第313話「出るか出ないか」

 翌日、現実では休日ということもありFPOは朝から賑わっていた。

 BBBの余韻も残り、荒野などではすでにバギーが多く走り回っているらしい。


「アマツマラ行きのヤタガラス、普段より混んでますね」

「そりゃあまあ、いよいよ闘技場のお披露目だからな」


 俺たちはいつもより倍ほど密度の高いヤタガラスに揺られ、遠く白い山を目指していた。

 今日の正午からは多くのプレイヤーが注目していたFPO初の対人戦可能エリア、アマツマラ地下闘技場が満を持して開かれるのだ。


「人が少ないうちに行かないと良い席取れないだろ」

「そもそも闘技場自体の開場が12時だから今行ったところでどうせ待つことにならない?」

「それでも列の前の方に着けないと駄目だろう」


 掲示板や配信各所は既に期待に胸を膨らませたプレイヤーたちで賑わっており、闘技場や闘技ルールについて様々な憶測が飛び交っている。

 俺たちもアマツマラが闘技場を建てるに思い至った切っ掛けになったものの、彼女が実際にどのような形式で整備しているのかは知らないでいた。


「レティたちは闘士として参加しますからね。レッジさん、いっぱい賭けて下さいよ」

「俺はあんまり賭け事とかしないんだがなぁ」


 今回、〈白鹿庵〉からはレティ、トーカ、エイミーの三人が出場の意を示していた。

 彼女たちが勝てばバンドとしては賭けにも勝つわけで、多少なら賭けてもいいかもしれない。


「レッジ、ビット持ってるの?」

「安心しろ。最近はあんまり散財してないからな」


 もっと正確に言えば散財するほどの暇がなかったわけだが、結果的には同じ事だ。

 ワダツミの別荘で育てているカブも芽が出てきたし、今後上手く行けば楽して稼げるステージに登れる可能性だってあるのだ。


「レッジさんも忙しくしてれば無駄遣いしないんですね、なるほど」

「れ、レティさん?」


 何やら不穏な事を口走るレティにおののく。

 そんな俺たちを乗せたヤタガラスはゆっくりと減速しながら吹雪舞うアマツマラのホームへと到着した。


「はぁ、いつ来てもここは寒いですね」

「早く中に入ろう」


 トーカが両肘を抱えて身を震わせる。

 ホットアンプルや防寒具なしでは、外気が容赦なく吹き込むホームは骨まで凍りそうだ。

 雪風に追い立てられるように列車から降りた人々は足早にアマツマラの中を目指す。


「うわ、こっちはこっちで熱気が凄いね」

「まだ時間あるのに凄い混雑具合ね」


 アマツマラのエントランス。

 中央に大きなゴンドラを備えた円形のホールには平時の倍でも効かないほどの人混みだった。

 しかも大体がゴツい鎧のような装備を纏っているため一人一人の体積がデカい。


「これは、開場までにエントランスがパンクしちゃうかも知れませんよ」


 レティの言葉も現実味を帯びていて笑えない。

 以前地下坑道帰りに祝杯を挙げた自販機スペースなど、当然の如く寿司詰めになっている。

 どこか休める場所はないかと人混みに揉まれながら彷徨っていると、突然TELが掛かってきた。


「はい」

『よッ。ちゃんと来てくれたみてェだな』


 通話の主はこの地下資源採集拠点の管理者、アマツマラである。

 今は最後の大詰めに奔走しているのかと思っていたがわざわざ処理領域を割いて出迎えてくれたようだ。


「言われなくても来たさ。俺たちもこういうイベントには目が無いんでね」

『そう言ってくれると嬉しいねェ』

「しかしエントランスは凄い混雑だぞ。全員入りきれるかも分からん」


 周囲を見渡して一応彼女にも報告する。

 エイミーなど特に窮屈そうで、誰かに当たるたびに頭を下げていた。


『安心しろ。もうすぐ闘技場のロビーまでは侵入制限を解除してやるからな』


 彼女がそう言った瞬間、アマツマラ全体が大きく揺れる。

 何事かとざわつく人々を余所に、何もなかったエントランスの壁面に大きな扉が現れた。


「……あれか?」

『ああ。扉の先にある階段を下りャあ一息吐けるはずだ』


 彼女が言っている間にも好奇心のまま扉の近くにいたプレイヤーたちが流れ込んでいく。

 俺たちもそれに続いて階段を降りていき、広い地下空間へと辿り着いた。

 炎のような柄の描かれた赤い絨毯が敷き詰められ、椅子がずらりと並べられている。

 壁際には軽食やドリンクなどを扱うショップも多数並んでいて、NPCが柔やかな顔で出迎える。


「これは……」

「すごいですね。でっかい映画館か劇場みたいです」


 絶句する俺に代わり、レティがその光景を言い表す。

 落ち着いた照明が照らす静かな雰囲気は、確かにそんな趣きを感じる。


『どうだ? すげェだろう。あたしだって場所さえあればこれくらいできるんだ』


 姿は見えないが自慢げに胸を張るアマツマラの姿が目に浮かぶ。


