第346話「秘められた門扉」

 再び冷たい穴の底に戻ってきた俺は、じわじわと痛みを発する後頭部を押さえて口をへの字に曲げた。


「ててて……。まさか自分の掘った落とし穴に二回も引っかかるとは」


 穴の上ではレティたちの総力戦が始まっている。

 本来なら俺もあそこに加わっていた筈なのだが、進路上にぽっかりと穴があいているとは思いもしなかった。


「ていうか随分クレーターやら爆発やら起きてたはずなのによく残ってたな」


 穴の深さはおよそ3メートル弱といったところか。

 相変わらず自力では登れない程度には高く、壁もつるつると取っかかりも無いが多少は浅くなっている。


「レティ、救援要請を――」

『すみません今ちょっとそんな余裕ないです!』


 もう一度レティに助けて貰おうとTELを送るが、すぐさま切羽詰まった返答が来る。

 確かに頭上ではどったんばったんと大騒ぎしているし、穴じたい蟹の足下にあるためおいそれと近づけない。


「……横穴掘るか」


 完全に戦力外であることが判明し、俺は再びスコップを取り出して横穴の奥へと向かう。


「おわ、こっちはこっちででっかい穴が開いてるんだな」


 しかし、少し横穴を進むと太陽の光が降り注ぐ大きな穴が現れた。

 落とし穴など比べものにもならない大穴だ。

 恐らくこれは巨蟹が飛び出してきた時にできたものだろう。


「地中から垂直に飛び出してきたのか。随分な力だな」


 お椀のように緩く曲がる傾斜を見下ろしてため息をつく。

 巨体に気取られて気付かなかったが、あの蟹は地面を強引に突き破って出てきたらしい。

 そのおかげで落とし穴は健在だったわけだ。

 なお、残念ながら大穴も上の方は俺の〈登攀〉スキルでは登れそうもない程度に切り立っている。


「レティ、落とし穴の後ろに大穴があるから気をつけろよ」

『知ってますよ! ていうかレッジさん気付いてなかったんですか!?』


 老婆心で忠告するとレティが逆に驚きの声を上げる。

 冷静に考えれば彼女はぴょんぴょん飛び跳ねて攻撃しているし、当然大穴の存在にも気付いていた筈だった。


「穴があったら入りたい。ま、入ってるんですけどね」

『しょーもない事言ってないで、どうにかして登って来れない?』


 一人虚しく笑っているとラクトから冷たい言葉を浴びせられる。

 そうは言われても環境が俺に対して鬼畜すぎるのだ。


「あれ?」

『どうかしました?』


 横穴の縁にしゃがんで大穴の底を眺めていると、俺は小さな違和感を覚えた。

 スコップを抱えたまま慎重に大穴の急斜面を滑り降りる。

 穴の底は堅い岩盤層になっているようで、俺の持っている落とし穴のタネは設置できない程度にはしっかりとしていた。


「んー……」


 褐色の壁を見つめ、顎に指を添えながら唸る。

 何か変なのだが、明確に何が変なのか言語化するのが難しい。


「『撮影』」


 俺はカメラを構え、壁面の写真を撮る。

 穴の中心でぐるりと周り、パノラマ撮影モードで全方位を一枚の画像に収めた。


「『写真鑑定』」


 撮った写真をそのまま鑑定に掛け、何かおかしなところが無いか探す。

 やはり何かあるのは間違いないようで、いつもならすぐに終わる写真の解析が随分と長く掛かる。


『うぉぉおおお! いい加減カチ割れませんかねっ!』

『冷却と加熱を繰り返したら脆くなったりしない?』


 穴の上ではレティたちが蟹に集中砲火を浴びせている。

 領域も戻ったようで、ミカゲたちも最大火力を盛大に叩き込んでいるようだ。

 ミカゲたちが『呪縁伝炎』を使ったのか、氷漬けだった蟹が紫色の業火に包まれる。

 轟々と燃える炎の中で、バキリと何かが割れる音がした。


「お、結果でたか――って、これは……!」


 写真の解析が終わり、細かなデータが小さなウィンドウの群れとなって表示される。

 その中の一つを見た俺は驚いて後ろを振り返った。


「レティそいつは!」

『うぉぉおおおお! 兜割りぃぃぃいい!』


 爆砕。

 粉砕。

 業炎を吹き飛ばし、極大の衝撃が蟹の額を粉々に砕く。

 分厚い黒の甲殻が弾け、その下から真の姿が露わになる。


「――白神獣だ」


 眩い白光を放つ滑らかな身体。

 神々しさすら感じる圧倒的な雰囲気がその全身から溢れ出す。


