第316話「偽りの剣」

 レティが機装重鎧の巨漢を打ち倒しトーナメント表を前に進めた後、程なくしてトーカとエイミーにも出番が回ってきた。

 二人の実力は確かな物で、トーカは抜刀による短期決戦、エイミーは持ち前の高い防御力と打撃力を活かした蹂躙で難なくそれぞれの相手を下す。

 そうして、ついに俺も待合室へと招集が掛かる。


「じゃ、行ってくる」

「頑張ってねー」


 いつの間にかポップコーンを買っていたラクトたちがもぐもぐと口を動かしながら見送ってくれる。


「応援してますよ!」

「初戦で負けないようにねー」


 ぴこぴこと耳を動かすレティと、ゆるく手を振るエイミー。

 隣ではトーカとミカゲの二人も視線で応援してくれていた。


「まあ、なんとかやってくるさ」


 目指すは三勝。

 それだけすれば、とりあえず目当てのナイフは手に入るはずだ。

 とはいえそのためにはまず初戦を勝ち上がらねばならない。



『次ノ試合ハ、レッジ対ピカル! 両者、位置ニ着イテ……』


 槍を携えリングに上がると、反対側から相手が姿を現した。

 白い簡素な布の服を纏い、シンプルな片手剣と盾を装備したヒューマノイドの少年。


「……初心者か?」

「こんにちは。お手柔らかにお願いしますよ」


 初期装備に身を包んだ少年は鞘から剣を引き抜き、穏やかな笑みを浮かべる。

 エントリーにスキルレベルの制限などはないため、スサノオに降り立った直後の初心者プレイヤーでも参加自体はできる。

 しかし勝ち進むのは絶望的だろうし、記念的な意味合いでやってきたのだろうか。

 何にせよ楽に勝ち進める分にはありがたい。


『両者用意――開始ッ!』


 レフェリーが手を挙げゴングが鳴り響く。


「ッ」


 基本的にタイマン勝負なら先に動いた方が勝つ。

 相手が防御力皆無といって良い初心者装備なら尚更、一太刀目を当てるのが勝利への最短経路だ。

 しかし俺は踏み込みそうになる足を抑え横へ飛び退く。


「『疾風連斬』ッ!」


 直後、俺がいた場所にピカルが立っていて、鋭い連撃を放っていた。

 もし定石のまま前に出ていたらあの攻撃を無防備に受けていた。


「――随分と剣が上手いみたいだな」


 『疾風連斬』は〈剣術〉スキルレベル70のテクニック。

 初心者が扱えるようなものではない。


「チィ、勘がいいな!」


 床を蹴りピカルがやってくる。

 俺は槍を薙ぎそれを防ぎ、長柄の間合いを活かして牽制する。

 ピカルはそれを巧みに回避し無傷のまま距離を取った。


「なんで初心者装備なんてしてるんだ? 防御力も攻撃力も足りないだろうに」


 警戒を続けたまま聞いてみる。


「決まってるだろ。油断してるところに一撃入れて、そのまま決着付けるためだよ」


 最初の温和な雰囲気を捨て、鋭い視線を向けて彼は言う。

 そんなところだろうとは思ったが、なかなかに小賢しいことをする。

 確かに対エネミー戦と違って対人戦では相手に“慢心”が生まれる。

 彼は初心者丸出しの装備で俺の油断を誘ったのだろう。

 この衆人環視の中で実行する胆力には驚かされるが、二回戦からは通用しないだろうに。


「おっさん、なんで分かった?」

「不自然すぎるだろう。初心者装備の割に剣を持ち慣れてるし、躊躇いもなかった」


 じりじりと円を描くように移動しながら会話を続ける。

 彼が抜けていた点は単に“初心者らしくない”ことそれだけに尽きる。

 他のゲームで戦士職を慣れ親しんできた可能性もあったが、それでも初期装備から更新できない程の間なら多少の不慣れが行動に出る。

 たとえ俺やレティのような適合者だったとしても。


「もうちょい挙動不審になるか、もしくは装備を少しは更新した物にしとくべきだったな。軽鎧あたりを着てたらまだ騙されてたかも知れない」

「なるほど。今後の参考にするよッ!」


 言い切るよりも早くピカルが前に出る。

 彼は〈歩行〉スキルを高めた速度型の軽装戦士、それも小盾を持って防御力も上げているバランス型のビルドのようだ。


「ちなみに――」


 槍の切っ先で彼の右手首を叩く。

 反動のまま左脛を内側から薙ぎ、転倒させる。


