第356話「戦いの後で」

 騒乱が過ぎ去り、秘境には再び穏やかな時間が戻る。

 ラピスラズリたち罠師が防衛戦線の撤去に精を出す中、俺は身削ぎのナイフを携えて巨大鮫の骸に立ち向かっていた。


「それにしても大きいですね。普通のミサイルシャークでも随分なサイズなのに」


 “鱗雲”を飛び越えてやってきたレティが、大きな顎を開いて斃れる巨大鮫と周囲に転がる通常種を見比べて驚きの声を漏らす。

 ちょっとした小山ほどもある図体は陽光を浴びて銀色に輝いている。

 砂と海水に塗れた鮫肌には無数の古傷が刻まれている。

 他の鮫とは一線を画す、歴戦の体躯だ。


「レティ、こいつの名前は分かるか?」

「ちょっと待って下さいね」


 レティはじっと目を凝らし『生物鑑定』を使用する。


「“裂鰭のツァフカ”というみたいです。名持ちネームドですね」

「なるほど。納得の強さだ」


 流石に〈剣魚の碧海〉や〈鋼蟹の砂浜〉のボスエネミーではないが、それでも特別に固有の名を与えられた個体ではあったらしい。

 これがただのモブエネミーだったらどうしようかと思っていたから、むしろ少し安心した。


「レッジさん、ネームドをほぼ罠だけで倒したんですね」

「俺だけじゃ無理だったさ」


 手放しで賞賛を送るレティに首を振り、俺はツァフカの身体にナイフを差し込む。

 これほど強力な原生生物の素材ならば、他のミサイルシャークよりも先に獲得せねばならない。

 開拓最前線のフィールドに棲む原生生物の素材ならば、今よりも強力な装備の素材にもできるだろう。


「ツァフカは多分群れのリーダーですよね。それを倒したって事は、しばらく襲撃は無いんでしょうか」

「その可能性もあるが、逆に統率を失って不規則にやってくるかもしれん。とりあえず手早く片付けて、テント村に戻るのが得策だな」


 騎士団の解体師たちも駆け付けて、浜に転がる無数のミサイルシャークたちが解体される。

 未知の原生生物の素材などいくらあっても困ることはないため、解体師たちも忙しない。

 プレイヤーが倒した原生生物は、基本的に数分間ルート権を持つ討伐者とそのパーティにしか触れられないが、時間が過ぎれば第三者でも素材を入手することができるようになる。

