第358話「怪しい実験区画」

 〈大鷲の騎士団〉が新たなフィールド〈鋼蟹の砂浜〉を発見し、そこに住む原生生物の詳細な情報と共に公開したことで開拓の機運は再び上向いた。

 相変わらずアマツマラの地下闘技場で研鑽を積む闘士や、より山車の牽引に適した機械獣の設計に情熱を注ぐ機械技師なども少なくないが、霧森や砂浜に装備を固めた開拓員たちが戻ってきたのだ。


「うーむ、やっぱり単純に混ぜ込むだけじゃあバッドステータスしかつかないな」


 そうしてワダツミもまた、フィールド活動によってアンプルや装備品の需要が刺激されて活気を増していた。

 つまり俺の栽培活動も活発化するというわけだ。

 薬草類はアンプルの素材になるし、野菜はLP自然回復速度や運動能力を支援するバフ飯の材料になる。

 この商機をみすみす逃す手はないと俺はワダツミ別荘の裏庭に鉢を増やし、カミルと協力して全力栽培していた。

 その一方で、区画の一つを実験用に区切り、そこでは〈栽培〉スキルの能力を検証するための様々な試験を行っていた。

 幾つか行っている実験の一つが、〈鋼蟹の砂浜〉で山ほど獲れる鮫肉をはじめ、近海産の海洋生物の素材を用いた肥料投入だった。


「やっぱり何かしら加工しないといけないな。肥料となると薬の分野か? それなら〈調剤〉スキルの領分になっちまうが……」


 目の前の鉢には、鮫肉を細かく切り刻んだものをそのまま混ぜ込んだ土がある。

 〈栽培〉スキルのテクニックによって表示される土のステータスウィンドウには、様々なバッドステータスが羅列されていた。

 生肉をそのまま入れたのだから当然と言えば当然だろう。


「原生生物の糞とかは割と有名なんだよなぁ。あっちは研究も進んでるし、何か別のことをやりたい」


 先駆者の尻尾を追うだけでは面白みがない。

 そう言う点では、レティが浜に転がる鮫の屍を見渡していったニシンの話はおもしろかった。


「鰊粕ってどうやって作るんだったかなぁ」


 ブラウザを立ち上げ、検索エンジンに文字を入力する。

 すぐにいくつもの情報がヒットした。


「湯で煮て、圧搾するのか。ついでに油とかも取れると……。なるほど、料理だな」


 史実では大釜を使っていたようだし、どう考えても料理である。

 そして料理ならば俺も多少は腕に覚えがあるのだ。


「結構規模がデカいが、最初は小さめでもできるかね……」


 別荘の中へと駆け込み、早速キッチンに向かう。

 涼しい所で丸まっていた白月が何事かと顔を上げるが、俺が何か始めているのを見て再び眠りに戻った。


「カミル!」

『なに?』


 名前を呼ぶと、赤髪の少女がひょっこりと顔を出す。

 カミルは手にはたきを持ったままやってきた。


「ちょっとキッチン借りるぞ」

『別に許可取らなくて良いわよ。アタシはここのメイドロイドよ?』


 呆れた顔で再び掃除に戻るカミル。

 俺は彼女を見送り、シミュレーションモードで料理を始めた。

 シミュレーションモードというのは工程が完全に自由になるかわりに、出来上がるまで何かが完成する保証もない上級者向けの機能だ。

 〈料理〉スキルだけでなく、生産系スキルならばレベル30以降で使用できるもので、大抵の新アイテムはこの機能によって生産された後、レシピ化されている。


「さあ、やるか!」


 大鍋に水を満たし、火に掛ける。

 すぐに沸騰し煮えたぎる中へ、鮫肉を入れて煮上げていく。


「うっ、流石に結構な臭いだな……」

『ちょっと!? なんなのこの臭い!』


 アンモニア臭だけではない、奇妙な臭いが鼻をつく。

 俺が顔を顰めていると、目の端に涙を浮かべたカミルが慌てて部屋に飛び込んできた。


「何って、鮫肉を煮てるだけだが?」

『せめて下処理してから煮なさいよ! 食べらんないわよ!』

「食べるためじゃなくて、肥料にしようかと……」

『キッチンで何作ってるのよ!?』


 だから前もってキッチンを借りる旨を伝えたのだが……。

 カミルは鬼の形相で換気扇の出力を最高に押し上げ、別荘の窓という窓と前後の扉を開け放つ。

 いろいろな所から風が吹き込み、抜けていき、ミサイルシャークの独特な臭いも流される。


『ほんとに、何を作ろうとしてるのよ』

「魚肉を肥料にするって話は知ってるか?」

