第342話「変わらぬ画」

 鱗雲の中に大型簡易保管庫ラージポータブルストレージを置き、そこに往路の戦利品などのアイテムを移していく。

 一つでプレイヤー三人分のインベントリ容量をまかなえる便利な箱だがそれ自体に重量があるため、しもふりなどの機獣がいなければ扱えない微妙に不便でもある代物だ。

 今回は夜の危険な時間にテントの外に出ずともアイテムを扱えるように、しもふりのコンテナに突っ込んできた。

 ついでにテーブルとしても丁度良い大きさなので、アセット数も節約できるのもいい。


「それで夜の間はどうするの?」


 早速ラフな格好に着替えてソファに寝転んだラクトが言う。

 一応ここはフィールドのど真ん中なんだが、まあそれだけ“鱗雲”の防御力を信用してくれているということにしよう。


「崖の方向に向かってカメラとセンサーを仕掛けてる。カメラは一定時間ごとに写真を撮って送ってくるからそれを分析する感じだな。センサーは原生生物の反応があると知らせてくれるから、そっちも気にしておく」

「つまり私たちは暇って事ね」

「それはまあ、そうだが……」


 カメラから送られてくる画像を受け取るのは俺だし、それを分析できるのは『写真鑑定』を習得している俺だけだ。

 なのでエイミーの言葉は何も間違っていないのだが、途端にレティたちも武器を閉まってふかふかのソファに飛び乗ってしまうと緊張感が無くなってしまう。


「どうせ朝になったら実際にチャレンジしてみるんでしょ? それまでわたしたちは英気を養うってことで」

「レティもレヴァーレン戦で疲れましたからねー」


 早速ウィンドウを開いてネットサーフィンを始めるラクト。

 レティもいつもならレヴァーレン5連戦くらいしてもけろりとしているはずなのに、わざとらしく伸びをしてみせる。


「まあ各々ごゆるりと過ごしてくれ。一応、何か思いついたりしたら教えてくれると嬉しい」

「掲示板でちょっと調べてみるわ」

「わたしは個人サイト巡ってみる」

「えーっと、えーっと、じゃあレティはwikiでも見てますね」


 なんやかんやと言いつつ彼女たちも情報収集をしてくれているようだ。

 wikiについては俺も開いているのだが、まあ見落としがあるかも知れないしな。

 などと言っているうちに早速外のカメラから1枚目の画像データが送られてくる。


「『写真鑑定』」


 久しぶりに『写真鑑定』を使用すると、早速画像の解析が始まる。

 いつの間にかテクニックの熟練度も1,000に到達していたため、解析速度も早く得られる情報もかなり多くなっていた。


「まあ、最初はこんなもんか」


 とはいえ殺風景な岩場の画像をいくら睨み付けても、めぼしい情報は得られない。

 二枚目からは前後を比較して僅かでも変化した箇所があれば分かるのだが。


「時間が空いてるうちにこっちも進めておこう」


 その程度でへこたれている暇はない。

 次の写真が送られてくるまでの間、俺はwikiから第1回イベント〈特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉で現れた原生生物についての情報を纏める。


