第329話「骨腕と旋風」
無数の白い腕がこちらに向けられる。
虚ろな眼が見つめる中、俺たちは咄嗟に武器を構える。
「レッジさん!」
レティの声。
彼女の戦闘スタイルは一対一に特化している。
ろーしょんの繰り出す無数の白骸は、それ自体は弱く脆い存在だがその数で強引に押し切られてしまうだろう。
しかし、
「風牙流、一の技――『群狼』」
突風が白を薙ぐ。
猛る狼の群れが小さな骸骨たちを蹂躙する。
波のように押し寄せる亡霊を吹き飛ばし、核である骨片諸共砕き壊す。
「一体多なら、俺の出番だろ」
「……なるほど。『連鎖召喚』『上級白骸召喚』『召喚獣増幅』」
骨片を吹き飛ばし、元の土道が露わになった大通りに立つ。
対峙する霊術師の少女、ろーしょんは黒いフードをずらし、白い陶磁器のような相貌と深い青色の髪を露わにした。
彼女は立て続けにテクニックを使い、手に持った骨の杖を高く掲げる。
「“暗き地の底より甦れ、眼無き迷妄の白霊よ”――『白骸召喚』」
「お手軽に召喚するなぁ!」
彼女はインベントリから取り出した骨片をばら撒く。
それは水に沈むように地面に消え、そこから新たな白骸が現れる。
骨片一つにつき複数の白骸が現れるようで、通りは再び白に埋め尽くされた。
「何度でも同じだ。風牙流――」
「レッジ!」
槍と身削ぎのナイフを構えた俺の前に多重の障壁が現れる。
エイミーの声に振り向いた瞬間、
「『霊爆』」
俺の元へ殺到した霊骸たちが激しい爆発を起こす。
連鎖的に広がるそれはエイミーの障壁をビリビリと揺らし、驚異的な威力で二枚を破壊する。
「た、助かった」
「ちゃんと敵を見て、何をするか考えなさいよ。相手はトッププレイヤーよ」
油断なくろーしょんの方を見ながらエイミーが言う。
全くの正論である。
「むぅ。死んでない」
白煙が晴れ、再びろーしょんの姿が露わになる。
障壁に守られ無事だった俺を見て、彼女は青髪の下の眉を寄せる。
唇を尖らせ悔しがる様子は、どこかの氷機術師に少し似ている。
「生憎、頼れる仲間がいるんでな――」
障壁を飛び越え駆けてゆく。
〈
俺は数秒で距離を詰め、ローションと肉薄する。
「『雷槍』」
「むだ」
必殺の間合いで放った一槍。
しかしそれは突如現れた黒鎧を纏う骸骨騎士によって阻まれる。
「これも召喚獣か?」
「守護霊、シャドウナイト。やっちゃえ」
骸骨騎士が黒い両手剣を振り下ろす。
後ろへ飛び退き距離を取るが、剣撃は圧縮された鋭い風となって追尾してくる。
「〈剣術〉スキル高すぎるだろ!」
「ハニトーちゃんのポチほどじゃないよ」
剣筋は我武者羅だが一撃の威力が桁違いだ。
〈霊術〉で使役できる“召喚獣”には先ほどの“白骸”のようにローコストで脆弱なものと、このシャドウナイトのようにハイコストだが強力なものがいると聞く。
ろーしょんは前者の使役に秀でた霊術師らしいが、少し話が違うらしい。
「守護霊は、特別」
「例外があるのはちょっと勘弁願いたいね!」
槍で鎧の隙間を突くが、肉も血もない骨の騎士だ。
有効なダメージも与えられず時間だけが過ぎていく。
「『白骸召喚』」
「またかっ!」
そしてろーしょんに時間を与えれば、すぐさま新たな“白骸”が無数に召喚され全方位から襲いかかる。
「風牙流、一の技、『群狼』ッ!」
「何度吹き飛ばしても、同じだよ」
そのたびに『群狼』で白骸を一掃するが、砂塵が舞い上がり視界は悪くなる。
すると出てくるのは重い剣を携えたシャドウナイトだ。
感情の無い頭蓋骨がこちらを見る。
黒塗りの剣がこちらへ襲いかかる。
「レッジさん!」
その時、巨鎚が降ってきてシャドウナイトを叩き潰した。
赤髪をはらりと散らし、彼女はこちらに笑いかける。
「鎧相手ならレティの得意分野です。こちらは抑えるので、レッジさんは本丸を」
「助かる。頼んだぞ!」
「はいっ」
一つ頷き、レティは勢いよく地面を蹴る。
陥没した地面から這い出てきたシャドウナイトを、彼女の鎚が突き飛ばす。
重装近接タイプならば、彼女が負けることはない。
シャドウナイトはまさしく不死と言うべき耐久性を持っているようだが、あくまでも召喚獣。
臨機応変に思考を巡らせるプレイヤーではないのだ。
「むぅ。二対一は卑怯」
「お前がそれを言うな!」
頬を膨らせるろーしょんに思わずツッコミながら、槍を突き出す。
しかしそれは瞬時に召喚された白骸を貫き、彼女まで届かない。
「ノーモーションで召喚できるのか」
「弱いけど、白骸ならあんまり関係ない」
「なるほど、な!」
穂先に突き刺さったままの白骸を吹き飛ばし、槍を横に薙ぐ。
ろーしょんは身軽に飛び上がることでそれを避け、そのまま屋根の上に登る。
「“暗き地底で蠢く白き巨人、目を覚まし蹂躙せよ”『白骸巨人召喚』」
彼女は屋根伝いに走り去りながら新たな召喚獣を呼ぶ。
土の中から現れたのは、屋根にも迫る白骨の巨人だ。
