第335話「決戦の舞台」

 白い金属の舞台に雷光が走る。

 咄嗟に横に構えた機械槍が、バチバチと帯電する白刃を危なげに阻む。


「こえぇ。こんだけ舞台整えておいて短期決戦に持ち込むつもりかよ」

「いえいえ、ただのリップサービスですよ。レッジさんならこれくらい耐えてくれると思って」


 柔やかな表情で凶悪なことを言う青年に背筋が凍る。

 彼は根本的なところで俺と言う人間を勘違いしているのだ。


「俺はただの、一般プレイヤーだぞ!」


 槍を持つ手を緩め、アストラの懐に入り込む。

 無防備な横腹に向けて穂先を突き込んだ。


「『雷槍』ッ!」

「ははっ!」


 神速の突き。

 我ながら惚れ惚れするほど鮮やかに決まったはずの一撃を、アストラは人間離れした反応速度で笑いながら避ける。


「『山荒』ッ」


 しかし距離は取れた。

 彼が再び接近するよりも早く、俺は足下に『山荒』の突風をぶつけて後方へ下がる。


「聖儀流、四の剣『神啓』、続き五の剣『神崩』」


 両者の距離が離れる。

 ということはつまり、彼もまた自己強化する時間的余裕を与えられたということだ。

 白と黄金のエフェクトを纏い、アストラは金髪を風に揺らす。


「行きますよ。聖儀流、一の剣――『神雷』」


 特殊合金の頑丈な舞台を足で踏み抜き、アストラは一瞬でトップスピードへと到達する。

 文字通り雷のような――先ほどよりも遙かに早い速度で彼は接近してきた。


「『泥の腕マッドアーム』」

妨害デバフ!?」


 しかし、急速に縮まる彼と俺の間に泥の大腕が現れる。

 避けきれず真正面から激突するアストラは、反射的に剣を振り下ろす。


「あっぶね……」

「なかなかやりますね」


 泥が爆散し、一瞬で蒸発する。

 少しでも足止めできればと放った〈支援アーツ〉のデバフは彼の進撃を止めたが、その代償として刹那に消え去った。


「レッジさん、デバフも使うようになったんですか?」

「これが初めてだよ。チップ自体は持ってたし、扱いは友人に教えて貰ってたけどな」


 〈神凪〉の睦月には世話になった。

 彼女は妨害系特化の支援機術師ということもあり、俺とは全く異なる運用法で〈支援アーツ〉を使いこなしていた。


「少々驚きましたが、それなら――」


 アストラは剣を鞘に収め不敵に笑う。


「聖儀流、八の剣、『神気』」

「本当にズルいなぁその流派!」

「なんとでも言って下さい」


 聖儀流は直接的な攻撃テクニックを殆ど持たない異質な流派だ。

 その代わり、『神覚』『神啓』『神崩』『神気』と自身の能力を大幅に強化する強力なバフテクニックを揃えている。

 神の技を扱う流派ではなく、ただの一振りを神の如き技へと昇華させる流派――それが聖儀流の本質だ。

 ただし強力なバフはストレートに自身の感覚を大幅に過敏にするため、戦闘の中で使いこなすのは至難の業。

 ましてや複数の強化テクニックを重ねがけするなど、プレイヤー自体に高い素質が無ければ――


「『疾風連斬』」

「うぐぉっ!?」


 アストラの腕が唐突にぶれる。

 それが一瞬の内に放たれた多重の斬撃だと気付くよりも先に、本能が体中のバネを解放した。

 毛先に斬撃を掠め、圧縮した空気の暴風を体側に喰らいバウンドしながら吹き飛ばされる。


「『クラッシュラッシュヘビィラン』」


 重量級の両手剣が襲いかかる。

 身を捻り転がるようにそれを避け続ける。

 金属の舞台を砕く連撃をアストラは躍るように滑らかな身のこなしで向けてきた。

 まるで隕石でも落ちたかのような深いクレーターがいくつも舞台に穿たれる。


「なんつー火力だ、よっ!」


 両手剣が舞台に突き刺さった瞬間を狙い、彼の至近へ潜り込む。

 振り上げた槍を銀鎧の隙間に差し込みながら用意していた言葉を放つ。


「『発動トリガー』ッ」


 爆炎が広がる。

 轟音が白い舞台を揺らし、灼熱の風が駆け巡る。

