第322話「北町陣営」

 キヨウの真っ直ぐに走る通りを北に向かって歩くうちに、鎧やローブなどの物々しい装いに身を包む人々の姿が目立ち始めた。

 ずらりと並ぶ建物の瓦屋根に職人風のプレイヤーが何やら大砲のような設備を建設している。

 荷物を満載した機械牛が列を成し、段々と物騒な空気が漂い始めた。


「ずいぶんピリ付いてるな」

「戦争の準備みたいですねぇ」


 そんな中を和装で歩く俺たち。

 慌ただしく走り去っていくプレイヤーに道を譲り、露店を開いていた法被姿のゴーレムの男性に話を聞いてみる。


「町の中央とは雰囲気が違うね」

「らっしゃい! っと、これはこれは」


 慣れた手つきでクルクルとたこ焼きを回していた店主は顔を上げ、俺を見ると小さな目を開く。


「山車歩きがもうすぐ始まるからな。みんな気合い入ってんだ。北町以外も同じような感じだろ」

「そうなのか?」

「中心になってんのはそれぞれの町に店構えてる商人やバンドだがね。他の町よりおらが町のが素晴らしい! って四つ全部が思ってる」


 楽しげに語る店主にそういうものかと首を傾げる。

 そんな俺の反応を見て、店主は口元を緩めた。


「普段は平和そのものな町だからこそ、ってことだろうな。こういう祭りの時にぱーっと騒ぐんだ」

「なるほど。キヨウの住民はノリが良いんだな」

「いや、山車歩きは本気マジだ。今回の勝敗で四町のパワーバランスが決まるからな」


 突然低い声になる店主に思わず足を後ろに滑らせる。

 彼の眼光はナイフのように鋭く、それが言葉の信憑性を高めていた。

 その厳つい顔を唐突に穏やかな笑みに戻し、彼は尋ねる。


「レッジたちは北町に付いてくれるのかい?」

「ああ。メンバーの知り合いがこっちにいるらしくてね」

「なるほど。そりゃあ心強い! アンタたちが居れば千人力だ」


 錐のような道具でぽんぽんとたこ焼きを弾ませ船に乗せながら、男はにっと笑う。


「ま、できるだけやるさ」

「そうしてくれ」


 そう言って店主はたこ焼きを俺にトレードしてくる。

 価格がゼロビットになっているのに気がついて顔を上げると、彼は頷く。


「俺も北町所属だからな。景気づけに食べてってくれ」

「そうか。ありがとう、頂くよ」


 人数分のたこ焼きを持って店を離れる。

 レティたちに彼から聞いたことを伝えつつ、焼きたてのたこ焼きを頬張ると、火傷しそうな熱さに思わず声が出た。





「ここが北町の本拠地ですか」

『この日のためにちゃんと作ったんですえ。かっこええですやろ?』


 通りの突き当たり、聳える防御壁の足下に小さな半円形の広場があった。

 暗くなる町に合わせて篝火がいくつも焚かれ、その中で威勢の良い声が飛び交っている。

 そんな彼らを見下ろすのは、大きな鉄の扉が付いた背の高い倉だった。


「あの中に北町の山車が?」

『ええ。時間になったら開くようになってます』


 管理者自身から解説を聞くという贅沢なことをしながら、俺たちは北町の本拠地を見て回る。

 生産設備なども臨時で揃えられているらしく、職人たちが鎚やノコギリを振るって何かを組み立てていた。


「鎖銛砲は何基置けた?」「大盾車はそこに並べとけ」「地図持ってきてくれ!」「妨害ポイント見直すぞ」「たこ焼き買ってくる、欲しい奴は手ぇ上げろ」「ネジ一枠できたわ。持ってって!」


