第345話「集団の個人戦」
黒蟹は巨大な両爪を高く掲げ威嚇する。
ただでさえ威圧的な巨体が荒々しく昂ぶり足が竦みそうになる。
「領域呪術、『剣山』」
しかし巨蟹の足下が突然に泥濘み、鋭い針となって突き上げた。
巨体が揺れ威圧が消える。
「速攻で片付けますよ!」
銀の杖を掲げラピスラズリが吠える。
それを合図にそれぞれが武器を握った。
「『大威圧』『被虐者の構え』」
エイミーが拳盾を構えて蟹の注目を引く。
あえて無防備な姿を晒すことで、彼女は自身を弱い存在だと相手に侮らせる。
「攻撃はこっちで抑えるわ!」
蟹の爪がエイミーを殴る。
彼女は瞬時に分厚い障壁を展開し、それを防ぐ。
巨体に似つかわしくない機敏さで盾蟹は両腕を交互に撃ち込み続ける。
エイミーもそれを的確に防御するが衝撃までは殺せず少しずつ後退していた。
「彩花流、参之型――『烏頭女突き』ッ!」
剣閃が走る。
瞬間的に突き付けられた桃源郷の切っ先が黒い外殻を滑る。
白い火花を弾けさせ、トーカは悔しげに唇を噛む。
「流石に甲殻を割らないと、毒も入りませんか」
「それなら強引に割るだけだ! 『クラッシュラッシュヘビィラン』ッ!」
花のエフェクトが消えきらぬうちに新たな攻撃が放たれる。
カルパスは巨大な骨剣を振り上げ、重量を乗せて蟹の眉間に叩き付ける。
斬撃属性と打撃属性が共存する破壊力に特化した一撃は蟹の足下に広がるクレーターを更に一段階広げた。
「ちぃ、随分堅ぇな」
「レティの攻撃でも割れませんでしたからね」
眉を寄せるカルパスにレティが何故か自慢げに言う。
破壊特化の彼女に割れないのならば仕方ないと、カルパスもまた納得していた。
「力尽くなんて芸が無いわね。星のように、少女のように美しくないと」
二筋の剣撃が放たれる。
流星のように鋭く黒殻に傷を付けたのは、“星読”のアリエスの双曲刀だ。
「今は星の力がないし、こんなところね」
「流石はトッププレイヤーですね。斬撃属性で傷を付けますか」
「今日はちょっと運が良いだけよ」
扱う数は違えど同じ剣士としてトーカは瞳を輝かせてアリエスを見る。
アリエスの方も満更ではない様子で、口の端の薄く笑みを湛えた。
「ポチ、行くよ!」
明朗な少女の声に複数の猛獣を合わせたような咆哮が応える。
何事かと振り向くと、巨大な獅子の頭が牙を向いて迫ってきていた。
「うおわっ!?」
慌てて脇へ飛び退く俺のすぐ側を、しもふりに勝るとも劣らない巨大な獣が駆け抜けていく。
獅子の頭に四対の竜の翼、六本の馬の脚、四本の猿の腕、三つ首の蛇頭の尾、そして剛毛に覆われた全身に開く無数の目。
ただ一体の召喚獣に多大な愛と霊核を注ぎ込み無類の強さへと至らせた“屍獣”のハニトー、彼女の“愛犬”であるポチだ。
「怪獣大戦争みたいですね。しもふりも行きましょう!」
ポチは大きく口を開き、巨蟹の腕に喰らい付く。
共に俺たちを遙かに超える怪力を持つモンスターだ、その光景はまるでパニック映画の一幕のように鬼気迫っている。
そこへしもふりも参戦し、混戦が深まった。
「ハニトー! あんなに大きな的ができたら蟹を狙えません!」
「的とか言わないでよ、あたしの愛犬だよ!?」
しかし三体の怪獣たちが絡まり合うと近接組はもちろん遠距離攻撃職の面々も攻撃を放てない。
呪符を構えたまま叫ぶぽんに、ハニトーが悲鳴を上げた。
「どうせ同士討ちは無い。構わずやろう」
そんな二人の頭上に影が落ちる。
きょとんとして振り向く彼女たちの背後から、白骨獣の群れが飛び出した。
「うわぁぁっ!?」
「ろーしょん! もうちょっと人の事を考えて下さい!」
慌てて飛び退く二人の間を通り白い津波がポチとしもふり諸共、黒蟹に襲いかかる。
そのあとには巨大な両手剣を持つ
「ろーしょん! ……まさか、ちょっと待ちなさいな!」
髑髏の杖を高く突き出すろーしょんを見てラピスラズリが目を開く。
小さな白骨獣たちが巨蟹を包み込み団子のようになっている。