 機械槍の穂先、ランタンの中に仕込んだ爆発機構。

 レティの機械鎚をオマージュし、より小型で高性能な火薬を内蔵したアップグレード版。

 起動すれば爆風で切っ先が吹き飛び敵の体内深くへ喰らい付く。


「きっつぅ」


 当然、その反動は俺にも来る。

 LPが半分ほど削れ、顔は煤まみれだ。

 しかし鎧の内側から、超至近距離の爆発をもろに受けたアストラも無傷では済まないだろう。


「いやぁ、すごいですね。その攻撃も初めて見ました」

「なっ――」


 しかし。

 黒煙の向こうから底抜けに明るい声がする。

 驚く俺の目の前に現れたのは、を纏うアストラだった。

 彼の足下を見ると、黒く焼け焦げた残骸が悲しげに転がっている。


「一瞬で着替えたのか……」

「なんか嫌な予感がしたので」


 あっけらかんと言い放つアストラに目眩を覚える。

 彼は野性的な本能を強靱な理性で支配し、使いこなしている。


「その機械槍、ただ照らすだけじゃないんですねぇ」

「そりゃあな。俺とネヴァが作ったもんだ」


 悔し紛れに放った言葉にアストラはカラカラと笑う。


「それは確かに。一癖も二癖もありそうだ」

「余裕だなッ!」


 自然体のアストラに向かって鉄球を投げつける。

 それは空中で八本の足を展開し、瞬時に鋼糸で互いを繋いだ。


「浮蜘蛛! 本気ですね」

「負けるにしても、全力で負けてやるさ!」


 親蜘蛛に乗り、アストラへ向かう。

 小蜘蛛を通じてシルバーストリングを飛ばすが、当然のようにそれは避けられる。

 頭の後ろにも目が付いているのかと疑わざるを得ない、余裕の動きだ。


「『クラッシュホーン』」


 万物を突き壊す最硬の角。

 浮蜘蛛の超速で放たれたそれは易々と銀鎧を砕く――


「『リベンジスラッシュ』ッ」


 はずもなかった。

 彼は僅かに半身ずらしてそれを避け、逆にカウンターを向けてくる。

 こちらの攻撃が強ければ強いほど威力の上がる厄介な技だ。


「『リベンジスラスト』ッ」


 ならばこちらも同じ手で返す。

 振り下ろされた剣を穂先でずらし、そのまま勢いよく突き込む。

 だが彼もそれに反応しくるりと身を翻す。


「『テールスラッシュ』」

「『穿孔突き』ッ!」

「『ゲイルスラスト』」

「『チャージラン』」


 横薙ぎの剣を跳んで避け、真上から槍を突く。

 穂先と剣先がぶつかり合い強い衝撃波が互いの距離を強引に開く。

 その距離を詰めるため、移動速度を短時間大幅に強化する槍技を放つ。


「クソ、どんだけLPあるんだ」


 俺は浮蜘蛛によってある程度自由にLPを使うことができる。

 しかしアストラはそんな俺に生身で対抗してきている。


「LPの最大値自体はそんなに」

「回復速度を強化してるのか」

「そちらの方が技を連発するのには向いているので」


 飛ぶ斬撃を放ってくるアストラ。

 普通、前衛はLP最大量を重視する。

 それは被弾の機会が多く、短時間に強いダメージを受ければ回復する余裕も無く戦闘不能に陥ってしまうからだ。


「アストラ、最近ダメージ受けてるか?」

「うーん……あんまり覚えが無いですね」


 だろうなと納得する。

 彼は恐ろしいほどの反応速度と超人的な勘、類い希な運動能力で迫り来る攻撃をことごとく避け続けているのだ。

 だからこそ被弾した場合を考えず、だからこそ組み立てた攻撃を全て放てる。

 通常、残存LPを常に意識しながら最適なテクニックを選択していくわけだが、彼の場合はLPなど戦闘中一切意識していない。

 ただ事前に組み立てた技を、ただ適切なタイミングで放つだけ。

 そのための行動は考えるよりも早く実行できる。


「強いな」

「よく言われます」


 再び激突する。

 爆風が吹き乱れ、深く差し込んだ槍先は彼の首筋を僅かに逸れる。

 俺は目の横で止まった白刃に震えながら――


「なっ!?」


