彼女は何事もなかったかのように話を進める。

 続いて取り出したのは、今回俺たちが尋ねてきた理由でもあるアクセサリー類だった。

 首部位は“三色瞳珠の首飾り”があるからいいと進言したのだが、そんな時代遅れなものとっとと取り替えなさいと一蹴され、結局六カ所全てを委託することとなった。


「頭には“拡張モジュール-ヘッドライト”ね」


 渡されたアイテムを装備欄に置く。

 すると額のあたりがむずむずとして、鏡で確認すると銀色のリングでがっちりと固定されたライトがついていた。

 というよりこれは、額に直にくっついている。


「なんかいきなり機械的な名前の装備ですね」

「忘れてたけど、私たちって一応ロボットなのよねぇ」


 拡張モジュールというものは装備系アイテムの中でも特殊なもので、機体そのものに新しい機能を追加するといった性質を持っていた。

 ヘッドライトの場合は文字通りライトが額に付き、暗闇でも視界を確保できる。

 機械槍のランタンでも明かりは取れたが、戦闘中はぶんぶんと振り回すわけで、またわざわざテクニックを使う必要がある。

 額の拡張モジュールなら視界と連動するし、ノータイムで自由にオンオフができるのだ。

 ついでに頭部の防御力を多少上げてもくれる。


「耳には“霧隠れの耳飾り”。気配を消す効果があるわね」


 耳に着けたのは白い結晶の中に牡鹿の横顔が刻まれた精緻なデザインの耳飾りだ。

 気配を消す効果というのは不要な戦闘を避けるためにも有用だが、この耳飾りのメインはそこではない。


「はい、これレティの分ね」

「はえっ!? わわ、レティの分ですか?」


 くるりと向きを変え、ネヴァがレティにも同じものを渡す。

 受け取ったレティは赤い瞳を丸く開き、俺の顔と手元を何度も見る。


「ここここ、こ、これっこ」

「ニワトリになっちゃったわねぇ」


 混乱し言葉もおぼつかないレティを、俺とネヴァは微笑ましく見守る。

 そうするうちに彼女も落ち着いて、恐る恐る耳飾りを掲げた。


「これってもしやそのあの名に聞くそのぺぺぺ、ペアリング的なサムシングいやこの場合ペアイヤリングですか」


 まだあんまり落ち着いていなかった。

 ともかく、彼女は手を震わせふおおおと声を漏らしている。


「〈鎹組〉の法被見た時にバンドで揃いのアイテムが欲しいなって話してただろ? だからついでに人数分作って貰ったんだ」


 白結晶の中に刻まれた牡鹿はもちろん白月を象ったもので、気配を消す効果もそれに準えたものなのだろう。


「……人数分ですか」

「ああ。ちゃんと用意して貰ったぞ」

「まあ、うん、そんなこったろうとは思ってましたよ。はい」


 急激に平静を取り戻すレティ。

 彼女は小さく息を吐き、うさ耳の根元にリングを着けた。


「どうです? 似合ってますか?」

「ああ、良い感じだぞ」


 耳を震わせて見せてくるレティにしっかりと頷く。

 そこではたと気づき、不意に不安になってしまった。


「そういえば勝手にアクセサリー押しつけて良かったのか? 皆けっこう吟味してるらしいが……」

「今更ですね……。ま、嫌がる人はいないと思いますよ」


 レティの言葉にほっと胸を撫で下ろす。

 一人で決めてしまったが、彼女にそう言って貰えれば一安心だ。


「じゃあ残りも渡すわよ。首には“鮫牙のネックレス”、左右の手には“神技の指輪”と“献身の指輪”、腰には“アウトドアツールベルト”ね」


 本題は終わったと言わんばかりにネヴァはテンポ良く残りのアクセサリーも取り出していく。

 “鮫牙のネックレス”は以前のファングシリーズの首飾りにも似た、鮫の牙を紐で繋いだネックレスだ。

 これは攻撃力が上がり、更に〈野営〉スキルの効果も上昇するため“深森の隠者”シリーズの代替品として選んだ。

 “神技の指輪”はLPの節約の為、そして“献身の指輪”はパーティメンバーに自分のLPを僅かながら分け与えるという効果の為に作って貰った。

 腰のベルトは名前から分かる通り、ネックレス同様〈野営〉スキルの効果を底上げするためだ。


「これで全部揃ったな」

「随分様になってるじゃない」


 全ての装備を身につけ、完全体を披露する。

 アクセサリーを着けたことにより、ようやく俺も一端の調査開拓員になった気分だ。


「いつもありがとうな」

「楽しいからいいわよ。ツァフカの素材はまだ誰も扱ってないんでしょう?」


 制作費から持ち込んだ素材分を引いた金額を渡し、ネヴァに感謝を伝える。

 装備がここまで俺のプレイスタイルに沿ったものになったのは、彼女が細かいところまで考えた上で設計してくれたからだ。

 これのおかげで当初の目的であるスキルの整理もやりやすくなる。


「じゃあレティ、別荘に戻るか」

「あえ、そ、そうですね!」


 ぼうっとしていたレティに声を掛けると、彼女ははっと正気に戻り慌てて頷いた。


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Tips

◇霧隠れの耳飾り

 白結晶に精緻な刻印をレーザーによって彫り込んだ珠玉の一品。枝角を伸ばす鹿の横顔は凜々しく、涼やかな印象を与える。

 装備中、気配を周囲に紛らせ原生生物から発見されにくくなる。霧の中では効果が上昇する。

 白い濃霧を封じた結晶の耳飾り。力を隠し、敵の目を覆い、静かに森の中を征く。その影さえも霧に溶けて消えるだろう。


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