第323話「斬撃は飛ぶ」
町の東西南北と中央制御塔の周囲に現れた立体ホログラムには、黄色いワンピース姿のキヨウが微笑を湛えて映っていた。
彼女の姿を見上げ、人々はどよめく。
『皆さん、こんばんは。今夜はシード03-スサノオ――キヨウへようこそ来てくれはりました。あてはこの町の管理者、キヨウと呼んで下さい』
町中に設置されたスピーカーからキヨウの声が流れる。
ちらりと目を横に向けると、般若の面を着けた少女がゆらゆらと身体を揺らしながら聞いている。
「これ、録音か?」
『いいや、ちゃんとあてが今話してますよ。処理領域さえあればいくらでも分割して活動できますから』
「器用だなぁ」
キヨウだけに。
「レッジさん……」
「キヨウの挨拶くらいちゃんと聞いてあげようよ」
心の中で一人呟いただけなのに、何故かレティとラクトに呆れた目を向けられる。
解せぬ。
『ちなみにあて以外のあても、町のいろんな所にいますよ』
「そうなのか」
『経験は多い方がいいですからね。いろんな所から見させてもらってます』
まるでミカゲの分身技みたいだ。
あれも同時に複数のことを考える必要があるためなかなか扱いが難しいと聞くが、中枢演算装置〈クサナギ〉の処理能力なら余裕なのだろうか。
などと考えていると、ホログラムのキヨウが挨拶を締めくくる。
『今夜のキヨウ祭は、沢山のお力があって実現できました。ほんとにありがとうございます。
まずは四つの町の対抗戦、山車歩きを楽しんで下さい。
そのあとは中央制御塔からのモチ撒きも。
あては皆さんが楽しんでくれることを、心から願ってます』
キヨウの姿が消え、山車歩き開始までのカウントダウンが始まる。
北町の倉前に集まっていたプレイヤーたちは空を見上げ、誰からともなく手を叩く。
細波のようにそれは広がり、やがて万雷の喝采となる。
「諸君!」
背後からの声に振り返ると、倉の屋根に人影があった。
夜空を背景に腕を組みこちらを見下ろしているのは、〈八刃会〉のハガネである。
彼は青い法被を風に翻し、大きく吠える。
「今夜は記念すべき第一回キヨウ祭、最初の山車歩きだ! 東町、西町、南町の奴らを圧倒し、北町の誇りを見せつけるぞ!」
声を轟かせ、ハガネが太い腕を突き上げる。
それに呼応して北町の人々も咆哮を上げる。
『どこの町も気合いが入ってますねぇ』
「他の町も同じようなことしてるのか……」
キヨウは各地にいる自分と情報を共有しているのか、その様子を見てクスクスと笑う。
「阻害班はそれぞれのポイントへ向かえ! 防衛班は倉の扉が開くのを待て! スタートダッシュを決めるぞ!」
「おうっ!」
「急げ、急げ!」
ハガネの指揮で人々が走り出す。
機械牛が鼻息を吹き出して重たい荷車を牽いて進む。
「じゃあレッジさん、頑張って下さいね」
「ああ、レティたちもな」
俺の肩を叩き、阻害班に参加しているレティ、トーカ、ミカゲの三人が出発する。
彼女たちの背中を見送り、俺はホタルがその場に残っていることに気がついた。
「あれ、ホタルはミカゲと一緒に行かないのか?」
「はわっ」
話しかけると、彼女はびくりと肩を上げて尻尾をぴんと張る。
「えと、その。私はあまり戦うのが得意じゃないので、防衛班のお手伝いの補佐の手助け的なアレをこうして……」
尻すぼみに声を小さくし、ホタルは指を突き合わせながら言う。
「じゃあわたしたちと一緒だね。よろしく!」
「はわっ!? よ、よろしゅくおねがいします……」
ラクトが元気よく手を出すと、ホタルは怯えつつもそれを握り返す。
「さて、流石に和服じゃ戦いづらいわね」
身体を伸ばしながらエイミーが言う。
周囲を見れば、誰も彼もがガチな戦闘装備に身を包んでいる。
「流石に着替えるか」
着流しを脱ぎ、いつもの“深森の隠者”装備に変える。
手には機械槍を持ち、準備を整える。
「街中で武器を持つってのはちょっと変な感覚だな」
「そっか、今夜限定で装備制限解除されてるんだね」
通常、街中では武器を手に持つことはできない。
鞘に収めた剣を佩いたりすることはできるが、それは装いの一部と見なされているからだ。
当然、店の前で斬撃を放つことはできないし、都市の建造物は殆ど非破壊オブジェクトに設定されている。
それが今夜だけ、この祭りの間だけは解除されている。
武器を持ち、それを振るい、更には一部だが破壊できるオブジェクトも設置されるらしい。
「あと30秒で扉が開くぞ!」
ハガネの声。
倉を守る鋼鉄の扉の前には戦闘職たちが集まり、山車が現れるのを今か今かと待ちわびている。
「レッジ、私たちも行くわよ」
「はいよ」
「がんばってねー」
エイミーに誘われ、俺たちもその人垣に加わる。
ラクトや他の機術師たちは他の町からの襲撃に備えて周囲を警戒する役を担うようだ。
「10秒前!」
木工師たちが次々と篝火を置き、火を灯す。
明るくなった広場でそれを待つ俺たちに、突然の報が入った。
