第355話「鮫の侵攻」
碧海の水面から白い飛沫が立ち上がる。
それは瞬く間に高く激しく広がり、水面下から銀色に輝く巨大な鮫が跳ねた。
「来たな」
大きな鰭を左右に広げ、鋭い牙が並ぶ口を開いた巨大鮫が水面を跳ねる。
全身の強靱な筋肉を動かして、それはまさしくミサイルのような勢いで陸へと上がってきた。
「ギリギリまで引きつけるぞ。罠のキャパは十分あるはずだ」
次々と姿を現すミサイルシャーク。
その数は100に迫る。
騎士団の精鋭部隊とはいえ、これほどの数が一度に襲いかかってくると撃退は難しい。
飛沫を上げ、鮫の大群が接近する。
その先頭が白い砂浜へと登り、身を跳ねさせて更に奥へと進む。
「しかしまあ、よく陸まで登ってくるな。肺呼吸もできるのか?」
「単純にタフなんじゃないですか? 水の外でも多少は行動できるから、こっちの方が競争相手がいないぶん水中よりも楽なんでしょう」
いつでも動けるように巨鎚の柄に手を置くレティ。
彼女と話している間にもミサイルシャークは浜辺を猛然と進む。
前方に見慣れない壁が張り巡らされているにもかかわらず、彼らはそれを強引に突破しようと牙を打ち鳴らしている。
勇猛果敢だが、今回ばかりはそれが命取りだ。
「ランチャー起動。煙幕、閃光、熱波に備えろ」
沿岸防衛戦の第一段階が起動する。
仰角を取る太い円筒から煙が吹き出し、パイナップルのような弾が発射された。
ずらりと並んだ銃砲から次々と射出される弾丸。
それらは鮫やその足下の浜に着弾し、内部機構を発動させた。
強烈な閃光が走り、濃い白煙が砂浜を塗りつぶす。
熱波が広がり、鮫の濡れた皮膚を焼く。
油断しきっていたミサイルシャークたちは、突然の攻撃に大きく怯み体勢を崩した。
「見た目は派手ですけど、あんまりダメージは入ってないのでは?」
もうもうと立ち込める煙幕の中へ目を凝らし、レティが言う。
「そりゃあまあ初撃はダメージ入れるためじゃないからな。先頭が混乱して後続に押されて、群れを混乱させるのが目的だ」
初めての衝撃に驚き海へ逃げ帰ろうとするミサイルシャークは、しかし目と鼻を潰されている上に背後から勢いにのった仲間が無数に押し寄せてくるため思うように動けない。
その巨体は強力な武器だが、それだけに多数の仲間に押し潰されるとそれだけで随分なダメージが入るだろう。
先頭の混乱は瞬く間に拡大し、ミサイルシャークたちは団子のようになって浜で蠢く。
「海面に向かって
浜の両端に備えられていた射銛装置から二連の金属銛が次々と発射される。
緩やかな弧を描き、ミサイルシャークが飛び出す水面へ差し込まれると、銛は内部の蓄電装置から高圧の電流を吐き出す。
海水が媒体となり、強い電流は広範囲へと拡散された。
新たな衝撃は群れを驚かせ、水中へと撤退する者と陸上へと急ぐ者へと二分させる。
「海に帰る奴は追わなくていい。どうせ群れ全部が来ても、流石に捌ききれないからな。そんでもって雷撃槍に追われた奴がせっついて、陸の方も混乱が大きくなる」
もはやミサイルシャークの群れは冷静さを欠片も持っていなかった。
目が潰れ、鼻が麻痺し、全身を焼かれ、刺すような痛みが皮膚を走り、彼らの理解の範疇を越えているのだろう。
我先にと海へ戻ろうとする者と、海から陸へ上がろうとする者の間でぶつかり合い、その鰭の下で仲間が踏みつけられている。
「雷撃槍は撃ち込み続けろ。こいつらは全員陸に上げるぞ」
自動的に装填、照準固定、射出を行い続ける射銛装置によって、擬似的な電撃の壁が海に築き上げられる。
それによって半分に分割されたミサイルシャークの前側の群れは、否応なしに陸へと追い立てられる。
「しかし雷撃槍をあれだけ撃ち込んでも全然倒れないのも随分だな」
「だからタフなんですよ」
球腹魚なんかだと今頃ぷかぷかと浮いているところだ。
それなのにミサイルシャークは分厚い鮫肌を傷つけるだけで死んではいない。
改めてその頑丈さに驚嘆する。
『もうすぐ群れの先頭が有刺鉄線に到達します!』
「電流入れておけ。ここで前の方は倒すぞ」
騎士団の罠師から連絡が入り、指示を返す。
追い立てられたミサイルシャークたちが自棄になったか再び勢いを取り戻す。
彼らは地面を鰭で叩き、巨体を前へとくねらせる。
その直後、先鋭な頭部を太い棘の並んだワイヤーが阻んだ。
瞬間、膨大な電気が濡れた身体へと流れ込み、肉体を焼き焦がす。
迸る雷のエフェクトの中、骨が透けて見えるという古典的な感電演出が群れの先頭を切っていた鮫を襲った。
「流石に有刺鉄線の電流は効くな」
バチバチと鳴り響く電流の弾音。
雷撃槍とは異なり、後方の大容量バッテリーから存分に供給され続ける電流が余すことなく流れ込み、鮫の体力を急激に削っていく。
更に雷属性の攻撃は対象者に“麻痺”の状態異常を付与する。
そのため有刺鉄線に絡め取られたミサイルシャークは碌に動くこともできずにバタバタと倒れていった。
「第一戦線が埋まってきたな。バッテリーの接続先を第二戦線に変えるぞ」
有刺鉄線に絡まり倒れたミサイルシャークの数が増え、それを登って後続が更に前へと進み出る。
