第360話「エプロン姿」

 レティに連れられてやって来たワダツミの市場は、相も変わらぬ活況を見せていた。

 客寄せや交渉の声が盛んに飛び交い、巨額のビットと希少なアイテムが取引される。

 生産職と戦闘職が互いの利益の為に言葉を交わす。

 LP回復アンプル、修復用マルチマテリアル、霧狼のたてがみ、鮮血熊の肝、加工品と素材とが人の手を渡る。


「いつ来てもここは賑わってるな」

「文字通り昼夜を問わず開かれてますからね。いちおう、平日昼間とかは多少落ち着いてたりしますけど、誤差の範疇ですし」


 レティと二人、人混みの中を歩きながら周囲の露店を見物する。

 露店の近くに行けば何が並べられているのか分かるが、〈取引〉スキルのレベル10テクニックである『市場調査』を使っていれば離れた店の商品もウィンドウで確認できるのが便利だ。


「やっぱり〈取引〉スキルは必須だと思うんだけどなぁ」


 アイテムの売買に関連するテクニックを揃えた〈取引〉スキルは、生産者を中心に習得者が多い。

 NPCからアイテムを安く買って高く売れる他、PC同士でも特殊な売買ができたり契約を結べたりと便利なのだ。


「お金はあるんですし、貸し露店での委託販売でもいいじゃないですか」

「貸し露店は割高だろ。〈取引〉スキルに割く余裕がない戦闘職なんかが素材系アイテムを売るために使うんじゃないのか?」


 貸し露店というものは各都市の市場区画の隅に設けられた店舗のことだ。

 見た目は小さな露店だが店主はNPCが務めており、委託料金を支払うことで好きなアイテムを商品棚に並べることができる。

 スキルが無くても露店でアイテムを好きな価格で売れるのはいいが、他の人の商品に埋もれてしまうことも否めない。

 貸し露店に並べるくらいなら少し安くなるがNPCに売る、というプレイヤーもいるくらいだ。


「じゃあ他の人に委託するのはどうです?」

「他の人って、プレイヤーか」

「はい。ほら、ネヴァさんとか、レッジさんも共同製作品を工房で販売して貰っていますよね」

「それはまあ、ネヴァが作ったものだしなぁ」


 確かにネヴァの工房ではDAFシステムのドローンや各種罠、テントの販売も行っている。

 売れ行きはあまり良くないらしいが、あそこに行けば俺が使っているアイテムも大体揃う。


「ネヴァさんは〈取引〉スキル持ってるんですよね。それなら“契約”して売り場の何枠かを月額で買うとかもできると思いますよ」

「そうなのか。……レティは〈取引〉スキル持ってないのに俺より取引システムに詳しいな」


 博識な相棒である。

 感心して褒めると、彼女はにへらと口元を緩めた。


「公式wikiを読んだだけです。ていうか、レッジさんも〈取引〉スキル持ってるならそれくらい確認しましょうよ」

「俺は自分のレベル分のテクニックしか見てないからなぁ」


 FPOは一つのスキルに含まれる情報が膨大で、現時点の自分にできることを把握するだけでも精一杯なのだ。


「ともかく、まずはアクセサリーを探しましょう。何か欲しいものとかありますか?」

「何があるのかも分からないのに、無茶言うぜ」

「かっこつけても意味ないでしょう……」


 堂々と言い切ると、レティはがっくりと肩を落とす。


「〈料理〉スキルは“料理人のエプロン”と“割烹着セット”でなんとかなるでしょう。どちらも装備中、LPが半減して戦闘行動ができなくなる代わりに〈料理〉スキルレベルをプラス10する防具です」

