第339話「進めない場所」
レティたちが周囲を警戒してくれているうちに、俺は白骨の巣に横たわるヴァーリテインを解体していく。
その間、ついに奇竜の単独撃破に成功したエイミーは小屋でゆっくりと休息を取っている。
「これだけデカいと捌くのも大変だな」
アマツマラの闘技場で手に入れた“身削ぎのナイフ”はとても使い勝手がよかった。
何せ以前まで使っていた“餓狼のナイフ”よりも要求する〈解体〉スキルレベルが段違いであるため、その性能も相応に上がっているのだ。
これの初仕事が〈風牙流〉だったことが少々悔やまれるほどに、白く輝く刀身はすんなりと奇竜の硬い鱗を割いていく。
「終わったぞ」
「お疲れ様ー」
バターでも切るようにスパスパと作業を進め、気がつけば竜一体を綺麗に解体し終わっていた。
光の粒子となって砕ける巨体から飛び下り、小屋の方へと向かう。
「結構獲れました?」
「それなりに。とはいえあの巨体から考えると少ないよな」
テントを取り出して身軽になった状態で、重量限界ギリギリまで素材が入ってきた。
元々多人数で討伐することを想定しているボスだからか、一度に獲れるドロップアイテムの数もかなり多い。
「これくらいならしもふりに持って貰えますね」
「便利だなあ」
戦利品を見せるとレティは気軽に言う。
あのヴァーリテインがしもふりの腹に全て収まってしまうのは、なんとも奇妙な感じだ。
「ともかく、エイミーはおめでとう。ヴァーリテイン単独撃破は多分初めてじゃないか?」
レティ、ラクトと共に小屋に入りながら言う。
エイミーはソファに深く身を沈め、疲れた顔をこちらに向けた。
「ありがと。流石に頭の奥がじんじんするわね」
「あれだけ集中したらな。ログアウトして休むか?」
「ヘッドセット被る前にラムネ食べたからへーきよ。ていうか、何か用事があるんでしょ?」
ぐっと両腕を天井に伸ばし、エイミーは身体を解す。
そうして彼女は俺たちがここまでやってきた理由を聞いてきた。
「実は〈剣魚の碧海〉が全然攻略されないのが気になってな。これだけ連日沢山のプレイヤーが海に繰り出してるのに、ボスの姿すら報告されないのはちょっとおかしいだろ?」
「確かにね。それで私たちも暇を持て余してるわけだし」
事情を説明すると、エイミーは数度頷く。
暇を持て余してヴァーリテイン単独撃破はなかなか楽しいが、彼女のように少し閉塞感を覚えているプレイヤーが増えているのもまた事実だ。
「単純にフィールドが広くてボスが見つかってないだけなら、まあ時間の問題なんだろうけどね。レッジはそう思ってないみたいだよ」
「近海はしばらく直進すると深い霧に包まれて方向も分からなくなるらしいですからね。何か条件があるというレッジさんの予測は良いとこ突いてるんじゃないでしょうか」
「なるほど。それで一緒にその条件を探そうってことになったのね」
流石はエイミー、一を聞いて十を理解してくれる彼女はとても頼りになる。
「とはいえ今日は結構頑張って戦った後だし、あんまり役に立たないかもしれないわよ」
疲れの滲む表情でエイミーが言う。
確かに、彼女は一瞬も気を緩めることができない激戦を終わらせたばかりだ。
これですぐさま大海原に出発しようとは言い出せない。
ただ、今回俺がエイミーの下へやってきたのには理由があった。
「いくら海を進んでも果てが見えないなら、一旦
後ろを向いてみるのも重要かと思ってな。霧森を回ってみたいんだ」
「霧森を? もう隅から隅まで探索されてるんじゃないの」
俺の言葉にエイミーはきょとんとする。
霧森はワダツミから直接行けて、近海のように舟を借りる必要もないため、開拓もかなり進んでいる。
危険度は高いものの1パーティが集まれば進めないほどでもないため、むしろ歯応えのある戦いが楽しめると言う人も多い。
進行度は既に90%を超えているし、ヴァーリテインも単独撃破はともかく数を用意すれば安定して討伐できる戦法も確立されている。
「まだ数%の未開拓領域があるだろ」
「でもそんなことを言ったら〈はじまりの草原〉だって進行度は98%だよ」
ラクトの言葉に頷く。
最初のフィールドである〈はじまりの草原〉ですら、まだ俺たちプレイヤーが発見していない何かがあるというのがこのゲームの恐ろしさだ。
しかし、だからこそこの森には探せばまだ何かあるという期待は高まる。
「霧森は高地のフィールドと比べてもかなり広いですよ。闇雲に探すのは悪手だと思います」
「そりゃあそうだ。ていうか、歩いて見つかる程度ならすでに見つかってるだろうな」
俺の言葉に三人が更に疑念を強める。
ならばどうするか、と聞きたいのだろう。
