第361話「黒縁眼鏡」

 多少の騒動はあったものの、俺たちは気を取り直して露店巡りを再開する。

 薬草類を自分の露店に持っていくためワダツミの市場はほぼ毎日足を運んでいたし、どこにどんな店があるのかは大体把握しているつもりだった。

 しかし今回レティに案内されてじっくりと覗いてみると、驚くほど何も知らないでいたことを痛感させられる。


「ネックレス系は専門店まであるんだな」

「〈鍛冶〉スキルの中でも『宝石加工』系統のスキルツリーを伸ばす必要がありますからね。アクセサリーはデザインで独自色を出しやすいのもあって、専門にする生産職もどんどん増えてるみたいです」


 アクセサリー市場は俺が考えていたよりも遙かに奥深く、多様に展開されていた。

 攻撃力の増強に焦点を当てた店、宝石の煌びやかさを重視する店、安価な初心者向け、逆に高級品だけを取り揃えた店、ワダツミ市場の一角を歩くだけでも多くの店と出会う。

 ここまでくると、何故今までその存在を意識していなかったのか自分でも疑問に思ってくるくらいだ。


「いや、ほんとですよ。なんで今までアクセ無しで生きてこられたんですか」

「元々無いものだと思ってたら何とかなったりするんだよ」


 そう言って胸を張ると、レティは眉を寄せてため息をついた。

 一応は戦闘も囓っているプレイでアクセサリーを着けていないというのはセルフ縛りプレイもいいところなのだろう。


「それで、めぼしい物はありましたか?」


 市場を軽く一巡したところでレティが切り出す。

 俺は店に並んでいた商品を思い出し、琴線に触れるものがあったか吟味する。


「ワダツミの店だからか、釣りとか水泳補正の装備とか多かったな」


 “青い眼の魚の指輪”や“潮のブレスレット”、果ては“しましま浮き輪”と言ったものまで、海や水辺で効果を発揮するタイプのアクセサリーが多く目についた。

 一応〈釣り〉スキルもひっそりと上げている身からすれば、釣りに有用なものも気になる。


「〈家事〉スキル関連だと“ハウジングツールベルト”、〈栽培〉だと“緑の指輪”、〈罠〉関連で“罠師の七つ道具トラッパーツールズ”、他にも“クライミンググローブ”とか“チョッパーエプロン”とか……」

「めちゃくちゃ気になってますね!?」

「なまじいろんなスキルに手を出してるからな。どのスキルに影響しそうか考えるといくらでも出てくるぞ」

「2,3個の部位重複なら付け替えも楽ですけど、あんまり増やしすぎると今度はインベントリの枠が無くなりますよ」

「そうなんだよなぁ」


 いざアクセサリーを選べと言われると、何を選んで良いのか分からなくなってしまう。

 スキル補正の無いものでも、LPの底上げやダメージの割合カットなどの堅実な性能をしたものは多いのだ。


「今回はスキル整理が目的ですから、切り捨てるスキルの代わりになりそうな物を探しましょう。たとえば〈登攀〉スキル25を捨てて、代わりに“クライミンググローブ”を着けるのは良い選択だと思いますよ」

