第341話「謎の獣と鱗雲」

 レティが倒した“貪食のレヴァーレン”を片付けて、俺たちは再び北へ向かって進む。

 道中襲いかかって来てはラクトに撃ち落とされている原生生物たちは、少し勿体ないが土に還るに任せている。

 一々“鉄車”を停めて解体するのが面倒だというのと、そもそもそんなに持ち運べるほどの余裕がないのが理由だ。

 レヴァーレンについてはそれらの原生生物より遙かに希少な素材であるため、流石に回収したが。


「夜までには着きたいわね」

「そうだな。夜は色々と不自由になる」


 〈奇竜の霧森〉の夜は過酷だ。

 他全てのフィールドにも共通するが原生生物たちの行動パターンが変わり、強力な原生生物が活発に動き出す。

 霧森はそれに加えて日が沈むと濃霧に闇が合わさり絶望的に視界が悪くなる。

 そうなればラクトが撃ち落とす前に“鉄車”に殺到され、障壁でも耐えきれなくなる可能性が出てくる。


「しもふりに少し急いで貰いますか?」

「日没までにこの地点へ行ける速度を出せるか?」


 俺は座標データをレティに送る。

 それを見た彼女は少し考え、しもふりの手綱を握った。


「着いた後に修理する時間も必要ですから、頑張って貰いましょう」

「よろしくたのむ」


 レティが手綱を振り『超加速ハイ・スピード』を発動する。

 三つ首の猛犬が咆哮を上げて走り出す。


「ラクト、周囲の原生生物が寄ってきますので頑張って下さい」

「了解!」


 レティの言葉にラクトが活き活きと返す。

 しもふりの咆哮は森中に響き渡り、周囲にいた原生生物たちの敵愾心ヘイトを集める。

 足の遅いものならしもふりの速度で振り切れるが、この森には狼や熊など速度も持久力も兼ね備えた化け物が多い。


「テントがあると景気よくアーツ使えるから良いよね。――『空泳ぐ銀スカイシルバー・鱗の群魚チェイスフィッシュ』ッ!」


 彼女は空に向かって矢を放つ。

 銀の光が迸り、それは鱗を輝かせる群魚となって空を駆け巡った。

 咆哮に呼び寄せられた霧狼の群れ。

 濃霧に溶けるような薄灰色の毛並みを逆立て鋭い牙を剥き、統率の取れた連携で襲いかかる厄介な相手だ。


「はははっ! 轢いちゃうよっ」


 飛び掛かる霧狼の群れ、その横腹に喰らい付く銀鱗の魚群。

 無尽蔵のLPに物を言わせた強力な攻撃は瞬く間に群れを薙ぎ倒す。


「相変わらず、レッジとラクトの相性は凶悪ね」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう」

「れ、レティだって負けてませんからね!?」


 一方的な蹂躙に乾いた笑いしか出てこないエイミー。

 彼女の言葉にラクトは小柄な身体を反らし、何故かしもふりに跨がっていたレティが焦った顔で振り向いた。


「そういう意味じゃないから安心しなさい。ともかく、これで夕暮れまでには着けそうね」


 レティに向かってひらひらと手を振り、エイミーは地図を確認する。

 俺たちの現在地を示す光点は先ほどよりも素早く北に向かって移動しており、このペースなら余裕を持って目標地点に辿り着けそうだ。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

サムライちゃん、最近闘技場に入り浸ってるなぁ


◇ななしの調査隊員

ていうか強すぎ

負けたとこ見たことないし、自分も戦ったけど3秒でやられたよ


◇ななしの調査隊員

3秒も保つとか猛者かよ


◇ななしの調査隊員

次の公式トーナメントはもしかするともしかするかもなぁ


◇ななしの調査隊員

そういえばおっさんもだんちょもトーナメント出てきてないな


◇ななしの調査隊員

なんでだろう

おっさんは元々消極的っぽかったけど団長はバリバリやる気だったよな


◇ななしの調査隊員

初代ちゃんぽん取って満足したんじゃね?


