第343話「落とし穴」

 東の空が明るみ、霧の中で朝露が白く輝く。

 カメラ越しに周囲の安全を確認した俺は早速テントの外へ飛び出した。


「レッジさん、ほんとにやるんですか?」


 俺の背を追いかけてレティたちもやってくる。

 不安そうに柳眉を寄せる彼女に、俺は手に持ったスコップを掲げて頷く。


「何事も検証が大事だからな」

「でもレッジ、もう〈採掘〉スキルは持ってないんでしょう?」


 エイミーの鋭い指摘。

 確かに俺はレベル80まで鍛えた〈採掘〉スキルをカートリッジに移して売り払ってしまった。

 そのため今の俺がいくら岩にツルハシを打ち付けても砕くことはできない。

 そうでなくとも、霧森の北にあるこの巨岩群は高レベルの〈採掘〉スキルと装備を揃えた採掘師たちの猛攻に耐えたのだ。


「〈採掘〉スキルは使わないから大丈夫だよ。俺が使うのはスコップだし、掘るのはこっちだ」


 小屋ほどもある巨岩の足下にやって来た俺は、とんとんと地面を踏む。

 堅い岩が道を塞いでいるのなら柔らかいところを掘り進めばいい。

 そんな俺の主張はレティたち三人には荒唐無稽に映っている様子だが。


「穴掘りなんてできるの?」

「モーマンタイ。最近使ってないから正直忘れてたが、便利なテクニックを持ってただろ」


 一様に首を傾げるラクトたちの目の前で、俺は地面に向かって勢いよくスコップを突き刺す。


「『地形整備』」


 ザクン、とクッキーを割るような軽快な音と共にスコップの周囲の地面が抉れる。

 まるでアイスクリームディッシャーで掬い取ったかのように表面は滑らかだ。


「うわっ。これって……」

「〈水蛇の湖沼〉でオイリートード狩りした時に使ってた技ですね」


 それを見てラクトとレティが声を上げる。

 一人きょとんとするエイミーに、そういえば彼女が合流する頃には既に使っていなかったかと気がついた。

 〈野営〉スキルレベル30のテクニック『地形整備』、本来は荒れた地面を均してテントを安定させるために使う技だが、その本質は地形操作にある。

 自由度の恐ろしく高いこの世界ではスコップを使えば人力で穴を掘ることはできる。

 しかしその労力は相当なもので、人が通れるほどの地下通路を掘り進めるのは難しいだろう。

 更に変化した地形は荒し対策なのか一定時間で元に戻ってしまうため、無策で作業を進めても無に帰す可能性が高い。

 だが、『地形整備』は一人の力でそれを遙かに越える範囲を一気に掘ることができる上、近くにテントが建っていれば加工された地形が修復されることもない。


「あれ、でも駄目ですよそれ」


 意気揚々と解説していた俺の言葉を遮りレティが口を開く。


「『地形整備』はあくまで不整地を均すためのものですよね。穴を掘るほどの効果はないのでは?」

「よく気がついたな」


 彼女の指摘を俺は甘んじて受け入れる。

 そもそも『地形整備』は地面を整えるためのテクニックだ。

 この技を覚えた頃の〈野営〉スキルでは不整地に対応するテントなどを建てられないから、それが建てられる程度に地形を整理できればそれでいい。

 なので、『地形整備』はあくまで“整備”の範疇、水平方向の障害物を除去するのには役立つが、真下に掘削する力はあまりない。


「そこで使うのが、これだ」


 してやったりと言いたげな目を向けるレティに、俺は満を持してソレを取り出して見せる。

 他ならぬ俺が『地形整備』の特徴を理解していない訳がないだろう。


「“即席落下式拘束罠設置装置”――通称“落とし穴のタネ”だ」


 取り出したのは金属製の薄い円盤。

 底部に鈎が三本付いていて、上部にボタンがある以外は何の変哲も無い小さな機械だ。


「落とし穴のタネ?」

「ああ、〈罠〉スキルの序盤から使える初心者向けの罠だな。これを均した地面に置いて――」


 俺は先ほどスコップで整地した浅い穴の底に円盤を置く。

 すると円盤表面の赤いランプが点灯した。


「ボタンを押せば」


 カコン、と音を立ててボタンが沈む。

 俺はレティたちの側まで下がり、落とし穴のタネの駆動を見守る。

 四人の視線の先で、タネは三本の鈎を地中に突き刺す。


「動くぞ!」

「うわぁっ!?」


 モーターの駆動音と共に円盤が高速で回転する。

 遠心力を受けて側面から飛び出した薄い羽が周囲の土を削り吹き飛ばす。


「うわわわっ!」


 甲高い音を立てるタネが瞬く間に穴を掘り進める。

 飛び散る土から顔を守り、ラクトたちが悲鳴を上げる。


「前もってどうなるか言ってよね!」


 エイミーが障壁を展開し、傘代わりにして土を阻む。

 彼女の下に集まったレティたちから恨みがましい目を向けられ、俺は素直に謝罪した。


