第317話「水気を読む」

 第一回戦が終了し、参加闘士は半分に減った。

 一対一の戦いが何十回と繰り返されたためなかなかに時間は掛かったが、ここからはもう少し早く展開していくことだろう。

 第二回戦の最初はアストラで、彼は大方の予想通り一瞬で相手を切り伏せ三回戦進出を決める。

 彼以外の〈大鷲の騎士団〉も同じく安定した戦いで立て続けに勝ち星を上げていき、トップ攻略バンドとして確かな手腕を観衆に見せつけた。

 一方我らが〈白鹿庵〉はというと、レティ、エイミー、トーカの三人も相手闘士を危なげなく打ち倒して早々に三回戦進出を決めてしまい、あっという間に俺の出番がやってきた。


「早いなぁ」

「一回戦で参加者の半分が落とされるからねぇ。三巡目はもっと早いんじゃない?」


 追加でコーラとチュロスを買ってきたラクトに見送られ、俺はリングの方へ向かう。

 レティたちは売店巡りに出掛けていて、最早客席にすら居ない。

 トーナメントがそもそも長時間に渡っているため、客席も所々空きが見えるようになってきたし、そのあたりはアマツマラも次回の課題として何か対策を講じるかも知れない。

 闘技場はこの大アリーナ以外にもいくつか小さなアリーナを用意しているようだし、予選をいくつかのブロックに分けて同時に消化していくとか。


「さあ、精一杯やろうか」





『次ノ試合ハ、レッジ対ウォーターライス! 両者、位置ニ着イテ……』


 リングに上がる。

 次の対戦者はフェアリーの少年だった。

 濃い青色のローブを纏い、捻れた木の長い杖を携えている。

 指や耳、首元を飾るのは結晶製のアクセサリー。

 機術師だろうか。


「よろしく」

「よろしくお願いします。レッジさん」


 互いに短い挨拶を交わし、定位置に付く。


『両者用意――開始ッ!』


 レフェリーが腕を振り上げ、ゴングが鳴り響く。

 ウォーターライスが杖を掲げて俺を睨む。


「『斬り裁つ水刃』ッ!」


 それを聞くと同時に後方へと飛び退いた。

 ウォーターライスの持つ杖の先から放たれるのは高圧の水流。

 それは俺が立っていた位置を的確に穿ち床を削る。

 開戦とほぼ同時の高速詠唱。

 機術師だというのに、電撃戦が得意らしい。


「『貫く三連の水弾』」


 移動した俺の方へ間髪入れず三連続の水弾が放たれる。

 彼は俺が避けることも事前に予想してアーツを組み立てていたらしい。

 床を転がりながらそれを避けつつ、術者の方へ近寄っていく。

 槍は長柄といえども近接武器、遠距離から攻撃できるアーツとはかなり相性が悪い。

 せめて相手の懐に潜り込まなければ。


「――『疾風連斬』ッ!」

「ッ!?」


 立て続けに飛び込んでくる水弾を避けつつ、何とかウォーターライスの下へ間合いを詰める。

 槍の間合いに入ったその時、彼の方から急激に接近され連撃に襲われる。


「剣士だと!?」

「多芸なんですよ、僕。『筋断ち斬り』」


 見れば、童顔の少年は片手に杖を、片手に両刃のナイフを構えていた。

 素早く横薙ぎに払われる剣閃を避け、後ろに下がるとすかさず水刃が飛んでくる。


「遠、中、近。なんでもありか」

「中距離くらいが一番楽ですがね。オールレンジと考えて貰って構いませんよ」


 〈剣術〉と〈攻性アーツ〉を併用する機術剣士。

 タルトとはまた方向性の違うビルドではあるが、こうも連続して攻撃を叩き込まれると反撃もままならない。


「しかし、僕のナイフが避けられるだけ凄いと思いますよ。上手く騙せていたと思うんですが」

「生憎、一回戦目からそういう感じだったからな。ちょっとは意識してたさ」


 足下を狙う水弾を避けつつ答える。

 なぜ俺の対戦相手は揃いも揃って偽装戦法をしてくるのか。

 目の前の彼に至っては、一回戦をアーツだけで勝ち上がっているはずだ。


「流石はおじさん、と言ったところですか」

「なんか言ったか?」

「いえ、何でもありません――よ!」


 攻撃が鋭さを増す。

 このまま防戦一方ではじりじりと削られて勝ち目も無くなっていく。

 どこかで状況を打開しなければ。


