第333話「翼の三本刀」

 キヨウを驀進する北町の山車は、東町にある四つのチェックポイントを全て通過し南町へと突入する。

 騎士団が属する西町と正面から激突している南町は人員の殆どをそちらに割いていた為、背後から入ると激しい妨害に遭うこともなく三つのチェックポイントの通過を許してくれた。


「順調だなぁ」

「あまり気を抜くなよ」


 小屋の屋根に座り、のんびりと足下の様子を眺めてい言うとハガネが釘を刺してくる。


「プレイヤーは少ないが、チェックポイントを通るたびに“疫魔”の数と強さが上がってきているようだ」

「そうだったのか。見付けても一瞬で轢き殺してるからあんまり意識してなかったな」


 出発当初に見た黒犬以来あまり意識していなかったが、山車歩きでの敵は他の三町だけではない。

 むしろ際限なく影から湧き出してくる“疫魔”の方が厄介だとハガネは認識しているようだった。


「実際、南町を抜けてろーしょんたちの妨害が薄れているにも関わらず山車の進行速度はさほど上がっていないからな」

「しもふりとハクオウの最高速度なんじゃないのか?」


 山車を牽引する二頭とその背に跨がる二人の少女を見下ろして言う。

 何か激しく言い合っているものの楽しそうな表情で、しもふりたちも軽快に駆けているように見える。

 だがハガネは首を横に振り、彼女たちの更に前方を指さした。


「白骸が減ったのと同じだけ、“疫魔”の数が増えている。正確に言えば総数は減ったが、その分個々の強さが上がっているな」

「んー。本当だ、知らん“疫魔”がいるな」


 疫魔は町の影から現れる。

 山車の進路上に出てきた奴は舞台から狙うラクトたち遠距離攻撃職の皆さんが瞬殺するためしっかりと確認できていなかったが、黒犬以外の“疫魔”も増えていた。


「例えばあのゴリラ型、黒猿と呼んでいる種だがなかなかにタフだ。それなりの威力を持った攻撃でなければ防御力を突破できない上に、オーバーキルを喰らってもHPが1だけ残る能力を持っているから最低でも二発当てる必要がある」


 ハガネが指さしたのは、通りに並んで立ち塞がる大柄なゴリラのような影だ。

 激しく胸を叩いて威嚇しているが、すぐに雨のように降り注ぐ攻撃によって消えていく。


「機術であれ銃や弓であれ、安定する射程というのはある程度決まってくるからな。そこから狙いを定め、発射、着弾、確殺までの流れに間に合わせるため、速度もおのずと定まる」