「一番多かったのはイワガザミ、次にモノミガニで、初日のボスはオオイワガザミか」


 イベントは全部でリアルタイムで四日間。

 その期間中はずっと、ゲーム内時間で半日の侵攻と最後に強力なボス個体の出現が繰り返されていた。

 前日のボス個体が翌日には通常個体に紛れて複数匹現れたりもしていたので、情報の共有と対応策の検討が所属の垣根を越えて行われた。

 その件があったおかげで今でもバンド間の交流が特に上位層になるほど活発なのだろう。


「二日目のボスはアシナガヤグラガニ。こいつもまあまあ厄介だったな」

「並の飛び道具じゃ頭に届きませんでしたもんね。最終的にプロメテウス工業の装甲列車が突っ込んで足下を崩す作戦で行けましたが」


 知らず言葉に出していたようで、レティたちも当時の事を思い出し懐かしそうに言う。

 今ならば恐らくアストラやレティの強撃で物理的に足を折れるだろうが、あの頃はカニの甲殻を砕く手段がかなり限られていた。


「三日目であれが何匹も出てきた時はちょっと絶望したよね」

「プロメテウスの列車は忙しそうだったなぁ」


 必死に線路を敷いて列車を走らせ、周囲のカニを薙ぎ倒してアシナガヤグラガニの下へ向かっていた。

 野良プレイヤーなどもアレを崩さなければ一方的に酸の弾丸を一方的に撃たれるから、結束して列車を守っていた。


「三日目のボスはヨロイショウグンガザミだね。取り巻きのヨロイガザミたちも厄介だったよ」

「で、四日目のボスがグレンキョウトウショウグンガザミだな」


 最終日のボスは、俺の蛇眼蛙手の紅槍の素材にもなった大型の蟹だ。

 鮮やかな紅蓮の甲殻と鋭利な刀のような爪が特徴的で、大きさはモノミガニに迫るくせにとてつもなく機敏な動きで俺たちを翻弄した。

 硬く素早く攻撃は痛いと厄介さの塊のようなラスボスで、それを倒すために騎士団やBBC、七人の賢者などを筆頭に多くのトッププレイヤーが総力を決した。


「イベントの後はしばらくスサノオ中がカニの匂いでいっぱいだったね」

「至る所でカニすきやら焼きガニやらカニしゃぶやらやってたからなぁ」


 俺もイベント直後の解体地獄で随分とスキルを鍛えられた。

 町中にカニの身が流通し、イワガザミのものなどはタダ同然の価格で売買されていた。

 カニの甲殻は手頃な価格で軽くて丈夫な防具に加工できたため、一時期町中の戦士たちが真っ赤な鎧に身を包んでいたりもした。


「そもそもあのカニたちって何のためにスサノオまで来てたんです?」

「産卵期だったから水場を目指して来てたみたいだな。たぶんスサノオじゃなくてその向こうにある〈水蛇の湖沼〉とかが目的地だったんじゃないか?」

「スサノオは丁度通り道にあったってことか」


 普段は豊かな緑の広がる〈牧牛の山麓〉が真っ赤に染まる様子は非現実的な光景だった。

 その時の写真を改めて見てみても圧巻の一言しか出てこない。


「これだけのカニが棲む場所って、凄く広くないとだめじゃない?」

「確かになぁ」


 平原を赤く染めるほどの大群だ。

 多少の面積では互いに踏み合って寿司詰めだろう。


「当然、山を越える道中で倒れる個体も結構な数がいるんだよな。元々の数を考えると恐ろしいぞ」


 山の向こう、霧森の北にはどんな光景が広がっているのだろうか。

 ともすれば蟹が積み重なって蠢く地獄のような場所かもしれない。

 もしグレンキョウトウショウグンガザミのような強力な個体が無数に待ち構えているのならば、今の俺たちでもあっけなくやられてしまうことも大いに考えられる。


「うーむ、これは仮に北に入れたとして生きて出て来れるのか?」

「そればっかりは行ってみないことには分かりませんねぇ」


 背筋を震わせる俺に、レティは暢気に答える。

 その時、カメラのシャッターが自動で切られ、二枚目の画像が送られてきた。


「どっか変わった?」


 ラクトがソファから飛び下りて近付いてくる。

 俺は二枚の画像を並べ、眉を寄せた。


「間違い探しみたいだな」

「ほとんど何にも変わってないってことだね」


 風で揺れる草木もない巨岩の群れだ。

 薄暗闇の中に浮かび上がる影は殆ど変化がなく、どこぞのファミレスの間違い探しより違いが無い。

 一応『写真鑑定』も使って徹底的に比べてみるが、目に付くような結果は得られなかった。


「やっぱりこの岩を越えないといけないんじゃない?」

「それはとりあえず俺たちじゃ難しいだろ。だったら他の方法を考える方がいい」

「他の方法?」


 胡乱な目を向けるラクト。

 俺は大型簡易保管庫へと歩み寄り、その蓋を持ち上げる。


「例えば、迂回するとかな」


 そう言って両手に掲げたのは大きなスコップだった。


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Tips

大型簡易保管庫ラージポータブルストレージ

 大型の簡易保管庫。容量は通常の簡易保管庫の三倍。持ち運びが可能だが重量があるため、運搬用機械牛などの助けが必要となる。

 過酷な環境にも耐えられる高耐久型や保管庫自身に車輪を付けた移動型などの派生モデルも存在する。


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