「なるほど。……でも〈登攀〉ってあんまり使ってないんだよな」

「じゃあさっさと切り捨てて下さいよ!」


 スキルレベルはそのまま使用頻度を現しているし、レベルが低い物は平時にそこまで重要視していないものだったりする。

 そういう意味では〈登攀〉スキルは捨ててもいいかもしれない。


「お、レティ。これなんてどうだ?」


 俺は道中にメモしたアクセサリーの中から面白そうな物を見付ける。


「“目利きの眼鏡”。着用時、NPCからのアイテム購入に割引が行われる、だとさ」

「眼鏡ですか、なるほどいいですね……」


 完全な〈取引〉スキルの互換とは言えないが、アイテム購入費が安くなるのは地味にありがたい。

 デメリットとしては若干視界が狭くなる効果があり、戦闘中に好んで掛けるものではないだろう。


「買ってきました!」

「は、えっ?」


 使用感について考えていると、突然レティからトレードウィンドウが飛んでくる。

 眼鏡屋は少し離れていたはずだが、何という速度か。

 あと普通に結構高かったと思うんだが……。


「掛けてみて下さい」

「お、おう……」


 渡された“目利きの眼鏡”を早速装着する。

 黒いフルリムで、見た目はごく普通の眼鏡だ。

 掛けてみると確かに縁が僅かに視界の端にあるせいで邪魔に感じてしまう。

 普段眼鏡を掛けていないから尚更だろうか。


「おお、いいですね……」

「そうか? まあ露店相手だと意味ないんだけどな」


 この眼鏡が効力を発揮するのはNPCの商人相手。

 そう言う意味ではアーツの触媒であるナノマシンを日頃から大量に購入しているラクトなんかにはぴったりかもしれない。


「ていうか深く考えずに買ってたけどいいのか?」

「問題ありません。もう元は取れたと思います」

「ええ……」


 ぐっと親指を立てるレティ。

 どこに元を取る要素があったのか分からないが、聞くのも少し怖い。


「しかし、俺が考えるとどうにも生活系スキル方面を伸ばすように選んじまうな。いっそのことレティに選んで貰った方が早いかも知れん」

「そういうことならオーダーメイドしてみますか? 性能とかデザインとかの要望を伝えて、生産職に注文する感じで」

「なるほど、そういう事もできるのか」


 確かにそれならばより自分のスキル構成やプレイに合致したものを揃えやすい。

 とはいえ、その場合一番の難関は要望を聞いてくれる生産職を探すところなのだが――


「というわけでやって来た」

「なるほど。アクセサリーもギリギリ専門だし、話くらいなら聞くわよ」


 場所は変わりシード01スサノオ。

 鋼鉄の町に埋もれるように建つ工房へやって来た俺たちを、そこの主であるネヴァは快く出迎えてくれた。

 面識のある生産職で言うならばプロメテウス工業のタンガン=スキーやダマスカス組合のクロウリなど名だたるメンバーがフレンドリストに入っているが、一番馴染みの深い人物となればネヴァ一択だった。


「まあ、普段から罠やらテントやら二人で作ってるしね」

「いつもお世話になっております」


 鍛冶仕事でもしていたのか、ハンマーを握ったままネヴァが眉尻を下げる。

 いつも意見の殴り合いをしていると言う意味でも、お互い遠慮無く話を進められる。


「ていうかレッジがアクセ着けてないのに気付かなかったのは生産者としても悔しいわね」

「ちゃんと“三色瞳珠の首飾り”は着けてたぞ」

「何世代前の装備よ。その程度の補正値じゃ普通満足できない筈なんだけどね」


 今も首に掛けているラピスの素材を用いた首飾りを見せると、彼女は呆れた顔で肩を竦める。

 確かにこれはシャドウスケイル装備と一緒に揃えた物で多少は時間も経っているが、アクセサリーとはそんなに頻繁に更新するものなのだろうか。


「スキル整理の一環で〈武装〉スキルも多少下げていいかと思ってるんです。防御力ではなく特殊効果を重視した感じで。

 それともう一つ、〈取引〉スキルも整理したくて。ネヴァさんの工房の売り場を一部買えたらと思ってたりするんですが」

「防具はド専門だしドンとこいよ。売り場の方も正直余ってるくらいだから、空いてるとこ自由に使って貰って結構よ」


 レティが事の発端から説明し売り場についても話を持ちかけると、ネヴァにどちらもすんなりと引き受けてくれた。

 俺たちは工房の二階にある応接室へと移動し、そこで細かい部分を詰めることとなった。


「防具も一新するなら、まずそっちを固めた方が良いわね。そのあとでアクセサリーで欠点を埋めるなり長所を伸ばすなりしましょう」

「分かった。その辺の進行は任せるよ」


 こういう時はプロの言葉にしたがった方がいいと考え、素直に頷く。

 ネヴァは任されたと胸を叩き、早速白い紙をテーブルに広げた。


「じゃあまず、防具からね。今持ってる中で一番新しい素材は何?」

「そうだな……。〈鋼蟹の砂浜〉で手に入れた蟹とか鮫の素材とか、あとは“裂鰭のツァフカ”っていう名持ちネームドの鮫の素材とかかな」


 ネヴァの工房にはストレージへと直接アクセスできるアセットも揃っている。

 その中を覗きながら言うと、彼女は眉を上げた。


「そういえば最近もやらかしてたわね」

「やらかしてたとは何だ。一緒に開発した罠の実証実験もしたんだからな」


 その時の使用感についてのレポートも軽く纏めてある。

 俺がテキストデータを送ると、ネヴァは呆れた様子でそれに目を落とした。


「相変わらずこっちは熱心ね……。後で確認して、改善点を検討しましょう。とりあえず、蟹と鮫の素材出して貰っていい?」

「まかせろ」


 ネヴァの要請に応じ、大きなテーブルに素材を並べる。

 自慢の〈解体〉スキルで手に入れた珠玉の品々だ。

 彼女もルーペを使って詳細な情報を確認しながら、ゆるく息を吐き出す。


「レッジが持ち込む素材は品質が高くて嬉しいわ。――よし、これだけあれば一式作れるわよ」

「よろしく頼むよ」


 職人のお眼鏡に適い、こちらも胸を撫で下ろす。

 そうして俺たちはテーブルを挟み、本格的に話を進め始めた。


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Tips

◇目利きの眼鏡

 商人が使用する細い黒縁の眼鏡。掛けているだけで知性があがる。

 装備中、NPCからアイテムを購入すると5%割引される。視界が僅かに狭くなり、強い衝撃を受けるとレンズが破損し“失明”の状態異常になる。

 レンズの奥の瞳は鋭く光り、物の本質を鮮やかに見抜く。価値を知る者は感嘆し、価値を偽る物は震え上がるだろう。


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