第315話「兎とポニテ」
第一回アマツマラ地下闘技場公式トーナメントは、第二試合からは順調に滑り出した。
第一試合はもう、なんだ、アストラが悪い。
「む、二回戦は結構拮抗してますか」
「一試合目がアレだったらなんだって拮抗して見えるさ。実際、どっちかというと弓師の方が圧倒してるみたいだしな」
パクパクと真っ赤なソースの掛かったポテトを口に運びながら観戦するレティは、弓師と重装剣士の戦いを見て言う。
アストラと軽装戦士の一戦のあとだからこそお互いに良い勝負をしているように見えてしまうが、よくよく観察すれば弓師の方が何枚も上手であるのが分かる。
「弓師の攻撃は当たってるけど、剣士の攻撃は一発も当たってないよね。やっぱ、基本的に遠距離って強いんだよ」
ラクトの言葉を聞いて、彼女も理解したようだ。
なるほどと頷いてリングの中を注視する。
「相手が重装なのでダメージがかなりカットされているようですが、それでもゼロと1では明確に違いますから。何か秘策でもない限り弓師の勝ちでしょう」
冷静なトーカの予想通り、弓師の的確な狙撃は徐々に重装剣士を追い詰めていく。
二試合目にして闘技場らしい戦いが繰り広げられ、リングを囲む三階建ての客席もおおいに沸き上がっている。
「重装は高耐久だけど、軽装ほどの瞬発力がないのよね。だからああして細かいけどそれなりの威力がある攻撃を矢継ぎ早に繰り出されたら、なかなか近づけない」
「やっぱ重装だとその辺もよく分かるんだな」
「こう見えて私、〈白鹿庵〉の
当然でしょうとエイミーが目で語りかけてくる。
確かにこのパーティで唯一の重装系ビルドである彼女ほど、リングの中でいじめられている重装剣士の気持ちが分かる者はいない。
「ん、秘策もないみたいだね」
ラクトの声と共にゴングが鳴り響く。
結局、重装剣士はその分厚いロングソードを一撃も当てることができずに床を舐めるに至った。
「まあ、初戦というかトーナメントが進んでないから序盤はこんな感じの一方的な試合が多いかもですね。実力が揃い始めたら面白くなるんでしょうか」
その後、第三、第四と試合は恙なく進んでいく。
レティの言葉通り序盤の戦いでは闘士同士のレベルに差がありすぎる場合が多く、アストラほどではないにせよ短期決戦で勝負が決まることが殆どだった。
このあたりはまだ盛り上がらないと思ったのか、ロビーへ観戦用のスナックを物色しにいく観客たちも目立ち始めている。
「公式トーナメントが初回だからっていうのもあるかもね。闘士は今後の成績に応じてレートが付けられるらしいし、次回以降はそれで階級が分けられるって噂もあるよ」
「そんな話もあるのか。てことは今回のトーナメントはざっくり実力を見て階層分けを考える様子見なのか?」
「その意味合いも無いとは言えないんじゃないかな」
闘技場へ入ると同時に閲覧が可能になったマニュアルの片隅に、レートシステムの事も書いてあった。
それ曰く、一度でも闘士として登録を済ませたプレイヤーにはレートが記録され、それは公式トーナメントで勝ちを重ねるごとに加算されていくようだ。
今は第一回ということもありアストラだろうと始めたばかりの初心者だろうと足並み揃えてレートゼロからの開始だが、次回からはこのトーナメントの結果に応じた何らかの棲み分けが成される、というのが大勢の予想だった。
「できればレティも二勝くらいはすいすい進めたいですねぇ」
「そればっかりは時の運というか、トーナメント表次第だね」
早々に決着が付き両手を上げて勝ち誇るブーメランパンツのゴーレム格闘家を見下ろしながらレティたちが言う。
あんなふざけた装備で勝てるのは一周回って実力もありそうだな……。
「っと、なんて言ってたら招集が掛かりましたね。では行ってきます!」
唐突にレティの前に小さなウィンドウが現れる。
どうやら彼女の出番が近付いてきたようで、俺たちは張り切って向かうその背中を見送った。
「レティが呼ばれたということは、私たちももうすぐでしょうか」
「かもねぇ。ちょっと気合いいれとかないと」
基本的にトーナメント表は闘士登録順になっている。
流石に初戦から〈白鹿庵〉同士ぶつかり合うことはないようだが、それでも出番はもうすぐだ。
俺も肩や首を回してなんとなく身体を解す。
別に凝り固まっているわけでもないし、そもそもそんな機能が実装されていないのだが、長年の癖である。
「関節鳴らすのってあんまり良くないらしいよ」
「マジで?」
「マジマジ」
等という会話をしているとリングにレティが姿を表した。
対する相手は分厚い金属鎧に身を包んだ巨漢――重装格闘家のゴーレムだった。