『製法までは知らないけどね』


 俺の行動を監視するように、カミルは目を三角にしたまま言う。

 その言葉に俺は内心で小さくガッツポーズした。

 彼女NPCにその知識があるということは、アイテムとしてゲーム内で製作できる可能性はある。


『でもアレってもっと大量に手に入る小魚を纏めて煮るものじゃないの?』

「そうみたいだが、鮫肉がいっぱい手に入ったからな。これでできないかと思って」

『ふぅん』


 胡乱な顔のままカミルは踏み台を登って鍋の中を覗き込む。

 ぐらぐらと煮えたぎる湯の中で白くなった鮫の肉塊が躍っている。

 風が吹き抜けていくとはいえ、それほど近付けば臭いは容赦なくやってくるようで、カミルは顔を顰めて早々に離れた。


『凄い臭い……。家に染みつかないかしら』

「そういうこともあるのか」

『当たり前でしょ。もしそうなったら消臭剤買ってきて頂戴よね』


 家にも色々とパラメータが設定されているらしい。

 そういうものの管理は〈家事〉スキルの領分だろうし、後片付けの際には俺も協力することにする。


『それにしても、これ何の肉よ』

「ミサイルシャークだ。最近見つかったフィールドに出てくるでっかい原生生物だな」

『毒とかないの?』

「えっ」

『えっ?』


 突然の問いに驚くと、カミルの方も目を丸くしてこちらを見る。


「いや、食べたし、毒っぽいのはなかったと思うが……」


 ミサイルシャーク迎撃後、騎士団や三術連合と共に野外パーティを催した。

 蟹やらフカヒレやら出てくる宴席には、鮫肉料理も出てきたはずだ。

 つまり毒はないだろう。


『でもそれって機械人形の八尺瓊勾玉の許容範囲を逸脱するほどの毒素がないってだけよね? 肥料にするならまた別じゃないの?』

「……そうなのか?」

『知らないわよ、農家じゃないんだから』


 そんなこと、急に言われたら不安になってしまうじゃないか。

 確かにミサイルシャークの肉は臭いが強い。

 現実でも鮫肉はアンモニア臭が云々と言われるが、それ以外の刺激臭も混じっている様な気がする。

 先の宴では香草類を使った臭み消しなどの下処理を、騎士団お抱えの野外料理人が丁寧に施していたのだろう。


『茹で汁にも成分は溶け込んでるんじゃない? ちょっと試してみたら?』

「カミル、頭良いな」

『バカにしてる?』


 むっとするカミル。

 そういえば彼女は、性格に難があるだけで他全ての項目で優秀な成績を収めていた。

 俺は彼女の言う通りに茹で汁を掬う。

 それは“飛翔鮫の出汁”というアイテムとしてインベントリに放り込まれた。


「ちょっと見ててくれ」

『はいはい』


 小瓶に詰まったそれを握り、裏庭に戻る。

 試験区画の小さな鉢植えに普通の土を入れ、出汁を混ぜ込む。

 大きな変化はないだろうが、パラメータを見れば多少の傾向は掴めるはずだ。


「……これは」


 鉢植えの上に表示された小さなウィンドウ。

 そこには土の栄養素に関する様々なパラメータが表示されている。

 “微毒”“毒性強化”“腐食耐性”という三つの文字が並んでいるのを確認して、俺は優秀なメイドさんに感謝した。


『どうだった?』

「毒あったよ」

『そう。じゃあこれは勿体ないけど捨てるしか――』

「まあ待て、まだ早い」


 言わんこっちゃないと肩を竦めるカミルの言葉を遮る。

 きょとんとする彼女に向かって、俺はにっと笑う。


「毒はあったが、他にも効果があった。――“毒性強化”っていうバフだ」

『デバフじゃないの?』

「物の見方によるだろ。薬と毒は表裏一体、薬草の需要は沢山あるが、それと同時に毒の需要も多いんだ」

『……まさか、レッジ」


 はっとするカミル。

 彼女に向かって俺は深く頷く。


「究極の毒草、作ろう!」

『バッカじゃないの!?』


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Tips

◇飛翔鮫の出汁

 ミサイルシャークの肉や骨から抽出した出汁。ミサイルシャークが体内に保有する成分が溶け出し、独特の匂いを発する。


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