 両手で掴んでいた槍を手放す。

 流石に予想外だったのだろう。

 アストラが目を開き、一瞬行動が遅れる。

 その隙を逃さず、俺は彼の胸に飛び込んだ。


「レッジさん!?」

「捕まえ、た!」


 ぎゅっと渾身の力を込めて彼に抱きつく。

 離してなるものか、と歯を食いしばり全身が軋むほどに締め付ける。

 俺は脚力極振りのステータスだ。

 当然、腕力では彼に敵わない。

 少しでも気を抜けば、そうでなくともすぐに振り解かれる。だから――


「『罠起動』シルバーストリングッ!」


 周囲に残る爆炎の残滓、その向こう側から勢いよく銀糸が放たれる。

 両端に錘を付けたいくつもの銀糸は瞬く間にアストラと俺に絡みつき、全身を拘束する。


「な、なにを――」


 両者共に一切の身動きが取れない。

 如何にアストラと言えど、この銀糸を抜けるのは困難だろう。

 何せ改良を施した特別仕様なのだから。


「仲良くしようぜ、騎士団長」


 特大の弾丸が空の果てから放たれる。

 八方向から音の壁を越えて現れた金属塊が俺もろともアストラの機体を砕く。


「すな、いぱ!?」

「それだけじゃないぞ」


 鋭い刃を付けた四枚の回転翼を唸らせ迫る三機のドローン。

 赤熱した回転翼は俺とアストラの腕を無差別に切り落とす。

 同時に〈狂戦士バーサーカー〉は内蔵されたパイルバンカーを突き出す、鋭い切っ先が乱暴に鎧を貫き人工筋繊維を断ち切った。


「どう、して……DAFが……」

「機械槍を爆発させた時だ。煙幕に紛れてドローンを飛ばしておいた」

「あの時……勝ったと思っていたんじゃ……」

「あの程度で死ぬわけ無いだろ。まあ、流石に無傷だとは思わなかったが」


 もともと、機械槍の爆発は直接のダメージよりも彼の視界を奪うことが目的だった。

 そのためにわざわざ煤を仕込み、広範囲に拡散できるようネヴァと共に試行錯誤を繰り返していた。

 まさかそれの初めての出番が対人戦だとは予想していなかったが。


「なるほど。流石はレッジさん……」

「まだ終わってないぞ」


 傷だらけの顔に笑みを浮かべるアストラの言葉を否定する。

 きょとんとする彼に向かって、俺はにやりと口角を上げる。


「〈狙撃者スナイパー〉と〈狂戦士バーサーカー〉の総攻撃も耐えられたからな。今から確実にお前を殺す」

「何を……」


 訝るアストラを置いて、俺はインベントリからそれを取り出す。


「『野営地設置』」


 建材一つ分の小さな小屋。

 それは俺とアストラの二人をすっぽりと包み込む。


「おわりだ」


 〈狂戦士〉が高い唸りを上げる。

 彼が身を捩って逃げようとした瞬間、小屋の内部に爆発が広がった。

 〈狂戦士〉三機の自爆、それも閉鎖された狭い小屋の内部。

 壁に床に天井に、爆風と衝撃が反射し多重的に俺たちを襲う。

 腕を砕き足を折り、八尺瓊勾玉を砕き潰す。

 これでも〈旅人ウォーカー〉謹製のキャンプだ。

 内側からの衝撃もほぼ全て包み込み、外からは少し揺れた程度にしか見えないだろう。


「なんとかなったか……」


 床に仰向けに倒れ、荒く息を吐く。

 俺の胸の上でスキンの吹き飛んだアストラが瞼を閉じている。

 彼の直上には赤くDeadの表記。

 それを確認した俺もまた片腕が吹き飛び、下半身も潰れている。

 急速にLPが削れ、視界が暗くなる。

 気怠い重さに身を任せ、俺もまた意識を手放した。


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Tips

◇『雷槍』

 〈槍術〉スキルレベル50のテクニック。音速に迫る鋭い突きを放つ。敵が知覚するよりも速く刺し穿つ槍は不可避の攻撃となり、必殺の切り札となるだろう。

 熟練度に応じて技の発生速度と威力が上昇する。


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