第8章【蟹たちの安息地】

第337話「安息の時」

 ウェイドたち管理人が公の場に姿を表し、各都市が工夫を凝らしたイベントを開催してからしばらくの時が経過した。

 毎週末にはサカオでBBBが、アマツマラで公式トーナメントが開かれ、それぞれ一週間研究した成果を競うような活気にあふれている。

 月末のキヨウ祭も第二回が開催され、四町の山車は少しずつ個性が現れ始めた。

 管理者五人が登場するモチマキは大きく盛り上がり、更にそのあとは再びエキシビジョンマッチが開催された。

 対戦カードは俺とアストラ、ではなく第二回アマツマラ公式トーナメント優勝者チャンピオンのケット・Cと準優勝者である“炎髪”のメル。

 管理者たちから全力のバックアップを受け、アイテム、装備、時間無制限、リングアウトなし、そして両者にLP高速回復バフが付与されテクニック使い放題というまさに夢の戦いだった。

 相手がトッププレイヤー二人、しかも片方は炎のアーツを得意とする機術師ということもあり試合はとても華やかだった。


「レッジさん、何ぼんやりしてるんですか?」


 自分が書き綴ったブログの記事を読み返しながら感慨に耽っていると、耳元にそっと囁かれる。

 驚いて振り向くと悪戯が成功した子供のような顔をしたレティが立っていた。


「おどかすなよ。……次のブログ何書こうかと思ってな」


 ワダツミ別荘地にある〈白鹿庵〉第二拠点。

 レティは椅子を引っ張ってきて俺の隣に腰を下ろした。


「最近レッジさん土いじりしかしてないですもんね。ネタがないんでしょう」

「農作業は普通に楽しいぞ。ニンジンとかダイコンとか育てられるようになったし。

 ただやってると楽しいんだが、いざ記事にするとなると如何せん地味でな」

「ま、殆ど茶色い写真ばっかりだもんね」


 隣で攻略wikiのアーツチップを纏めたページを見ていたラクトが顔を上げて言う。

 悔しいが、彼女の言葉も間違っていない。

 別荘の裏庭で始めた〈栽培〉スキルを用いた家庭菜園はとても面白い。

 しかし画としてはあまりブログ映えするようなものでもなく、また客観的に見れば毎日単調な作業の繰り返しであるため、判を押したような記事が続くようなことになってしまうのだ。