 広場の至る所で声が上がり、忙しなく人や機械獣が走り回っている。

 それを見て、俺は少し懐かしさを覚えた。


「なんだか文化祭を思い出すわね」

「エイミーもそうか」


 いつの間にか背後に立っていたエイミーが代弁し、少し驚きながら振り返る。

 いつもならとっくに帰っているような時間まで校舎に残り、ペンキで頬を汚し腕にガムテの輪を通して作業をしていた。

 随分と昔のことだが、案外覚えているものだ。


「――み、ミカゲ」


 その時、背後の暗がりから細い声がした。

 振り返ると建物の影の中から一人の少女が現れる。


「ホタル」

「こ、こんばんは」


 ミカゲが狐の面を付けたまま歩み寄る。

 彼の友人でこの町に住む呪具職人の少女、ホタルは以前と同じ黒と紺の服を着て、頭頂部のネコ耳を僅かに震わせていた。


「今日はありがとう。えと、北町に来てくれて」

「どこでもよかった、から」


 少し俯いて言うホタルにミカゲはいつもの平坦な調子で答える。

 そんな弟を見て、トーカが額に手を当てていた。


「こんばんは、ホタルさん。今日はお邪魔させて頂きますね」

「トーカさんも、こんばんは」


 花魁姿のトーカに少し怯えた顔になりながら、ホタルは健気にぺこりと会釈する。

 そんな彼女をトーカは目を細めて見た。


「ホタルさんが北町に参加すると聞いて、ぜひ一緒に遊びたいと思ったんです。今日はよろしくお願いしますね」

「い、いえその、私こそよろしくお願いします」


 トーカに続き俺たちも挨拶を済ませる。

 そこでホタルは初めて般若の面を額に乗せたキヨウに気がついた。


「わわっ、き、キヨウさん!? ここに居ていいんですか?」

『ふふふ。大丈夫ですえ。あてはただの見物客やから、何もしませんし』

「そ、そうですか」


 声をひそめ、広場の方をちらちらと伺うホタルに、キヨウは袖で口元を隠して笑う。


『今は通りすがりのNPCやと思って下さい。皆さんには不利にも有利にも働きませんからね』

「分かりました……」


 再び般若の面で顔を隠すキヨウを呆然としながら見て、ホタルははっと正気に戻る。


「えっと、北町に参加するためには倉の前で登録をして貰えますか」


 彼女に案内されて俺たちは倉の前までやってくる。

 そこでシステムウィンドウから北町への所属登録を済ませれば、晴れて俺たちも北町陣営の一員というわけだ。


「おおっ! これは随分と頼もしい方々だっ!」

「うわっ!?」


 登録を済ませた直後、後ろから突き抜けるような声が響く。

 振り返るとそこには青い法被を羽織ったゴーレムの男が腕を組んで仁王立ちしている。


「えっと……」

「オレは〈八刃会〉のハガネだ。僭越ながら北町の総指揮を任せて貰っている」


 荒々しい黒髪を篝火で照らし、ハガネはのしのしと歩み寄ってくる。

 彼のフレンドカードには〈硬く硬い肩〉というよく分からないデコレーションが表示されていた。


「〈八刃会〉って言えば……大トロうに軍艦の」

「ああ、奴も参加して居るぞ。今は偵察のため出掛けているが」

「偵察……」


 〈八刃会〉は八人の剣士が立ち上げた新進気鋭のバンドだったはずだ。

 第三回イベントの際にメンバーの一人を少しだけ見た記憶がある。

 少々突っ走るきらいはあるものの、トップバンドに数えられることもある実力派だ。


「ハガネさんは〈八刃会〉のリーダーでしたよね。こんばんは」

「創設メンバーの中から適当に選ばれただけに過ぎないがな。レティの事も以前から聞いている。今夜はよろしく頼む」


 ハガネはレティたちとも手を交わし、フレンドカードを交換する。

 その後、北町陣営の共有TELに招待してもらい、山車歩きについて説明を施して貰うこととなる。


「基本方針は他の町とそう変わらん。山車を守り進める防衛班と、山車を襲い留める妨害班の二つに分かれて活動だ。

 とにかく山車を進めてポイントを早く回る、それだけだ」

「随分シンプルだな」


 俺が思わず言葉を零すと、ハガネは苦笑して頷いた。


「正直なところ、対策も立てられないのだ。何せ初めてのイベントだからな。相手がどう出てくるかも分からないし、“疫魔”の詳細も分かっていない。そもそも、オレたちが押す山車がどんなものかも分かっていないからな」