 浜の波打ち際のあたりで、最初の方に倒された鮫から手を付けていけばその時間は余裕で迎えているため、作業自体はスムーズに進む。


「レッジ、罠の撤収終わったわよ」


 ツァフカの解体を進めていると、ラピスラズリが罠師の一団を引き連れてやってきた。

 彼女たちは各自が設置した罠を回収して返しに来てくれたようだ。


「ありがとう。レティ、しもふりの中に仕舞っておいてくれないか」

「分かりました。ラピスも、騎士団の皆さんもお疲れ様でした」


 労いの言葉を掛けつつレティは離れた場所で待機していたしもふりを呼び寄せる。


「私なんて全然働いてなかったわよ。レッジの用意した罠が強力すぎたのよ」


 ラピスラズリが肩を竦め、背後の罠師たちもそれに続く。


「あの機関銃は特に良かった。一式あれば俺たちももっと活躍できるんだがなぁ」

「光線銃も〈銃術〉スキルを使わないくせに良い威力だったよな」

「私、あの大きい地雷凄くワクワクしましたよ」


 一線で活躍する騎士団の罠師にも俺とネヴァの共同製作である罠は好評のようで、俺はツァフカを解体しながらにんまりとする。

 コスト度外視、ロマンだけを追い求めて上等な素材を湯水のように注ぎ込んだ甲斐がある。


「ネヴァの工房に行ったら売ってくれると思うぞ。色々とアレがアレだから在庫はなくて、完全受注生産だが」

「そうなのか。今度覗いてみるかな」


 少しは稼ぎに貢献しておこうとネヴァのことを宣伝しておく。

 まあ、一番安価な地雷も使い捨ての罠としては滅茶苦茶な値段なわけだが。

 俺はちらりとレティの方を伺い、彼女が特に反応していないのを見てほっと胸を撫で下ろす。


「けど、あの“鱗雲”もかなり頑丈よね。蟹の攻撃も抑えるし、この巨大鮫の攻撃受けても壊れないし」


 ラピスラズリが後ろに展開している“鱗雲”に視線を向けて言う。

 その言葉に、俺は良いところに気がついたと胸を張る。


「そりゃあもう、小屋に代わる新しいテントとして汗と涙と金と素材と時間を注ぎ込みまくったからな。装甲を増やせばあんな感じにフレキシブルに形を変えられるし、衝撃耐性はピカイチ、各所にカメラやセンサー類を備えて罠との接続もしやすい。

 これがあればどこでも暮らせるぞ」

「なるほどぉ。随分高かったんですか?」

「そうだな。でもまあ〈栽培〉スキルが良い金策になってるから、なんとかレティたちに借金とか、は……」


 意気揚々と話している途中、冷たい風を感じて背後を振り返る。


「いや、別に良いんですよ。レッジさんのポケットマネーですし。そもそもレティたちもその恩恵に与っているわけですし」

「そ、そうだよな」


 流石に白鹿庵の共有口座には手を出していない。

 そこまで人間墜ちてはいないのだ。


「でも、栽培でお金稼げてるのは知りませんでしたね。そんなに儲かるんですか?」


 耳を揺らし、レティが首を傾げる。

 彼女たちはワダツミの別荘にいる時も殆ど裏庭には来ないし、あまり気付いていなかったらしい。


「最近はカブ以外の作物にも手を出してるからな。夢幻草なんかはいろんなアンプルの基礎素材になるから、安定して売れるんだ」


 裏庭に鉢植えが増え、深緑の植物園と化している。

 カミルも基本的な世話はできるらしいから、俺がこうして出ている時は彼女が水やりなどの管理をしてくれているのだ。

 元々そういう作業が性に合っているため、種を厳選してランクを上げていくのも楽しみながらやっているし、まさしく趣味と実益を兼ねた良い金策だった。


「レッジ、栽培にも手を出してたの?」


 俺が〈栽培〉スキルを取ったことを知らなかったらしいラピスが、驚きの顔をこちらに向ける。


「野菜とか薬草とか育ててるよ。土とか水とかにもパラメータがあって、結構奥が深いんだぞ」


 家を持っていない場合はプランターなどをレンタルする必要があったりと初期費用が何かと掛かるし、育てる時間も結構なものだが、その分実入りは大きくやり甲斐もある。

 何より植物は手塩に掛けた分だけ応えてくれるのがうれしいのだ。


「そういえば、昔の肥料ってニシンとかを使ったらしいですね」

「唐突に何だ?」


 レティの言葉に驚き振り返ると、彼女は俺の背後に目を向けていた。

 そこに広がっているのは砂浜に無数の鮫が転がっている風景で――


「いや、流石にそれは……」

「でっすよねぇ。鮫とニシンじゃ色々違いますよねぇ」


 あっはっは、と一瞬不穏になりかけた空気を笑い飛ばす。

 そもそも肥料は町で色々と売っているし、市場マーケットに行けば調剤師が作った特別なものも手に入る。


「……」


 ちらりと浜辺を見る。

 夥しい数のミサイルシャークたちが白い腹を上に向け、解体の順番が回ってくるのを待っている。

 ツァフカの解体を終えると、骨や皮に混じって大量の鮫肉が手に入った。

 他の鮫からも、きっと大量の肉が手に入ることだろう。


「……」

「レッジさん?」

「いや、何でもない」


 訝るレティに首を振り、同時に思考を霧散させる。

 今は一匹でも腐らせず解体しきることが重要だ。

 俺はしもふりに鮫の素材を積み込んで、新たな獲物の下へと歩き出した。


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Tips

◇飛翔鮫の肉

 筋が多く、硬質な肉。臭みが強く独特の癖があるが、適切に処理をすれば食べることもできる。


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