「俺も実際に使うのは初めてだったから……。ここまで飛び散るとは思わなかった」


 萎びる俺の背後でモーターの回転音が止まる。

 直後に何かが射出される音が続き、振り返ると穴が消えていた。


「あれ、穴が無くなったよ?」

「蓋がされただけだ。迷彩柄のシートが被せてあるだろ」


 慎重に穴の縁に近付き、濃緑色のシートを指さす。

 穴を掘って隠蔽用のシートを展開するまで30秒程度。

 設置に時間が掛かる〈罠〉スキルの中では比較的素早い方で、そういった意味でもお手軽で初心者向けだ。


「で、この後どうするの?」

「まずは落ちる」


 ラクトの目の前で、俺は穴に向かって飛び込む。

 シートに包まれながら落ちた底は、俺をすっぽりと収納できる2mほどの深さがあった。


「それで、また底に落とし穴を仕掛ける」


 新しい円盤を取り出して、底に置く。

 ボタンを踏みながら急いで穴から這い出て、落とし穴の底に落とし穴が作られるのを待つ。


「なんかバグ技みたいですね」

「システム的に可能なんだから合法だよ」


 穴の底に遮蔽シートが展開しているのを確認して飛び下りる。

 4mもの深さととなる結構怖いが、〈受身〉スキルを持たない俺でも多少のダメージを受けるだけで案外余裕だった。

 落とし穴のタネの発展系には鉄杭が底に刺さっていたり、電流流したり、地雷が仕掛けられていたりと凶悪なものもあるが、今使っているのは一番シンプルな型だから落ちても特に問題は無い。


「とりあえず縦軸はこれくらいだな。えっと、北がこっちだから……」


 穴の底で方角を確認し、壁に向かってスコップを突き立てる。

 ソレと同時に『地形整備』を使えば、まるでプリンでも掬うかのように軽く壁が抉れた。


「横軸をこうやって突き進めばいいだろう?」


 穴の縁から覗き込むレティたちに向かって胸を張る。

 我ながら妙案である。

 しかしそんな俺を、彼女たちは悲しい目で見てきた。


「な、なんでそんな目をするんだよ」

「あの、レッジさん、大変言いにくいんですが……」


 ちらちらと互いに目を見合わせ、最終的にレティが口を開く。


「それ、向こう側でどうやって地上に出るつもりですか?」

「…………難問だな」


 完全に忘れていた。

 そうだ、穴を下に掘ったのなら向こう側で上に掘らねばならない。

 しかし上に落ちる落とし穴などないのだ。


「あとレッジ、どうやって登ってくるつもり?」

「えっ」


 エイミーに言われて更に気がつく。

 穴が深すぎて縁には手が届かず、滑らかな壁面は掴めない。

 身体をつっかえ棒にできるほど直径も狭くない。


「あっ」


 なるほど一度落ちた獲物を逃さない優秀な罠である。

 今回落ちた間抜けな獲物は、仕掛けた罠師だったわけだが。


「……ロープか何か探してきてあげるから、しばらく頭冷やしてなさい」


 エイミーの優しい言葉が心に沁みる。

 ぱたぱたと遠ざかる足音を聞きながら、俺は己の迂闊さを嘆きながら八つ当たりのように横穴を伸ばし続けた。

 幸い、土はザクザクと気持ちよく掘れる。

 その割には上の巨岩の圧力でしっかりと固められているのか、崩落の危険も無さそうだ。


「上に落ちる変態とか掲示板で探せばいそうだけどなぁ」


 などと仕方の無いことを考えつつ掘り続ける。

 テントの効果範囲から飛び出しても、『地形整備』の消費LPなどたかが知れているため元々の自然回復速度とディレイでおつりが来るくらいだ。


「はぁぁぁぁ……『地形整備』ヴァ!?」


 そしてため息と共に突き付けた幾度目かのスコップ。

 今までのバターのような柔らかさから、唐突に金属のような硬さとなってスコップが阻まれる。

 完全に油断していた俺はその衝撃をもろに受け、両腕を痺れさせた。


「な、なんなんだいったい……」


 暗闇の中、目を凝らして壁を見る。

 しかし明かりが無いことにはなにも分からない。

 俺は機械槍に持ち替えランタンに火を点ける。


「えっ――」


 そして俺は、壁から現れた二つの瞳と視線が合った。


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Tips

◇即席落下式拘束罠設置装置

 簡易的な落とし穴を作るための小型ユニット。設置から展開まで30秒程度で行うことができる、初心者向けの罠。穴の掘削はある程度柔らかい地面でなければならず、展開される隠蔽シートも簡易的なもの。

 派生版に底部で鉄杭を突き出すものや、光学迷彩フィールド展開装置を備えたものも存在する。


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