『な、なんですかこれ!?』


 黒くずんぐりとした外見が一変し、レティたちは一様に目を開いて驚く。

 俺は手元にあるウィンドウの一つに目を落とす。

 それは画像の一部を指し示し、“白神獣の古祠:双盾のコシュア=パルタシア”という名を表示していた。


『れ、レッジさん』

「どうした?」


 壁に駆け寄り、土を払っているとレティから通話が入る。


『蟹が動きを止めました。それと同時に、レティたちの攻撃も一切効かなくなっちゃいました』

「どういうことだ?」

『戦闘終了ってことかな』


 ラクトが通話に加わり、端的に結論を出す。

 その後もトーカが斬りかかったりエイミーが殴ったり、呪術師たちが呪ったりトーカが斬りかかったりしたようだが、甲殻が割れ真っ白な姿になった蟹には一切のダメージが入らなかった。


「とりあえず置いといていいのか?」

『こちらとしては何もできませんからね。あ、レッジさん助けに向かいます!』


 ようやく俺が穴の底にいることを思い出してくれたようで、レティが飛び込んできた。


「お待たせしました! さあ抱きついて下さいっ!」


 大きく両手を広げてこちらに向かうレティ。

 だが俺は彼女に背中を向けて、壁を見る。


「ちょ、レッジさん!? 恥ずかしがらなくていいんですよ、一度やった訳ですしそもそもこれは人命救助という必要不可避な措置であり疚しい気持ちなどは――」

「『地形整備』」


 レティの声を聞き流し、俺はスコップを壁に突き付ける。

 固く圧縮された土が崩れ、その奥から白い古びた門のようなものが現れた。


「これは……」

「さっきの蟹、えっとコシュア=パルタシアが守ってた古祠らしいな」


 突如現れたのは白神獣の祠らしい。

 以前のイベントで見た祠と同じく、白い石材で造られている。

 二本の太い柱の間に固く閉ざされた門扉があり、上部には細やかなレリーフの彫られた飾りが付いている。


「霧森の北にこんなのが埋まってたなんてねぇ」


 ラクトたちも蟹を置いて穴の斜面を滑り落ちてくる。

 この場にいる誰もがこの存在は知らなかったようで、興味深げに白い門を見つめていた。


「開きますかね?」

「誰か〈解錠〉スキル持ってる人……居るわけないよね」

「ぶった斬りません?」

「叩き壊しましょう」

「ポチの突進で壊せるのでは?」


 段々と物騒な意見が上がり始める。

 そう言う手段で壊せるのかどうか少し気になるが、恐らく駄目な気がする。

 というよりもこういう時は俺たちよりも適任がいるのだ。


「白月!」


 テントの方向に向けて名前を呼ぶ。

 すぐさま軽快な蹄の音が近付き、穴の上から子鹿が飛び下りてきた。


「そういえば白月も白神獣でしたね」

「普段寝てるばっかりだから普通に忘れてたよ」


 レティたちの言葉を受けながら、白月は俺の足下までやってくる。

 彼は艶のある鼻先を門の方へと向け、じっと凝視した。


「何か分かるか?」


 そんな俺の言葉に応じるように、白月は水晶の枝角を僅かに振る。

 ツカツカと門の前まで歩み寄り、彼は鼻先を門に付けた。

 途端に固く閉ざされていた門は滑らかに動き出す。

 まるで生体認証のようだ。


「ほんとに開いたわね」


 音もなく滑るように開く扉を見て、エイミーが驚く。

 俺もこれほどあっさりと開くとは思わなかった。


『白神獣、双盾のコシュア=パルタシアの承認を得ました』

『白神獣“白月”が閉ざされた白門を解放しました』


 門扉が完全に開かれると同時に幾つかのアナウンスが流れる。

 扉の奥は等間隔で青く光る宝石が壁に埋め込まれた通路が続いている。

 俺たちが進退を決めあぐねていると、白月が小さく鳴いて奥へと進み始めた。


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Tips

◇双盾のコシュア=パルタシア

 霧森の北部にある白門を守る白神獣。

 本来は美しい純白の外殻を持つ大爪の蟹のような姿だが、平時は隠された門と共に地中で眠り続けており、その長い年月の中で体表に鉱石が凝固した黒く硬い殻を形成する。


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