「全体図を見て、誰も行っていないところを見付けたんだよ」
「誰も行っていないところ? 今更そんなのが霧森にあるの?」
「あるんだよ。ほら」
俺は地図ウィンドウを拡大し、エイミーたちの前に出す。
オノコロ高地の三方位を囲むように広がる蹄鉄状の森、霧たちこめる深い緑の魔境の殆どは既に誰かの足跡がついている。
しかしその中で一箇所だけ、誰も訪れたことのない真っ白な場所がある。
そこに指先を落とすとエイミーたちは互いに目を合わせて戸惑う。
そうして三人を代表しレティがおずおずと口を開いた。
「あの、レッジさん。そこはそもそも進入禁止エリアなのでは?」
俺が指さしたのは〈奇竜の霧森〉の北側、天を突く霊峰の険しい裾野が広がる場所だった。
裾野、と言っても平和なものではない。
山の頂上からは凍えるような風が吹き下ろし、ゴツゴツと尖った岩が転がり背の高い絶壁が連なる難所だ。
現在の最大である〈登攀〉スキル80レベルのクライマーでも登り切ることはできず、また原生生物の姿も確認されていない。
あまりに過酷すぎる環境故に生物の立ち入りが禁止された土地である。
「おいおい、このゲームは最重要管理区域だって力尽くで入れるんだぞ。そう簡単に、システム的に立ち入り禁止なんて安易なことはしてこないだろ。それに……」
厳しい目を向ける三人に、俺は口元を緩めて答える。
このゲームは目の映る範囲で行けない場所が無いと言われるほど自由度が高い。
今までそう言わしめてきた信頼を、この程度のことで崩すだろうか。
いいや、それはないだろう。
俺は自身のブログにアクセスし、昔の記事を遡る。
「皆、こいつら覚えてるか?」
「これは……カニですね」
「第一回イベントのカニだね」
記事に貼り付けていた写真の1枚を大きなウィンドウに表示する。
それはかつてスサノオを襲った巨大なカニの群れだ。
第一回イベント〈特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉でやって来た巨大な蟹たち。
「こいつら、北からやって来ただろ」
「……そういえばそうだったねぇ」
俺の言葉にラクトが頷く。
地面を真っ赤に染め上げた蟹たちは、北の山脈を越えてやってきた。
つまり、山脈の向こう側に彼らの住処があるということだ。
「それにほら、これ」
俺はwikiに掲載されている原生生物の情報を開く。
〈暁紅の侵攻〉の中で最も数が多かったイワガザミの『生物鑑定』で得られる概要だ。
「“草食性の温厚な陸棲蟹で、普段は険しい山肌などで岩に擬態して生活している”。これってあの岩場のことじゃないのか?」
「そ、そんな……。でもあそこに原生生物の反応は無かったって」
「それだけ擬態が上手いんじゃないか? 温厚って書いてあるし、多少の攻撃には反応しないのかもしれない」
眉を寄せるレティ。
その隣で、エイミーが唇を薄く曲げた。
「面白いわね。私は行ってみる価値はあると思うわよ」
「行くだけなら“鉄車”があれば苦労しないしね」
ラクトも乗り気になり、こちら側につく。
しばらく唸っていたレティも最後には首を縦に振ってくれた。
「分かりました。でも、今まで発見されてないってことは相当見付けづらい条件があるってことだと思いますよ」
彼女の言う通りだ。
イワガザミの事など既に気付いているプレイヤーは多いだろう。
しかしそれでもまだそれらしい情報が広まっていないということは、簡単には通してくれない分厚い扉によって閉ざされているということ。
散歩してたら偶然見付けましたとはいかないはずだ。
「そこはまあ、着いてからだな。それに俺はテント持ちだぞ?」
「……なるほど、居座るつもりですね」
呆れた様子でレティが耳を折る。
そもそも〈野営〉スキルはフィールドでの長期滞在を可能にするためのスキルなのだ。
今まで散々飛ばしたり走らせたり檻にしたりしてきたが、本来テントとはそういうものではない。
「なんか凄い今更な事考えてますね」
「な、なんのことだ」
胡乱な目で鋭い言葉を投げてくるレティ。
俺は誤魔化すように咳払いして、早速出発しようと彼女たちを促した。
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Tips
◇奇竜の胃酸
〈奇竜の霧森〉の頂点に君臨する“饑渇のヴァーリテイン”の胃袋から分泌される強力な酸性の体液。生物を瞬時に溶かし、骨だけにする。高い〈調剤〉スキルが無ければ扱うことすら危険で難しい。
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