◇ななしの調査隊員

そんな平和な正確だったかなぁ


◇ななしの調査隊員

FPOの話で悪いんだけど質問いい?


◇ななしの調査隊員

FPO以外ならいいぞ


◇ななしの調査隊員

霧森に妙な原生生物が居たんだが、知ってる?


◇ななしの調査隊員

どんなやつだよ

写真とかないの?


◇ななしの調査隊員

一応撮ったけど霧が濃いのと日が暮れててあんまり鮮明じゃない

[謎の原生生物.img]


◇ななしの調査隊員

なんだこいつ初めて見るな


◇ななしの調査隊員

ていうか霧森スレで聞けばいいじゃん


◇ななしの調査隊員

霧森スレで聞いて分かんなかったからこっちに来たんだ


◇ななしの調査隊員

なるほど


◇ななしの調査隊員

体長10m越えてるな

結構大型っぽいぞ


◇ななしの調査隊員

全身白光してる?


◇ななしの調査隊員

細かい鱗が発光してる感じだった。定期的に咆哮してて、それで周りの狼とか熊とかが呼び寄せられてそのまま消滅してた


◇ななしの調査隊員

ええ・・・


◇ななしの調査隊員

なんだそのデストロイヤー


◇ななしの調査隊員

聞いたことないぞ


◇ななしの調査隊員

ネームドかねぇ


◇ななしの調査隊員

今更霧森でネームド出るか?

バリテンと肝臓で十分だって


◇ななしの調査隊員

いうて進行度100%じゃないからな、可能性はゼロじゃない


◇ななしの調査隊員

こいつ鳴き声上げてたんだよね、どんな感じだった?


◇ななしの調査隊員

なんか金属っぽい咆哮と、女の子っぽい笑い声


◇ななしの調査隊員

ホラーじゃん


◇ななしの調査隊員

やめてよ霧森行けなくなる


◇ななしの調査隊員

そういえばそんな感じの名前の映画があったね・・・


◇ななしの調査隊員

結構重量級だと思うよ、足音がデカかったもん


◇ななしの調査隊員

おっさんじゃねーの


◇ななしの調査隊員

おっさん身長10mもないだろ


◇ななしの調査隊員

おっさんが女の子の笑い声みたいなの出し始めたら流石に困惑するわ


◇ななしの調査隊員

とりあえず調査スレに連絡しとけば


◇ななしの調査隊員

あそこの人らなら数日で見付けてくれるか

さんくす炒ってくる


◇ななしの調査隊員

逝ってらっしゃい


◇ななしの調査隊員

レアなエネミーとかもいるんかなぁ

出現条件とか決まってたり


◇ななしの調査隊員

オブジェクトとオブジェクトの隙間が30度以下の場所で壁に向かって歩き続けながらローリングとポーズを繰り返せば出てくるエネミーとかな


◇ななしの調査隊員

それ裏世界行ってない?


_/_/_/_/_/


 『超加速ハイ・スピード』を掛け直しながら霧森の中を進んだ俺たちは、空が茜色に染まる頃に目標に定めていたポイントに到着することができた。


「ふぅ~、疲れましたね。しもふりもよく頑張りました」


 しもふりの首筋を撫でてレティが今回の功労者を労る。

 彼は全身に強い負荷を掛けたことで関節や口から黒い煙を吹き出していた。

 各パーツの耐久度も大きくすり減らしており、レティは早速その修理に取りかかる。


「ラクトもお疲れ」

「ありがと。ってあんまり疲れてないけどね。LP使い放題だったし」


 コンテナの屋根にぺたんと座るラクトにレモンスカッシュを渡しながら話しかける。

 彼女は顔を火照らせ、満足げな笑みを浮かべていた。


「ここが霧森の北限?」

「今のところはな」


 コンテナの端に立ち、エイミーが見上げる。

 濃密な緑がそこでぴたりと侵攻を止め、彼女の眼前には冷たく険しい荒れた岩場が広がっていた。

 俺たちの背丈よりも遙かに大きな巨岩がいくつも積み重なり、遠目から見れば急峻な傾斜を付けている。

 これが数々のクライマーを突き落としてきた魔の断崖だった。


「めでたく目的地には着いた訳だけど、この後はどうするの?」


 空になったグラスを握りつぶしながらラクトが口を開く。


「とりあえずはテントの設営だな。あとはカメラもいくつか仕掛けて情報を集める」

「なるほど、じゃあ休憩ってことだね」

「ちゃんと護衛はしてくれよ」


 開放感に両手を上げるラクトを促し、俺もコンテナから飛び下りる。

 “鉄車”を片付けて、早速新しいテントを組み立てる。


「あれ、いつもの小屋じゃないの?」


 地面に杭を打ち付ける俺を見てラクトが首を傾げる。


「霧森の夜は物騒だろ。小屋だと耐久度が心配だから、ネヴァに頼んで新しいのを作って貰ったんだ」

「“鉄車”とは別に?」


 いったいいくら使ったんだと言いたげな目を向けられる。

 俺はそれから逃げるように杭打ちを進めた。


「基本的には“朧雲”の応用かつコンパクト版だよ。建材を金属に変えて耐久性を確保しながら、〈罠〉スキルの“領域”も複合して自動迎撃設備も揃えてる」

「それはテントじゃないのでは?」

「野外の建物だからテントだよ」


 杭を打ち終わり“領域”の設置準備が完了する。


「レティ、しもふりからあのテント出してくれ」

「はいはーい」


 しもふり修理作業中のレティに声を掛け、テントセットを受け取る。

 俺の腕力では重量限界ギリギリの、今までのテントの中でも特別重量級だ。


「ふぅふぅ……『野営地設置』」


 テントセットを領域の中心に置き、展開する。

 見た目は両手に抱えられる程度の袋の中から太く長い鉄筋がいくつも飛び出し骨組みを作っていく。


「『罠設置』」


 それと同時並行して防衛設備も置いていく。

 カメラと高感度センサーを備え自動照準機構オートエイムを搭載した機銃が八つ、ドローン射出ユニットが二つ。


「久しぶりに要塞っぽいね」


 特殊多層装甲によってがっちりと覆われたテントを見上げ、ラクトが言う。

 上から見れば八角形をした大型のずっしりとした姿は確かに要塞かもしれない。


「“朧雲”から不要な機能を省いて、一人でも扱えるようにしたもんだ。名前は“鱗雲”だ」


 テントを包む装甲の表面は手のひらほどの小さな装甲が互いに重なるようにして覆っている。

 衝撃反応型攻性装甲というもので、強い打撃――例えば原生生物の突進などを受けた際に爆発して反撃する罠だ。

 それが2×4メートルの装甲板1枚につき1000個以上も付いているため、離れてみると丁度鱗のように見える。


「単純な動作機構だが如何せん数が多いからな。必要〈罠〉スキルのレベルは75だ」

「上級アーツ並……。また随分と物騒なのを作ったね」


 ネヴァと知恵を絞ってなんとか実用に漕ぎ着けた代物だ。

 こうして皆の前で披露することができてまさに感無量である。

 しかしこれまでの苦労を思い返し感慨に耽る俺を、ラクトだけでなくレティやエイミーまでもがどことなく冷たい目で見ていた。


「……ともかく、あとは中で話そう。外は危険だからな」


 俺は夜が迫り冷たくなる空気から逃げるように、“鱗雲”の中へ駆け込んだ。


_/_/_/_/_/

Tips

◇鋼鉄装甲荷車

 機獣による牽引によって動かす、動力を持たない台車。高耐久の金属製装甲により過酷なフィールドでの運用も可能となっている。

 荷台の四隅には特殊な機構が取り付けられており、対応するアンカーを持つコンテナなどをしっかりと固定することが可能。


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