第359話「絶対的な法則」
最強の毒草を作る。
カミルに向かってそう宣言したはいいものの、直後に俺は早速巨大な壁に阻まれた。
丁度タイミング良くログインしてきたレティを椅子に座らせ、沈痛な面持ちで相談する。
「……スキル値が、足りないです」
「そんだけ色々手ぇ出してたら当たり前ですよ」
俺の魂からの叫びを、レティはすげなく一蹴する。
がっくりと項垂れる俺を見て彼女は大きなため息をついた。
「だからあれほど方針はしっかり定めるべきって言ったのに。正直、栽培に手を出す余裕無かったですよね?」
「うぐぅ……」
以前にもスキル合計値が上限である1,050に迫り、泣く泣く〈伐採〉〈採掘〉の二つをスキルカートリッジに収めて手放した。
その時にも彼女には忠告されていたのだが、気がつけばまた同じ状況に陥っている。
「それで、今のスキル構成はどんな感じなんですか?」
「そうだな……」
何だかんだと言いつつも相談には乗ってくれるようだ。
優しい仲間に感謝しつつ、俺はスキルウィンドウを開く。
_/_/_/_/_/
【戦闘系】
〈槍術〉Lv80〈罠〉Lv80
【機術系】
〈支援アーツ〉Lv44
【生活系】
〈野営〉Lv80〈取引〉Lv60〈解体〉Lv80
〈撮影〉Lv80〈鑑定〉Lv80〈釣り〉Lv40
〈収獲〉Lv80〈歩行〉Lv80〈登攀〉Lv25
〈武装〉Lv51〈家事〉Lv23〈機械操作〉Lv80
【生産系】
〈料理〉Lv20〈栽培〉Lv17
Total:1,000
_/_/_/_/_/
「上限ギリギリじゃないですか!」
「だから困ってるんだよ」
ウィンドウを覗き込んだレティが大きく口を開けて叫ぶ。
現在の俺の合計スキルレベルは1,000、つまりはこの
「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか」
「そんなこと言われてもなぁ」
重症化してようやく来院した患者を見るような目を向けてくるレティ。
俺だってここまでとは思わなかったのだ。
先ほど〈栽培〉スキルを使っていて、なかなかレベルが上がらないことに首を傾げてスキルウィンドウを確認し、そこでようやくこの事態が発覚したのである。
「仕方ないですね、省けるスキルと必須なスキルで分類していきましょう」
メモアプリを立ち上げ、レティは話を進める。
要、不要の項目を作ってリストの上から順に検討していく作戦らしい。
「まずは〈槍術〉、これはメインウェポンですね。といってもレッジさんガチ戦闘職じゃないですけど」
「でも風牙流の兼ね合いもあるしな。必要だろ」
「分かりました」
彼女は早速〈槍術〉スキルを要の項目に振り分ける。
「次は〈罠〉ですね」
「要だな」
「〈支援アーツ〉」
「要」
「〈野営〉」
「要」
「〈取引〉」
「要」
「……真面目にやってます?」
「この上なく真面目なんだが?」
じろりと目を三角にして睨むレティ。
俺は彼女の追求に抗って深く頷く。
「〈罠〉と〈野営〉はともかく、〈支援アーツ〉と〈取引〉は必要ですか?」
「レティたちの回復には必要じゃないか? それに〈取引〉がないと露店が置けないから金が稼げないし」
俺がそれぞれのスキルの必要性について説くと、彼女は唇を尖らせて思案する。
「〈支援アーツ〉は元々、白鹿庵にテント以外の回復手段が無いから取得したんですよね」
「そうだな。テントは自由に動かせないし」
「ふむ。それなら消して良さそうです」
「なんでだよ!?」
〈支援アーツ〉を不要の項へと移動させるレティ。
その脈絡の無さに驚いて、思わず俺は彼女の手を掴んだ。
「ヒーラーがいないと困るだろ」
「いやぁ、逆に質問して申し訳ないんですけど、レッジさん最近アーツ使ってます?」
「……」
その言葉に直近の戦闘を思い返す。
「そういえば使ってないな?」
「ですよね」
使ってなかった。
いや、より正確に言うなら使う暇が無かったと言うべきか。
レティもエイミーもトーカもラクトも、白鹿庵の攻撃職は揃って短期決戦型だ。
エイミーは持久力もあるが、それでも自前の〈防御アーツ〉によって瞬間的に高火力の爆発的な打撃を叩き込むことが多い。
つまり彼女たちは〈支援アーツ〉によるバフを掛けるよりも、その時間にノーバフで攻撃した方が結果的に戦闘を早く終わらせる事が出来るのだ。
「レッジさんがレティたちの為を思ってスキルを取ってくれたのは嬉しいんですが、レティたちも専属のヒーラーがいないなりの戦闘方法を確立できてきてるんですよね」
「そういえばそうだなぁ。実際、皆のLP見ててもあんまり回復の必要性を感じないというか」
「常時レッジさんの側にいてテントの恩恵を与りやすいラクトはともかく、レティやトーカなんかはアクセサリーとかで補ってるんですよ」
「そうだったのか」
レティは黒鉄の鎧の胸元から赤い宝石の嵌まったネックレスを取り出して見せた。
「これは“死地の輝き”っていう装備です」
「物騒だなぁ」
ワインレッドの宝石はレティの瞳によく似ていて綺麗だと思ったが、名前を聞くと途端に禍々しく見えてしまう。