「なるほど。山車が速すぎると“疫魔”を殺す前にぶつかるのか」

「それでも障壁が展開しているし、そもそもしもふりもハクオウも多少なら蹴散らせるだろうがな」


 しもふりはネヴァが技術の粋を詰め込んで作り上げた傑作だし、ハクオウも子子子が長い時間をかけて育て鍛えていると聞いている。

 速度も乗っている今ならば、多少の敵や障害物が立ちはだかったところで二頭の足を緩めることはできないだろう。

 とはいえ正面衝突すれば多少の損害は覚悟しなければならないのも事実であり、ならば一方的に撃破できる遠距離攻撃で前もって排除するのが妥当な選択だった。

 事実、速度の制限はあるとはいえ、今のところ遠距離攻撃だけで危なげなく敵を撃破できている。


『報告! 前方、第十二チェックポイント付近に大型の“疫魔”を確認しました!』


 その時、共有回線を通じて緊急の通報が入る。

 ハガネが目を鋭くして詳細を促す。

 偵察に出ていた報告者はすぐに、発見した状況を詳らかに話し始めた。


『対象は身長5mほど、頭部に太い二本の角。手に巨大な棘付き金棒のような武器を持っています』

「絵に描いたような鬼だな。おもしろい」


 ハガネが獰猛に口角を上げる。

 彼は背中に差した大太刀の柄に手を添え、報告者に指示を出す。


「目標を影鬼と呼称。偵察班は安全を確保しつつ撤退。ただし情報の収集は継続しろ。レティと子子子は速度を落とせ。――俺が出る」


 その一言に全体がざわついた。

 北町のリーダーが未確認の“疫魔”に立ち向かうのは様々なリスクが考えられた。

 しかしそんなことは彼も承知の上だった。


「武器を持つ“疫魔”は初めてだ。恐らく知能も相応に高いはず。セオリー通りなら複数人で確実に仕留めるべきだが――俺も高みの見物ばかりでは楽しくない」


 結局の所、彼もまた物好きトッププレイヤーなのである。

 強い意志を持った言葉に反論する者もおらず、ハガネは屋根の上から飛び下りる。


「『連撃の構え』『迅雷切破』ッ!」


 空中で完璧な“型”と“発声”を決めたハガネは残影を残して稲妻のように前へ出る。


「『空輪斬』『迅雷切破』『飛翔双翼』『迅雷切破』ッ!」


 空中で回転し、更に稲妻のように進み、刀を振り上げ高度を上げ、更に稲妻のように前へ出る。

 〈剣術〉スキルのテクニックを連発し、奇妙な動きながらも瞬く間に彼は通りの奥まで到達する。


「なんだ、あれ……」

『剣技を移動技として使ってますね。LPは消費しますが、普通に走るより遙かに速いです』


 唖然としてそれを見ていると、トーカからTELで補足が入る。

 大太刀と刀ではサイズや運用法が異なるものの、ハガネも彼女と同じ〈サムライ〉らしい。

 当然のように抜刀技である『迅雷切破』の熟練度はカンストしているため、あのように連続で放つことで驚異的な直線移動速度が発揮できているようだ。


「あの図体が超速で迫ってきたら、普通に怖いな」


 ハガネはタイプ-ゴーレムの偉丈夫だ。

 質量的にデカい男が雷のエフェクトと共に迫ってきたら、それだけで竦み上がりそうだった。


「ドローンでも飛ばして記録しておくか」


 俺はおもむろにカメラ付きドローンを取り出し空に放つ。

 これは未確認の“疫魔”である影鬼の情報を少しでも詳細に収集することを目的としており、決して物見遊山的なサムシングではない。


「あ、レッジさんズルいですよ。映像どっかに出して下さい」

「仕方ないなぁ」


 早々にレティに見つかり、中継を頼まれる。

 しかしこんなこともあろうかと高解像度立体ホログラム投射機も購入している。

 これがあればスクリーンなど無い場所でも鮮明な映像が楽しめる。

 なお値段は、うん。


「さあ、接敵だ」


 映像が山車の近くに投射される。

 それとほぼ同時に、一条の横に進む稲妻が黒い鬼と激突した。

 轟音と共に衝撃波が炸裂し、暴風が周囲の瓦をめくり上げる。

 木戸が剥がれ、土煙が舞い上がる。


「――チッ。堅いな」


 砂塵が晴れ、両者の姿が露わになる。

 そこには納刀したハガネが影鬼の懐に潜り込み、体側をねじ込んでいた。

 いつの間にか彼の装いは赤と黒の全身甲冑に変わっており、特にその肩を覆う分厚い装甲が目を引く。


「あっ、硬く硬い肩だ」


 彼のフレンドカードに書かれていたデコレーションを思い出す。


「鋼鶴流、一翼――」


 彼は手を背中の大太刀へ伸ばす。

 下腹に強い打撃を受けた影鬼はよろめき、反応が一瞬遅れる。


「――『衝き食み』」


 強い衝撃が一点を狙う。

 硬い筋肉と外皮に守られた鬼の腹から背中を貫通し、大太刀が生える。


「『杭打ち蹴り』」


 太刀を手放し、ハガネは距離を取る。

 そうして高く跳躍して剣の柄に向けて強い蹴りを放った。

 刀は肉を断ち、根元まで深く突き刺さる。

 赤黒いエフェクトが鬼の前後から吹き出し、裂傷の状態異常を刻みつけた。


「おっと」


 柄を握り、刀を引き抜く。

 そんな彼の黒髪を太い金棒が散らす。

 あれだけの深い傷を受けてなお、影鬼は立ち上がり重量のある棘付きの金棒を軽々と振り回し雄叫びを上げていた。


「一撃が重い。それに速度もある」


 地面を蹴り、すれすれの所で棍棒を避けながら、ハガネは影鬼の攻撃について分析をする。

 その横顔は凶悪で楽しげだ。


「だが――」


 彼は大太刀を構え、身を捻る。


「まだまだだなっ!」


 刀がハガネの手を離れ、一直線に投げられる。

 大きく棍棒を振り上げていた影鬼の胸に深く突き刺さる。

 鬼が鋭い牙の並ぶ口を大きく上げて吠える。

 しかしその時には、ハガネの姿は掻き消えていた。


「『迅雷切破』ッ!」


 雷電が走る。

 彼は一瞬で距離を詰め、鬼の背後を取っていた。


「抜刀技!? 大太刀を投げたのに」

「新しい刀を持ってます。投げてすぐに装備したようですね」


 黒い兜の奥で目が光る。

 彼は両手に一本ずつ、小ぶりな刀を握っていた。


「鋼鶴流、三翼――」


 空中で完璧に姿勢を制御した鬼武者は、静かに言葉を放つ。


「――『啄木』」


 絶え間ない連撃が放たれる。

 鋭く尖った刺突の連鎖は、無防備な影鬼の堅い背中を突き穿つ。

 無数の痛みに鬼は両手を広げて仰け反る。


「開いたな」


 その瞬間、ハガネは鮮やかな身のこなしで鬼の正面に立つ。

 露わになった胸に突き刺さった大太刀を引き抜き、真っ直ぐに構える。


「鋼鶴流、七翼」


 右足を深く後ろに滑らせ、逆手に持った大太刀の切っ先を鬼に向ける。

 腰を落とし、膝を曲げ、大きく腕を引く。


「――『速贄』」


 大太刀が矢のように放たれる。

 それは影鬼の胸に突き刺さり、硬い胸骨を砕き、筋を断つ。

 貫通してなお勢いの衰えない大太刀は重く大きな鬼を吹き飛ばし、家屋の壁に突き刺さる。

 標本箱にピンで固定された蝶のように、影鬼は身動きが取れないでいる。

 その足下へゆっくりと近付いたハガネは二振りの刀を手に握る。


「終わりだ」


 赤いエフェクトが断続的に吹き出す。

 ドローンと偵察班に見守られながら、ハガネは巨大な鬼を圧倒してみせた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇鋼鶴流

 大太刀と双刀を用いた奇異なる剣技。空を駆ける鳥のように機敏に動き、鋭い嘴の如き一撃と瞬く羽ばたきの如き連撃で敵を翻弄する。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る