「刺突属性は金属製の鎧に弱いが、布製の服には効果覿面だ」


 仰向けに転がるピカルの鳩尾を狙い槍を突き出す。

 当然彼は左手に持ったラウンドシールドでそれを受け止めようとする。

 先端が盾と激突する直前、槍がぶれて軌道が変わる。


「なっ――」

「それと、短槍は速度と精密性の面で優秀だ」


 相手が“型”を完成させたと同時に、こちらは攻撃を僅かにずらす。

 〈盾〉スキルによる防御は物理攻撃に対して無類の強さを誇るが、それは上手く盾で攻撃を受け止めるという前提の上で成り立っている。

 盾を構える場所がずれ、“型”が完成してから無防備な場所に攻撃を受ければ、それは“ガードブレイク”としてより高いダメージを受けてしまう。


「がっ!?」

「『二連突き』」


 一度テクニックを用いない刺突を繰り出し、その直後に〈槍術〉スキルレベル1の『二連突き』を発動させる。

 これにより、『二連突き』の消費LPで擬似的な上位派生テクニックである『三連突き』と似たようなダメージを与えることができる。

 LPを節約するためのちょっとした小ネタだ。

 しかし初心者装備で防御力も紙ほどしかないピカルにとって瞬時に撃ち込まれた三連の槍は致命的だった。

 彼のLPは容易く8割方が吹き飛び、がくりと全身を弛緩させる。


「どうやら気絶耐性は持ってなかったみたいだな」


 防御力を捨てる代わりに〈異常耐性〉スキルを上げてギリギリまで継戦能力を確保しているのかと危惧していたが、それも杞憂に終わる。

 初心者偽装が看破された時点で装備を整えればまだ戦えていた筈だが、恐らく彼は〈武装〉スキルを『早着替え』習得まで伸ばしていなかった。

 『早着替え』は戦闘中でも瞬時に装備を変更できる便利なテクニックではあるものの、習得には重装戦士並の高い〈武装〉スキルが必要だ。

 彼は基本的には軽装戦士ビルドだからそこまでスキルレベルを上げていなかったらしい。

 なんというか、どこまでも中途半端な少年である。


『勝者、レッジ!』


 レフェリーがピカルの状態を確認し、戦闘不能と判断する。

 高らかにゴングが鳴り響き、周囲から喝采が送られる。

 無事に初戦を突破した俺はひとまず胸を撫で下ろした。





「おめでとうございます、レッジさん」

「ありがとう。なんとか勝てて良かったよ」


 客席にいるレティたちの下へと戻ると、彼女たちはぱちぱちと拍手で出迎えてくれた。


「普通に圧勝だったじゃん。ノーダメでしょ?」

「あんまり好きな方ではありませんでしたね。あのような……」


 ホットドックを両手で持ち、喉を鳴らしてラクトが言う。

 トーカはピカルの戦法が受け入れられないようで、団子の串を握ったまま眉を八の字にしている。


「対人戦も初回だし、いろんな戦法が出てくるんでしょうね。とりあえず初心者偽装戦法は一瞬で淘汰されると思うけど」


 エイミーの予測に周囲の面々が揃って頷く。

 そもそも初見騙しのあの戦法は二回戦以降では無力だろうし、初心者装備ということは自身も弱体化する諸刃の剣だ。


「これで〈白鹿庵〉はみんな初戦突破ですか。二回戦目からは相手も強くなりそうですね」


 気合い入れていきましょう、とレティが意気込む。

 初っぱなから全力を出して勝ち進んだプレイヤーというのはあまりおらず、むしろ相手の実力を読んで勝てるギリギリの力だけで勝った闘士が殆どだ。

 それはLPの節約というよりは、自身の実力を観客――ひいては未来の対戦相手に見せないため、という理由が大きい。

 だからこそ初戦の様子を見ていたプレイヤーが相手でも油断はできない。


「ここからが本当の騙し合いかもねぇ」


 そんなラクトの言葉には妙な説得力があった。


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Tips

◇『早着替え』

 〈武装〉スキルレベル70のテクニック。事前に登録した装備へと瞬時に着替える。戦闘中も発動可能。着替え速度、一度に着替えられる装備箇所の数、登録できるプリセットの数はテクニックの習熟度に応じる。


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