「LPが半減してしまうのはどうなんだ?」

「生産系スキルはめちゃくちゃにLPを使うわけでもないですし、大丈夫でしょう。テントの中で使う時はなおさらです」


 全く情報のない俺に向けて詳細な説明を施しながら、レティは裁縫師の露店を覗く。


「こんにちは。“料理人のエプロン”と“割烹着セット”ってありますか?」

「らっしゃい。ウチは包帯専門だからねぇ。三軒隣の店がランクⅢまでの受注生産してるはずだよ」


 作業着姿の裁縫師はそう言って隣の方へ視線を向ける。

 そこには簡易裁縫作業台を置いた露店が建っていた。


「ありがとうございます。あ、ランクⅤの包帯を30個貰えますか?」

「もちろん。毎度どうも」


 レティは露店商からアイテムを買って戻ってくる。

 見慣れないものに首を傾げていると、彼女は歩きながら説明してくれた。


「最近のアップデートで追加された新アイテムですよ。破損した部位に使うと一定時間後に修復されて、LPも継続的に回復されるんです」

「へぇ、便利なアイテムだな」

「最低でも腕一本が無事である必要はありますけどね。これもレッジさんの〈支援アーツ〉に頼らない回復方法のひとつです」


 包帯はアーツやアンプルと違って即時回復ができない代わりに単価が低く、重量的にも手軽な回復手段になっているらしい。

 量産も容易なようで、市場でも安定して揃えられるため近接攻撃職を中心に広まっているようだ。

 そんな話を聞いているうちに、教えられた受注生産の露店に辿り着く。


「こんにちは。“料理人のエプロン”と“割烹着セット”を作って貰いたいんですが」

「はいよう。素材持ち込みです?」

「ビットでお願いします」

「なら合わせて2,500ビットだよう」


 素早く注文を済ませ、レティは料金を支払う。

 裁縫師も早速作業台に向かい、ミシンを動かし始めた。


「2,500ビットか、ちょっと待てよ」

「後で良いですよ。白鹿庵の共有口座に入れといて下さい」

「は、はい」


 送金ウィンドウを開きかけ、レティに止められる。

 そこで初めて自分の所持金を確認し、殆ど銀行に預けていたのを思い出した。

 ビットにも重量があるため、普段はほぼ全額預けているのだ。


「お買い物のためにある程度持ってきてますし、所持重量的にもレティが買った方がいいでしょう。後で渡しますから」

「たすかります……」


 腕力にBBを振っている彼女と一切振っていない俺とでは、所持重量に雲泥の差がある。

 こういう時に少し情けなくなってしまうが、合理的な判断ではこうなる。


「レッジさん、アクセの装備部位分かります?」

「えっと……指輪と首と……」


 突然の問いにしどろもどろになりながら答える。

 装備ウィンドウを見ればすぐに分かるが、そうさせては貰えないようだった。


「顔、耳、首、指輪が左右、腰の六カ所ですよ。そしてほぼ全てのプレイヤーは六カ所全て埋めてます。特に戦闘職はアクセ必須と言ってもいいくらいです」

「そ、そうなのか……」

「攻撃力、防御力の底上げ、〈異常耐性〉スキルの代替、いろいろ理由はありますが、着けないより着けた方が絶対に強くなりますからね」


 アクセサリーを着けない場合、当然能力値はゼロ、変化しない。

 例えばレティが首に掛けている“死地の輝き”は特殊な耐久系バフを付与する装備で、彼女はそれのおかげで持ち堪えてきたこともあるという。

 なるほど、着けない理由がないわけだ。


「アクセは重量的にも防具より軽量なことが多いですからね。幾つか揃えておいて、状況に応じて着け替えるひともいますよ」

「へぇぇ」


 レティ先生の講座はためになるなぁ、などと感心していると露店の方から声が掛かる。

 どうやら頼んでいた装備類が完成したらしく、レティがお礼を言って受け取った。


「では、次のアクセを揃えに――」

「ちょっと待ってくれ。その前にその装備、試着してもいいか?」

「えっ? まあ、別にいいですけど……」


 すぐさま先へ行こうとするレティを呼び止める。

 彼女は困惑しながらも頷き、“料理人のエプロン”と“割烹着セット”を渡してくれた。

 “料理人のエプロン”は腰部位のアクセサリーで、“割烹着セット”は上衣と下衣の二種で同梱された防具のようだ。


「なるほど、防御力とかは皆無なんだな」

「戦闘用の防具じゃないですからねぇ」


 パラメータを確認しつつ、装備ウィンドウから変更する。

 光のエフェクトが全身を包み、すぐさま装いを入れ替えた。

 着替えが楽なのは仮想現実の良いところ――


「なっ」

「あれっ!?」


 自分の姿を見下ろして絶句する。

 前に立っていたレティも思わず口を覆って眉を上げていた。


「“料理人のエプロン”、随分可愛らしいな……」

「も、もっと普通のシンプルなエプロンだと思ってたんですが」


 割烹着はまだいい。

 真っ白で清潔感があり、ゆったりとして動きやすい。

 問題は“料理人のエプロン”の方だ。

 肩紐から前部までをふわっとしたフリルが縁取り、色は淡いピンクのチェック、大きなポケットがついているのは便利で良さそうだが、腰紐の部分が大きなリボンになっていてチャームポイントである。

 チャームポイントである。


「なんで!?」

「うわっ、お客さんじゃなくてお兄さんがエプロン欲しかったの!?」


 二人で驚いていると、製作者である露店の少女も驚いて声を上げる。

 多くの人で賑わう市場のど真ん中で女装おじさんになってしまった俺は、慌てて彼女に詰め寄った。


「ど、どういうことなんだこれっ」

「う、ウチはファンシーなお洋服が専門なんだよう」

「うごごご……そうだったのか……」


 改めて看板を確認すると、丸っこい書体で〈わたぐも洋裁店〉と書かれているし、何なら店の前に並んでいるトルソーには可愛らしいセーラー服やふりふりのワンピースなどが着せられている。


「注文したのがそこのお姉さんだったから、てっきり彼女が着るんだと思ったんだよう」

「ぐ、それもそうだ。完全に俺の確認不足だったな」


 詰め寄ったことを謝ると、裁縫師の少女は困惑しつつも頷いてくれた。


「済みません、レッジさん。どこか別の場所で買い直しましょうか」

「いや、品質に問題はないしな。これでいいよ」


 どうせ見るのは白鹿庵のメンバーくらいだし、使うのも料理をする時だけだ。

 ならばデザインが多少可愛らしくとも問題はないだろう。

 別に女性専用装備というわけでもない。


「驚かせて申し訳なかった。大切に使わせて貰うよ」

「う、うん。良かったよぅ」


 “深森の隠者”シリーズに戻り、エプロンと割烹着をレティに渡す。

 モサモサとした緑の中に埋もれるようにして、俺はレティと共にその場を後にするのだった。


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Tips

◇料理人のエプロン

 料理中の汚れから身を守る作業着。前掛けに大きなポケットがついていて機能的。

 装備中、戦闘系スキルの使用ができなくなる。〈料理〉スキルレベル+10(合計スキルレベル制限を受けない)。〈家事〉スキルに若干の上昇補正。

 ゆったりとしたフリルで縁取られたファンシーなデザイン。背面の腰紐は大きなリボンになっていて、とてもキュート。ソフトなピンクのチェック柄も可愛らしい。


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