「うわぁ、でっかい」
「あの鎧は多分機装ね。ゴリゴリの防御力特化ビルドって感じがするわ」
一昔前のロボットのようにずんぐりむっくりとした鈍色の鎧に包まれて、男はレティを睥睨する。
対する彼女も黒鉄の巨鎚を相手の鼻先に突き付けて、口元には微かな笑みを浮かべていた。
『両者、スタンバイ』
白黒の衣装を纏ったスケルトンのレフェリーが殺気立つ二人を制する。
それぞれ定められた位置に立ち、レティはハンマーを、巨漢は手甲に覆われた岩石のような両腕を構える。
「うおおおお!! 赤ウサちゃん頑張れ!」
「ぶっ飛ばせぇ!!」
「ルナティック☆ミポニテJK、やっちまえ! お前に50枚賭けてんだ!」
「ヴォーパルちゃんあんなデカブツ吹き飛ばせ!!」
試合前にも関わらず客席からは盛大な檄が飛び交う。
巌の男の名前が随分とユニークだが、よくよく見てみればフルフェイスのヘルメットからちょこんと馬の尻尾のような一束の毛が飛び出している。
「レティも随分有名なんだなぁ」
「まあ、結構いろんな所で話題になってるよ。ちなみに相手さんは“鉄拳”の二つ名持ち」
「“ポニテ”じゃないのか……」
初戦にしては珍しく、両者共に実力は高いようだ。
俺たち〈白鹿庵〉の面々は当然のようにレティに賭けているわけだが、それでもあまり心配はしていなかった。
「まあ、今回は相手が悪かったな」
「ですね」
ずず、とトーカがパックの緑茶で喉を濡らす。
それと同時にレフェリーの手が振り上げられ、華々しくゴングが鳴り響く。
「疾ッ――」
その瞬間、リングが揺れた。
砲弾が撃たれたような轟音と共に赤い影が放たれる。
「『鉄壁の――」
流石は二つ名持ちと言うべきか。
ルナティック☆ミポニテJKは彼女の速度を捉え咄嗟に防御行動を起こす。
両腕を身体の全面でクロスし腰を低く落として身を屈める。
それと同時にヘルムの中でテクニックを呟く。
このゲームに於いて、テクニックは“型”と“発声”が完璧であるほどに効果量を増す。
彼は豊富な戦闘経験の中で骨の髄にまで染みついた自然な所作によって、流れるように防御を固めた。
最大限の防御力を発揮する堅固の構え、淀みない滑舌による明確な発声。
「遅いです」
しかし、その所作はあまりに遅すぎた。
彼女に対抗するならば、彼女が動くよりも先に防御形態へ移行しなければならなかった。
「が――ァ――!?」
鈍い音がリングに響く。
ルナティック☆ミポニテJKが『鉄壁の堅守』を発動するよりも早くレティはその懐に食らいつき、弾丸のような打撃を至近距離で撃ち込んだ。
“型”も“発声”も無い、純粋な打撃。
それによって超重量の金属重鎧を纏った巨漢はリングを滑り、フェンスに倒れ込んだ。
「ぅおおおおおっ!」
「はえええ!? なんだあの速度!?」
「ポニテェェエエ! 立ち上がれぇぇええ! 俺の財布の為にもぉぉぉおお!」
「押せぇ! やっちまえ!」
一瞬静寂を迎えた客席が、空気を揺るがす声を上げる。
その中でレティは大きく鎚を振りかぶり、今度こそ“型”と“発声”を整える。
「『堅岩爆砕――」
「ぬぅぅぅんんっ!」
しかし彼女のテクニックもまた中断を余儀なくされる。
圧倒的なタフネスにより重鎧の男は起き上がり遮二無二な突進を繰り出した。
無造作な猛進だが、その重量ゆえに当たれば無傷では済まない。
レティは素早く判断を下し、後方へ飛び退いた。
「この我輩に
「ありがとうございます。……てかキャラぶれてません?」
ポニーテールを振り、ルナティック☆ミポニテJKがにやりと笑う。
十分な距離を取った上でレティは油断なく彼を見つめ、攻撃の機会を伺っていた。
「『鋼鉄城塞』ッ!」
レティの言葉を無視し、ルナティック☆ミポニテJKはおもむろに片足を踏み込む。
パイルバンカーのような打撃がリングにクレーターを作り、彼の周囲を隆起した岩盤が包み込む。
滑らかな人工物である床から硬い岩盤が現れるのは、このゲームでは珍しいゲーム的な光景だ。
「エイミー先生、あれは?」
「〈盾〉〈格闘〉の緊急防御テクね。周囲の岩盤を隆起させて、一定時間安全な場所を作るの」
「へぇ。ならあの人、エイミーと同じようなスキル構成なんだね」
「まあ……そうなるのかなぁ」
少し微妙そうな顔でラクトの指摘に頷くエイミー。
『鉄壁城塞』は一定のダメージを与えれば強引に破壊できるようだが、レティは動かず相手の出方を見守っていた。
そして数秒後、『鋼鉄城塞』は効果時間を終えて崩れ落ちる。
「ぬははは……。反撃をしてこぬとは、勘がよいようだ」
その中から現れたのは、先ほどよりも二回りほど大きくなったルナティック☆ミポニテJKだった。
