第318話「響き渡る絶唱」

 フェンスを乗り越えリングに立つ。

 眩しいスポットライトの光が降り注ぎ、フロアは真っ白に輝いている。

 周囲からの声は一瞬で遠のき、世界は四角に固定された。


『次ノ試合ハ、アイ対レッジ! 両者、位置ニ着イテ……』


 白黒の服を着たレフェリーが機械の目を光らせる。

 5メートルほどの距離を置いた先に立っているのは銀鎧の少女。


「戦旗じゃないんだな」

「あれは仲間を指揮する時に使うものですから」


 彼女の腰にあるのは細いレイピア。

 細く絡まり合った美しい金属のフィストガードを、白い指が優しく撫でた。


「本気で行きます」

「一般人をあまりいじめないでくれよ」


 アイの纏う雰囲気が一瞬にして変化する。

 凪のように穏やかだった表情に、刃のような鋭さが現れた。


『両者用意――開始ッ!』


 ゴングが鳴り響く。

 床を蹴る音。


「つぁっ」


 全力で横へ避ける。

 頬を、体側を、突風が掠めた。


「『風纏う鋭牙』」

「速ッ」


 回避した先へ足を着けた瞬間に放たれる第二撃。

 咄嗟に槍を突き立てて上へ逃げる。


「滅茶苦茶じゃねーか」

「これを避けられるレッジさんこそ――!」


 アイが銀のレイピアを振る。

 剣の軌道が途中で揺らぎ、三本に増えた。


「風牙流一の技『群狼』ッ!」


 “型”も崩れた『群狼』を床に向かって打ち付け、その反動でリングの端へと移動する。

 まずは距離を取らなければ、彼女の高速連撃に対応できない。


「裂歌流、第一楽章、『勇みの旋律』」


 リングの真ん中に立つアイがレイピアを指揮棒のように振った。

 激しくアップテンポの曲が流れだし、彼女の小さな身体が赤く荒々しいエフェクトで包まれる。


「――『針裂ける悲哀の歌』」


 空気が揺らぐ。

 何が起こっているのかも分からないまま、俺は自分の直感だけを信じて耳を押さえる。

 直後、空気を震わせる激しい高音が闘技場に響き渡る。


「キャァァアアアアアッ!」

「ぐ、く……。リングの中じゃどこも歌唱戦闘の間合いか!」


 槍を落とし耳を押さえているというのに、アイの鋭い絶唱は頭を揺るがす。

 まるで全身を無数の針で貫かれたかのような、物理的な衝撃だ。

 声を出している間は彼女もその場から動けないようだが、こちらは歌が終わったあともしばらく動けないだろう。


「ふぅ、がはっ――『起動』」

「っ!?」


 ぶるぶると震える手を動かしてインベントリからアイテムを取り出す。

 床に転がる小さな鉄球は解けるように展開して小さな蜘蛛の形を取った。


「いけ――」


 なんとかアイの硬直時間の間に蜘蛛を展開することができた。

 浮蜘蛛システムを構築する小蜘蛛のうちの一体。

 大した戦闘力はないが、俺の硬直が解けるまでの時間稼ぎくらいはできるだろう。

 小蜘蛛がアイに飛び掛かるのを見届けて、俺のステータス欄には〈硬直〉のデバフが追加された。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

おっさん対副団長か

流石のおっさんも分が悪そうだな


◇ななしの調査隊員

序盤は逃げるなぁ


◇ななしの調査隊員

あれ風牙流をわざと地面に撃って逃げてんの?


◇ななしの調査隊員

うわっ


◇ななしの調査隊員

!?!?


◇ななしの調査隊員

流派技初めて見たな

自己バフっぽいが


◇ななしの調査隊員

副団長本気だな、歌唱戦闘使ってるぞ


◇ななしの調査隊員

あれは一時的に相手の行動を阻害する〈硬直〉デバフを付与する歌ですね。

副団長はしっかりとおじさん対策を取った上で確実に殺しに来ています。


◇ななしの調査隊員

なんかおっさん投げたぞ


◇ななしの調査隊員

なんだあれ?

蜘蛛っぽいが……


◇ななしの調査隊員

おっさん蜘蛛好きだよなぁ


◇ななしの調査隊員

あらかわいい


◇ななしの調査隊員

普通に欲しいな

機獣としても可愛いんだが


◇ななしの調査隊員

ネヴァんとこで売ってるんじゃねーの


◇ななしの調査隊員

あれ、おっさん倒れてるよな?

なんで蜘蛛動いてんの?


