第348話「わすれもの」
ミサイルシャークの大群による大胆な狩りを見た俺たちは、力尽くで海が危険であることを納得させられた。
あんなものがうじゃうじゃと居るようではのんびり泳ぐことなどできるわけがない。
「ちなみに海中にはミサイルシャーク以外にも大型の海洋生物が多く確認できました。……手練れのスイマー三人が犠牲になりましたが」
アストラが白いコンテナテントの方を見て言う。
あそこは高レベルの〈支援アーツ〉スキルを持ったヒーラーと機械技師が常駐している簡易診療所のようなもので、海中で捕食されてしまったプレイヤーの機体の修復なども行っているようだ。
「四肢欠損程度ならパーツの換えがあるので平気なんですけどね。流石に頭や胸まで丸ごと食べられてしまうと蘇生も大変です」
言葉の内容とは裏腹に軽い調子で肩を竦めるアストラ。
調査開拓人形は頭と胸が残っていれば、最悪両腕と下半身を失っていても生きていられる。
もちろん高位の回復役によるサポートが無ければ一瞬でLPが底を尽きるが、それまでに技師がパーツを換装すればいい。
だが全身を損傷してしまった場合は話が別で、今の段階では蘇生がかなり困難だ。
高レベル支援アーツである『ブラックボックスサルベージ』を使ってプレイヤーの情報を機体から抜き取り、それを新しい機体に移す必要があるのだ。
しかし新しい機体というのもそれなりに重量があるため常に纏まった数を持ち運ぶのは難しく、結局一度死んでアップデートセンターで生き返った方が楽だった。
「そういえば、一度死んで町に戻ってもまたここには入れるのか?」
「一度でもフィールドに入ったプレイヤーなら大丈夫みたいですね。壁の前まで行くと蟹が地中から出てきて、門までの穴を作ってくれます。ただ、その時に門を潜ったことがないプレイヤーが一緒に行こうとしても弾かれるみたいですが」
「なるほど、そのあたりはちゃんとしてるんだな」
一度死ねばもう一度戦って戻らなければならない、となるとなかなかに面倒だし俺一人だとどうしようもなくなる。
蟹――双盾のコシュア=パルタシアはきちんと試練を突破した者のことは覚えていてくれるらしい。
「あっ」
「どうしました?」
「壁の前にテントを置いてきたままだった」
テントを張ったまま戦闘をしていたし、そのあとは門を見付けてここまでやってきてしまった。
そのため“鱗雲”は今も門の外にあるはずだった。
「あれ、そういえばフィールド跨がった場合はテントってどうなるんだ?」
通常、テントは使用者が離れると効力は失うものの物体としてはそこに存在し続ける。
しかし使用者があまりに遠く離れすぎたり、フィールドを越えて別の場所にいた場合にどうなるのかは知らなかった。
「その場合は自動的にテントセットの状態に戻って地面に残っているはずです。使用者にしか見えないようになっているので、盗難の心配もありませんよ」
「そうだったのか。結局取りに行かないといけないが、安心したよ」
何故か俺よりテントについて詳しいアストラに言われ、ほっと胸を撫で下ろす。
とはいえアレが無いことには俺は役立たずでしか無い。
「レティ、ちょっと良いか」
「なんですか?」
少し離れたところで騎士団員や三術連合とミサイルシャークの討伐法を話し合っていたレティに声を掛ける。
彼女はすぐに小走りでやって来て、首を傾げた。
「“鱗雲”を取りに戻りたいんだが、護衛頼めないか? 別に俺一人でも安全だとは思うが、さっきのサメを見るとな……」
「いいですよ。レティがバッチリお守りしましょう」
俺の頼みを彼女は快諾してくれる。
「でも護衛ならエイミーの方が適役では? 自分で言うのも何ですけど、レティは攻撃の方が得意ですよ」
「攻撃は最大の防御って言うだろ。それにまあ……」
俺が理由を答えていると、突然彼女はうさ耳をぴくりと動かす。
ニコニコと満面の笑みを浮かべて勢いよく俺の手を持ち上げる。
「いいです、分かってますよ。たまにはレティと一緒に歩きたいってことですよね! いやぁそういう意味じゃ全然無かったとはいえ? こ、こうハグ、的なサムシングもしてしまった仲ですし? ふ、ふへ」
「いやあの、しもふり連れてきて貰えないと。俺、一人で“鱗雲”持ち運べないから」
「…………そっすか」
温度が急降下し、彼女の表情が一瞬で冷める。
低い声で短くつぶやき、レティはくるりと背を向けた。
「しもふり、お呼びですよ」
彼女はコンテナの近くで白月と共に寝ていたしもふりを起こす。
「俺、なんかやっちゃいました?」
「こればっかりは俺が何か言えることでもないですね」
アストラは乾いた笑いをあげる。
俺は混乱したままレティとしもふりを連れてテント村を出発した。
「でもまあ流石レッジさんですよ」
「うん?」
足下の草を踏みながらレティが言う。
「地中に隠された祠を見付けて、あっさり新しいフィールドを発見するんですもん」
