第338話「竜を砕く拳」

 ワダツミが置かれ、〈オノコロ高地〉とは断崖の絶壁で隔たれた〈邪竜の霧森〉は今まで実装されてきたフィールドの中で二番目に広い面積を誇る。

 ちなみに一番広いのは未だに果てが見えない〈剣魚の碧海〉――一般にはワダツミ近海や単に近海と呼ばれている海洋フィールドだ。

 ともあれ陸上であれば最も広い面積を持つ〈邪竜の霧森〉は、高地上にある〈鎧魚の瀑布〉〈鳴竜の断崖〉〈角馬の丘陵〉の三フィールドと接続しており、俯瞰すると北側が開いた蹄鉄のような形をしていた。

 エイミーが現在単独撃破目指して挑み続けている〈邪竜の霧森〉のボス“饑渇のヴァーリテイン”の巣があるのは蹄鉄の中央、〈鳴竜の断崖〉から崖を降り真っ直ぐに進んだ先にあった。


「流石に三人で進むと忙しいね」

「ラクトのアーツのおかげでレティはかなり楽させて貰ってますよ」


 しもふりの背に跨がったレティがラクトを労う。

 霧森は熊や狼や蛇といった猛獣の類が跳梁跋扈していて、高地のフィールドと比べても数段危険度が高くなっている。

 〈白鹿庵〉の六人が揃っているときならばいざ知らず、三人だけで進むとなると各人の負担も相応に大きくなる。


「いやぁ、わたしもコレが無いと今頃死んでるからね。レッジとしもふり様々だよ」


 ラクトはそう言って舞台の手すりを撫でる。

 彼女は今、しもふりが引く荷車に乗せられたコンテナ型テントの上に立っていた。


「キヨウ祭の山車からヒントを得た移動型テント“鉄車”、しもふりが牽ける重量に調整するのは大変だったが作って良かったな」


 コンテナの中に置いた椅子にもたれ、優雅な姿勢で言う。

 重量を分散するため八つも付けた頑丈な車輪が、しもふりに引っ張られ霧森の不安定な地面を進む。

 移動速度は普通に歩くのとそう変わらないが、テントの恩恵を受けつつ移動できるためラクトがちょっとした砲台のように敵を殲滅してくれるため、俺やレティは非常に楽だった。