◇ななしの調査隊員

ほんとだ


◇ななしの調査隊員

え、おっさん自分が動けないから代わりに蜘蛛動かしてる?


◇ななしの調査隊員

そんなこと・・・できないこともないか


◇ななしの調査隊員

〈硬直〉中も別に意識失ってる訳じゃないから、遠隔操作でできる……のか?


◇ななしの調査隊員

現にできてるなぁ


◇ななしの調査隊員

あれ、硬直解けるまで時間稼いでんのか


◇ななしの調査隊員

おっさんマジで頭おっさんかよ・・・


_/_/_/_/_/


「くっ、このっ!」


 俺が倒れている前で、アイはすばしっこく動き回る小蜘蛛を叩こうとレイピアを振り回していた。

 彼女が使ってくれたのが〈硬直〉デバフを付与するテクニックだったのは幸いだった。

 そのおかげで俺は身体こそ1ミリも動かせないものの、代わりに小蜘蛛を使って彼女を抑えることができている。


「『貫く三連閃』ッ!」


 小蜘蛛はなかなかに小さい。

 俺のようなプレイヤーを相手にしていれば、その的の小ささに慣れるのに少し時間が掛かるはずだ。

 更に言えば小蜘蛛は八本の脚で機敏に動き回り、面ではなく点の攻撃を得意とするレイピアとの相性は最悪だ。


「小賢しいですね!」


 ふふふ、なんとでも言うが良い。

 アイが小蜘蛛を無視して俺の方へと剣を向ければ、その瞬間に小蜘蛛は強靱な糸を出してレイピアに絡ませる。

 彼女の武器を落としてしまえば、それだけで十分な時間が稼げるはずだ。

 そうでなくとも、細かな脚が全身を駆け回るのはさぞ気持ち悪かろう。


「……すまんな。これもナイフのためだ」


 近くに落ちていた槍を拾い、杖のようにして立ち上がる。

 まだ身体は少し痺れるがそれもじきに治るだろう。


「そんなに欲しいですか」

「せっかくアマツマラが用意してくれたんだ。全力で獲りにいくさ」


 槍を構え、腰を落とす。

 第二ラウンドの開始だ。


「『岩砕く波衝の――」

「『起動』」


 アイが大きく胸を膨らませる。

 再度〈硬直〉させるなど、生温いことはしてこないだろう。

 次に彼女を歌わせた時点で俺の敗退は決まる。

 俺はインベントリから更に三つの鉄球を取り出し彼女に向けて放り投げる。

 〈投擲〉スキルなどなくとも、大まかに狙った方向へ出せればそれでいい。


「きゃぁっ!」

「今度はこっちから攻めるぞ」


 彼女に向けて投げた三機の小蜘蛛のうち、二機が互いに糸を繋げ遠心力によって素早く回転しながらアイの身体にぶつかった。

 足下に糸を巻き付けられたアイはバランスを崩し、床に転倒する。

 すかさず残りの二体が糸で彼女を固定する。

 俺が動けるようになり、彼女が床に倒れている。

 状況は反転し、逃すわけにはいかない好機が訪れた。


「風牙流、四の技――」

「『早着替え』『突風閃斬』」

「なっ!?」


 しっかりと“型”を決め、正しく“発声”を行う。

 その時、床に拘束されていたアイが鎧を脱ぎ可愛らしい洋服へと装いを変えた。

 結果、僅かに糸と身体の間に隙間が生まれ、彼女はレイピアの切っ先を向けて突進することで糸から逃れた。


「器用なことをっ」

「お気に入りですから、破ったら怒りますよ!」


 嵐のように迫り来る強烈な斬撃を、槍を振るうことでなんとかいなす。

 少しオーバーサイズの白いTシャツには可愛らしい熊のイラストがプリントされ、下も動きやすそうな黒い短パンだ。


「部屋着か?」

「いいじゃないですか!」

「うぉわっ!? 別におかしいとは思ってないって!」


 アイは僅かに頬を赤らめつつも攻撃の勢いを増す。

 リングの中では場違いな装いに、心なしか周囲も盛り上がっているようだ。


「くっ、速すぎる!」

「そう、思う、なら! 早く、倒れて、下さいっ!」


 素早いくせに、攻撃の一つ一つがまるで大剣のような重さだ。

 下手に受ければ如何に機械槍であろうと柄の真ん中からぽっきりと折れそうな恐怖に苛まれる。

 完全にさっきで勝てたと思っていたのに、目の前の少女は殺気に満ちた顔でレイピアを振るっている。


「そういう、わけにも、いかない――『雷槍』ッ! ――からな!」


 俺も何とか反撃を試みるが、当然の如く躱される。

