第354話「鮫漁の準備」

 敵の供給が途切れてしまえばあとは消化試合のようなものだった。

 騎士団は潤沢に物資を持っているし、回復役ヒーラーなどの支援要員も分厚く、三術連合に手を回す余裕が出た。

 白鹿庵は俺が置いた“鱗雲”の周りに陣を構え、向かってくる――もしくは穴へ帰ろうとする――蟹を撃破する作業をこなしていた。


「これだけ呆気ないのも、少し張り合いが無くて退屈ですねぇ」

「さっき死にそうになってたのによく言うよ」


 レティが欠伸混じりにハンマーを振るい、ラクトが銀の魚群を巡らせながら突っ込む。

 二人だけで掃討作戦は順調に進んでおり、刀が大きく損傷してしまったトーカは“鱗雲”の上に座って休んでいた。


「そういえばレッジ、もうすぐミサイルシャークの襲撃時間よね」


 万一レティたちが討ち漏らした時に備え、バックアップに立っていたエイミーがふと口を開く。

 達成感を胸いっぱいにしてぼんやりと黄昏れていた俺は、彼女の言葉にはっと目を開く。


「そういえばそうだった。エイミー、ここの蓋任せてもいいか?」


 大穴を覆っていた装甲板から立ち上がり、彼女に頼む。

 俺が考えていたミサイルシャーク迎撃案には罠の設置が必須だが、ここに“鱗雲”を置いたままでは何もできない。


「それならウチの設備班に任せて下さい」


 エイミーが答えるよりも早く、背後から声がする。

 振り向けば騎士団を引き連れたアストラがすっきりとした顔で立っていた。

 掃討戦で随分力一杯暴れ回ったようで、額に汗を滲ませている。

 彼がTELを使って何事か指示を送ると、すぐさまテント村の方から機械獣を引き連れた一団がやってくる。

 彼らは瞬く間に鋼鉄の骨組みを構築し、“鱗雲”よりも頑丈な大蓋をその場に作り上げた。


「これなら多少の攻撃を受けても突破されないはずです。“鱗雲”は回収してもらって結構ですよ」

「お、おう。ありがとう」


 テントを回収すると、その上に乗っていた大蓋が重力に従い落下する。

 穴を覆った瞬間、太いボルトが差し込まれガッチリと硬く固定された。

 確かにこれならグレンキョウトウショウグンガザミの斬撃にも耐えられるだろう。

 前提としてテントは防御用装甲ではないし、適材適所ということだ。


「それで、結局何をするの?」


 再び“禁忌領域”を展開し蟹を蹂躙していたラピスラズリが問いを投げかけてくる。


「罠漁だよ。網張って、受け止める」

「それくらいのことなら騎士団ももうやってそうだけど……」


 胡乱な目をしたラピスラズリはちらりとアストラの方を見る。

 彼もまた首肯して、疑問の表情を浮かべた。


「ウチにも罠師は何人かいますから、当然試しました。でも強度を高めたワイヤーネットでも食い破られてしまいましたよ」

「まあ普通の網でアレを捕まえるのは無理だろうなぁ」


 何せ全長5メートルを越える巨大鮫が大挙して押し寄せるのだ。

 生半可な漁具では赤子の手を捻るより容易く突破されてしまうだろう。

 だが、俺とてそれを考えていないわけではない。

 伊達にネヴァと一緒にレティたちには大きな声で言えないくらいの金額を注ぎ込んで遊んでいないのだ。


「“鱗雲”を――さっきはこの穴を塞ぐために水平に展開したが、これを波打ち際に沿って広く並べる。特殊多層装甲と衝撃反応型攻性装甲の合わせ技だ。それに“水鏡”にも搭載していた射銛装置を組み合わせる。後は高圧電流有刺鉄線、こっちはアイとクリスティーナは見覚えあるだろう?」