「全く、俺は非戦闘職だってのになっ」


 目を見開き、ウォーターライスを睨む。

 そうして俺は迫り来る水弾に向かって真正面から走り出した。


「っ! なかなか無謀なことをしますね」

「そうでもないさ」


 水弾が放たれる。

 俺は身を僅かに捩ってそれを避ける。


「なっ!?」

「まだまだっ」


 避ける、避ける。

 間合いを詰めるほどに水弾の密度は増し、猶予は減っていく。

 それでも俺はほぼ全てのアーツを避けた。


「テクニックですか?」

「いや、君の視線を見ただけだ」


 アーツは放つ際に照準を合わせねばならない。

 一度対象を設定すれば自動で追尾するようなものもあるらしいが、そんな属性を追加すれば詠唱は長くなる。

 だから彼は目視で狙いを定め、撃っていた。

 一度で三連の水弾が飛んでくるため見た目の数は多いが、それらは全て同じ所を狙っているわけで、避けようと思えば避けられる。

 実際、避けられた。


「案外行けるもんだな」

「簡単にできてたまりますかっ!」

「焦ると狙いがブレるぞ」


 素早さ極振りのBB配分で良かった。

 そうでなければ見えていても避けられない。

 普段あまり意識していないが、こういうところで地味に役に立つ。

 俺はゆっくりとウォーターライスの近くへと出て、槍を構える。


「風牙流、三の技――」


 解体ナイフを突き付ける。

 ウォーターライスも咄嗟にナイフを向けるが、俺のナイフは特別製だ。

 背に付いた突起で彼のナイフを絡め取り、そのまま突き刺す。


「『谺』」


 胸を裂き槍を突き込む。

 本当は下腹部を狙いたかったのだが、小柄なフェアリーでは難しいな。


「続き、四の技」

「がっ」


 強いダメージを受ければ、相手は怯む。

 そこに次撃を撃ち込まないのはただの怠慢か高慢だろう。


「――『疾風牙』」


 引き抜かれた槍が高速で再び撃ち込まれる。

 黒鉄の機械槍は彼の身体を貫通し、背中から切っ先が生えた。


「痛いか?」

「ピリッとしますね」

「なら良かった」


 たまに痛覚設定を最大にしてる変態もいるらしいから一応聞いてみる。

 そんな状態で対人戦などやると普通に強制ログアウトを喰らうだろうし、そうそう無いはずだが。


「僕の視線を見て弾道を予測するなんて……」

「これからはブラフも覚えるんだな。そしたら対人戦で役立つだろ」


 ちなみに原生生物相手だとあんまり通じないだろう。

 ブラフが通じるのは相手にそれなりの知性がある前提の状況で、原生生物でそれほどのAIを積んでいるものはまだ知らない。


「そう、します……」


 出血ダメージが限界域を越え、ウォーターライスは気絶する。

 それにより俺は三回戦進出を決めた。





「ここがあのコーヒー売ってる店か……」


 二回戦を無事に勝ち進んだ俺は、飲み物と何か摘まむ物を探してロビーへとやってきた。

 広い空間は静かで、防音壁で閉ざされた大アリーナの方から微かに歓声が聞こえるだけ。

 各所に置かれた椅子には談笑するプレイヤーたちが座り、壁際にずらりと並んだ売店も繁盛している。


『イラッシャイマセ! コーヒーハイカガデスカ?』

「普通のコーヒーを。ブラックで頼む」

『サイズハS、M、L、XL、DX、MAX、HyperDX、Unlimitedガゴザイマス』

「……Mで」


 むしろ後半のサイズを買う奴が見てみたい。

 黒い稲妻の店員が豆を挽き、抽出している背中をぼんやりと見つめながら次の試合について考える。

 第三回戦を勝てばひとまず、俺の目標は達成できる。

 しかし三回戦になれば多くが篩に掛けられた分、相手も手強くなってくるだろう。

 せめて、普通の戦闘職と当たれるといいのだが――


「ファイナルサンダー・アマツマラバトルアリーナエディション・バリ×10テンエクストラエレクトリックエクスプロージョン・デラックスシュガーソフトクリーム&シュガーホイップ&ベリージャム&120%ミルクチョコソース。ストローなし、スプーン付き。MAXサイズお願いします」

