第347話「砂浜テント村」
白月の後を追って俺たちも門を潜る。
白く滑らかな石材で上下左右が覆われた四角い通路がずっと奥まで続いている。
左右には等間隔で青い宝石が埋め込まれており、それが光を放つおかげで視界は明瞭だった。
「白神獣の巡礼の時とは様子が違うね」
第二回イベント〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉では〈オノコロ高地〉の各地に配置された“白神獣の古祠”を巡った。
この門や通路も古祠の一つらしいが、灯篭のような形だった今までのものとは大きく姿が違っている。
「特別な遺跡ってことですかね。白月は何か知ってるんでしょうか」
白月は迷いや恐れを感じさせない軽い足取りで長い廊下を奥へと進んでいく。
今のところ原生生物や他の白神獣が現れる様子はないが、当然誰も武装を解いていない。
その時、不意に白月が歩みを止め、黒い瞳をこちらに向けた。
「どうした?」
俺が近寄ると、彼は再び前を向いて歩き出す。
隣に並んで一緒に細長い廊下を歩く。
もしかすると彼も知らない場所で不安だったのかもしれない。
「門があるな」
「確認しました。さっきのと同じみたいですね」
白月と共に歩くこと十分弱。
同じ光景の繰り返しで段々と感覚が麻痺してきたころ、ようやく変化が現れた。
通路の奥に白い門扉がある。
入ってきたものと対になっているのか、サイズから装飾まで鏡映しのように同じものだ。
一応それも写真に収め、白月を促す。
彼は再び扉に鼻先を付けて、すんなりと扉を押し開けた。
「白月のお鼻が鍵になってるのかな?」
「そういうことじゃないのでは?」
扉の向こうはちょっとした部屋になっていた。
白い石材と壁に埋め込まれた青い宝石は変わらず、ただ上へと続く広い階段がある。
「青空が見えますね」
「行ってみよう」
白月と共に歩速を早める。
階段に足を掛けた瞬間、頭上から明るい陽光が降り注いだ。
それと共に爽やかな風が吹き込み、草葉の擦れる音が遠くから聞こえる。
「うわぁっ」
「すっごい……」
レティとラクトが声を上げる。
二人の後に続く白鹿庵と三術連合の面々もそこに広がる光景に息を呑んだ。
「ビーチです! ビーチ!」
そこは白い砂浜の広がる湾だった。
白波が寄せては返し、微かに潮の匂いが風に乗ってやってくる。
陸は青々とした低草が風に揺れて銀に輝き、巨岩の転がる山の斜面がすぐそこまで迫っている。
「東西が巨岩に阻まれ、南は山に閉ざされた秘境か」
八咫鏡のマップが更新され、フィールドの名前が判明する。
〈鋼蟹の砂浜〉という名前に相応しく、浜や草むら、山の斜面に至るまで大小様々な蟹が闊歩していた。
「ここがイワガザミたちの故郷ってこと?」
「多分そういうことなんでしょうね。産卵期が来たらここから山を越えて水場を目指すみたいだけど、普通に海が近くない?」
エイミーの疑問に俺は簡単な推測を披露する。
「塩が駄目なんじゃないか? 湖沼とかの真水じゃないと卵が産めないんだろ。それに陸棲の蟹って書いてあった気もするし」
「ならそっちで定住すれば良いのに、苦労する生態ねぇ」
俺たちが周囲を見渡している間、白月は柔らかな草の上に寝転がって大きな欠伸を漏らす。
ここが何故白神獣によって守られていたのか理由は不明だが、彼にとっては暖かい寝床でしかないのかもしれない。
「蟹もみんな大人しい。普段は温厚って言うのは本当みたいね」
アリエスが側を歩いていた小蟹を指で突く。
蟹はされるがままで小さな爪を振り上げるも攻撃する様子はない。
「レッジさん、砂浜の方に行ってみましょう! 泳げるかもしれませんよ」
レティが目を輝かせて長い耳をぱたぱたと振る。
彼女の側にはハニトーやラピスラズリも立ち、今にも駆け出さんとしていた。
しかし彼女たちが足を踏み出すよりも早く、背後から声がする。
「海に入るのは危険ですよ」
突然の声に全員が緊張する。
周囲を見渡すも、声の主の姿はない。
しかしそれ以上に俺は、その声に聞き覚えがあることを奇妙に感じていた。
「……アストラか?」
確証は無いが、幾度となく聞いた声だ。
俺が名前を挙げるとレティたちが驚く。
そんな中、虚空からクツクツと押し殺すような笑い声が聞こえた。
「流石にここでは当てられないと思ったんですが……」
そんな言葉と共に何もない空間が歪む。
透明マントを剥ぐように、少し離れた場所から銀鎧の青年が姿を現した。
「アストラさん!?」
「それに騎士団の面々も勢揃いだよ」
「どうやら、私たちが一番乗りって訳でもなかったみたいね」
