第332話「獣たちは走る」
キヨウ東町に存在する第七チェックポイント。
東町の蔵から近いこともあり、その周辺には頑丈なバリケードが設置されていた。
更にはろーしょんたちが配置した召喚獣たちも得物も構えてずらりと並び、普通に突っ込めば少なくないダメージを覚悟しなければならない布陣だ。
「構わんっ! 進め進め進めぇぇええい!」
「ヤァ! 行くよハクオウ、『ペネトレイトダッシュ』!」
「しもふりも負けてられませんね、『
幾重にも張られた丸太のバリケードをものともせず。二頭の巨獣に牽かれた山車が現れる。
それぞれに激しいエフェクトを纏った白馬と機械猛犬が骸骨兵たちを弾き飛ばして進撃する。
「撃てぇ!」
「左右から射撃。防御展開!」
通りの左右に立ち並ぶ建物の屋根に潜んでいた東町の妨害部隊が矢弾を放つ。
雨のように降り注ぐそれらは、しかし分厚い障壁によって阻まれる。
「LPは気にしなくていいからね! 景気よくぶっ飛ばすよ!」
ラクトが短弓に三本の矢を番えて弦を引いた。
乾いた音が鳴り響く。
それは空で銀の翼のように広がって、敵陣のど真ん中を蹂躙した。
「障壁貫通弾種用意! あれをブチ抜かないと傷も付けられないよ!」
「貫通弾用意!」
「『
「弩持ってこい! 火力が足りないっ!」
敵は阿鼻叫喚の様相で、山車を守る障壁を突破しようと乱暴な攻撃を仕掛けてくる。
爆撃が、雷撃が、巨岩が降り注ぐ。
しかしそのどれもが分厚く幾重にも展開された障壁を突破できず、あまつさえそれらが反射されて被害を広げる結果となる。
「弩展開! 機術貫通矢装填しましたっ!」
「よし、狙い定めて撃て――」
瓦屋根が破壊され、その下から大型の弓を備えた台車が現れる。
ずらりと並ぶそれは都市の防御壁上に配備される大型固定兵器にも似た大がかりなものだ。
太く束ねられた弦に番えられているのは人の腕ほどもある巨大な金属矢。
特殊な機術中和回路が搭載されており、防御アーツの障壁も貫けるという触れ込みの特殊矢だ。
弩に取り付いたプレイヤーがハンドルを回し、弦を引く。
照準が山車の中央に定められる。
距離も近く、的も大きい、当たれば流石に無傷では済まないだろう。
しかし――
「『鉄山両断』――ッ!」
風が走る。
人々を吹き飛ばし、瓦を砕き、そして虎の子の弩を容易く両断してしまう。
地獄のような惨状を背後に残し、軽やかに屋根を踏む長髪のサムライが薄く微笑む。
「またつまらぬものを、なんちゃって」
瓦礫が飛び、町が崩れる。
北町の軍勢は進むごとに勢いを付け、天を衝く声を上げて走る。
「第七チェックポイント、通過しました!」
「よし、そのまま第八に行くぞ!」
ハガネの声が夜のキヨウに轟く。
しもふりが吠え、ハクオウが嘶く。
機械人形では束になっても叶わない力が小屋を乗せた超重量の山車を牽引し、地面に深い轍を刻みつける。
「いやぁ、楽勝ですね!」
「あたしとハクオウの力があればこんなモンよ!」
しもふりのサドルに跨がってレティがカラカラと笑う。
その隣でハクオウに乗る
「ま、しもふりの脚力のおかげでテント張ったまま移動できるんですけどね?」
「それを言うなら、ハクオウの『ペネトレイトダッシュ』が無いとバリケード突破できなかったんじゃない?」
「いやいや、しもふりの『
「は?」
「うん?」
……少なくともしもふりとハクオウは互いに協力しあって障害を突破しているので大丈夫だろう。
「けど、しもふりは機獣なのに結構感情豊かっぽいよね。真ん中の子がリーダー格?」
不穏な空気を霧散させ、子子子が真っ直ぐに前を見ている頭の方へ視線を向ける。
「カルビですね。レティが一番最初にお迎えした機械牛のAIコアなんです」
「三つのAIコアを使うって結構贅沢だよね。そのおかげでこのサイズでも十分処理できてる感じなのかな」
「ですね。カルビが主導権を持ってはいますが、ハラミとサーロインも演算処理を分割してやってるので、かなり余裕がある感じですね」
最終的に行動を決定するのはメインコアであるカルビだが、他の二つも怠けているわけではない。
合計六つの視界と各所に存在するセンサー類から獲られた情報を常に解析し、そこから状況を分析、取るべき行動のパターンを弾き出す、という一連の動作は三つの頭脳が協力して行っている。