「最近は開拓もあんまり進んでませんもんねぇ」


 椅子に背を預け天井を見上げながらレティが言う。

 定期的に各都市でイベントが開催されることになった結果、それぞれの町は賑わい始めた。

 しかしそれと同時に近海の外へと舟を漕ぎ出すプレイヤーが減り、開拓が滞っているのも現状だった。


「一時的なものだと思うけどな。騎士団も色々用意してるんだろ?」

「例の軍艦でしたっけ。金属価格は闘技場完成後も大手生産バンドや騎士団が需要を作ってくれてるおかげであまり相場は変わってないらしいですが……」


 レティは懐疑的な目をして首を傾げる。

 騎士団が海を割るほど巨大な軍艦の建造計画を進めている、というのは各所でまことしやかに囁かれている噂の一つだ。

 しかしその実物を見た者となると途端に減り、残ったのは信憑性もあやふやなものばかり。

 そのため最近では彼女のように計画の存在自体を疑問視する者も増えてきた。


「いいとおもうけどな、巨大軍艦。浪漫だぞ」

「何でもかんでもロマンを理由に動けるのはレッジくらいだよ。軍艦サイズの建造物なんて前代未聞だし、わたしは難しいと思っちゃうなぁ」


 思わずうっとりしてしまう俺にラクトは冷たい氷のような言葉を突き刺してくる。

 うちの女性陣はなんとも現実的である。


「でもアストラは最近、どこのイベントにも出てないんだよな」

「そういえばそうですね。トーナメントも二代目からはずっとケット・Cさんがベルトを確保していますし、BBBもアイさんたちの姿は見てません」


 話題に上がった騎士団だが、実のところ最近は目立った活躍どころかその姿すら確認されていない。

 銀鎧のプレイヤーならば数も多く各所でいくらでもすれ違うのだが、アストラやアイ、〈銀翼の団〉の面々、クリスティーナたち精鋭部隊のプレイヤーが見つからないのだ。


「上層部が何かしてるのは多分事実でしょうね。どこで何をしてるのかは分からないですが」

「騎士団に強い箝口令が敷かれてるのか、もしくは末端の団員にはそもそも知らされていないのか……」

「多分後者だと思うけどね」


 ネトゲで箝口令はないでしょ、とラクトがくすりと笑う。

 しかし騎士団に限っては無いとも言い切れないのが恐ろしいところでもあり、面白いところでもあり。

 あそこは色々な意味で他とは一線を画した攻略バンドなのだ。


「ていうか、それを言うならレッジはどうなの。最近はずっと野菜しか作ってないよね」

「そうですよ。前のキヨウ祭でテント要員捜すの苦労したってホタルさんが言ってましたよ」


 油断していると一転してこちらに矛先が向いてきた。

 アストラたちの事ばかり言っていたが、実は俺もまた最近のイベントは見る側に徹していたのだ。


「と言われてもな。BBBやトーナメントはそもそも対人戦があんまり趣味じゃないし、キヨウは出店回ってるのも楽しいし」

「ま、わたしも参加を強制するわけじゃないけどね。トーカなんかはバリバリトーナメントの常連だよ」


 ラクトは肩を竦め、今ここにいないメンバーの名を挙げる。

 彼女は〈白鹿庵〉の中でも一番闘技場での対人戦に熱中していて、時間があるとアマツマラで非公式の試合に出ているようだ。

 ちなみに今もログインはしていて、朝からサクッと50勝ほど続けているらしい。


「トーカも大概元気だなぁ」

「そのうちベルト獲るかも知れませんね」


 半分冗談の声色でレティが言う。

 強く否定できないのも恐ろしい。


「そういえばミカゲは?」

「さっき三術連合で遊ぶって出ていきましたよ」

「あそこも最近仲いいなぁ」


 ミカゲはホタルに誘われてか、最近は三術連合を結成した時のメンバーと遊ぶことも多くなったようだ。

 各地のボスと白神獣の祠を巡る武者修行――もしくは道場破りのようなことをしているらしい。

 〈白鹿庵〉のメンバーで外に交流を持つようになったのがミカゲだったのは少し意外ではあるが、姉は随分喜んでいた。


「ちなみにエイミーはヴァーリテインの所に行ってるよ」

「そっちも安定だな」

「いつになったら倒せるんでしょうね。ていうか倒せるんですか?」


 〈白鹿庵〉の大黒柱、エイミーも最近は一人で行動していることが多い。

 というのも彼女は〈邪竜の霧森〉のボスであるヴァーリテインの単独撃破を目指しているのだ。

 アストラ指揮の下、トッププレイヤーたちが総力を決して挑んだ相手に単独で向かうのだから当然難しく、今のところ勝ったという話は聞いていない。

 しかし幾度もトライ&エラーを重ねて少しずつ技を磨き進んでいるようで、最近は噂にもなっているようだ。


「〈白鹿庵〉の戦力が上がることにはいいと思うがね」

「けどやっぱり、スキルレベル80以降のキャップが解放されないと厳しいんじゃない?」


 ラクトの言うことにも納得できる。

 現在、俺たちが取得できる一つのスキルの最大レベルは80。

 元々は60制限であるものを対応する源石によって拡張できるのが80までだ。

 それ以降――レベル100までの拡張手段はまだ見つかっていない。


「それを見付けるためにも、開拓を進めないといけないんだけどね」

「何せ海の敵が強いんだよなぁ」


 俺の言葉に左右から強い同意が返ってくる。

 現在、ワダツミ近海の攻略が思うように進んでいないのは開拓するプレイヤーが少なくなったことが全ての原因ではない。

 それよりも根本的な問題として、岸から離れるほど水中から襲いかかる原生生物の強さが跳ね上がるということが挙げられた。

 俺とラクトとエイミーが組んで運用する“水鏡”でも途中から厳しくなってくるほどで、なかなか先へ進めないのだ。


「近海のボスもまだ見つかってないですしね」

「どこをどう捜せばいいのやら、って感じだよ。広いし深いし、動きにくいし」


 難しい顔でレティたちは肩を落とす。

 対エネミー戦が得意な彼女たちも、新しい場所は待ちわびているはずだ。

 きっと彼女たちと同じ思いを抱く者も多いはずで、だからこそ今の膠着した状況は少しひっかかる。


「他に人が移ってるとはいえ、近海は毎日結構な人が出てるだろ。それでまだ見つからないってことは根本的にどこか間違ってるのかもな」

「というと?」


 何気なく呟いた言葉にレティとラクトが反応する。

 俺は自分で驚きながら、そうかと納得した。


「もしかすると、近海の先は水平線じゃないのかもしれない」

「またレッジが訳の分からないことを……」


 ラクトが呆れて言うが、なんとなくそれが自分の中ではしっくりときた。

 まるで最後のピースが嵌まったかのようなすっきりとした納得感を覚える。


「レティ、ラクト。今から出掛けられるか?」

「大丈夫ですよ」

「うん、時間はあるよ」


 二つ返事で頷く二人。

 フットワークの軽い彼女たちは付き合いやすくてありがたい。


「じゃ、エイミーの所にいこう」


 そう言うと二人は目を丸くする。

 立ち上がる俺の足下で、突然の物音に驚いた白月が目を覚まして頭突きしてきた。


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Tips

◇睡眠

 状態異常。視界が途切れ、行動不能になる。反面、自然回復速度が上昇する。上質な寝具で睡眠を取るほど自然回復速度は更に上昇する。ペットや機械獣も睡眠を取ることができる。


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