「巨人でも、複数なら!」
俺は立ち止まることなく槍とナイフを構える。
遠目から見れば巨大な人型だが、その正体は互いに手を繋いだ“白骸”の群れである。
ならば俺でも十分突破できるだろう。
「風牙流、二の技、『山荒』」
前方の狭い範囲に集中した突風が槍から放たれる。
それは巨人の胸を貫き、巨大な穴を開けた。
「失礼!」
穴に手を掛け身体を通す。
崩れ去る巨人を後にして、俺はろーしょんの小さな背中を追った。
「浮蜘蛛、『起動』」
幸いにしてろーしょんの走りはさほど速くはない。
恐らくBBも頭部に集中させているのだろう。
俺は浮蜘蛛を起動し、速度を上げながら屋根に登る。
「『霊爆』」
「ッ!?」
咄嗟に小蜘蛛を繰り、高く飛び上がる。
背中に爆風を感じ振り返ると、ろーしょんが悔しげに唇を噛んでいた。
どうやら屋根の影に白骸を潜ませ、俺が近付いたタイミングで爆破させたらしい。
「罠師みたいなことをするな!」
「霊術の、活用」
ろーしょんは立ち止まり、まっすぐに見つめてくる。
逃走で勝ち目が無い以上ここで決着をつけようと判断したらしい。
彼女は杖で瓦を砕く。
「カルパスとラピスちゃんには、貴方の抹殺を頼んだのに」
「お生憎様だな。そういえばカルパスは?」
「ホタルちゃんに殺されて、中央制御区域にいった。今がんばって走ってるんじゃないかな」
「なるほど……」
一応、ホタルはちゃんとトドメを刺していたらしい。
しかし今はデスペナルティが無い状態ではあるし、しばらくしたらまた彼はここへやってくるだろう。
それまでに何とか決着を付けたいが……。
「粘るだけなら、得意だよ」
「だろうな!」
無数の白骸が生まれ落ちる。
一目散に駆け寄ってくるそれを払い、ろーしょんに槍を突き付ける。
「『骸の腕』」
その刃が喉元に至るよりも早く、瓦を突き破って巨大な腕が生える。
六本の指を持つ骨の巨腕は俺に掴みかからんと襲いかかってきた。
「これに捕まったらどうなる!?」
「いっしょに爆発させたげる」
「なるほど!」
ならば捕まるわけにはいかない。
槍を振り、根元から骨を砕く。
しかし壊れた瞬間に修復が始まり、すぐに再生してしまう。
「一本で駄目なら、二本だよ」
更に腕は増える。
高見の見物を決め込んでいるろーしょんの元へ向かいたいが、腕の動きは案外機敏で逃れられない。
手間取っている間にろーしょんは更に腕を増やし、瞬く間に六本の腕が俺を掴もうと殺到する。
「ぐっ、『群狼』ッ!」
風が駆ける。
“型”と“発声”を省略したもので威力は著しく低下するが、それでも腕程度なら吹き飛ばせる。
「だあああっ! 鬱陶しい!」
しかし、『群狼』は前方扇状の範囲に向けた攻撃技だ。
周囲に配置された骨の腕を一掃することができない。
槍で骨を砕き続けるが、奴らが消えることはなかった。
これだけの強さの召喚獣ならば支払うコストも少なくないはずだが、ろーしょんは徹底的にLPの回復速度を高め、更に装備で極限まで底上げしているのだろう。
「全方位を、一掃できる技か……」
壊しても壊してもすぐさま復帰する骨の巨腕。
砕き続けるうちに思考する余裕が生まれる。
この現状を打破するために必要なものを考える。
それは、四方の全てを同時に打ち砕く技。
一瞬で牙城を崩し、形勢を逆転させる起死回生の一手。
「――なるほど」
脳裏に閃光が迸る。
腰の鞘に収めた身削ぎのナイフを引き抜く。
「風牙流、五の技」
動きを止め、両の足でしっかりと立つ。
槍を瓦に深く突き刺し、白く刀身を輝かせるナイフを逆手に握る。
「――
迫り来る腕を蹴る。
屋根に突き刺した槍を軸に、群がる白い腕を蹴り駆ける。
風を纏い、刃を纏い、斬撃を溜める。
白刃が風を斬る。
開放された暴力が周囲に広がる。
巨腕を微塵にし、剛風が吹き飛ばす。
「さあ、抜け出した」
「むぅ」
勢いを借りてろーしょんへと接近する。
彼女は新たな召喚獣を呼びだそうとするが、間に合わない。
今度こそ俺が捉えた。
「双星流、第五座――『
脇腹に強い衝撃。
視界がぶれ、世界が揺れる。
槍はまたも彼女には届かず、俺は屋根を転がり地面に落ちる。
「今日は星が綺麗ね、お兄さん」
屋根の上から俺を見下ろすのは踊り子のような軽装の女。
左右の手に握られた曲刀が、星の光に輝いていた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇『
風牙流五の技。
地面に突き刺した槍を軸に周囲の敵を蹴りながら走り暴風を巻き起こす。ナイフの斬撃によって暴風は全方位へと爆発的に広がり、殺到する敵を吹き飛ばす。
自分中心の全方向範囲技。中確率でダメージを与えた敵に状態異常:裂傷を付与。
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