 レティの側に座っていたしもふりのコンテナから、用意していた罠を取り出し並べていく。

 こんなこともあろうかと、今まで作ってきた罠は全てこっそりとしもふりの奥に突っ込んできていたのだ。


「他にも刺激性煙幕弾、閃光弾、熱波照射弾、EMP、色々あるぞ」

「よくもまあそんなに揃えたね……」

「どこぞのロボットみたいだわ」

「ていうか、最後のはレティたちまで危なくないですか?」


 次々と並べられたネヴァと俺の傑作を見て、レティたちは呆れ顔を隠さない。


「俺はレティたちガチ勢と比べて戦闘面で不安があるからな。こうやってある程度いろんな状況に対応できる準備をしておいた方がいいだろ」

「それにしても、どこまで想定してるんだか」


 当然、これら全ての罠を俺一人で仕掛けられるわけではない。

 そこで重要になってくるのがもう一人の罠師である。


「ラピス、幾つか罠を渡すからそれを使ってくれ」

「分かったわ。……ていうか、普通に“禁忌領域”展開した方が早くない?」


 今まで薄々感じつつも言わなかったことを、ラピスが容赦なく指摘してくる。


「ここにある罠の殆どがまだ実戦は未経験だからな。いい機会だし、使い勝手を確かめたいって意図もあるんだ」


 ネヴァは製作専門だし、俺は普段レティたちと行動することが多いから、せっかく準備した罠もなかなか出番が巡ってこない。

 〈罠〉スキルは低スキルでもモノ次第で安定した高火力が出せ、様々な状況に対応できるのが長所だが、準備に時間が掛かり対応力に劣るという短所も併せ持つ。

 敵が事前にいつどこからどのくらい現れるのかが分かっているこの状況は、絶好の実地試験チャンスなのだ。


「そういうことなら騎士団の罠師も参加させてもらっていいですか。手は多い方がいいでしょう」

「そうだな、ありがたい」


 アストラからも嬉しい申し出があり、罠師は俺とラピスを合わせて10人ほどとなる。

 俺は集まってくれた彼らと共に担当を決め、素早く罠を仕掛ける。


「あんまり時間はないからな。殆どぶっつけ本番だ」

「とりあえず“鱗雲”展開して頂戴。設置用のLPを回復する時間が惜しいわ」


 不測の事態蟹の侵攻があったおかげで時間的な余裕はない。

 俺たちは足早に浜辺へ展開し、それぞれの罠を設置しはじめた。


「罠の隠蔽はしなくていい。それよりも耐久度の強化を重ねてくれ」


 罠が見えていようとなかろうと、ミサイルシャークは真っ直ぐに登ってくるのだ。

 “鱗雲”が特殊多層装甲を左右に大きく広げ、小さな浜辺の両端まで展開する。

 これが今回の漁の要であり、最終防衛ラインだ。


「有刺鉄線、もっと持ってきてくれ!」

「こっちにケーブルお願いします」


 騎士団の罠師も流石と言うべきか、初めて扱う罠も慣れた手つきで設置していく。

 彼らの間を機獣を連れたプレイヤーが走り回り、物資を次々に運び込んでくる。

 俺一人では設置数的な限界で到底用意できないほど大規模の迎撃設備だ。


「この射銛装置、照準はどうするんですか?」

「“鱗雲”の縁に並んでるカメラと接続させて自動的に照準が定まる。残弾がある限り自動で装填からやってくれるから、基本的には手を付けなくていいよ」


 “鱗雲”の背後に銃座を並べていた騎士団の罠師に話しかけられる。

 射銛装置の機構について説明すると、彼は驚いた顔で先ほど設置した装置を見た。


「このゲーム、そこまで自動化できるんですか」

「プログラムすればな。多少接続が複雑だが、理解できれば結構自由度は高いぞ」


 そもそも俺が持つ罠の殆どが自動で敵を識別して作動するものだ。

 それは俺自身の手間を無くすこともそうだが、テントの中で休んでいる時にそんな所に意識を向けていられないという事情もある。

 そもそも罠は仕掛けさえすれば後は自動で仕留めてくれるのが本来の姿なのだ。


「有刺鉄線、構築終わりました」

「地雷原ももうすぐ終わりです」

「案山子も立て終わったわ」


 そうこうしているうちに分担していた作業も終わりが見えはじめる。

 サメの襲撃時間も刻一刻と迫るため、手が空いた者は別の場所を手伝いに走る。


「準備できましたか?」


 各機器の接続を確認しているとレティがやってくる。

 蟹穴の蓋が閉じると陸上には平和が戻り、彼女たちは暇そうにしていた。


「もうすぐだ。もし罠が突破されたら、その時はよろしく頼むぞ」

「任せて下さいよ。物資も補給できてますし、ハンマーもピカピカです」


 ぽんと胸を叩くレティ。

 “鱗雲”が突破された時点で、俺の罠は敗北が決定する。

 そうなれば各所で罠の維持に務める罠師たちの撤退まで、レティたちが時間を稼ぐ手筈になっていた。


「レッジ、罠の構築完了したわ」


 そこへラピスラズリたちもやってくる。

 全ての罠の設置が終わり、後は彼女たちが所定の配置につけば準備は終わりだ。


『レッジさん、水面に兆候が確認されました。すぐにサメが来ます』


 アストラから通信が入る。

 海を監視していた騎士団員が襲撃の兆候を発見したようだった。

 それを聞いたラピスたちはすぐにそれぞれの場所へ駆け出す。


「レッジさん、気をつけて下さいね」

「まあ大丈夫だろ。ポップコーンでも食べながら見ててくれ」


 不安そうに手を握るレティ。

 彼女の肩に軽く手を置いて、敢えて気楽な言葉を返す。


『ミサイルシャーク、来ましたっ!』


 アストラからの報。

 俺は身を翻し、浜辺に築き上げられた細長い鋼壁へと向かった。


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Tips

◇衝撃反応型攻性装甲

 手のひらサイズの小型装甲。内部に炸裂材が詰められており、強い衝撃を受けるとその方向へ激しい爆発を返す。


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