闘技場アリーナにはまだ入れねェが、そこなら広々過ごせるだろ。もうちょっとだけ待っててくれ。ああ、闘士登録は正面の総合カウンターだからな』


 彼女の言うとおり、これだけ広々としたロビーならば相当の人数が集まっても適度な距離を保つことができる。

 パーテーションで区切られた半個室のボックス席なども完備されているし、パーティやバンドで集まっても問題はなさそうだ。


「そうさせてもらう。

 ――ああ、俺は闘士としてはでないぞ?」

『ええっ!? そ、そうなのか?』


 一応念のために言っておくと、アマツマラは予想以上に驚いた。


『てっきりレッジは出るモンだと思ってたんだが……』

「俺は戦闘職じゃないからな。戦いは専門じゃないんだ」

『戦いが専門じゃねェやつが坑道の深層を進めるわけがねェだろ』


 本当に出ないのか、とアマツマラはしつこく食い下がる。

 どうして彼女はそこまで俺に出て欲しいのかよく分からないのだが。


「せっかくの機会だし、レッジさんも出たらいいじゃないですか。記念ですよ記念」

「レティまで……」


 何故かレティまでアマツマラの味方に付く。

 いや、トーカとエイミーもにこにこと眼を細めて手招きしている。

 ラクトたちに助けを求めようと振り返った時、背後に立っていた青年と目があった。


「っと、アストラじゃないか」

「こんにちは、レッジさん。奇遇ですね」


 そこに居たのは銀鎧の眩しい金髪蒼眼の騎士団長、アストラだった。

 彼の背後には副団長のアイや精鋭である第一戦闘班のクリスティーナたちも控えている。


「やっぱり参加するんだな」

「当然です。この日をずっと待ちわびていたんですよ」


 俺の言葉に彼は白い歯を輝かせて即答する。

 アストラが闘技場に大きな期待を寄せて、ずっと坑道に籠もって建設計画の納品を進めていたのは風の噂で知っていたが、どうやら本当だったらしい。


「おかげで地下坑道の最前線はかなり押し上げられましたが、他の業務が滞ってしまって……。仕事が増えてしまいました」


 死んだ眼で言うのは彼の右腕であるアイ。

 アストラが働かない分は彼女へ苦労が寄せられてしまうのだろう。

 昨日の絶叫はそういった鬱憤が爆発した結果なのかもしれない。


「俺だけじゃなく、アイや第一戦闘班も参加する予定ですよ。皆、戦うのが好きですから」

「なるほどな」


 彼の言葉も正しいようで、アイも疲れた顔ながらやる気に溢れている。

 トップ攻略バンドの中でも選りすぐりの彼女たちならば、十分に良い成績を残せることだろう。


「それで、ちょっと聞いてしまったんですが……レッジさんは出場されないんですか?」


 物凄く純粋な眼を向けて、アストラが問い掛けてくる。


「ああ。俺は戦い専門じゃないからな」

「なるほど、それは残念です。上手く行けばレッジさんとも戦えると思ったんですが」

「アストラと戦っても瞬殺されるに決まってるだろ!」


 ガチガチのトッププレイヤーとエンジョイ勢を正面衝突させるバカがいるか。

 俺ではアストラはおろか、第一戦闘班の誰にも勝てる自信がない。


『ほら、友達にも誘われてるじゃねェか』


 まだ繋がっていた通話でアマツマラが裏から援護射撃してくる。

 しかし俺の意志は岩のように硬い。

 もはやここまで来ると逆になんと言われようが――


『せっかく賞品に良いナイフを入れたんだがねェ』

「……なんだって?」

『闘技トーナメントの勝利報酬に解体ナイフを入れてンだよ。レッジが今使ってるのよりもちょっと良い奴をな』


 しかし参加しねェなら渡せねェなァ、とアマツマラがぼやく。

 報酬のラインナップ、元々興味がなかったからあまり確認していなかったがそんなものがあったのか……。


「れ、レティ――」

「駄目ですよ。レティはレティで欲しいものに目星付けてますし」

「右に同じく。何やら〈サムライ〉専用装備などもあるらしいので」

「そうそう。私もアーツチップが欲しいからね」


 助けを請うてレティたちに視線を向けるも冷たくあしらわれる。

 彼女たちの言葉に愕然としていると、そっと肩に手を置かれた。


「レッジさん、欲しいものは自力で勝ち取りましょう」

「ぐっ――」


 今まで見てきた中で一番の笑みを浮かべるアストラがそこに立っている。

 もはや俺に選択肢など残っていなかった。


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Tips

◇アマツマラ地下闘技場・ロビー

 地下資源採集拠点シード01-アマツマラのエントランスから続く階段を降りた先に広がる地下空間。落ち着いた雰囲気に満ちた室内には、各種ショップや休憩室が整備されており、観戦客や戦いに臨む闘士たちが心を落ち着かせることができる。


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