『防衛班! 東町から急襲です!』
北町の共有回線に入った連絡に広場がざわつく。
「冷静に! サザンカとヤマアラシは東側に迎え。東側の阻害班、敵の情報が入ればすぐに回線で共有しろ。防衛班、扉が開いたら一気に通りを進むぞ!」
「応ッ!」
ハガネの指示で幾人ものプレイヤーが動き出す。
的確な言葉は流石〈八刃会〉を束ねるリーダーだけある。
「さあ、開くぞ――」
空に浮かぶカウントがゼロになる。
瞬間、扉の隙間に光が走り、固い錠が外される。
「開けぇぇええ!」
「うぉおおおおっ!」
青い法被を着た戦士たちが重い扉を引っ張る。
ゆっくりと地面を削りながら、二枚の鉄板が開かれる。
「これが山車か」
「随分とでっかいわねぇ」
ついに露わになる山車。
それは、ラクトの背丈ほどもある大きな鉄の車輪を付け、台座の上に擬宝珠の付いた勾欄が囲む舞台を備えていた。
唐破風の屋根の上にはもう一つ舞台があり、屋根の上には細長く天を突く金の矛が飾られている。
山車の前部からは太い縄が二本繋がっており、それを引っ張って進むようだ。
「近い奴から縄を持て! 機術師、遠距離職は舞台に乗り込め! 出発するぞ!」
ハガネの指示を聞きながら、人々は山車へ殺到する。
俺とエイミーも縄を掴んで前へ引っ張る。
「重たっ!?」
「随分と重量のある山車ねぇ」
縄がピンと緊張し、数十人が力を合わせて引っ張るとようやく山車の車輪がゆっくりと動き始める。
これだけの人数が集まってなお、まるでカタツムリのような遅さだ。
「手が空いている奴は後ろから押せ!」
『東町の連中が来ました! 軽装戦士、三人組です。防衛戦開始します!』
東の方で機術の爆炎が上がる。
早速妨害にやってきた東町のプレイヤーとそれを阻止せんとする北町の仲間が戦いに突入したようだ。
「車輪が回転し始めた。速度が上がるぞ!」
慣性の力が加わり、次第に山車の速度が上がり始める。
俺たちも段々と進む速度を早め、縄の緊張を保つ。
「まずはこの通りの先にある第1チェックポイントだ。防衛班遊撃隊は山車の進路の安全を確保しろっ!」
山車の周囲を守っていた戦士たちの一部が先行する。
彼らが進路上の敵を排除し、その隙に山車を進めるのが基本的な方針だった。
しかし、
「な、なんだアレは!?」
「原生生物!?」
遊撃隊たちが通りへ進んだその時、暗がりの中から黒い影が現れる。
大きな犬のようなシルエットだが、まるで影を固めたかのように全てが黒い。
それは獰猛な唸りを上げて、黒の中唯一光る赤い瞳を向けていた。
「恐らくそれが“疫魔”だ。撃退しろ!」
「わ、分かりました!」
いつの間にかハガネは山車の頂上、屋根の上に場所を移していた。
矛に掴まり、高い視点から指示を出す。
「うぉぉぉお! 『疾風連斬』ッ!」
それを受けた若い剣士が黒犬へと駆け寄る。
彼は腰に佩いた双剣を引き抜き、無数の斬撃を放つ。
「よし、あまり強くないみたいだ――」
「ガナッシュ、後ろ!」
「えっ」
反撃もなく黒犬は煙のように消える。
それを見て油断した剣士は、仲間が声を出すまで後ろから飛び掛かる別の黒犬に気付かなかった。
「『飛斬』」
黒犬が剣士の喉元に牙を突き立てようとした直前、俺の後方から鋭い風のような斬撃が放たれ遠く離れた犬を切り伏せる。
「油断するな。個々は弱いが数が多い部類だろう、気をつけて防衛に当たれ!」
「す、済みませんハガネさん!」
驚きを以て背後を見る。
高い山車の上にどっしりと構える男は青い法被を風に靡かせ、重そうな剣を片手で軽々と握っていた。
「すごいな。……ていうか剣士っていうのは誰も彼も当然のように斬撃を飛ばすんだな」
「あれ、やっぱりレッジは知らないのね」
思わず口に出す俺に向かって、エイミーが言う。
「〈八刃会〉のハガネは“技剣”の二つ名を持つテクニカルタイプよ。扱いの難しい技を揃えた〈鋼鶴流〉の開祖で、完璧なLP管理と極まった腕力と高いプレイヤースキルに物を言わせて、威力倍率の高い技を瞬間的に叩き込むパワーアタッカーでもあるけど」
「つまり?」
「速度とパワーを兼ね備えた強い人ってこと」
「なるほど、それはすごい」
町のあちこちで爆炎が上がる。
他の町も“疫魔”と遭遇し始めたらしい。
「進めぇぇい!」
「オオオオオオッ!」
闘志を燃やすハガネの声で、山車は更に加速する。
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Tips
◇『飛斬』
〈剣術〉スキルレベル70のテクニック。素早く振り下ろした剣が鋭い風を起こし、前方の離れた場所まで斬り進む。
発動までの時間が遅く、距離が離れると急激に威力が減衰するが、不可視の斬撃は使いこなすと無類の強さを発揮する。
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