アストラの背後にはアイや銀翼の団の面々、更にクリスティーナなど第一戦闘班の精鋭たち、そして草原に展開されたいくつものテントで形成された村が広がっていた。
それらを囲むように、細い金属の柱がいくつも設置されている。
「あれは……もしかして光学迷彩フィールド展開装置ですか?」
「当たりです。長期のフィールド滞在の際にはこれがあると便利なんですよ」
ぽんの指摘にアストラは頷く。
一つでも随分高価な設備だったはずだが、それを村一つ分覆える程に揃えるのは流石は騎士団と言ったところか。
「とりあえず、基地の中へ。そちらの方が安全でしょう」
「どういうことです?」
「内側からゆっくり確認して貰えれば、と」
アストラに促され、俺たちは騎士団のテント基地へとお邪魔する。
コンテナ型のテントが連なり、物資を詰めた大型の簡易保管庫やそれを引く機獣たちがずらりと並んでいる。
鉄塔の側には監視役の騎士団員が立っており、万全の警戒態勢を敷いていた。
「ひとまず、新フィールドへの到達おめでとうございます」
基地の中央に開かれた広場でアストラは振り返る。
彼の言葉で俺たちは改めて新フィールドへやって来たことを認識した。
「アストラたちがここに到着したのはいつ頃なんだ?」
「つい三日ほど前の事です。まだ基本的な調査も済んでいないので公表していませんが」
「蟹は苦労しただろ」
「いえ? 蟹を見付けるまでは大変でしたが……」
きょとんとするアストラ。
そういえば彼はこの世界で一番強い奴だった。
そうでなくとも、騎士団の精鋭が揃えばあの守護者くらい何とでもなったのかも知れない。
「最近イベントに出てなかったのは、ここを見付ける為だったんですね」
「はい。最初は山脈や岩壁を越えるルートを模索していたんですが、どうにも難しくて。レッジさんならどうするかなって考えてましたよ」
「なんでそこで俺の名前が……」
「こうしてレッジさんたちがやって来たのが理由ですよ」
そう言ってアストラは白い歯を見せる。
騎士団はトップ攻略バンドとして様々な手段を検討していただろうし、その一環なのだろうか。
「それより、海が危険ってどういうことですか?」
そんなアストラに向かってラピスラズリが疑問をぶつける。
一見するとこのフィールドはノンアクティブの蟹が闊歩するだけの穏やかな場所だ。
すぐ近くに険しい山が迫り、東西は高い壁に囲まれているが、海は青々としていてとても綺麗だった。
「そうですね……。もうすぐ見られると思います」
そう言ってアストラが海の方を向く。
彼につられて俺たちも波打ち際へと身体を向け、ゆったりと押し寄せる波を眺める。
「平和ですが……」
「いえ、来ましたよ」
安穏とした光景に首を傾げるレティ。
彼女の言葉を遮るようにアストラが指を向ける。
彼の視線の先、ゆったりと波打つ海面が突如として激しい飛沫を上げた。
「っ!?」
驚く俺たちの目の前で、海面から銀色の魚体が飛び出す。
5メートルはある巨大なサメだ。
互いに身を擦り、身をよじり、膨大な数のサメが大波となって砂浜へと打ち寄せる。
「なんですかあれ!? サメが陸にっ!」
「ミサイルシャーク。定期的に陸上へ上がって来ては蟹を咥えて帰って行くんです」
解説するアストラ。
ミサイルシャークたちは銀の津波となって陸へ押し寄せ、平和に歩いていた蟹に喰らい付く。
そうして獲物を捕らえたものから身を捩り、跳ねるようにして水の中へ戻っていく。
随分とアグレッシブな狩りの光景に、俺は愕然とした。
「あれが厄介なのか」
「そうですね。攻撃すると途端に周囲の同族から囲まれます。陸上でも随分長く活動できるようで、攻守も隙が無い。かなりの強敵ですよ」
アストラが軽い調子で言う。
だが彼が強敵と言うからには、相応の強さなのだろう。
彼の強さについて疑うものなどいないだけに、その評価が重くのし掛かる。
「ちなみに調査が思うように進んでいないのもアレが原因です。不定期に上がってくるので、周囲に分散しての活動がしにくいんですよね」
苦労しているんです、と彼は肩を竦める。
彼の背後で、ミサイルシャークたちは躍るように身を跳ねさせて海の中へと戻っていった。
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Tips
◇ジャリガザミ
〈鋼蟹の砂浜〉に棲む小型の蟹に似た原生生物。温厚な性格で、非攻撃的。普段は石に擬態できる地味な灰色だが、興奮すると赤く変化する。
身は少ないが美味。
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