第334話「モチマキ」
中央制御区域、制御塔を囲む円形広場に人々がひしめき合っていた。
三つのリングが塔を囲み、四つの区画に東西南北それぞれの町が分けられている。
「北町優勝、やりましたね!」
塔に最も近い円の内側は北町に与えられた。
レティがピンと耳を立ててぎゅっと拳を握りながら勝利を噛み締める。
第1回キヨウ祭の山車歩きで、俺たち北町は他の三町よりも早く十二のチェックポイントを回って優勝を勝ち取ったのだ。
「後半はかなり楽だったわね。第2回からはテントと機獣かペットが必須になるんじゃない?」
「西と南が互いに潰し合ってくれたのも良かったですね。そのおかげで随分平和に回れましたし」
肩もぶつかる賑わいの中、エイミーたちがイベントを思い返す。
レティのしもふりと子子子のハクオウの力は偉大で、二頭のおかげで山車はテントを乗せたまま爆走することができた。
その情報はすでに他の町にも知れ渡っているだろうし、第2回ではどの町も対策を練ってくるはずだ。
「二位は騎士団の居た西だろ。流石のニルマってところか」
「それで三位は東町。ろーしょんたちが他の町を足止めしてる間に、ハニトーが山車をちゃっかり進めてたみたいだね」
ハニトーは“屍獣”の二つ名を持つ霊術師だ。
ろーしょんとは対照的にポチという名前の巨大な召喚獣一体だけをメインに使役するタイプで、彼女も後半は山車を牽引させていたらしい。
ちなみに彼女もヴァーリテイン戦に参加していて、その時に見たポチの外見が強烈で俺も覚えていた。
「四位の南町は、騎士団との戦闘に気を取られて山車の方に人員を回せてなかったみたいですね。数は多くとも統率が執れないと順位を上げるのは難しいようですね」
広場の端で前に立つ三町を羨ましげに見ているのは、山車歩き開始直前になって駆け込んできたプレイヤーによって人数が膨らんだ南町だった。
彼らはアストラ率いる騎士団の進行を、復活ポイントの近い制御塔のあたりで押さえ込んでいた。
しかしそれに熱中するあまり、山車を動かす者が足りていなかった。
他の三町が順調にポイントを回る中、自分たちだけ全然進められていないことに気付いていたプレイヤーは多かったらしいが、その大半が「自分がここを抑えているうちに他の誰かが山車を引っ張ってくれるだろう」と思っていたらしい。
恐るべき集団心理である。
「そう考えると、ハガネさんの指揮能力は凄かったですね」
「暇な人いなかったもんね。皆なにかしら仕事貰ってた気がするよ」
レティたちが前の方に居る北町のリーダーを見て言う。
晴れて優勝をつかみ取ったハガネは、他の〈八刃会〉と共に塔の側まで進んでいた。
『――皆さん、お疲れ様でした』
雑談に花を咲かせていると、突然頭上からキヨウの声が降ってくる。
波が引くように静寂が広がり、人々はその声に耳を傾ける。
『汗迸る熱気に満ちた競争は、とっても面白かったです。本当に、ええもの見せて頂きました』
夜の空に浮かび上がるキヨウは上品な笑みを浮かべて感謝の言葉を並べる。
それを受けた聴衆たちの中から、自然と拍手が沸き上がる。
『嬉しかったこと、悔しかったこと、辛かったこと、いろんなことがあったでしょう。あても至らなかったとこ、見直したいとこ、沢山ありました。そんな中でみなさんが一丸となって――普段の
キヨウ祭は今後も月に一度、定期的に開かれます。
あての方でもっと改善していきたいとも思ってますが、今後の祭りの中で調査開拓員の皆さんからももっと新しい技を見せて頂きたい』
サカオのBBBやアマツマラの公式トーナメントは毎週末に開催される。
しかしキヨウ祭は一度の開催に必要なリソースが多く規模も大きいためか、少し間隔を開けた月一開催になるようだ。
参加者側としても準備に必要な時間が多く取れると言うことで、喜びの声が上がっている。
『ともあれ、第一回キヨウ祭山車歩きは終わり、色々な思いはあれど順位も付きました。この後は――』
空中に投射されていたホログラムが突然消える。
どよめきが広がる中、強いスポットライトが広場の外周からずらりと灯火された。
『盛大にモチマキと参りましょう!』
無数のスポットライトが照らす先、白銀に輝く制御塔の中程から足場が迫り出す。
壁面が開き、そこから現れたのは山吹色の浴衣を纏ったキヨウ
「ウェイド!?」
「サカオさんやアマツマラさんもいますね」
円塔をぐるりと囲む舞台に立つのはそっくりな顔をした五人の少女。
それぞれの色の浴衣を纏い、衆人に向かって柔やかに笑顔を振りまいている。
