第331話「白馬と機械猛犬」

 ラクトが身を顧みない大技によって敵を一掃してくれたおかげで、俺たちはなんとか山車に辿り着くことができた。

 大工たちの補修も追いつかず耐久値を真っ赤にしていた山車は、エイミーの障壁に守られて何とか破壊を免れた。


「何とか首の皮一枚繋がったね」


 ゆっくりと耐久値を回復していく山車を見て、ラクトがほっと胸を撫で下ろす。

 彼女のLPもすでに安全域まで回復し、緊迫していた防衛班の面々も一息ついている。


「ありがとうございます、レッジさん。でもよく山車にテントを置けましたね」

「ハガネが乗ってた屋根にギリギリ一番小さい小屋が置けたんだ。ただし再出発するときはまた解除するぞ」


 現在、北町の山車は通りの真ん中で立ち止まっている。

 メンバーのLP回復や物資の補給を行い、山車そのものの修理を急ピッチで行っているが、それが完了すればテントは片付けなければならない。

 疑問符を浮かべるラクトに説明したのはレティだった。


「テントは元々動かせるものじゃないですからね。そんなものを乗っけてると山車自体が移動不能レベルの超重量になってしまうみたいなんです」

「さっきハガネたちが外で引っ張ってたが、案の定無理みたいだったな」

「ええ……。浮蜘蛛みたいに糸に乗せて飛べないの?」


 残念そうに言うラクトだが、それも否定する。


「山車に小蜘蛛の糸が耐えきれん。元々あれは俺一人が乗るだけの重量しか想定してないからな」

「なるほど。まあ、仕方ないね」


 そういうわけだから山車にテントを張って無敵要塞化させたままチェックポイントを回る、というイージーモードは不可能だ。

 現在はLP無限タイムなのでエイミーも景気よく大規模な防御アーツを展開しているためゆっくりと補給作業を進められているが、移動中はそれも叶わない。

 結局、地道に攻撃を退けながら進むしかないのだ。


『総員、山車の修復と物資の積み込みが完了した。すぐに出発するぞ』


 共有回線を通じてハガネの指令が下る。


「さて、また仕事が始まるね」

「俺たちも本来の役割に戻ろう」


 ラクトが立ち上がる。

 俺はテントを片付けるため山車の屋根に登り、ハガネの合図を待って小屋を片付ける。

 キャンプ地の効果が消えてから少し遅れてエイミーの障壁も消滅する。

 代わりの他の防御機術師たちが新たな障壁を構築し、周囲からの攻撃を阻む。


「進めぇい!」


 ハガネの銅鑼のような声が響く。

 太い綱を掴んだ牽引要員が太い声と共に身体を傾け、山車の車輪がゆっくりと動き始めた。


「さて、俺も――」


 機械槍を携え、地上へ飛び下りようと身を屈めた時のことだった。

 突然、ミカゲから〈白鹿庵〉の共有回線にTELが飛んでくる。


『誰か、いる?』

「っとと。今なら大丈夫だが」


 屋根から半分落ちかけた身体を慌てて押し戻し、応答する。

 ラクトたちは既に攻撃に移っており彼に応じる余裕は無さそうだった。


『他の町の、偵察に行ってた。そしたら、西町でニルマが機械軍馬に、山車を牽かせてた』

「なんだって? そんなのありなのか」


 ミカゲの口から飛び出した言葉に思わず目を見開く。

 “獣帝”ニルマは〈機械操作〉スキル、特に機械獣の扱いに秀でた〈銀翼の騎士団〉きってのトッププレイヤーだ。

 彼の保有する機械軍馬は希少なパーツを湯水のように注ぎ込み、並のプレイヤーでは扱いきれないほどの馬力を発揮している。

 確かに、そんな機械軍馬に山車を牽かせれば速度はぐんと上がり、更にその分の牽引要員を防衛に回せるなど利点ばかりだ。


『それで、ちょっと考えたんだけど』

「なんだ?」

『しもふり、使えない?』


 ミカゲの言葉に再度驚く。

 レティも戦いながら会話は聞いていたのだろう、地上で大砲の弾を打ち返しながらこちらに視線を向ける。


「レティ、しもふりは」

『中央制御区域の機獣保管庫に預けてます!』

「連れてきてくれ。俺はハガネに話を通しておく」

『了解です!』


 レティは周囲を爆砕し、それに紛れて戦線を離脱する。

 すぐにエイミーとトーカがその隙間を埋めた。


「ハガネ」

「どうした?」


 俺は背後で周辺の状況を見ていたハガネに声を掛ける。

 ミカゲから聞いたことを話し、しもふりを投入することを提案すると、彼は二つ返事で了承してくれた。


「そういうことならありがたい。しかし、機獣か……。それならば北町にもうってつけの者がいるぞ」

「どういうことだ?」


 首を傾げる俺を置いて、ハガネはどこかに連絡を取る。

 その直後、山車の後方からいくつもの重い蹄鉄の音が響く。


「なんだあれは……」


 現れたのは体格の良い悍馬に跨がったカウボーイ風の集団だった。

 もうもうと後方に砂煙を巻き上げて、輓馬のように筋骨隆々で毛艶の良い馬の手綱を握っている。