「完全に偶然の産物だよ。それに、アストラたちの方が早かった」
「騎士団はまだ情報を公開していませんし、どちらが上という話じゃないですよ。レティだったら、100年掛かっても無理でした」
心地よい風に耳を揺らし、レティは真っ直ぐな賞賛を向けてくれる。
まあ、彼女なら半日くらい地面を叩き続けたらクレーターができて見つかりそうな気もするが……。
流石にこれを言うのは止めておこう。
「何か失礼なこと考えてます?」
「べ、別に……」
じとっとした目を向けられ、思わず顔を背ける。
これは彼女のアタッカーとして優れた破壊力に厚い信頼を置いているからであって、別に怪力が怖いとかそういう話ではない。
「とはいえ、あの門とパルタシアを普通に見付けるのは困難だろうなってのは分かる。実際、上はどういうルートで見付けるのを想定してたんだ?」
「どこかの物好きな穴掘り狂が偶然に掘り当てるとか」
「どれだけ低い確率だよ」
思わず突っ込むと、彼女は無言で俺を見返してくる。
俺はただ地中からトンネルを掘れば壁を越えられると思っただけで、穴掘り狂ではない。
「あそこ、階段です。草むらに隠れて結構見付けづらいですねぇ」
歩きながら、レティが前方を指さす。
細長い葉の草影に隠れるようにして、白い石材で囲われた四角い口がぽっかりと開いている。
上から見れば目立つのだろうが、地上から見渡すと少し分かりづらい。
建築系のプレイヤーに目印でも立てて貰った方が良いかもしれない。
「長いこと雨風に晒されてた筈だが、随分と頑丈だよな」
しもふりも楽々入れるほどに大きな祠の入り口は、屋根などもなく雨と潮風に晒されているはずだった。
その割にはしっかりと形を残し、脆いところも見当たらないのは、この石材の特徴なのだろうか。
「白神獣の巡礼の時は“朽ちた祠”と“祠”の二種類があったよな。決戦の時には“朽ちた祠”から黒神獣が、“祠”から白神獣が出てきた」
「そういえばそうでしたっけ」
レティが記憶を掘り返して頷く。
オノコロ高地の四つのフィールドにそれぞれ80の“祠”と20の“朽ちた祠”があり、俺やアストラのような神子持ちにとっては随分と苦労させられたイベントだ。
「この門は朽ちていないから、多分普通の“祠”なんだろう」
「つまりどういうことです?」
「黒神獣が封じられてる祠はその負荷で朽ちるんじゃないかって妄想だよ」
確証はない。
ただの予想だと言って、俺は階段を下っていく。
「……あれ」
通路と小部屋を隔てる門扉の前に立ち、そこでふと立ち止まる。
レティとしもふりがそんな俺を怪訝な顔で見た。
「どうかしました?」
「いや、なんか違和感があって……」
自分でも言語化できないが、少し引っかかる。
首を捻り、一応写真を撮っておく。
「すまん、先に進もう」
彼女に謝って扉を押し開く。
今度は白月の助けがなくとも、すんなりと先へ進むことができる。
細長い白の廊下を進み、奥の扉を開く。
「うわっ」
「大丈夫ですか!?」
扉の先を見て思わず声をあげる。
慌ててハンマーを構えるレティも、それを見て耳をピンと立てた。
扉の先は土が剥き出しになったドーム状の空間になっていて、その中央でパルタシアが黒い殻を纏って蹲っている。
「こんな空間あったか?」
「いや、無かったと思いますが……。パルタシアが作ったんでしょうか」
恐る恐る爪先からドームの中に入る。
壁には廊下と同じ青い宝石が埋め込まれていて、ぼんやりと薄く内部を照らしていた。
静寂な荘厳さに満ちた空間と、そこに佇む巨蟹に圧倒され、困惑する。
「これ、どう見てもボス戦だよなぁ」
「流石にレティたちだけでは倒せないのでは?」
忘れ物を取りに来ただけで死に戻るのは回避したい。
俺たちはいつでも逃げられるように身構えながら、パルタシアへと近付く。
「ッ!」
彼の側に立った瞬間、小さな眼がこちらを向く。
反射的に槍を向けるが、攻撃はやってこない。
どころかパルタシアは四対の脚を動かして身を翻し、巨大な爪で壁面を掘り始めた。
「……ちゃんと通してくれるみたいだな」
「良かったです」
穴が開き、斜面を滑るように陽光が差し込む。
丁寧に道を譲ってくれるパルタシアに礼を言い、俺は近くの地面に落ちていたテントセットを回収する。
「よし、戻ろう」
「はいっ」
それをしもふりのコンテナに積み込んで、俺たちは踵を返す。
再び門を潜って去って行く俺たちを黒殻の巨蟹は静かに見送っていた。
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Tips
◇『ブラックボックスサルベージ』
蘇生機術。LPが尽きた機械人形から重要な情報を抽出し、新たな機体へと移動させる。バックアップセンターでの蘇生とは異なり、デスペナルティが発生しない。
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