第349話「トレード」
レティと共に騎士団のテント村に戻ると、アストラたちは忙しなく何かの準備を始めていた。
「いったい何が始まるんでしょう」
「世界大戦じゃないか?」
ほんの少し冗談を言っただけなのに冷ややかな視線を向けられる。
俺は少し離れたところでアイがクリスティーナと共に歩いているのを見付けて声を掛ける。
「アイ、随分物々しいがどうしたんだ?」
「ミサイルシャークが帰ったので調査を再開するんです。私たちは陸上の原生生物と戦って情報収集ですね」
「なるほど。鬼の居ぬ間になんとやらですね」
アイの説明を受けて、レティも納得したようだった。
「そういえば、エイミーたちは何処に?」
「調査に協力してくれるとのことで、作戦指揮所に集まって貰っています。私たちも今から向かうところですし、案内しますよ」
「ありがたい」
快く申し出てくれたアイに手を合わせ、俺たちは彼女の後に続く。
しもふりは流石に邪魔になるため騎士団の機獣が集められているエリアに置いておき、白月は後ろをちょこちょこと付いてきた。
作戦指揮所は村の中央、広場に面した場所に置かれた大きめのコンテナテントだった。
扉を開けて中に入ると、アストラ以下銀翼の団の面々、三術連合、そして白鹿庵の四人が揃っている。
「レッジさんも来ましたね」
入ってきた俺を見て、アストラが目を細める。
どうやら待っていてくれたらしい。
「この後、〈鋼蟹の砂浜〉の調査をしようと思っています。次のミサイルシャークの襲撃まで時間が限られているので人手が欲しいんですが」
「ここまで来てるしな。俺も微力ながら手伝おう」
「レティも是非やらせて下さい!」
そもそもエイミーたちが参加を決めている時点で、俺たちも拒否する理由はない。
中央に置かれた円卓に付く。
「ありがとうございます。レッジさんが居れば百人力ですよ」
「買い被りすぎだよ」
最近、アストラが実は犬型ライカンスロープなのではないかという疑惑が浮かんでいる。
忠犬というよりは、忠犬の皮を被った猛犬だが。
「前回までの調査で、詳細な地形は確認できた。各種採集オブジェクトの位置も含め、精度の高い地図を作成できたと判断していいだろう」
ニコニコと表情を緩めていたアストラは、一瞬で真剣な眼差しに変わり事前の打ち合わせを始める。
「そのため、今回からは武力を用いた原生生物の詳細な能力、行動パターン、ドロップアイテムなどの情報を集めることにする。
今のところ、目視で確認できている陸上の原生生物はオオイワガザミまでだが、恐らくグレンキョウトウショウグンガザミやモノミガニ系統の亜種も居るはずだ。それらの探索は斥候班が担当する。
第一戦闘班は、斥候班が見付けた対象と情報収集戦闘を行い、それを記録すること。
仮に〈暁紅の侵攻〉ボスクラスが現れた場合、もしくは死傷者が出ると危惧された場合はすぐに銀翼の団に連絡を入れてくれ」
アストラの指示に、アイの背後に立っていたクリスティーナたち第一戦闘班の面々は戸惑うことなく頷く。
恐らく、彼らは今までも新しいフィールドが見つかるたびに同じような情報収集作戦を続けてきたのだろう。
「三術連合、および白鹿庵の皆さんも基本は自由に戦って貰って構いません。記録係も付けますが、戦闘の中で気がついたことがあれば些細なことでも報告して頂けるとありがたいです」
次にアストラは俺たちの方へ顔を向ける。
白鹿庵と三術連合にそれぞれ三人ずつ、〈撮影〉〈筆記〉〈忍術〉スキルを揃えた記録係が配置されるということで、とりあえず俺たちには戦闘回数を稼ぐことが求められているようだ。
ちなみに記録係は〈忍術〉スキルを用いて隠れるため、戦闘には参加しないとのこと。
「それでは、何か質問があったら挙手を」
「二つほど良いか?」
斥候班や記録班を含む第一調査班など、各部署にもそれぞれ指示を出し、アストラが最後に円卓を見渡す。
そこで俺が手を挙げると、彼は少し目を見開いて促した。
「水中の原生生物には手を出さないのか?」
さっきまでの打ち合わせの中で、海の中の原生生物たちへの対応は言及されなかった。
しかし、あちらの方が未知の部分は大きいはずだ。
「水中調査が可能な人員の修理がまだ終わっていないので。高い危険性が十分に予想される水中の探索は、万全の状態を整えてからと予定しています」
「なるほど、そういうことか。分かった。じゃあ、二つ目、ミサイルシャークが次に出てくるタイミングは分かってるのか?」
続く質問に、アストラは即座に頷く。
「IGT3時間ごとにやって来ます。なので、調査時間が2時間を経過した段階で撤退命令を出します」