彼は遙か下方に見えるレティに向かって不遜に笑いかける。
「あれが彼の機装みたいね」
「でっかくなって防御力上昇?」
「ついでに破壊力も高くなってそうですね」
全身を鈍色の装甲で覆った男の手足と背中には大仰なブースターが取り付けられている。
額部分には燦然と蒼く輝くVの字があり、まさに一昔前の人型巨大ロボットだ。
「行くぞっ! 『スーパーロケットパンチ』!」
「それ機装技なんですか!?」
ルナティック☆ミポニテJKの右拳がブースターの推進力によって飛翔する。
空中で制御翼が側面から飛び出し、更には追尾性能まであるようだった。
「ぬはははっ! ワシは〈鉄神兵団〉が戦闘部隊所属、ルナティック☆ミポニテJKなり! 我が兵団の技術力、とくと味わうが良いっ!」
大きく口を開けて笑うルナティック☆ミポニテJK。
冗談みたいな見た目の割に、レティはロケットパンチに翻弄されて近付くこともできないでいる。
「エイミー先生、〈鉄神兵団〉ってのは?」
「機装研究で代表的なバンドね。ああいう全身機装鎧とかも最初に開発した所だったはずよ」
「ああ見えてちゃんとトップバンドなんだな」
「機装部門だと〈ダマスカス組合〉と鎬を削る強豪なのよ。機装っていうのは結構脆いものなんだけど、レティの初撃をモロに受けてなおキチンと動作するのは、流石の技術力よね」
エイミーの分かりやすい解説に俺たちは揃ってリングに視線を向ける。
初戦から過激な展開が繰り広げられ、ロビーからはスナックを抱えた観客たちが駆け足で戻ってきている。
「ぬははっ! ぬはははっ!」
「ぬはぬは五月蠅いですね。レティも行きますよ――!」
ロケットパンチの制御が難しいのか、ルナティック☆ミポニテJKは仁王立ちで快活に笑い続けている。
その姿が余計癪に障ったのか、レティは鎚を振り上げて攻勢に出た。
「ぬはっ! その程度か!」
彼女は自慢の脚力でロケットパンチを掻い潜るが、そこへルナティック☆ミポニテJKの胸部装甲が展開する。
現れたのは六連装のミサイルポッド。
それらは白煙を上げてレティ目掛け射出される。
「だぁ! 鬱陶しい!」
飛び掛かるミサイルをレティは鎚で撃ち落とす。
爆炎がリング内部に広がり一瞬二人の姿も掻き消える。
「先生、あのミサイルありなのか?」
「多分〈機械操作〉スキルだけじゃないわね。もしかしたら〈銃術〉スキルとかも持ってるのかも」
「多武器構成ですか。見た目に寄らず器用ですね」
風が吹き煙幕が晴れる。
二人はリングの角と角、対角線上に位置取り睨み合いを続けていた。
「そろそろ決着付かないかな……」
「まあ、レティの方も限界だろ」
彼女が短期決戦型であるのは仲間である俺たちがよくよく知っている。
だからこそ、彼女が仕掛けるなら今だろうと全員が思っていた。
そして、実際に――
「機装技『黒兎の瞬脚』」
奇しくも開戦と同じ光景。
違うのは相手の姿と、彼女の速度。
刹那にも満たない時間を駆け抜けて、彼女は鎚を振り上げる。
「無駄だ!」
対するルナティック☆ミポニテJKは余裕の表情を崩さない。
機装を展開した彼は、その圧倒的な防御力に絶対の自信を持っているようだ。
しかし、彼は忘れていたのかも知れない。
彼女の武器の属性を。
「――『打鐘乱響』」
夜を裂くような長く響く打撃音。
それは硬い装甲の中で繰り返し、内部に無数の打撃をあらゆる向きから撃ち出す。
「なんか『谺』に似た技だな」
「あっちは打撃属性の真骨頂みたいな奴だよ。防御力が高ければ高いほど、内部で打撃を増幅させる内部破壊技、だったかな」
斬撃や刺突属性にとってルナティック☆ミポニテJKの圧倒的な防御力はまさに要塞のように立ちはだかっただろう。
しかしレティの持つ鎚は、鉄壁を打ち壊すことに特化されている。
腕力に極振りされ、極まった攻撃力はそのまま破壊力へと転化される。
だからこそ、彼はレティと相性が最悪だったのだ。
「ふぅ。勝ちました!」
客席の俺たちに向けて、レティが眩しい笑顔でピースサインを掲げる。
背後ではレフェリーが一直線に腕を上げ、万雷の拍手が闘技場の天井を揺らした。
_/_/_/_/_/
Tips
◇『打鐘乱響』
〈杖術〉スキルレベル70のテクニック。鋭い打撃を敵に打ち込み体内で反響させる。対象の防御力が高いほどに反響の回数が増え、気絶判定が高くなる。
時を告げる鐘音のようにその打撃は響き渡る。鐘は震え、衝撃は繰り返し、やがて自ら崩れ落ちるだろう。
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