 その先頭に立つのは、白く細長い螺旋の一角を額から伸ばし、豊富な金の鬣を揺らす優雅な白馬だ。

 体躯は細く引き締まり、それでいて他のどんな巨馬よりも力強い足音を響かせる。


「あ、あれは、もしかして……」


 唖然とする俺を見て、ハガネは得意げに鼻を高くする。


「ああ。〈角馬の丘陵〉のボス、“優艶のラポリタ”だ」



 ラポリタがその存在を示すように高く嘶く。

 その背中に跨がっているのは、ハットから三角の耳をぴょこんと出した猫型ライカンスロープのカウガールだ。


「ヤァ! ハガネ、何の用だい?」


 山車のすぐ側にラポリタを付けた少女はよく通る声を響かせて屋根の上に立つハガネに声を掛ける。


「よく来てくれた。威力偵察を頼もうと思っていたんだが、予定変更だ。山車を牽いてくれ」

「ええっ! あたしのハクオウに荷馬になれっての!?」


 目を剥いて反抗する少女。

 ハガネはそんな彼女の反応も予想済みだったようで、ぴくりと眉を動かすだけに留める。


「誤解するな。今回のイベントの勝利条件を思い出せ」

「……他の町より早くチェックポイントを回ること?」

「そうだ。つまり山車を速く牽くことは勝利を獲る最も重要な条件だ。だからこそ子子子ねこのこ、君が御する名馬ハクオウの力を借りたいのだ」

「ふ、ふーん」


 堂々と胸を張って言い切るハガネに子子子と呼ばれた少女はハクオウの背に跨がったまま身をくねらせる。

 満更でも無さそうだ、というかちょろそうだ。

 そんな主を、ハクオウはちらりと見て呆れたように小さく嘶いた。


「あの子、子子子って言うのか」

「子どもの子を三つ並べてな。アレでもBBCのメンバーだぞ」

「そうなのか」


 言われて見てみれば確かに彼女の履いているのは黒革のブーツ、ケット・Cたちが履いているのと同じ“影踏みの長靴”だ。


「ということは、彼女の後ろに続いてるのも?」

「中にはBBCのメンバーも居るが、大半は彼女の同好の士――つまりはテイマーの集まりだな」

「バンド外でのグループなのか。BBCらしいといえばらしいか」


 BBCは規模だけで言えばかなりのメンバーが籍を置き、騎士団にも匹敵する戦力を保有すると言われている。

 しかしその大半が自由気ままな個人プレイを主体としており、彼らが団結することは稀だという。

 だからこそ、子子子もBBCに所属しながら第二のバンドとも言える集まりを率いているのだ。


「よぅし、そういうことなら任せなさい! ハクオウが北町の勝利の女神になってあげようじゃないの!」


 彼女は手綱を叩き山車の前に出る。

 すぐさま待ち構えていた〈八刃会〉のメンバーから綱を投げられ、それをハクオウに結びつける。


「レッジさーん、お待たせしました!」

「おう、待ってたぞ!」


 丁度その時、キヨウの屋根を粉々に砕きながら三つ首の機械猛犬に跨がったレティが戻ってくる。

 久々に全力で駆けてきたからか、しもふりは嬉しそうに吠えている。


「早速だが手綱に繋いでくれ」

「了解しました! って、なんか既に凄い馬が繋がれてません!?」


 屋根から山車を見下ろしたレティがハクオウとそれに跨がる子子子の存在に気付く。


「手綱は二本だからな。力を合わせて頑張ってくれ」

「うぇぇ。わ、分かりましたけど……」


 ずどん、と大地を揺らしてしもふりが着地する。

 すぐさま太い綱が身体に回され、固定された。


「ええー、ちょっとハガネ! この機械獣と一緒なの?」


 それを見て子子子が唇を尖らせる。

 遠慮の無い物言いにレティがむっと眉を寄せるが気付いている様子もない。


「ハクオウだけでは荷が重いだろう?」

「そんなことないもん!」


 反射的に否定する子子子。

 ハクオウ――ラポリタはボスエネミーだけあって並の野生馬よりも遙かに力強い。

 彼女の言っていることもあながち間違いではないようだ。


「なるほど……。よし、レッジ」

「え、俺?」


 突然顔を向けられて驚く。

 そんな俺の肩に手を乗せ、ハガネはにやりと笑った。


「――テントを展開するぞ」


 北町リーダーの突然の指示に俺はもちろん、子子子やレティまで唖然とする。

 そんな中でハクオウとしもふりが互いに顔を見合わせ、暢気に欠伸を漏らしていた。


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Tips

◇機獣保管庫

 中央制御区域、および各ゲート付近に設置された大型倉庫。街中を連れ歩くことが難しい大型の機獣を一時的に預ける施設。個人保有の機獣のほか、都市が保有する共用機獣も一定数配置されており、機獣を保有していない調査開拓員も一時的に借りることができるようになっている。


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