「ここで全員お披露目ですか、なかなか考えましたね」
「ボルテージマックスって感じね」
突如姿を表した管理者たちにプレイヤーは一気に興奮する。
燃え上がるような熱気に包み込まれ、歓声が町中に響き渡った。
「ぐ、ぐぇぇ……」
「大丈夫か」
「ぐるじい」
諸手を上げて歓声を叫ぶ人々の足下で、小柄なフェアリーたちが苦しそうにしている。
ラクトも周囲の人に押されて潰れた蛙のような声を漏らしていた。
「よっと」
「うわわっ!? ちょ、レッジ」
「こっちの方が楽だろ。ウェイドたちもよく見えるし」
「そ、それはそうだけど……。わたし、結構いい
ラクトを抱え上げ、肩車する。
本人は恥ずかしそうにしているが、こちらの方が楽だろう。
「安心しろ。姪にせがまれて何回もやってるからな、慣れたもんだ」
「……あっそ」
何故か突然冷気を発し始めるラクト。
わしわしと髪を掴まれて微妙に痛い。
何か拙いこと言っただろうか……。
「しかし、ウェイドとワダツミは初めて出てくるんじゃないか?」
「そういえばそうでしたっけ」
「他の人も見慣れない子が居るのに気付いたみたいね」
興奮の声に混じり、ウェイドとワダツミの姿を指摘する声も現れる。
今まで人前に出てきたのはサカオとアマツマラだけだったが、これで管理者全員が揃ったことになる。
……正確に言えば少し足りないが。
『それでは、管理者一同感謝を込めて! そーれ!』
キヨウの声でウェイドたちは足下に置かれた箱を抱える。
その中に入っていた物を一斉にばら撒いた。
「うおおおおっ!」
「獲れっ! 獲れぇっ!」
人々は我先にと手を伸ばし、降ってきた物を掴もうと躍起になる。
「ラクト、頼んだぞ」
「任せて!」
俺はしっかりとラクトの足を握り、彼女が体勢を保つのを助ける。
二人分の身長でゴーレムよりも少しリーチが伸びた。
「獲った!」
「でかした!」
精一杯手を伸ばし、ラクトが降ってきた物を掴む。
「何が取れました?」
「おもち」
「参加賞じゃないですか……」
彼女の手のひらに乗っているのは、小さな丸餅。
降ってくる間は光の玉になっていて、実際に掴むまでその正体は分からないらしい。
「エイミー、ちょっと協力してください」
「いいけど、何するの?」
俄然やる気を出したレティがエイミーに耳打ちする。
「……なるほど。まあ頑張って頂戴」
エイミーは呆れた様子で肩を竦めながらも頷く。
そうして彼女はバレーのレシーブのように手を重ね、そこにレティの足を乗せた。
「せーのっ!」
「てやぁぁっ!」
エイミーが思い切り腕を振り上げ、その勢いを利用してレティが高く跳び上がる。
「はっはー! 選り取り見取りですよ!」
器用に空中で身を捻り、彼女は周囲にあるモチをかき集める。
他にライバルが居ないためまさに濡れ手に粟といった様子だ。
「うわっなんだあれ!?」
「ズルくないか!?」
「できるってことは禁止されてないってことだ。よし、飛ぶぞ」
「おうっ!」
しかしレティを見た周囲も次々に飛び始める。
やはり脚力にアドバンテージのあるウサギ型のライカンスロープが有利なのか、すぐに至る所で兎がピョンピョンし始めた。
『そーれ! そーれ!』
『まだまだモチはあるからなァ! ドンドン受け取れ!』
『そらっ! 特大かますぞ!』
見上げればキヨウたちも楽しそうにモチを撒いている。
一番多いのは丸餅だが、中には高級な生産素材や限定装備もあるらしく、プレイヤーたちは必死に手を伸ばす。
「うーん、綺麗だな」
「なんかいった!?」
声を掻き消す騒音の中、空を見上げて言った。
塔から降る光はまるで星のようで美しい
「レッジ!」
「なんだ?」
「あれ!」
その光景に見惚れていると、突然ラクトが頭を叩いて宙を指さす。
それは青白い光球に紛れて真っ直ぐに俺たちの方へと飛んできた。
「っとと」
反射的に手を伸ばし、それを掴む。
まるで俺を目指してきたように、それはすんなりとやってきた。
「何だった?」
頭上から覗き込みながらラクトが言う。
俺が手を開くと、そこには丸い月を象った小さな徽章が乗っていた。
「これは……」
驚いて塔を見上げる。
迫り出した舞台に立ち景気よくモチをばら撒いていたキヨウと目があった。
彼女は薄く微笑みを返す。
「なるほどなぁ」
それは“月光照らす友誼の徽章”といった。
直後、ラクトたちの方にも金に輝くモチが投げられる。
「どう? 似合う?」
「いや見えねぇよ」