「っ!?」


 コーヒーを待っていると、隣にやってきた少女がカウンターの向こうに立つ店員に向かって呪文を唱えた。

 流れるような言葉の羅列に店員は聞き返すことなく景気の良い声で返事する。


「――三回戦進出おめでとうございます」

「え、ありがとう。ってアイじゃないか」

「どうも」


 長々とした注文を出した少女から唐突に話しかけられ、その顔を見る。

 そこで始めて、声の主が〈大鷲の騎士団〉の副団長であると気がついた。


「さっきの注文……」

「なにか?」

「いや、その、甘い物が好きなんだな」

「はい。こっちだといくら食べても太らないのが良いですよね」


 どこかの兎と同じような事を言うアイ。

 もしかして世の女性たちにとっては常識なのだろうか。


「次の試合、手加減しませんからね」

「うん?」


 アイの言葉に首を傾げる。

 不敵な笑みを浮かべていた彼女も、そんな俺の反応に怪訝な顔になった。


「あの、もしかしてまだ知りませんか?」

「えっと……」


 言葉に窮していると、彼女は呆れたように大きなため息をついた。


「三回戦、レッジさんの相手は私です」

「えっ」

「トーナメント表くらいちゃんと確認しておいて下さいよ」

「まじかぁ……」


 さようなら俺の新しい解体ナイフ。

 どうして運命というのはこんなにも残酷なんだ。


「なんですかその全てを諦めたような目は」

「俺がアイに勝てるわけないだろ。そっちはトップ攻略ギルドの副団長、こっちはただの支援職」

「ただの支援職がなんで三回戦に出てきてるんですか。しっかり気合い入れてくれないと困ります」


 眉を寄せ、口をへの字に曲げてアイが近付く。

 彼女は俺の胸にトンと人差し指を突いて見上げた。


「ただでさえ私、団長から駄々を捏ねられてるんですからね」

「ええ……」


 なんでアストラがそこまで俺と戦いたがっているのかよく分からない。

 とはいえ、完全にとばっちりを受けているアイも可哀想だ。


「分かったよ。俺も最善を尽くす」

「それでいいんです。私も全力を出しますからね」

「……お手柔らかに頼むよ」

「無理な相談ですね」


 猫のようにアイは口元を緩める。


『ハイヨ! ファイナルサンダー・アマツマラバトルアリーナエディション・バリ×10テンエクストラエレクトリックエクスプロージョン・デラックスシュガーソフトクリーム&シュガーホイップ&ベリージャム&120%ミルクチョコソース。ストローなし、スプーン付き。MAXサイズダヨ!』


 その時、カウンターの上にデカい紙カップが載せられる。

 いや、むしろバケツと言った方が妥当だろうか。

 その上には山のようにデカいソフトクリームが鎮座し、ベリージャムやチョコソースが盛大に搭載されている。

 極めつけに大きな稲妻型の黒いクッキーがドカンとソフトクリームに腰掛けていた。


「うわぁ――」

「うわぁ、美味しそう! ありがとうございます」

『ソコノオ兄サンモ。ブラックコーヒー、Mサイズダヨ!』


 隣に置かれた俺のコーヒーがミニチュアに見えてくる。

 アイは大きなバケツを両手で抱え、足取り軽く大アリーナの方へ去って行く。


「なあ、MAX以上のサイズってどれくらい売れるの?」

『モウ20個クライハ、売レタカナァ』

「世界は広いなぁ……」


 小さなカップのコーヒーを一口飲む。

 香り豊かで美味い、良いコーヒーだ。


_/_/_/_/_/

Tips

◇ブラックコーヒー

 ほろ苦く、香り高い、大人の飲み物。ホットでもアイスでも美味しい。様々な店が独自のブレンドを研究し、一口にコーヒーと言っても味は千差万別。自分だけのお気に入りを探すのもまた一興。


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