「レッジさんも一応後方監視しといて下さいよ。テントも荷車も脆いんですから」

「はいはい。ちゃんと見張ってるよ」


 唇を尖らせるレティに軽く返す。

 山車歩きの際にはしもふりとハクオウの二頭でなんとかテント乗りの山車を動かせた。

 しかし今回は動力がしもふりだけであるため荷台やテントその物の重量をかなり見直す必要があった。

 結果、軽量の白鉄鋼を用いることになり、代償に耐久度が心許なくなってしまった。


「エイミーが居れば楽できるんだがなぁ」

「そのエイミーを迎えに行ってるんでしょ」


 小刻みに揺れる荷台でため息をつくと、上からラクトにつっこまれる。

 盾役が居ないフィールド行脚の大変さを身に染みて感じていた。


「しかしここまでくるともうテントの概念がくずれますねぇ」


 後ろを向き、荷台にぴったりと乗せられた白いコンテナを見上げてレティが言う。

 確かに移動するテントというのは根本の所で何か間違っている気もするが……。


「浮蜘蛛とか土蜘蛛とか水鏡とか山車とか、色々やらかしてるの覚えてないの? わたしからしたら今更って感じなんだけど」


 手すりの下から足を放り出し、コンテナの屋根に座ってラクトが言う。

 たしかに、今更テントが動く程度で驚く人もいないだろうか。


「しかしこの遅さはちょっと退屈だね」

「いつもはもっと速く移動できるからなおさらな」


 しもふりの速度は俺たちの早歩き程度。

 レティがテクニックを使えば一時的にもっと速くなれるが、ディレイがあるのとしもふりのパーツが損傷してしまうため連続使用はできない。

 道中の安全を確保した代わりに、進行速度で言えばいつもより若干遅いのだ。


「エイミーに連絡取って、向こうに来てもらった方がいいんじゃない?」

「絶賛戦闘中の時にTELやメール送っても邪魔だろうしな。こっちから出向いた方が良いだろ」


 ヴァーリテイン単独討伐は未だに誰も成し遂げていない難関だ。

 それに挑むエイミーは当然、戦闘中高い集中力を要するだろうし、それを俺たちから乱すのは申し訳ない。


「っと、そろそろ巣の近くですね」

「ここからは徒歩だな」


 通常、テントは周囲の猛獣系原生生物に対する威嚇効果がある。

 しかし鉄車となると移動時の車輪の軋みやそもそもの大きさが存在感を発揮し、むしろ原生生物の注目を集めてしまう。

 ラクトのアーツによって倒せるため平時は特に気にならないが、それでエイミーに邪魔が入るのは避けたい。

 ラクトがテントから降り、俺はテントを片付ける。

 最後にレティが荷車とコンテナのテントセットをしもふりのインベントリに片付ければ綺麗さっぱりと無くなってしまった。


「たまに思うけどインベントリって質量保存の法則ガン無視だよね」

「それこそ今更だろ」


 三メートルを越える人型ロボットのような外装だってインベントリに収めれば一枠しかスロットを使わない。

 相応の重量はあるが、それも持ち運べないほどのものではないのだ。


「『点火イグニッション』」


 機械槍のランタンに火を灯す。

 これで大抵のエネミーは襲ってこない。

 ネヴァに頼んでランタンを上等なものにしてもらったのと、〈旅人ウォーカー〉のロール能力アビリティのおかげで、威嚇効果も多少は霧森で通用するほどになっている。


「見えてきましたよ。相変わらず悪趣味な巣です」


 木々を掻き分け進む。

 先頭のレティが前を指さし、振り返った。

 そこには無数の白骨の山で作られたすり鉢状の巨大な巣が広がっている。


「おお、やってるな」


 レティの肩越しに巣の中央へ視線を向ける。

 そこでは百の頭を持つ巨大な竜と、紫髪を振り乱して巨大な盾拳をぶつけるエイミーの姿があった。


「エイミーも大概異次元な戦いしてるよねぇ」


 俺の隣へやってきたラクトがしみじみと言う。

 エイミーは小さな障壁をいくつも展開し、それを足場にして空中を駆けていた。

 殴打する瞬間、拳と竜の頭の間に障壁を出し、ジャストガードを決めて打撃と爆発を併発させる。

 普段は見られないキックも多用しており、間髪入れない連打が瞬く間に竜頭を弾けさせていた。


「あともう少しで倒せるって息巻いてましたが、本当にもう少しですね」


 レティがヴァーリテインの頭上に表示されたHPバーを見て言う。

 かなり距離があるのと、ヴァーリテイン自体の巨体で見にくいが、すでに八割ほどが削れているようだ。


「ここまで来てなんだけどさ」


 激しい攻防を展開するエイミーと邪竜を見て、ぽつりとラクトが口を開く。


「なんだ?」

「エイミーが倒されたらワダツミに戻されるんだよね、ここに来た意味なくならない?」

「……」


 鋭い指摘に俺もレティも押し黙る。

 LPが全て削りきられてしまった場合、エイミーの機体からだはここに残されるが彼女の意識自体はワダツミのアップデートセンターに戻される。