早速胸に付けたラクトが誇らしげに言ってくるが、肩車していると見えない。
まあどうせ後で飽きるほど見せられるだろう。
「しかし良いイベントだったな。賑やかで楽しかった」
「そうだねぇ。レティたちも楽しそうだし」
空中を飛び回るレティとトーカ……。
「え、トーカも混ざってるのか?」
「歩行スキルお化けだもん。あれくらいなら余裕でしょ」
防御機術師たちが小さな障壁をいくつも出しているおかげで、身軽なプレイヤーたちがピョンピョンと跳ねている。
その中に二人の楽しげに笑う顔を見て、思わず力が抜けてしまった。
その時、
「うわっ!?」
「なんだっ!?」
突然強い閃光が打ち上がり、夜空に花開く。
鮮やかな花火が広がり、強い光を降らせた。
「花火?」
「景気いいねぇ」
新たな展開に地上が沸く。
そんな中、モチを全て撒き終えたウェイドがつかつかと舞台を進み出る。
「なんだなんだ」
「モチマキの後に何かあったっけ」
小さなどよめきが広がる中、ウェイドが口を開く。
『突然ではありますが、ここでエキシビジョンマッチを開催します』
澄んだ声が響き渡り、ざわめきが一層大きくなる。
『私は地上前衛拠点シード02-スサノオの中枢演算装置、ウェイド。以後お見知りおきを。
つい先日、我々の元に一つの要望が寄せられました。
それはキヨウ祭山車歩きでの功労者での特別試合を設定して欲しいと言うもの――』
朗々と語るウェイドの言葉に、何故か俺は冷たい汗が頬を伝う。
「あー、レッジ。下ろして貰って良いよ」
何かを察したラクトがそそくさと肩から降りる。
『要望を出したのは、第一回アマツマラ地下闘技場公式トーナメントの優勝者アストラ。
そして山車歩きの功労者として対戦相手に選ばれたのは――』
スポットライトが一斉に光を放つ。
四方八方から照らされた俺は思わず怯む。
周囲がゆっくりと距離を開け、円の中に取り残される。
「さあ、レッジさん」
「うわっ!?」
突然背後から肩に手を置かれ跳び上がる。
振り向けば満面の笑みを浮かべたアストラが立っている。
「各都市の意見箱に要望を送って良かった。こんなに良い舞台を用意してもらえるなんて」
「こんな大々的にやるなんて聞いてないぞ!?」
全身から嬉しさをにじみ出すアストラ。
彼にとって山車歩きで南町を蹂躙していたのは本番では無かったらしい。
『僭越ながら、あてが一夜限りの特別舞台を用意しました』
キヨウの言葉で制御塔の中央が開く。
円形の舞台が広がり、俺たちの方へ階段が伸びてきた。
『片や連戦連勝の最強、片や奇想天外の酔狂。どちらが勝つかはまだ分からねェ。だから面白い!』
『時間のある方はぜひご観戦下さいませ』
ワダツミたちが手を広げ、俺たちを誘う。
「さあ行きましょう、レッジさん」
「……分かったよ」
ここまでお膳立てされてしまえば退くこともできない。
そもそも彼と戦うというのは約束していたことなのだ。
「ウェイドめ……調子に乗ってるな……」
階段を登り切り、空中舞台に立つ。
すれ違いざまウェイドが今までで一番良い笑顔を浮かべていたのが引っかかる。
『アイテムあり、無制限。勝敗基準はどちらかが戦闘不能状態になるまで。そこのストレージボックスから準備をしてくれ』
「ご丁寧にどうも」
いつの間にか白黒のレフェリー姿に着替えたアマツマラに促され、舞台端にあるボックスからアイテムを揃える。
「じゃあ、あまり気張らず、全身全霊を以て戦いましょう」
「……お手柔らかに頼むよ」
「無理です」
キラリと白い歯を光らせてアストラは断言する。
俺は深いため息を零し、意識を切り替える。
『それじゃあ両者、位置に付いてェ!』
アマツマラが直々に審判を務めてくれるらしい。
エキシビジョンマッチは管理者たちの全面的な協力の元、随分豪華な仕様になっている。
俺とアストラはそれぞれ少し離れた位置に立ち、向かい合う。
彼は両手剣の柄に手を添え、俺は機械槍を構える。
『始めッ!』
勢いよくアマツマラの手が下げられる。
そして白雷が夜空に広がった。
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Tips
◇月光照らす友誼の徽章
地上前衛拠点シード03-スサノオ中枢演算装置〈クサナギ〉が、自身に多大な貢献をした者へ送る記念品。紫紺の夜空に揺蕩う月は優しく人々を照らし見守る。
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