罠の欠点でもある、多すぎる原生生物には対応できない問題をこちらも考えていない訳がなく、一つ目の有刺鉄線の背後に並ぶ二つ目の有刺鉄線に電流が流される。
仲間の屍を越えて進むミサイルシャークを第二の有刺鉄線が待ち構える。
だが、
「なにっ!?」
「飛びましたよ!?」
鉄線に近付いていたミサイルシャークが身体を弓のように反らせて地面に打ち付ける。
その衝撃で高く跳躍し、ハードルのように鉄線の柵を飛び越えた。
「もう学習したのか!?」
「めちゃくちゃ賢いですね……」
中にはそのまま鉄線に絡め取られる者もいるが、飛び越える者も一匹だけではない。
多くの鮫が鉄線を飛び越えて更に近付いてきた。
「レティ、出ましょうか」
「いや、まだ大丈夫だ」
ハンマーを構え駆け出そうとするレティの肩を掴む。
その時、砂浜で立て続けに大きな爆発が巻き起こった。
突然の衝撃にレティが耳をぴんと立てる。
「な、なんですか!?」
「地雷だ。有刺鉄線の後ろは地雷原だよ」
ある意味では一番罠らしい罠だろう。
砂浜に埋められた対重量物地雷が盛大に火炎を上げる。
鉄線が無いと油断して進んできた鮫たちは再び混乱の中に落とされる。
なにせ今度の罠は地面に埋められ、見ただけでは分からない。
「有刺鉄線に比べるとダメージ効率は落ちるが、それでも周りを巻き込んでいけるからこれでも結構倒せる」
爆発が広がり、ミサイルシャークが斃れていく。
ここまでくると“鱗雲”の背後に並べられた各種銃砲の射程範囲にも入ってくる。
「機関銃、光線銃、発射」
銃座に取り付けられた機構が動き出し、それぞれに狙いを定める。
機関銃は砲身を回転させて弾丸をばらまき、光線銃は的確に敵を貫く。
流石に〈銃器〉スキル持ちのプレイヤーには遙かに劣るが、これだけの数を用意すればそれだけで十分に脅威だ。
「なんだか、レティたちが悪者みたいですね」
「なんでだよ」
銃弾の雨、地雷の浜をミサイルシャークはそれでもしぶとく前進する。
罠のいいところは一度設置してしまえば楽ができるところだ。
だからこうして激戦が展開されている中でもある程度冷静に会話することができる。
今回は群れを分断させた上に、十分な量の罠を設置できていたため、余裕を持って迎撃作戦は終わりを迎えそうだった。
「さあ、この後は楽しい解体祭りだ」
身削ぎのナイフを取り出し、浜に転がる無数の鮫を見る。
騎士団の解体師とも協力しなければ、最初の方に斃れた鮫は消えてしまうだろう。
浜に残っていた最後のミサイルシャークが光線銃に貫かれる。
「作戦終了。成功だ」
ある意味では呆気ない終わりだった。
罠師の戦いは本番で何もできない以上、仕掛ける段階――準備の時点で勝敗が決しているとも言えるのだから、こういうものなのだが。
『レッジ! 海面から新しい個体が来るわ!』
“鱗雲”を越えて浜に出ようとしたその時、ラピスラズリから切迫した声が届く。
眉をひそめ海へ視線を向けたその時、青い水面が大きく膨らみ、そこから一際大きく傷だらけのミサイルシャークが現れる。
「なんっ……デカすぎるだろ!」
「ボスですか!?」
勢いよく飛び出した巨大ミサイルシャークは、長い尾びれから水を飛ばして跳躍する。
今までの群れがまるで稚魚だ。
それはミサイルのように空を飛び、有刺鉄線を越えてやってくる。
「ッ! シルバーストリング!」
即座に銀線が射出される。
いくつもの糸が巨体に絡みつき、締め付ける。
それでもなお勢いの止まらない巨大鮫は、地雷原の中心に落ちる。
残っていた地雷が爆発し、黒煙を切り裂いて鮫が地面を滑る。
「レティ、後ろに下がれ!」
強い衝撃が“鱗雲”を襲う。
まるで破城鎚だ。
衝撃反応型攻性装甲が弾け、爆炎が前方に拡散する。
鋭い破片が傷を付けるが、巨大鮫はそれすらものともせず“鱗雲”を破壊しようと身体を打ち付け続ける。
「チッ、仕方ないか」
“鱗雲”は横に広く展開しているため、耐久力が低下している。
それでもミサイルシャークの突進には耐えられるはずだったが、この巨体から繰り出される打撃は流石に想定外だ。
俺は槍を掴み、後ろへ下がると一息に駆け出す。
勢いを付けて“鱗雲”の壁を登り、そのまま高く跳び上がる。
槍の穂先を下に向け、そこで暴れる巨大鮫へと狙いを定める。
「罠に掛かった獲物にトドメを刺すのも仕事のうちだ。風牙流、四の技――『疾風牙』」
硬い皮膚を貫く刺突。
巨大鮫の頭蓋を砕き、内部を壊す。
狙い澄ましたクリティカルが鮫のHPを削りきり、暴れ回っていた巨体がぐったりと白い砂浜に斃れた。
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Tips
◇地雷
一般的な罠の一種。地面に設置し、対象者が踏み抜くことで内部の機構が作動し爆発する。簡単に扱え、殺傷能力も高い、罠師のメインウェポン。
しかし、知能の高い原生生物を相手取る場合は巧妙に隠蔽しなければ感知され避けられてしまう。
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