 そもそも中距離が間合いの槍では、至近距離に立つアイに有効打を与えられない。


「『旋回槍』ッ!」

「無駄です!」


 足を軸に槍を振るう。

 アイは身軽に高く飛び上がり、槍を蹴ってこちらに剣先を差し向ける。


「『心貫』ッ」

「当たりません!」


 空中では普通、人間というものは無防備だ。

 だというのに副団長殿は人間離れした動きで神速の突きを躱す。

 プレイヤースキルが、とても高い。


「これで――終わりですっ!」


 テクニック発動直後の硬直時間。

 体感時間が極限まで減速する中、アイは鋭い眼光をこちらに向けて銀のレイピアを突き出す。

 その刀身を薄く青い揺らぎ包み込む。

 銀の影がぶれ、七つの剣撃が同時に襲う。


「『七突星――」

「――『罠発動』シルバーストリング」

「っ!?」


 剣先が俺に触れる寸前、リングの四方から銀の鋼糸が放たれる。

 それは瞬く間にアイの四肢に絡みつき引き下ろし、床に叩き付ける。


「あっぶねぇ……。ギリギリだったぞ」

「な、にを……」


 混乱した様子で床から見上げるアイ。

 オレンジの瞳には疑問の色が浮かんでいた。


「小蜘蛛は元々、“浮蜘蛛システム”を使うための『領域指定』をする杭だからな。こうしてリング内を罠の範囲に定めてしまえば俺も槍以外の攻撃手段を使えるようになる」

「……よく、私にあれだけ攻撃されながら四匹の蜘蛛を動かしましたね」

「流石に肝が冷えた。少しでも大きく動かせばアイは気付くだろうからな」


 アイの攻撃を受けながら、同時に四機の小蜘蛛をリングの各所に配置する。

 それも彼女にバレないようにゆっくりと。

 副団長として騎士団の精鋭部隊を率いる彼女のことだ、視野も並のプレイヤーより遙かに広く少しの事にも過敏に反応してくるはずだ。

 俺が蜘蛛を配置させるのが先か、彼女が俺のLPを削るのが先か。

 二回やっても同じ結果になる気はしない。


「悔しいですね」

「すまんな。団長によろしく言っといてくれ」


 槍を突き刺す。

 銀糸に繋がれたアイは僅かに顔を歪め、そして倒れた。


『勝者、レッジ!』


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

うぉぉおおおお!!!


◇ななしの調査隊員

おっさん勝ちやがった!

騎士団の副だんちょに勝ったぞ


◇ななしの調査隊員

まじかよ・・・


◇ななしの調査隊員

団長の私服かわいいな


◇ななしの調査隊員

え、そこ?


◇ななしの調査隊員

おっさん、あの連撃よく凌いだなぁ

最後の七突星とか当たってたら負けてただろ


◇ななしの調査隊員

しかも四匹の蜘蛛同時に動かしながらだろ?

脳みそ茹で上がるで


◇ななしの調査隊員

対人戦興味無かったけど、見てるだけでも面白いな


◇ななしの調査隊員

これでおっさんも戦闘職の仲間入りだな


◇ななしの調査隊員

どうせ非戦闘職って言い張るぞ


◇ななしの調査隊員

どこにトップバンドのサブリーダー倒す非戦闘職がいるんだよ


◇ななしの調査隊員

副だんちょの真価は軍隊戦の指揮支援能力だから・・・

支援職であれだけ戦えるのが凄いから・・・


◇ななしの調査隊員

最後、装備補正無くなったから押し切れなかったところもあったりするんだろうか


◇ななしの調査隊員

これ、自称支援職対支援職の戦いになるのか


◇ななしの調査隊員

戦いの激しさが今までの試合より頭一つ抜けてるんよ


◇ななしの調査隊員

支援職の定義崩れない?


◇ななしの調査隊員

戦闘職の皆さんが自信無くしそう


◇ななしの調査隊員

副団長が流派技使ってるの、なにげに初めて見た気がするな


◇ななしの調査隊員

それだけ本気だったってことかね


◇ななしの調査隊員

一般おじさんが強すぎる


_/_/_/_/_/


_/_/_/_/_/

Tips

◇『針裂ける悲哀の歌』

 〈歌唱〉スキルレベル60〈戦闘技能〉スキルレベル70の複合テクニック。歌撃。

 圧縮した空気を解き放ち、胸を裂くような激音を奏でる。この歌を聞いた者は全身を貫かれ、悲しみに身を硬くする。


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