動かす身体は一つだけであるため処理能力はかなり余裕があり、その余剰分は他の行動――感情を表すような動作などに当てられているため、しもふりは他の機械獣と比べて多彩な感情を強く表現できていた。
「子子子さん、機械獣も結構詳しいんですね」
「初めの頃は――っていうか〈調教〉スキルが実装されるまでは機獣使いだったからね」
「なんで止めちゃったんですか?」
残念そうに言うレティに、子子子は眉を寄せて苦笑する。
「あんまりこう、動物とふれあってる感じがなくて退屈だったんだ。機械牛にしても機械馬にしても、荷運び用、移動用の道具としか見れなくて」
「それはまあ、そうかもですね……」
〈機械操作〉で使役できる機械獣は結局のところ子子子の言っている通り道具の延長線でしかない。
機械牛はインベントリを拡張し、機械馬は脚力を補強し、機械鳥は視野を拡大する。
そのために特化した機能が詰め込まれているため、しもふりのように感情を表すほどの余剰能力は残っていないのだ。
「だから〈調教〉スキルが出た時は驚いたし嬉しかったなぁ。この世界でもこういうことできるんだ! って」
その時を思い返し、子子子は目を細める。
彼女が求めていたものその物が現れたのだ。
その喜びも一入だった。
「しかも、まさかボスエネミーまで仲間にできるとはね」
子子子は愛しげにハクオウの金の柔らかなたてがみを撫でる。
ラポリタを手懐けるには相応の時間と労力と物資を要したものの、彼女はそれに微塵の後悔も抱いていない。
名前を付けた瞬間に驚くほど能力値が下がってしまったが、それでも地道にここまで育て上げた。
「高いパーツ買って換装するより、あたしは長い時間掛けて一緒に強くなれるペットの方が性に合ってたんだよ」
「なるほど。機獣があるのに〈調教〉スキルを待ち望んでいた人の気持ち、少し分かった気がしますよ」
機械獣とペット、似ているようで少し違う。
二人は共に駆ける中でそのことを少しずつ理解し始めていた。
「さて、じゃあしもふりの全力を出しますよ。付いてきて下さいね!」
「はい? てっきりあたしのハクオウがしもふりに合わせてたと思ってたんだけど?」
「は?」
「え?」
突然山車の速度がぐんと上がる。
周囲を守るように併走していた北町プレイヤーが慌てて追いかける中、綱を引っ張る二頭が競うように頭を突き出していた。
「あっらぁ? しもふりの全速力ってそんなもんですかぁ?」
「いえいえ。ハクオウの足が絡まって転けないか心配してるんですよぉ」
「ハクオウ、『
子子子が静かに指示を出し、ハクオウの蹄に炎が宿る。
たてがみを揺らし地面を蹴る白馬が鼻先を前に出す。
「しもふり、『デュアルブースター』です!」
レティが黒鉄の胴体を軽く蹴る。
猛犬の体側から円筒形のブースターが展開し、青い炎を吹き上げる。
「ずっる! ブースターはズルいでしょ!?」
「機獣の特権ですよ! はっはっはっ!」
後方の騒乱に目もくれず二人は互いに速さを競う。
大波となって現れたろーしょんの白骸たちを吹き飛ばし、大盾を構えた重装の大男を突き転がす。
「なあ、ハガネよ」
「どうした?」
そんな二人の様子を、小屋の屋根に座って見下ろしていたレッジが口を開く。
背後で仁王立ちしていたハガネに向けて彼は問う。
「いいのか? あの二人放置して」
「チェックポイントはちゃんと目指してくれているからな。速い分には文句も言うまい」
「そういう問題なのかね……」
ぐらぐらと揺れる山車。
小屋一つ分高くなっているため、大きく左右にぶれて今にも倒れそうだ。
しかし、置いて行かれまいと涙目でしがみついている北町の仲間たちも祭りの熱気のせいかどこか楽しげではある。
「……まあ、皆楽しいならいいか」
深く考えることでも無かろうとレッジは早々に思考を放棄する。
他の町の軍勢が手塩に掛けて築き上げてきた妨害策を鎧袖一触に破壊しながら、北町の山車は夜のキヨウを爆走していた。
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Tips
◇ペット
〈調教〉スキルの『捕獲』などで手懐け使役する原生生物の総称。出会った頃はか弱くとも、長く輝かしい時間と深い愛情によって、いつしか唯一無二の相棒となるだろう。
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