「まあ、死体は回収しに来るだろ」

「エイミー、流石にボスエリアで回収は無理だから回収依頼出してるって言ってたよ」

「まじか……」


 考えてみればそうだ。

 スキルキャップの拡張手段が見つかっていない今、エイミーの構成は完成された状態で記録されている。

 仮に死んで回収依頼を出したとしてもビットを消費するだけなのでさほど痛くは無いのだろう。

 ……まあ、俺の場合はそれでも痛いが。


「エイミーが勝つように祈りましょう」

「そうだな」


 槍を近くの地面に突き刺し、両手を合わせる。

 強く念じる俺たちを見てラクトが白い目をしていた。


「しかしまあ、よくあれだけ攻撃を受けて生きてるな。ただでさえ自分の技でLP消費してるだろうに」


 いわゆる通常攻撃というテクニックではない攻撃ならばLPは消費しない。

 だが彼女は景気よくテクニックを連発しているため相応のLPを消費しているはずだ。


「ドレイン系のチップを盾に仕込んでるんでしょ。ガードした時にダメージの何割かをLPに還元するやつ」

「なるほど。よく考えられてますね」

「とはいえあんまり詠唱も長くできないだろうし、効果量はお察しだと思うよ。エイミーの場合はそれをジャストガードのボーナス分で稼いでる感じ」

「ジャストガードってそんな簡単なのか?」

「簡単じゃ無いからボーナスも大きいんだと思うよ」


 俺の疑問をラクトはスッパリと切り捨てる。

 まあ、そうだよな。

 エイミーの戦いを見てると感覚が麻痺してくるが、彼女は単に猶予ゼロコンマ何秒といったシビアなタイミングを的確に狙っているだけなのだ。

 いや自分で言っていて意味が分からないな。


「あれだけジャストガードが連発されてると、エフェクトも綺麗ですねぇ」


 エイミーが出した障壁が彼女自身の拳やヴァーリテインの攻撃で砕かれるたび、ジャストガードが発生してキラキラとしたエフェクトが広がる。

 勢いよくガラスを砕いたような眩い光が青空に広がる光景はとても美しい。

 俺も思わずカメラを取り出してパシャパシャとシャッターを切っていた。


「打つたびに爆発して、蹴るたびにに斬撃が広がって。攻撃性能もかなり高いよね」

「最近、エイミーの火力に追いつかれそうでレティもヒヤヒヤしてますよ」


 エイミーは〈格闘〉スキルの攻撃に〈防御アーツ〉の障壁破壊時に周囲へダメージを拡散するアーツを織り交ぜることで火力を高めている。

 あくまで〈防御アーツ〉の筈なのだが、エイミーが使うと下手な〈攻性アーツ〉よりも火力がでるのが不思議なところだ。


「……全然危なげないな」


 しばらく観戦していてふと思う。

 両者とも素早い動きで、エイミーなど擬似的に空を飛んで戦闘を展開しているので、エフェクトの応酬がとても綺麗だ。

 しかしエイミーは全く苦しそうな表情ではなく、むしろ楽しげに笑っている。

 空色の瞳が猛禽のように鋭くなっているのは高い集中状態に入っているからだろうか。


「ヴァーリテインとはかれこれ二週間くらい戦ってるからね。1日10戦と見積もって140戦、最低でも100戦はしてるなら慣れるでしょ」

「行動パターンは完全に頭に入ってるんでしょうね。あとは集中力がどれだけ持つかって所でしょう」


 完全にガチ勢の所業である。

 レティたちがヘルムでタイムアタックをしていた時にも少し思ったが、彼女たちは何か難しい問題を見付けると驚くほど深く熱中してしまう。


「それに、今日はちょっと気合い入ってるんじゃない?」


 ちらりと俺の方を見てラクトが言う。


「なんでだ?」


 首を傾げている間にもエイミーはヴァーリテインの巨大な頭を砕き続ける。

 蹴り、殴り、障壁を破壊し、両腕の鉄塊を叩き付ける。

 次第に邪竜も再生する余裕を減らし、両者の均衡が崩れ始める。

 一度傾き始めた天秤は戻らず、むしろ加速する。


「これは決まりましたね」


 レティの言葉のすぐ後に連続で盛大な爆発が巻き起こる。

 森をオレンジに照らす爆炎の中で邪竜が倒れる。


「三人とも、来てたなら知らせてくれて良かったのに」


 轟々と燃え盛る炎を背にエイミーは駆け寄ってくる。

 傷だらけではあるが両足でしっかりと立つ彼女は、達成感に満ちた目をこちらに向けてきた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇ジャストガード

 〈盾〉スキルおよび〈防御アーツ〉スキルを用いて、タイミング良く攻撃を受けた時に発動する特殊な防御。吸収できるダメージ量が増幅し、テクニックやアーツの副次的な効果が増大する。

 刹那の中にある技の神髄を見極める事ができれば、巨竜のブレスすら指先で撥ね除けることができるだろう。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る