「効果は“LPが50%以下の時、残存LPを越えるダメージを受けた際にLPを1のみ残して耐える”っていう、よくある耐久系アクセですね」
「随分小難しいな」
「要はピンチの時に一回だけ生き残れるよって話です。レティの場合はテクニック使ってると基本的にLPは半分割ってますし、黒鉄シリーズも防御力より動きやすさ重視のカスタムにしてるので、何度かこれに助けられてますよ。
あとは残存LPが少なければ少ないほど回復速度が上昇する“回生の指輪”とか、高火力高LPアタッカーには定番の消費LPを10%カットする“神技の指輪”とか」
レティは両手の中指に嵌めた二つの指を見せてくれる。
当然と言えば当然なのだろうか。
彼女もパーティの戦闘で活躍するアタッカーとして装備の隅々にまで気を配っているらしい。
「俺はアクセサリーとか“三色瞳珠の首飾り”以外着けたことないんだよな」
「え゛っ」
ぽろりと言葉を零すと、レティが濁った声を上げた。
予想よりも随分と大きな反応にこっちが逆に驚いてしまう。
「ど、どうしたんだよ」
「どうしたもなにも、レッジさん今までアクセサリー着けてなかったんですか?」
「そ、そうだよ」
「一回装備ウィンドウも見せて下さい!」
鼻息を荒くしたレティに両肩をがっちりと掴まれる。
彼女に睨まれながら、俺は素早くウィンドウを開いた。
防具の欄は深森の隠者シリーズが頭から靴まで埋めているが、アクセサリー欄は唯一首の欄に“三色瞳珠の首飾り”があるのみだ。
「ま、まじですか……。これで今までどうやって生きてたんです?」
「そんなに言われるほどなのか!?」
「そりゃそうですよ! 普通はスキルで補えない部分をアクセサリーと防具を総動員して何とか補っていくのが普通なんですから」
よほど拙いことをしていたらしい。
レティの言葉がグサグサと身体に刺さる。
彼女は突然ゆらりと立ち上がると、何かがキマッた瞳をこちらに向ける。
「レッジさん、今から買い物に行きますよ」
「えっ」
「スキルの整理も大切ですが、その前にアクセを買いましょう、それで補える部分もありますから」
「そうなのか?」
「例えば〈料理〉スキル。レベル20程度で、一時的で良いなら料理支援装備で代替できます」
彼女の言葉に目から鱗が落ちる。
たしかに〈料理〉スキルを使う時は戦闘中でもないわけで、戦闘用装備である深森の隠者を着ている必要は無い。
早着替えはできないが、そんな逼迫した事態もそうそうないだろう。
「とりあえず、〈支援アーツ〉は無くともレティたちはなんとかできると思います。攻撃職が三人もいるのはある程度ローテーションできることでもあるので、一人が回復のため下がっても問題ありません。
〈歩行〉スキルはともかく、〈登攀〉スキルも今の段階でレベル25という数値に不足感を抱いていないなら必要ない可能性は高いです。アストラさんみたいに行動系スキル無しでも変態機動できないこともないですから。
丁度いいので〈武装〉スキルも多少下げて良いかもしれませんね。レッジさんは前衛っぽいですが殆ど後衛みたいな所ありますし、防御力より機動性重視でしょう。なんなら防御力は捨てて特殊効果の拡充に重点を置くというのもありです。
〈取引〉ももう少し下げるか、いっそ全切りでもやりようはあると思いますよ。白鹿庵の共有資金は余裕ありますし、販売員NPCをお金で雇うというのも一つのやりかたですから」
「お、おう……」
町へ出掛ける支度をしながら、レティは流れるように言葉を紡ぐ。
何が無駄で、何が代替できるのか、彼女は豊富な知識を総動員して助言してくれた。
日頃から公式wikiや掲示板を熱心に読んでいるのは知っていたが、そこで得た知識をこうして使えるというのも彼女の優れた所だ。
言葉の洪水に圧倒されていると、彼女は装いを変えて振り返る。
物々しい黒鉄の鎧からカジュアルな洋服姿となったレティは、頭頂のうさ耳を除けばお洒落なカフェで呪文のようなメニューを楽しんでいる少女のようだった。
「そんな装備もあるのか……」
「最近はカジュアル系装備専門の裁縫師バンドとかも出てきたんですよ。フィールド探索も良いですが、たまには町の方にも目を向けた方がいいです」
レティが髪を揺らし、俺の手を取る。
「そういうわけで、町に出掛けましょう」
「お、おう」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、俺は別荘を飛び出す。
現代的な姿のレティとギリースーツのようにモサモサした俺は似合わないだろうなと考えながら、ひとまずワダツミへと向かうのだった。
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Tips
◇死地の輝き
赤く輝く“鮮血石”を嵌め込んだ首飾り。
装備者はLPが50%以下の時、残存LPを越えるダメージを受けた際にLPを1のみ残して耐える。
かつての戦場、流れ出した血は怨嗟と狂気をはらみ、大地へと深く染みこんだ。幾千の思念が凝固した赤晶は生死の狭間でそっと囁く。“今はまだ骸を晒す時ではない”と。
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