「ふむ、ありがとう」
そのあと、他に疑問の声も上がらず打ち合わせが終わる。
俺は作戦指揮所の外に出て〈白鹿庵〉の面々で集合する。
「あれ、ミカゲは?」
六人が集まったところで首を傾げる。
いつもひっそりと立っている忍者が見当たらない。
「ミカゲは私の代わりに三術連合の方に行ってますよ」
「……なんでラピスラズリさんがいらっしゃるんですかね」
俺の疑問に答えたのは黒い修道服に身を包んだ金髪の呪術師ラピスラズリ。
当然のような落ち着いた顔で混じっている彼女を見て、レティが声を低くする。
「そりゃあもう、ミカゲさんにどうしてもと懇願されて――」
「違う」
「うわっ!?」
揚々と語るラピスラズリを遮り、背後からミカゲがぬるりと現れる。
相変わらずの神出鬼没ぶりに驚いていると彼は本当の事情を説明してくれた。
「これを機会に、三術連合の連携を深めたい。でも、僕以外にパーティ戦闘に慣れた人がいない、から」
「なるほど」
ちらりとラピスラズリの方を見る。
彼女はふっと視線を逸らし、唇を尖らせる。
ふぅふぅと息を吐いているが、口笛はできないようだ。
「あと、ラピスラズリに頼まれた」
「ラピスラズリさんに?」
ミカゲが続けた言葉にレティたちが首を傾げ、ラピスラズリがドキリと肩を跳ね上げる。
彼女は慌ててミカゲへ手を伸ばすが、それが届くよりも早く彼は言葉を放つ。
「レッジと“禁忌領域”の運用を研究したいって」
「ほぉぉぉん?」
その言葉にいち早く反応したのはレティだった。
彼女はラピスラズリの方を向き、長い声を出す。
「うぐ、そっちは内緒にしてって言ったのに……」
対するラピスラズリは深いスリットの入った修道服の裾を握りしめていたが、観念したようにこくりと頭を下げた。
「三術連合はカルパス以外は後衛なの。対して〈白鹿庵〉は前衛が四人もいるから“禁忌領域”の運用法が変わってくると思うのよ」
「なるほど、いいんじゃないか」
「レッジさん!?」
理由を語るラピスラズリに、俺は納得する。
レティたちが驚いた顔をこちらに向けるが、特におかしいとは思わなかった。
「“禁忌領域”は戦場支配能力が高い。ラピスラズリがいろんな状況を知れば、柔軟に対応できるだけの応用ができる戦法だろう? だったら、それに協力したい」
「ぐむむ、それはそうかも知れませんが……」
「あと、実は俺も後でラピスラズリを呼ぼうと思ってたしな」
「はいっ!?」
最後に付け加えた言葉に、レティたちだけでなくラピスラズリ本人も驚いた。
どういうことですかと詰め寄るレティを抑え、俺は青く広がる海の方へ視線を向けた。
「アストラは自由に戦って良いって言ってくれたからな。ちょっと漁業でもしようかと」
それを聞いたレティたちは、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔になる。
「ともかく、今回はラピスラズリもよろしく頼む。ミカゲもあっちで頑張ってくれ」
「……頑張る」
一つ頷き、ミカゲは三術連合の方へ戻っていく。
ラピスラズリの方を向くと、彼女は唇を動かして小さく何か呟いた後まっすぐにこちらを見返した。
「と、ともかくミカゲが代わってくれた分、ちゃんと働くわ。期待してて頂戴」
そう言って彼女は細い手を差し出してくる。
俺もそれに応じ握り返すと、ラピスラズリは思い出したように口を開いた。
「私のこと、ラピスで良いわよ。今更だけど、六文字は呼びづらいでしょ?」
「そうか? 分かった」
そう言えばろーしょんたちも彼女のことはラピスと呼んでいた気がする。
などとぼんやりと思い返していると、レティがラピスの手をぐいと握った。
「では、よろしくお願いしますねラピスさん」
「え、ええ……。よろしく」
何故かラピスとレティの顔の距離が物凄く近い。
レティのあの距離感も、多くの人とすぐに仲良くなれる秘訣の一つなのだろうか。
ラクトやエイミー、トーカもラピスと改めて挨拶を交わし、六人でパーティを組み直す。
そうして諸々の準備を終えた俺たちは早速テントを発った。
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Tips
◇『霧隠れ』
〈忍術〉スキルレベル50のテクニック。気配を殺し風景に溶け込むことで、周囲の目を欺き隠れる。習熟度、スキルレベルが上昇するとより巧妙に潜伏することができるようになり、視覚だけでなく聴覚、嗅覚、果ては第六感すら欺く。
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