「りょ、『領域収縮』ッ!」
ラピスラズリの声で周囲一帯を包んでいた領域が急速に縮む。
それが巨蟹としもふりとポチ、そして彼らを包む白骨獣の団子だけをすっぽりと包んだ直後、
「――『霊爆』」
「うぉわぁぁっ!?」
「ぽ、ポチぃぃぃいいっ!?」
極大の爆発が領域内部に充満する。
ビリビリと震えながらもその衝撃を内部に留める領域の恐ろしいほどの耐久性は、流石はラピスラズリといったところか。
「ろーしょん! ちゃんと考えて爆発させなさい!」
金髪を逆立てて爆発の火元となった少女に怒るラピスラズリ。
指を差されたろーしょんは取り乱した様子もなく、ふいっと視線を逸らした。
「同士討ちはない。ポチたちも無傷、でしょ」
「爆風は広がるんだから普通に戦線崩壊するでしょうがっ!」
「ぽ、ポチ! ポチ大丈夫ポチ!?」
つんとするろーしょんと、彼女を咎めるラピスラズリ。
二人の側では涙目になったハニトーが愛犬の無事を確認しようと焦っている。
「ミカゲ、ほんとにこの面子でボスツアーしてたのか?」
「基本、みんなでソロプレイしてた」
「集団ソロプレイってどういうことだよ……」
なんとなく気がついてはいたが、ミカゲが三術連合として集めた彼女たちは普段からソロプレイを基本としている者が多い。
そのため一緒に各地のボスを巡ってはいたものの、それぞれが好きに技を放つ個人プレイしかしておらず、個々の高い火力と技能によってゴリ押していただけだったようだ。
「今回のツアー、連携力を鍛えるのが目的だった」
「目的は果たせそうですかね……」
「……」
俺の質問にミカゲは目をそらす。
彼もまた随分と苦労しているらしい。
「レッジさん! まだ終わってませんよ!」
レティの声が飛び、緩みかけた空気が引き締まる。
ラピスラズリの禁忌領域が大きく歪み、シャボン玉が弾けるように内部から引き裂かれた。
「なんて力! もう一度領域を広げます。それまで頑張って下さい」
驚きながらもラピスラズリは迅速に行動を始める。
禁忌領域は敵の乱入を退けると共に、三術系スキルの威力を高める効果もあるらしい。
それが無くなった今、レティたちが前に出る。
「テントは無事だ。盛大にやれ!」
「了解、ですっ!」
レティが高く跳び上がり、ハンマーを振り上げる。
ラクトがナノマシンを励起させ、詠唱を紡ぎ出す。
しもふりとポチの間を縫って、エイミーが鋭い打撃を繰り出す。
「ふふふ、ふふ。その硬い殻、強引に斬ってあげますよ――ッ!」
薄ら寒い恐怖を覚える笑みを浮かべ、トーカが深く前傾姿勢を取る。
彼女たちはみな、ラピスラズリが再び禁忌領域を展開し終えるよりも早く決着を付けるつもりでいるようだ。
全員の目が獣のように激しく燃えている。
「これは俺も行かないとな」
ここで一人だけサボっている訳にもいかない。
俺は機械槍を構え、一直線に蟹へ向かって駆け出す。
「風牙流、四の技――」
『疾風牙』。
槍の神髄とも言える貫通力に特化した一撃。
これならばあの巨蟹の硬く分厚い甲殻であろうと砕き刺し穿つことが――
「うおわっ!?」
順調に地面を蹴っていた足が不意に宙に出る。
頼りない感覚と共に視線が急に傾く。
「レッジさん!?」
レティが驚いて名を呼ぶのが聞こえる。
俺は身を捩り、空を見上げた。
「すまん、落ちたっ!」
「二回も自分の罠に引っかからないで下さい!」
彼女の正論過ぎるツッコミを受けながら、俺は深い落とし穴の底へと落ちてしまうのだった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇『疾風牙』
風牙流、四の技。
風のように速く槍を突き出し、対象を貫く。貫通力のため全ての力を極小の一点に集中させた一突きは、鋭い牙のように皮を破り肉に喰らい付く。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます