第340話「破壊の赤ウサギ」
エイミーと合流し、俺たちは再び“鉄車”で霧森を進む。
ラクトが遠くの原生生物を早期撃破してくれる上、もし彼女の弾幕を突破したとしてもエイミーが車体に障壁を張ってくれているため、さっきよりも断然スムーズに進行することができる。
レティはしもふりの制御に集中できるし、俺はコンテナの中でのんびりとコーヒーを飲む余裕すらできた。
「レッジ、一人だけサボり?」
「人聞きの悪いことを言うな」
コンテナの屋根から逆さまに顔だけを下ろし、目を三角形にしてラクトが言う。
「鉄車の維持は俺の仕事だぞ?」
「テントは立てれば殆ど仕事ないじゃん」
「多少は修理もしないといけないさ。……ま、今は違うことをしてたが」
そう言うと、ラクトはやっぱりと唇を尖らせる。
彼女の疑念の目に抗って俺は反論した。
「色々考えてたんだよ。霧森の北部に行こうとした人は多いみたいだからな。その情報を集めて纏めてた」
「なるほど。そっちはわたしの専門外だね」
テーブルの上に広げたいくつものウィンドウを指して見せると、彼女は素早く屋根へ戻っていく。
逃げ足の速いフェアリーである。
「それで、何か分かったの?」
コンテナ内のソファに腰を下ろし、冷たいレモンスカッシュを飲んでいたエイミーが口を開く。
障壁のアーツを発動したあとはそれが壊されたり効果時間が終わったりしない限り彼女も暇そうだった。
「いやさっぱり。結局地形が急峻すぎて奥へ行けないのが問題だな」
「レベル80の行動系スキルで固めたクライマーでも登れないとなると、なかなか難しそうね」
彼女の言葉に頷く。
ラクトが常備している水場歩行用のブーツを始め、行動系スキルの不足を補う装備というものもある。
しかし過酷すぎる地形では焼け石に水で、やはりスキルを伸ばすのが一番効果的だ。
そして肝心のスキルが通用しないとなれば、そこを越えるのはかなりの困難が予想されるというわけである。
「ドローンで偵察とかはできないの?」
「風と気温が鬼門だな。山の頂上から常に強烈な山颪が吹いているらしくて、ドローンじゃすぐに吹き飛ばされるんだと」
「そっか、霊峰が聳えてるところだもんね」
オノコロ高地の北部は〈雪熊の霊峰〉が高く広く聳えている。
あそこもまた随分と過酷な秘境であり、山頂へ到達した登山家もまだ報告されていないはずだ。
「それじゃあどうするの? 私たち、行動系スキルは固めてないのに」
グラスの氷をからりと鳴らし、エイミーが聞いてくる。
「今回はとりあえず観察だ。やっぱり実際に行かないと分からんこともあるだろうからな」
俺はテーブルの上に放り出していたカメラを持ち上げて言う。
いくつもの詳細な報告は上がっているし、それは丁寧に纏められている。
しかしそれだけではやはり分からないこともあるだろう。
「正直、俺は運営の事けっこう信用してるんだよ」
「信用?」
首を傾げる彼女に向かって頷く。
「条件は厳しいかも知れないが、通常俺たちに権限の無い場所だって手順を踏んだり力尽くだったりで行けるんだ。やっぱり、そうそう理不尽に、安易な立ち入り禁止なんてしないと思うんだよな」
出発する前にも言ったことだ。
景色としてそれが見えている以上、それはこの世界に確実に存在しているということ。
この世界はその法則にかなり忠実だから、きっと何か道は用意されているはずだと俺は考えている。
「だから、現地で観察して情報収集。そのためにしもふりに物資も大量に積み込んできたんだ」
「なるほどねぇ……」
エイミーが空になったグラスを砕く。
丁度その時、ゆっくりと“鉄車”が速度を落とし停車した。
「どうかしたか?」
「あ、レッジさん。そろそろレヴァーレンが出る地域に入るので相談しようと思いまして」
コンテナを出ると丁度レティがこちらへやって来ていた。
彼女の言葉にマップを確認し、もうそんなところかと気がつく。
第三回イベント〈特殊開拓指令;黒銀の土蜘蛛〉でボスとして立ちはだかった――はずだったが騎士団によるヴァーリテイン討伐作戦の方が目立ってしまった、少々不憫な存在。
奇竜の幼体で、森に棲む
ボスではない奴は三方向から高地の崖を降下した俺たちを迎え撃つように、三体が存在している。
「別に戦っても勝てるとは思うが……」
正直、奴とかち合うのは面倒だ。
図体がデカいから戦うとなると必然的に目立つことになり、周囲の原生生物の注目を引いて乱戦に陥る可能性がある。
まだヴァーリテインの方がボスであるため、戦闘中に横やりが入らないことを考えると楽だったりもするのだ。
「んー、じゃあちょっと片付けてきますね!」
「は?」
「もうそこまで来てるみたいなので!」
「えっ」
言うが早いかレティは黒兎の機械脚を装備する。
両手で巨鎚を握りしめ、ぴょんと飛んだ森の奥から黒く毛むくじゃらの巨大な蛇が現れた。
「エイミーとラクトは休んでおいて下さい! レティが責任を持って片付けますので!」
「お、おい!」
そんな言葉を残してレティは颯爽と駆け出していく。
背中に手を伸ばそうとした俺の隣に、いつの間にかラクトがやってきていた。
「レティがやるって言うんなら任せようよ。彼女も動きたいんじゃない?」
「一応ネームドなんだが」
つい一月ほど前までは〈白鹿庵〉全員で挑んでなんとか押さえ込んでいた相手だ。
あの時からスキル的にはあまり変わっていないのに、と心配する俺とは対照的にラクトとエイミーはすでに外野から観戦モードだった。
「しもふりも心配……じゃなさそうだな」
主人が戦いに行った瞬間、身体を丸めて
直後、森の奥から爆発が巻き上がった。
「いやっはぁぁああ! その顎砕いて地に沈めてやりますっ!」
機械鎚のヘッドで爆砕したレティは、瞬時に黒鉄へと持ち替える。
レヴァーレンが反応するよりも早くその背を駆け抜け、骨を砕く重い一撃を叩き込む。
「タフな相手はいいですねぇ、おもいっきり殴れます!」
ずどん、と至近距離で砲弾を撃ち込むような衝撃がレヴァーレンを襲う。
彼もまた反撃の触手を蠢かせるが、それが彼女の四肢に絡みつくよりも早く新たな爆撃が表皮を焼き焦がした。
「レティ、二本のハンマーを使い分けてるのか」
「機械鎚は今も強化してってるみたいだよ。初期の十倍くらいは火力出てるんじゃないかなぁ」
「近接武器を爆発させるなんて、怖いな……」
「それどの口で言ってるのよ」
俺は煙幕を張るための爆発なので安全性に気を遣っている。
まあ、あの時はあわよくばアストラに火傷くらい負わせられないかなんて考えていたりもするが。
などと暢気に趨勢を見守っているうちにも、レティは立て続けに打撃を与えていく。
まるで肉叩きで筋を断つように、レヴァーレンが段々と動きを鈍くしている。
「レティは通常攻撃の出し方が上手いよね」
「そうなのか?」
彼女の戦闘を見ていたラクトが端的に分析する。
エイミーもそんなことを思っていたようで、彼女の評価に同意した。
「〈杖術〉スキルの、特にハンマー系統のテクニックは高火力高破壊力だけど高コスト長ディレイでもあるのよ。だからレッジのテントが無い状況でテク連打なんてしてたら一瞬でLPが枯渇して死んじゃうわ」
「そうなのか。なんとなく分かるな」
レティはどこぞの騎士団長とは違い、順当に前衛らしくLP最大量を重視して炉心を強化している。
そのため立て続けに高火力高コストな技を出せばすぐに窮地に陥ってしまうし、そもそもディレイの関係でそう大技を連発できない。
だから彼女は技と技の合間にLPを消費しない単純な通常攻撃を混ぜているのだが、それが上手い――らしい。
「大技で相手を怯ませて、復帰するまでの間は通常攻撃でダメージを稼いでる感じだね。身体の動かし方とかハンマーの振り方とか、あと位置取りとかが上手いから常に攻撃してるでしょ」
「言われてみればそうだな」
ラクトの言葉を聞いてから改めてレティとレヴァーレンの戦闘に目を戻すと、少し光景が違って見える。
彼女は流れるような身のこなしで蛇からの攻撃を避けつつ、合間に鎚を叩き込んでいる。
一切無駄な動きが無く、遊んでいる時間が無い。
いや、むしろ全体を通して遊んでいるのか。
「ライカンスロープは身体能力が高いし、ウサギ型は特に跳躍力が高いのよね。結構それに感覚が合わせられなくて振り回される人も多いんだけど、レティは完全に自分の中に取り込んでるわ」
「しかも機械脚で強化してるしねぇ」
レティは機敏な動きでレヴァーレンを翻弄する。
彼女のLPゲージを見てみれば、テクニックの発動以外で殆ど消費していない。
それはつまりレヴァーレンの攻撃を全て避けているということだった。
「ちなみに、一応言っとくけどレヴァーレンをあそこまで部位破壊できるのも結構異常だからね」
「そうなのか?」
「ネームドだからね。レティがガチガチに火力と破壊力に特化してるからああなってるだけ」
レヴァーレンは身体を支える無数の足を折られ、顎を砕かれ、目を潰されている。
確かに随分と満身創痍だと思っていたが、それも彼女のBB腕部極振りや装備含めた火力破壊力特化ビルドによるものらしい。
「レッジさーん、お待たせしました!」
レヴァーレンが断末魔を上げ森に沈む。
それを背に満面の笑みを浮かべたレティが駆け戻ってくる。
頬を汚し、しかし元気な様子で帰ってくる彼女を出迎えながら、俺は今一度彼女の規格外っぷりを実感するのだった。
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Tips
◇レモンスカッシュ
レモン果汁にソーダ水を混ぜた清涼飲料。すっきりとした炭酸と爽やかな酸味が疲労を吹き飛ばし、気分をすかっとさせてくれる。スカッシュだけに。
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