「そうだったのか」

「ああ。だから高度の柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応するしかないのだ」


 きっぱりと言い切るハガネ。

 思っていたよりも事前に公開されている情報は少ないらしい。


「しかしそれは他の三町も同じ事。対応力で差を付けるしかないだろう」

「なるほど。ぶっつけ本番は得意ですよ!」


 その言葉にレティが気炎を上げる。

 彼女の場合、深く考えるより先に行動するという話になるのだろうが……。


「そういえば“疫魔”なんてのも居るんだったね。名前からして呪術師案件っぽいんだけど」


 たこ焼きを食べ終えたラクトが唇を舐めて言う。


「ああ、オレたちもそう睨んでいる。というより、他の町もそう思っているだろう。だから呪術師の取り合いが激しいんだ」

「そうだったのか」


 ちらりとミカゲを見る。

 その割には、この町を歩いていたミカゲは平和そうだったが。


「……顔を隠して、気配を消してた」

「なるほど」


 彼が狐面を着けていたのにも理由があったらしい。


「北町にミカゲが来てくれて良かった。ウチにはあとホタルとぽんがいるが、戦力は多ければ多いほどいいからな」

「ぽんさんもいるんですか!?」


 レティが耳をまっすぐに伸ばして驚く。

 さて、どこかで聞いたような名前だが……。


「誰かわたくしを呼びましたか?」


 そこへ涼やかな声がする。

 振り向き、視線を下げるとそこには朱と黒の変わった巫女装束に身を包んだフェアリーの少女が立っていた。


「やあ、ぽん。丁度君の話をしていたところだ」

「なぜ私の……。と、面白い面々が揃っていますね」


 少女は俺たちの顔を順に眺め、浅く頷いた。


「初めまして、というのも少し変ですね。ヴァーリテイン戦では楽しませて貰いました」


 まっすぐと俺を見上げて言う彼女の言葉を聞いてようやく思い出す。

 彼女はヴァーリテイン戦でミカゲがとりまとめた大規模複合呪儀の際に、大量の呪符で竜の動きを封じた呪術師だったはずだ。


「ぽんさんがいらっしゃるなら、とても心強いですね」


 トーカが安堵の息を交えて言うと、ぽんは彼女の方を見て首を振る。


「そう簡単にはいきませんよ。何せキヨウは三術が盛んな町。――アリエス、カルパス、ろーしょん、ハニトー、それにあの引きこもり根暗女も参加しているようなので」

「ひき、ねく、え?」


 可愛らしい口から飛び出した予想外な言葉に言語野がバグる。


「引きこもり根暗女。またの名を息が臭い奴、もしくは重石」

「……“溺愛”のラピスラズリ。彼女たち、お互いにライバル視してるみたい」


 唖然とする俺にミカゲが耳打ちしてくれる。

 どうやらぽんが言っているのは、彼女と並ぶ〈呪術〉スキルの第一人者で“禁忌領域”という独自の戦法を確立したトッププレイヤー、ラピスラズリのことらしい。


「あれ、でもヴァーリテイン戦の時は協力してなかったか?」

「あの時はそこのミカゲがどうしても頼み込んできたので仕方なく。――いえ、私は物事を分けるタイプなので」


 ちらりとミカゲの方へ視線を向けたぽんは言い直す。

 二人を協力させるため、ミカゲも随分と苦労したらしい。


「さて、そろそろ時間だな」


 その時ハガネが口を開く。

 時刻を確認すれば、山車歩きの開催時間が迫っていた。

 般若面を捜して視線を向けると彼女は口元だけで薄く笑みを浮かべる。


『かあいらしい管理者さんのお披露目、一緒に見ましょうか』


 彼女がそう言った直後、キヨウの夜空に巨大な立体ホログラムが投射された。


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Tips

◇白狐の面

 軽い木を丁寧に彫り上げた、白く美しい白狐の面。顔を隠すだけでなく身が軽くなり、千年を生きた狐のように理外の力が備わる。


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